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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第五十五話:さぁ、もう心配いらないよ

「……主人……様」


 いつ何時生み出されたのかわからない。身体の下に感じるベッドは柔らかく僕の身体を受け止めていた。


 目の前に新雪のように穢れのない純白の髪の少女がいた。


 半分閉じた瞳にぺたんと垂れた犬の耳。その肌もまた髪と同様に白く、その背の低さ、エプロンから伸びる華奢な四肢と相まって、不用意に触れると壊れてしまいそうな印象を抱かせる。

 姿はメイドに酷似したものだ。肌を見せないように足元まである白のエプロンドレス。手首に少しかかる長めの袖から傷一つない指先が覗いている。


 アシュリー・ブラウニー。

 僕のスレイブ。SSS級探求者。魔物使い、フィル・ガーデンの原点にして象徴の少女は、いつもどおり覚束ない足取りで僕の方に近寄ると、囁くような声で言った。


 小さな、耳を澄まさなければ聞こえないくらいの小さな声。長年の付き合いで聞きなれていたはずのそれがとても懐かしく思える。


「――人……様……着替え」


「もう着替えたよ、アシュリー」


 ふわふわと浮かんでこちらに寄ってくる服をやんわりと断る。

 アシュリーの指先が一瞬静止し、また再び動き始めた。


 広々とした寝室。天蓋つきのベッドに、壁に掛けられた絵画。敷かれた絨毯にも、ギルドや国から賜われた勲章の飾られた棚にも天井から掛けられたシャンデリアにも埃一つ積もっていない。僕の記憶のとおりの風景。

 ブラウニーとは屋敷に住み着く妖精であり、同時に屋敷そのものでもある。僕の家はアシュリーの成長とともに成長し、王侯貴族の屋敷のような様相を見せるようになって既に久しい。


 アシュリーが再び囁く。今にも落ちてしまいそうなくらいにふらふらとその頭は揺れ動いているが、アシュリーが僕の身の回りの世話を放棄した事はない。

 ブラウニーは群体型の幻想精霊種である。既に何人もの部下がいるのに、まだ探求者になったばかりの頃から繰り広げられた彼女との会話は半ばルーチンに組み込まれていた。


「ご主人……ご飯……」


「お腹が……減ってないんだ」


 アシュリーの方に指先を伸ばし、その髪に触れる。

 純白の髪は艷やかで肌触りがいい。アシュリーは身動ぎ一つせずに、ほんの少しだけ――見慣れていなければ気づかないくらいにほんの少しだけ目を大きく開く。


「ご主人……様……食べないと……ダメ……す」


 こちらを慮るような声。


 魂の契約。種族特性。存在理由。絆。経験。クラス。

 あらゆる要素において、僕とアシュリーには強い結びつきがあった。いや、結びつきがあったからこそ僕はSSS級探求者となることができたのだ。

 探求を続ける事で多くの友人を得、敵を打ち崩し、複数のスレイブと契約を遂げ栄光を積み重ねることができたが、そういう意味でアシュリーは特別だと言えよう。




 ――だからきっと、こうして今目の前にいるのだ。


 アリスでもアムでも夜月でもなく、アシュリー・ブラウニーが。

 僕はなるべく平等を標榜していたが、その事実はすとんと胸の内に落ちてきた。

 アシュリーは強さの証であると同時に僕の弱さの証だ。僕が弱かったからこそ、彼女は強くならざるを得なかった。弱い僕の側には常に彼女がいた。


 小さくため息をつき、真剣な目で少女を見つめる。


「アシュリー、僕の話を聞いて欲しい」


 わかっていた。


 ――これは夢だ。弱い僕が救いを求めた都合のいい夢。


「……」


 アシュリーが何も言わずにただ言葉を待つ。静かに畏まるその様子は眠っているようにも見えた。


 幻想精霊種とは物語を形作る精霊の事。

 その根源、心臓(ワールド・ハート)には名前がある。


 『スリーピング・ビューティ』


 それがアシュリーの物語(テイル)の名前。始めはただの屋敷に住み着く妖精だった少女が僕の下で本来の存在意義を犯して働き、周囲から畏怖と尊敬を一身に受けて生み出した物語の名前。

 戦い続けるため、僕のために常にその意識を夢と現の間に於いた少女は『眠り姫』の名に相応しい。


 竜すら下す、世界最強の『眠り姫(プリンセス)』。


「アシュリー、僕は……負けたんだ」


 アルデバランの討伐。恐らく、その結果を敗北と呼ぶ者は僕を除いていないだろう。

 だが、わかっている。僕だけは理解している。敵は狡猾だった。僕が想定していたシナリオは予想もしていなかった手法で破られ、その上こうして夢にまで救いを求めている。


 なんという惰弱、なんという体たらく。こんな様でSSS級の探求者をどうして名乗れるだろうか。

 アシュリーは成長した。美しく強く成長し、友魔祭では竜すら破った。

 彼女は僕と共にいることを望んだ。だが、僕はまだ胸を張って彼女を使えない。


 魔物使いとは絆を結んだスレイブを使って戦う者。

 だがそれは魔物使い本人が弱くてもいいという話ではない。僕は強くあらねばならない。例え脆弱な身体能力しか持たなくても、才能がなくても、強くあらねばならない。

 そうでなければ――恥ずかしくてスレイブの隣に立てないではないか。


 僕にだってそれくらいのプライドはあるのだ。


 弱さを埋めるためにスレイブを使ってはならない。

 強くあるためにスレイブを使う。僕には――その義務があった。


「あぁ、でも、それでも……アシュリー、久しぶりに君に会いたいな」


 今まで、常に、いつ如何なる時も彼女は僕の側にいた。

 勝利した時も敗北した時も、泣いた時も怒った時も喜んだ時も、たとえ側にいなかったとしてもその魂は繋がっていた。

 強くなったつもりでいたが、強くなったと自分自身に言い聞かせてきたが、素の僕のどれほど弱いことか。


 アシュリーは僕の言葉を何も言わずに最後まで聞き、そしてわずかに口端を持ち上げた。桜色の唇が静かに開く。

 そして言った。


「できます。ご主人……様」


 それは短い言葉だった。だが、僕を鼓舞する言葉だった。


 ああ、その通りだ。何度も挫折を味わった。死にかけたことだってある。だが、全てを打ち破ってきた。


 僕はSSS級探求者。例え周囲の助けを借りてだったとしても、栄光を積み重ねてきた者。これからも栄光を積み重ねる者。


 弱気になってもいい。死にかけてもいい。だがしかし、最終的には立ち上がらねばならない。

 それが今まで乗り越えてきた全てに対する礼儀というものだ。


「アシュリーに会いたいのならば、会いに行かないとね」


「……です」


 アシュリーの幻が一瞬びくりと震え、しかし小さく首肯する。

 欲するものは全て手に入れてきた。立ちはだかるものは全て打ち砕いてきた。


 笑う。微笑みを浮かべ、感傷を打ち破って目の前のアシュリーに言う。




「アム。もういいよ、ありがとう。大した夢だ」


 僕の言葉に、アシュリーの幻が今度こそ致命的に動揺した。


 顔貌は酷似していても、所作が記憶の通りでも、わかる。

 いや、初めからわかっていた。分かっていて甘えてしまったのは僕の弱さ故。


 夢魔(ナイトメア)の能力。対象の望む夢を生み出す能力に相違ない。

 アシュリーの姿を取れた、とてもアシュリーらしい行動を取れたのは彼女が僕の記憶を元にこの光景を生み出しているからだろう。


 目の前のアシュリーが顔を上げる。そして、悲しみを湛えた瞳、本物とは似ても似つかない声で僕の名を呼んだ。


「フィル……さん……」



 さぁ、もう心配いらないよ。これでも負けるのには……慣れてるんだ。




§ § §





「本当に行ってしまうのか?」


「かっかっか、俺の役目はもうねえからなぁ」


 万感の思いを込めて出したランドの言葉に、ザブラクは含み笑いを返した。


 大規模討伐依頼『灰王の零落』。探求者の一団による、クエストの実行から早一日が過ぎていた。

 空は藍色、まだ太陽も上っていない早朝であり、レイブンシティの正門付近にはランド・グローリーとセーラやガルドを始めとした『明けの戦鎚』メンバー数人、ザブラクを除いて他に人はいない。


 ザブラクの格好は探索時と同様の軽装だが、探索時とは異なり幾つか手荷物を持っていた。


 ランドがザブラクから町を出る旨を聞いたのは探求を終えて直ぐの事だった。


 勿論、SSS級探求者だったとしても拠点を変えるのは自由だ。だが、余りに急なタイミングである。

 何より、まだギルドは大規模討伐の依頼達成の確認を終えておらず、報酬が支払われていない。基本的に報酬はクエストを受けたギルドで受け取るものだ。今、町を出てしまえばただ働きになる。


 だが、ザブラクは全くそれを気にする様子もなく飄々とした様子を保っていた。


「かっかっか、もとより報酬を受け取るつもりは――ねぇ。フィル・ガーデンに借りを作ると厄介な事になるからなぁ」


「しかし――」


 ランドの表情は未だ険しい。

 誰一人死者の出なかった討伐依頼。未だ嘗てそのようなものがあっただろうか。

 結果としては無傷で依頼を達成出来たのだからいいはずなのだが、探求者の間にもそのあまりにも異様な結果に、どこか不穏な空気が漂っている。


 一日間を開けて、またギルド側の責任者を含めてミーティングを行う予定だった。

 ザブラクが受け持っていたのは策の最初だけだ。別にいなくても報告に支障が出る可能性は低いが、それでも経験豊かな、そして情報屋としても高い腕を持っていた探求者が出席しないというのは不安点だった。


「それに、フィルもあの様子だと――」


 フィルの様子がおかしい。

 ランドの脳裏にずっと浮かんでいるのは、機蟲の陣容の最奥、女王の間で破壊されたアルデバランを見つけた瞬間のフィルの表情だ。

 闇の中をじっと見つめるフィルの表情。その後の女王の間の散策にも加わらず硬直していたその時の表情は、普段の様子とのギャップも相まってそう簡単に忘れられるものではない。


 その表情、その目に浮かんでいた絶望は。


 ランドの言葉に、しかしザブラクが鼻で笑うような調子で言う。


「わかってねえなあ。だから今の内に去るんだよ」


「あんた……フィルの友達じゃないの?」


 恐る恐るといった様子で、セーラが質問する。

 少なくとも、知り合いではありそうだった。そうでなければ、そもそもザブラクが探索に協力することもないだろう。

 セーラの問いに、ザブラクが顔をくしゃっと顰める。笑みではなく苦々しい表情だ。


「少なくとも……友達じゃねえ。だが、奴の事はよーく知ってる。嬢ちゃん、俺がこの町を出る準備をし始めたのは――嬢ちゃん達が俺に情報を売りに来た――あの日だ」


「なんだと……!?」


 ランド達がザブラクにフィルの情報について聞きに行ったのは、時間にすれば一月以上前の事だ。

 その時にはまだフィルはザブラクに会っていなかっただろうし、そもそもフィルが大規模討伐に参加を決めたのもだいぶ後の事である。


 愕然と、ランドが呟く。その時の記憶はまだ如実に残っていた。少なくとも、ザブラクにそのような様子はなかったはずだ。


「……ありえない」


 ザブラクがニヒルな笑みを浮かべ静かに言う。


「ランドの旦那よぅ。SSS級探求者に匹敵する武力を持つあんたの甘えところを不肖この俺が教えてやるとするのならばそれは……危険に対する察知能力だぜえ! 今この世界に数多存在するSSS級探求者(バケモノ)共と比較するとあんたは――致命的に見極めがなってねえ!」


「……はぁッ!? 何いってんだ、てめえ!?」


 己のクランのマスターを蔑むようなその言葉に、ガルドが目を剥く。

 巨躯の狼人(ライカントロープ)。威圧するような声にザブラクの顔色は全く変わらない。


「くっくっく……まぁ、俺も人の事を言えないがねえ? こうして大規模討伐に動員されちまった。わかっていても予想できなかった。もしかしたら関わり合いにならないかもしれない、そう思ってしまった。奴が俺の存在を知るなど、そしてそれを知った時点で奴が俺を利用しようとする事など、予想出来たはずなのになぁ」


「な……何言ってるの……貴方……?」


 まるで独り言のようなザブラクの呟き。

 周囲にはランド達を除けば他に人はいない。だが、ザブラクの囁く声はそよ風のように小さい。


「ランドの旦那よ、要はこういうこった。俺は正直、フィル・ガーデンが怖え。だから尻尾巻いて逃げる事にする。借りは既に返した、関係性はチャラだ。何よりも俺は何もしてねえし何も知らねえ。これで、奴は俺を追わないし、追えない」


「……」


 情緒不安定にも聞こえるその言葉に圧され、ランドが沈黙する。

 ザブラクがその根っこのような指先を突き出し、一歩距離を詰めて嗤う。


「おっと。追われるような事をやったのか、とかくだらねえ事、聞いてくれるなよお? フィル・ガーデンはなんだって使う。そうやって探求者として生き抜いてきた。俺だって、お前らだって、エトランジュの嬢ちゃんだって、奴は必要とあらばなんだって使う。だが、必要なければ手は出さない。借りは返した、これ以降の協力は俺に選択権がある。俺は奴に抗う。俺だってちったぁ戦いもできる。相手がグラエルグラベール王国ギルドの冒険者七位だって、たとえ命が惜しくたって、俺にだってプライドくらいあるしそもそも俺との諍いは奴の利にならない。枯木の精(おれたち)の同族意識は強い。俺と諍いを起こせば同族との好感度に直に響く。覚えときなぁ、これはテストに出るぜえ?」


 有無を言わさず、捲し立てるように吐き出される言葉。

 かつてザブラクと出会った時に、ランドもガルドもセーラも、その男がSSS級の探求者だなどと知らなかったし、気づけなかった。だが、今こうして目の前にいる男の言葉にはそれを思わせる強い覇気がある。


 ランドもその目で確認していた。

 ザブラクが行使した凶悪無比な魔法を。地を砕き地下深くの迷宮に続く奈落の如き穴を開けた魔法を。明けの戦鎚には魔術師も所属しているが、そのような魔法を使える者はいないだろう。


 だからこそ、そのような最上級探求者が放つその言葉が理解できない。

 敵でもない、追われてもいない男から、長く住んだ町を捨ててまで逃げるというその言葉が。


 息を呑み、気がついた時には、ランドは問いかけていた。 


「彼は……一体何者なんだ?」


「SSS級探求者の情報は教えらんねえなあ。かっかっか、以前も言ったはずだ。ランドの旦那ぁ。世の中絶対に敵に回しちゃいけねえ存在ってのが何人かいるもんだ。フィル・ガーデンは間違いなくその内の一人だ。何しろ奴にとって『情報』はその生き死に直結するからなぁ」


「……フィルには言わないわよ。貴方から聞いたってこと」


 セーラが口籠りながら言い訳のように言うが、ザブラクは馬鹿にしたような目でセーラを見下した。


 空は暗く町は静かだ。まるで生命が一つもないかのように、寝静まっている。

 にやりと三日月型の口を歪め、ザブラクが嗤った。


「かっかっかッ! 嬢ちゃんは……何も分かってねえ。情報屋は信用が命。どうしてあんたらに自らの弱みを差し出さなきゃなんねえんだ!? 人の口に戸は立てられねえ、フィル・ガーデンは常にその情報を――集めようとしてるんだぜぇ? セーラの嬢ちゃん、あんたなんて簡単に――誑かされちまうだろうよお!?」


「ッ……そ、そんな事ッ――」


 絶句するセーラ。ザブラクの視線がみるみる顔を赤くし激高しかけたその表情を一度舐めるように確認し、その言葉が吐き出される前にランドの方に移った。

 その根っこのような指が二本立てられる。


「だが、そうだな……二つだけ、サービスしといてやろう。これはランド・グローリー。恐らくいつかSSS級探求者になるだろうあんたへの――餞別だよお!」


「……いいのか?」


「かっかっか! これくらいだったらフィル・ガーデンも許してくれんだろおおおおお! 俺は奴の事をよく知ってる。自分の弱点を詳しく調べちまうのは俺達エントの性って奴だ。まぁ、だからこそ奴が俺を呼んでいる事を知っちまったんだがなぁ!」


 そこでザブラクが一旦沈黙し、天を仰いだ。


 藍色の空には鈍色の化物のような雲がゆっくりと流れていた。

 ザブラクが小さく口を開く。その声はランドに向けてのものであると同時に、独り言のような響きを持っている。


「一つ目。奴を、SSS級探求者フィル・ガーデンを、白の凶星(コラプス・ブルーム)を殺すなら――今だ」


「……は?」


 予想外の言葉。瞠目するランドを置いて超一級の情報屋が続ける。


「奴は今弱っている。フィル・ガーデンの武器は人脈だ。グラエルグラベール王国で長年掛けて築いた基盤はこの地までは至ってねえし、何よりも――スレイブがいない」


「い、いや、待って!」


 いつもの口調とは異なり感情を排して述べられる情報。それに耐えきれず、先程の怒りも忘れてセーラが口を挟む。

 色々な感情がその脳裏を渦巻いていたが、セーラの口から出てきたのは一番単純な否定だけだ。


「い……いるわよ! フィルにはちゃんと……スレイブが」


 それほど知り合って長いわけではないが、セーラは知っている。

 アム・ナイトメアという少女を。そして、マスターを謀ってまでこの地にやってきたアリス・ナイトウォーカーを。


 しかし、ザブラクはその言葉を聞いても顔色一つ変えずに小さく首を横に振る。


「いや、いねえ。……いや、正確に言うのならば、完全じゃねえ」


「完全じゃ……ない?」


 呆然と出された言葉に、ザブラクが頷く。

 その目は胡乱だが――まるで何かに操られているかのように、大罪でも犯しているかのように胡乱だが、その口調ははっきりとしたものだ。


「王国での奴には三人のスレイブがいた。王国の古参の探求者が、探求者ギルドが、貴族が、そして奴を疎ましく考える者達が、憧憬と畏怖をもって『(プリンセス)』と呼ぶ三人のスレイブが。フィル・ガーデンが三人のスレイブと契約したのはそれが奴にとって『必要な事』だったからだ。アリス・ナイトウォーカーしかいない今は奴にとって……駒落ちで勝負している状態に近い」


「お、おいおい……まさか……あのクラスのスレイブが複数いるのか!?」


 その言葉に、ガルドが呆然と呟く。


 忘れようとしても忘れられない、地獄のような光景。

 強烈な生命吸収能力に殺しても死なない無数の命。あの時マスターであるフィルが起き上がらなければ間違いなくランド達は死んでいただろう。

 魔物使いの中に数人のスレイブを使う者がいるのは知っていたが、今まで見たことのない最凶無比な悪性霊体種(レイス)と同格の存在が何人もいるなどと、どうして考えられようか。


「アリス・ナイトウォーカーは強力だが、守りには向かねぇ。王国でのフィル・ガーデン、幻想精霊種(テイル)に守られているフィル・ガーデンと比べて今の奴は無防備も同然だ。奴は化物だがその身体は脆弱だ。奴を殺すのならば、打ち倒すならば――千載一遇の好機だ。今しかねえ」


「い、いや……そ、そうだ。私は別に……フィルと争うつもりはないんだが……」


 その言葉に、ようやく正気に戻ったランドが言い返す。

 困ったように頰を掻く。何故か動いたわけでもないのに頰には汗が流れていた。緊張か、あるいは他の感情か。


 今しかないとか言われた所で、アリス・ナイトウォーカーは間違いなく強力なスレイブだし、そもそもランドにはフィル・ガーデンと争う理由がない。少なくとも、今のところ彼我の関係性も良好だと言えるだろう。


 今回の探求を見た感じだと、友と呼ぶには少し不安になるが、少なくとも親しい知人くらいには言っていいはずだ。

 ランドの言葉に、セーラがほっと息をつき、ガルドもこくこくとその強面を上下に揺らす。


 答えを受けたザブラクは、その件については特に何も言わなかった。

 そのまま、今度はランドの方にしっかりと視線を合わせる。真剣な表情。



「そして二つ目。ランドの旦那、女王の間の前であんたがフィル・ガーデンの目に何を感じ取ったのか知らねえが――それは恐らく見当違いだ。奴は敗北に慣れていて、そしてその欲望に果てはない。もしもあんたがフィル・ガーデンの事を心配しているのならばそれは、まだ奴を低く評価してるって事だ」

2017年。

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします!


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嘆きの亡霊は引退したい。

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