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クラフト・アーツ4-1

作者: 相良 葉

「以上のことが現在分かっていることの報告になります」

淡々と学園上層部のお偉いさん方を前にしながらプレゼンテーションを進める。

私の目の前には全部で十二人の学園運営の上層部となる重鎮達が座席に腰掛けている。

報告する内容は治癒術使いの二人のことだ。学園に入学して三ヶ月が経過したことによる現状報告である。

「ふむ……」

お偉いさん方は手元の資料を見比べながら、周りと相談したり考え込んだりしてる。

それもそうだ。この学園、いや全国レベルで見ても治癒術の能力者なんてほんの一握り。そのデータを見た所でそこから読み取れることなんて、私達本職のプロでも本当にわずかなことしかない。

しかも私は少し細工をして、東雲君のデータの方を授業でやった時の色別検査の低い値を申請しておいた。これはたぶん後々の判断に大きな影響を与えることになる。

Bー480なんて数値を馬鹿正直に報告すれば何が起こるかなんて簡単に予想が出来たからだ。それ以外にもいくつかの細かい細工を資料には施しておいた。

「槇下君。以上はわかったが、つまり……」

お偉いさん方の一人が悩みながら話し始める。

「えー。今の段階で流体防御の訓練を行なっていると? 我々の方針では治癒術を高めるという」

「お言葉ですが、では治癒術を実際に使う以外での治癒術を高める訓練方法を提示してください。現に東雲君は病院で治癒術を使うアルバイトを始め、神楽坂さんも七月度から歌を使ったアルバイトを始めてもらう予定です。それは報告にあった通りです。そちらで治癒術を使う以上、何かがあった時のために基礎を教えるのは間違っていないと思いますが?」

一気にまくし立てる。

治癒術使いのデータは本当に少ない。特にその訓練方法については私も一通り探したけど、実際に使う以外での方法で治癒術を高める手段はまだわかっていないのだ。

アーツは実戦で使うことでその力を高めることになるのが一般的だ。学園の基本方針もそうなっている。そのためのクラス戦といった仕組みだ。

「しかし……二年次があの状況では他のクラス戦も起きづらい現状で治癒術を高めるなど……」

「ですからアルバイトの手続きを取りました。下半期にならないと上位学年とのクラス戦は行われませんけど」

これは分かっていて話をそらした。

現在の二年次にはある問題が発生していて、二年生同士でのクラス戦が全く起きない状況なのだ。こちらも学園側が介入するかの議論がされている。

「ふむ……」

一番奥で話を静かに聞いていた一人の男性が息を漏らすと会議室は急に静かになった。

外神ソトガミ 十三ジュウゾウ。疑い深そうな眼。シワのよった額。まさに重鎮といった出で立ちのこの男は衣笠の学園の裏側をまとめる長みたいな奴だ。どうも私は好きになれないタイプの人間でもある。

「ならば。もしクラス戦が行われたら、彼らは治癒術を使うということに問題は無いのだな?」

静かに。でも会議室全体に響き渡るようにそう淡々と外神は話す。

「そういうことになりますね」

肯定しておく。これはまだ二人には話してはいないが、薄々は感じていることだろう。

今までは彼らがクラス戦の当事者だったのだ。もし他のクラス戦が行われれば呼び出される可能性があるのは二人共、分かっているだろう。だから別に心配もしていない。

「そういうことならばこちらから手配をしよう」

外神は深くニヤリと笑ったような気がした。こちらで手配する?

「槇下君は以上でいい。ここからは我々で話を進めさせてもらおう」

そのまま部屋から追い出される。

廊下に出て思いっきり深呼吸をした。流石に私でもお偉いさん方の前だと緊張する。

配布資料にはいくつかの細工を入れてある。あれを見ただけでは実際に二人を間近で見ている私以外に正確には理解出来無い項目が複数あるはずだ。

学園の上層部は東雲君の高速治癒。春香ちゃんの広範囲治癒。この二つを早く実戦投入したいと考えている節がある。

そのため、特例処置として何かを持ち出す前にこちらからいくつかの選択肢を先に潰しておいたのだ。と言っても、もう既に先手を打たれてしまったが……

だから念の為に早い段階で東雲君と春香ちゃんにはロイドの習得を目指してもらうことにしている。

「お、これはこれは槇下さん。ご機嫌麗しゅう……」

「斎藤。私、機嫌悪いの」

「顔、見たら分かるよ。上層部にご報告かい?」

斎藤サイトウ 寿孝カズユキ。私と同じ学園の研究員の一人。

飄々とした雰囲気とは裏腹に頭が結構切れる。私と同じ立場の教員兼研究員だ。彼は三年次の生徒を何人か担当することが多い。

「あの我道を行くエリート研究員の槇下様が指導教員の役目を引き受けた。それだけで俺たちの間では結構なショックが走ったんだぜ?」

斉藤はニヤニヤと笑いながらそんなことを呟く。

「しかもその生徒がまだ学園のこともよくわからないピッチピチの一年次。なのに治癒術が使えるという特待生候補。また難しいのを押し付けられて……」

今度はシクシクと泣く真似をされる。

「別に指導教員の仕事が苦だとは思ってないわ。そこそこ楽しいし。教えるのも悪くはないかなって少しだけ思い直した」

その点は二人に感謝である。

「って意外と苦労してない感じだな。俺だったら治癒術が使える奴なんて押し付けられたら何を教えればいいかわからなくなるよ。間違いなく」

その点は私も悩んでいる。

二人がロイドを習得したら次に何を教えればいいのか。今現在は全くプランが無いのである。

「まぁ……なんとかなるでしょ。それにそんな簡単にロイドは習得できないだろうし」

そう呟く。流石に東雲君が一月も掛からずに流体防御をほぼマスターしたのは焦った。飲み込みが異常に速いのだ。

「まぁお前も適度にやれよ。それなりの成果を出しとけば上は黙るんだから」

斎藤はあまり向上心がない。私もそこまで向上心は無いけど。

そのまま斎藤に別れを告げ、研究室に戻る。

廊下を一人で歩き、私のテリトリーである研究室に戻ってきた。

ソファに沈み込む。今の所は悪くはない。

次の正式な色別検査は九月度に入ってからだ。それまでは学園運営の上層部も下手に行動は起こさないだろうと私は踏んでいる。

……しかし外神の最後の発言が気になっている。

手配すると言ったのだ。何を? まさかクラス戦そのものを起こすつもりなのだろうか。

 東雲君の場合はEクラスでもうBクラス以外とクラス戦を行ったため、三ヶ月のクラス戦禁止期間に当てはめれば残りはBクラスしかない。

春香ちゃんの場合はAクラスで逆にEクラス以外とクラス戦の可能性がある。

つまり二人共、クラス戦が行われる可能性はまだあるのだ。

外神 十三に対してはあまり良い噂も聞かない。私は敵だと思って行動している。

……もしかしたら。どちらかに何かが起こるのかも知れない。そんな予感がふとしたのだ。



七月度に入る。まだ梅雨空を少しだけ引きずっているようだ。今日の天気は曇。

だけど今週末になるとどうやらそれも抜けきるらしい。天気予報はそうなっていた。

そして今日の午後から男の子の念願……というわけでもないのだけど、本格的なダッシュの実習が開始されることになった。

その実習方法がなんとプールで行うということだったのである。

一人、壁際でさっさと水着に着替えてじっとしている。コンシェルジュはロッカーに置いてきた。

まさかダッシュの訓練にプールを使用するとは思っていなかった。そりゃ先生も生徒にダッシュを教えにくいわけだ。

どんどん男子生徒が出てくる。その表情は皆、何処か気が抜けていてニヤニヤと何かを期待しているような目であった。

「おい。涼。なんだ? 余裕だな?」

そんな所をタケル君にこづかれた。

「別に。そこまで期待するもの?」

「そりゃ男子にとっては憧れにも近いんじゃねーか? しかも女子の水着姿がバッチリ見れるわけだからな」

そういって皆を眺める。そんな考えの人が男の子では大半のようだ。目がギラギラしている。僕みたいにのんびりしている方が少数派な気がする。

「それにコレは噂だが、Eクラスはレベルが高いって他のクラスがぼやいてたっていうのをさっき誰かが言ってたぞ。これは期待するしかないだろうが!」

そうタケル君に熱弁を振るわれる。その熱意を授業に持ってきてよとは思う。

水着は六月の終わりに各生徒で用意しておくこと。との連絡が教務課からあった。

そのため水着は各生徒のセンスが出ている。もっとも購入に時間を掛けるだけの余裕があまりなかったため、大半の人が衣笠の街で入手したはずだけど。

僕はいたって普通で青のトランクスタイプの水着を用意した。男子だとそこまで選択肢の幅がないかな。

タケル君はもうちょっとぴっちりとした赤が基調の水着を着ている。

しばらく見ていると、クラスの男子がほぼ全員出てきて、僕を先頭に列を作るように壁際に並び始めた。

あとは華の女子が出てくるのを待つばかりである。

「流石に女子は時間が掛かるな。しかし待つのも楽しみの一つだぞ?」

タケル君はニヤニヤと笑っている。

「そうですよー。女の子の水着姿ってやっぱり男の子は興味があるものなんですねー」

会話に加わるようにいつの間にか僕の隣に美作が来ていた。

「ちょ、お前! 俺らの感動を返せ!」

美作はよくある青のスクール水着にパレオを羽織っていた。しかし体のラインがハッキリ見えるなこれ。

「どうです? 美作の水着姿は? 今ならタダで見れますよ?」

くるくるとその場で回りながらこちらもニヤニヤと笑っている。美作は相変わらずである。

「これ男の子に話していいのかわからないですけど、七月度にプールの実習があるって発表されたのは結構ギリギリになってからじゃないですかー」

そう美作は呟きながら壁際にもたれかかる。

七月度にプールの実習があると説明があったのは本当に六月度の終わりだ。しかも週三回のペースで行われるらしい。

「それで女の子は阿鼻叫喚な事態になったのですよ。皆そんなこと全然考えてなかったですからね」

まだニヤニヤと笑っている。言いたいことはなんとなく分かる。

……まぁ意図せず水着姿を男の子の目に晒すことになるってことだよな。

「まぁ美作はわりとどうでもいいのでこんな感じですが、他の女の子達はそれはそれは面白かったですよ」

美作はまだニヤニヤと笑っている。こいつは本当にいつも通りだな。

「と、噂をしていたら女の子の登場なのです」

美作が女子側のロッカーの方を指さす。

その先からビート板で上半身を隠した女子が少しずつ出てくるのが見えた。

……男子から軽く落胆の声が上がる。そこまで期待していたのか。

「お前達。隠してもしょうがないだろ? もう実習も始まるというのに……」

そんな中を颯爽と黒いビキニの神島さんが通り抜けた。よく似合っている。神島さんってスタイルいいな。それが黒で引き締まってすごく格好よく見える。

「だってだって……晶ちゃんは自信があるからいいよね! 他の人っていうかクラスの大半の人はそうじゃないもん!」

ビート板で上半身を隠している凛さんが軽く叫ぶように言い放った。黄色の水着がビート板を持つ手の隙間から見える。

大半の女の子がそうやって体の何処かを隠している。それを壁際から眺める男の子一同。

そこに先生もやってきた。

「はいはい。例年通りですね。実習を始めますよー」

「先生。例年通りだと言うならば、もっと早くにプールでの実習があることを教えて下さい!」

女の子から悲痛な叫びが聞こえる。

実習が始まるので、女の子が諦めたようにビート板をタイルの床に降ろす。

男の子からはおおーという軽い称賛の声があがる。そのままざわめきが広がっていく。

皆、色とりどりな水着を身に着けていた。これから実習って感じよりもプールに遊びに来たって感じを受ける。

凛さんは黄色いワンピースの水着だし。纏さんも淡い水色のセパレートの水着を着ていた。どちらもよく似合っていると思う。

神島さんみたいに自分に自信がある人はやっぱり少ないみたいだ。その人達が列の前の方に来ている。

……それを男の子はしげしげと眺めていた。眼福だと呟いている人まで居る。

「おほん。七月度に入りました。本日から本格的にダッシュの訓練を始めます」

一通り生徒が落ち着いたのを見てから先生が話し始めた。

「ダッシュの訓練は水上で行います。まずは手本を見せますね」

そう話すと何ということもなく、先生がプールの上を歩き始めた。

「!?」

生徒から驚きの声が上がる。

言葉通りだ。プールの水の上を先生は歩いている。

「これは皆さんも後期に習う流体防御が出来ていれば水の上を歩くことが出来ます。今はその前の段階であるダッシュですね」

プールの中央まで歩いて行った先生はその場に留まりながらそう呟いた。

「ダッシュはシールドと同じく一定のアーツを一気に今度は脚部から放出する技術です」

説明が続く。先生は水の上に浮いたままだ。

「このように……」

バシャンという水が跳ねる音が聞こえ、先生がこちら側にまで戻ってくる。

「一気に放出することでダッシュを発動させます。これが出来るようになれば水の上を走ることが出来るようになります」

と、いつもの感じでいとも簡単に手本を見せてくれた。

「まずは……そうですね。もうダッシュが習得出来ている生徒から見せてもらいましょうか。水に入るのと同時にダッシュをすれば水を切るように走ることが出来ますので」

そう言って僕も含めた何人かが前に呼ばれる。

この段階でダッシュが出来る……と思われる人物は、僕、連君、及川、美作、あと橘さんの計五名である。

一番手と言われたのでそのままダッシュを発動させながら水の上を一気に逆側まで駆け抜ける。

二十五メートルのプールで水に足がついたのはわずか三回だ。その三回で逆側までたどり着ける。

ここでダッシュをしながらアレ? と思った。何か少しおかしいと感じたのだ。

「東雲君は出来ますね」

そして教師のこの発言である。東雲君は?

続いて連君。こちらも僕の居る逆側までダッシュで水の上を切るように走り抜けてきた。

気のせいかな? と思った。けど連君だしな。

続いて及川の挑戦である。

ダッシュを発動させ、水の上を走る。

……はずだったのだけど、一歩目から水に対して斜めに突っ込み、ドボンと大きな音を立ててそのまま水没していった。

ゴボゴボと慌てたように及川が水から顔を出す。

「と、ダッシュが完璧ではない場合、このように水に対して斜めに発動してしまいます。結果は見ての通りですね」

と、先生が解説を添える。

やっぱりダッシュにもある程度の幅があるのか。及川のダッシュはまだ出力とコントロールが完璧ではない様子であった。

続いての美作は逆側まで簡単にたどり着いた。けど、その次の橘さんは及川と同じく水に沈み込んでいった。

出来る人と出来無い人がはっきり別れた形だ。

「ふむ……Eクラスは現状三人がダッシュの習得が完了ですね。このようにしてダッシュが習得出来れば水の上を走ることが出来ます。またこれは八月の終わりに試験があります」

生徒から軽く悲鳴が上がる。やっぱりこれもテストがあるのか。

「まずは水に対して浮く訓練から行います。それが出来れば先ほどのように斜めに水に突っ込むことは少なくなります。そのあとで今度はエネルギーを出力する訓練となります」

そのまま教師が説明を続けている。

水の上でダッシュをした感じなのだけど、地上でやるよりも精密なコントロールが居るような気がしたのだ。

と言うかダッシュを軽く斜め上に向けて発動しないと及川みたいに水の中に突っ込むことになると思った。

「フッフッフ。中学の頃に習っておいてよかったのです」

美作が隣で不敵に笑っている。

「もうダッシュが習得出来ている人はこの時間は自由にして構いません。ただ後期の流体防御の訓練に繋がりますので水に浮くことだけは合同で練習してもらいますが」

と、こちらに向けても説明があった。

言われたので試してみる。流体防御を水の上で発動させるのだ。

一歩、水の上に踏み出しながら流体防御のシールドを展開する。

自分の体重と出力のバランス調整が必要なのか最初は戸惑ったけど、その感覚を掴むことが出来れば水に浮くことが確かに出来た。

不思議な感じだ。水の上に立っている。

立っている間、常に流体防御を発動させているようなものだから意外と大変だけど。

「ふむ……やはり東雲君はもう出来るようですね。ではそのコツを他の生徒に教えてあげてください」

その様子を見ていた教師からそう告げられた。

「ではこれよりダッシュの訓練とします。まずは水に浮く方法を教えます」

そうして実習が始まった。


最初はもう既にダッシュが習得出来ている三人も実習の輪に加わる。

「まずは小型のシールドを展開出来るようになることです。見本を見せますね」

やっぱりそこから入るのか。先生が右手を突き出して小さなシールドを展開する。

「これを脚部……言ってしまえば足から出せれば水に浮くことが出来るようになります」

しかしここで問題が出てくる。

シールドのタイプだ。円のように発動する人達や一体型と呼ばれる纏さんのような人が居るのだ。

普通に盾のように展開出来る人はあとはサイズ調整をするだけだけど、まず半分くらいの人が水に入る前にシールドの練習からスタートする。

ちなみに連君と美作のシールドは盾タイプだ。だからコツさえつかめばすぐに水に浮くことは出来るようになると思う。

「で、流体防御ってなんです? それ美作も出来ないとまずいですかね?」

一通りの説明を先生から受けた後で美作が僕の方に寄ってきた。

「簡単に言ってしまえばその小型のシールドを好きなタイミングで発動できるようになること。後期に入ったら皆も本格的に習うって聞いた。今は出来なくても問題無いと思うよ」

そう説明しておく。僕も最近習ったばかりだからまだ教えるというレベルにはない。

実習の方は小型のシールドが展開出来た人から水に浮かぶ訓練が続けられていた。

それをダッシュがもう習得できている三人は逆側のプールサイドから見ている形だ。

「見てると面白いですねー。皆、一歩踏み出してはブクブクと沈んでいきますよ?」

それを見て美作はケラケラと笑っている。

そうなのだ。やはり最初は難しいのか、皆一歩目を踏み出すのと同時に水に沈んでいく。

水に浮かぶ訓練をしてるってことは小型のシールドが出せたってことだろうから、思っていたより意外と多くの人がチャレンジしている感じだ。

「笑ってるけど美作もダッシュを使わないとたぶん沈むぞ?」

「それはそうですけど。まぁゆっくり練習するのですよ」

そういって水際に歩いて行く。小型のシールドが出せるなら問題となるのはあとはその出力の調整だけだ。

「隙ありなのです!」

そのまま水に浮かぶ練習をするのかと思ったらこちらに水を掛けてきた。こいつは……

「ウォール!」

予想出来たのでこちらも盾を出して水を防ぐ。

「ずるいのです! 水で出来た盾なんて出されたら防がれるに決まってるのです!」

「お前の行動がだいぶ予想出来るようになってる。案外単純だな」

美作は面白いことには何にでも首を突っ込む性格だ。行動原理もそれと同じ。

「にしても暇ですねー。実習の時間がこんなにぽっかり空くなんて思ってなかったのですよ」

一通り水でバシャバシャと水際で遊んで飽きたのかこちらに美作が戻ってくる。

連君はもう完全にやる気がないようだ。端っこの方で寝てる。

「まぁしばらくはこんな感じなんだろ。今まで通りだったら最後の三十分は遊べるんじゃないか?」

仕方ないので美作の相手をしておく。

「まぁしょうがないですね。美作も暇つぶしに端っこでアーツを発動して時間を潰してくるのです」

そう呟くと美作はテクテクと連君の側まで歩いて行くとコロンと横になった。

僕だけ残された形だ。暇なので他の生徒を眺めておく。

どうやら生徒は三つのグループに分かれているようだ。

一つ目。小型のシールドを展開することを練習中の人達。

これは盾タイプのシールドを出す事を目的として練習しているようだ。まだ水にも入っていない。

盾タイプのシールドは流体防御で必須になる。だから予め訓練内容として考えられているのだろう。

二つ目。水に浮かぶ練習をしている人達。

これはもう小型のシールドが出せた人達だろう。プール初日だけど結構、水に浮かぼうとしている人がいる。

見てた限りだと神島さんが浮かぶのに成功したようだ。だけどしばらく水に浮いた後で沈んでいったが。

僕も長時間、水に浮いていることはたぶん難しいからこれは少しでも浮かべればいいのだろうと思う。

三つ目。水上でダッシュの練習をしている人達。今は及川と橘さんだな。

小型のシールドは二人共出せたみたいである。そのまま水の上に浮かび、そこからダッシュで移動する訓練をしている。

が、そのダッシュで移動した次が難しいようだ。そのまま水に勢い良く突っ込んでいくのが見える。

案外ダッシュの訓練は難しいみたいである。出力さえ出来れば大丈夫だと思っていたら水に対して水平より多少斜め上に力を発揮しなければならない。

それに及川も橘さんも戸惑っているようだ。まぁでもそのうち出来るようになると思うけど。

と言った感じでプール初日は皆の様子を伺っていた。特にやることも無いので暇である。

残り時間が三十分ほどになったらいつも通りの自由時間である。生徒から歓声が上がる。

「見てみてっ! 行っくよー!」

凛さんが張り切りながら大きく右手を振るう。そうするとプールが中央でバッサリと二つに割れたのだ。真ん中に道が出来た形だ。

「凄いのですー! 水が割れたのです!」

いつの間にか戻ってきた美作とその他数人がその通路に突っ込んでいく。

「凄いでしょー! 私の得意技!」

凛さんがエッヘンと胸を張る。

その瞬間。気がそれたのか水の道が閉じてしまった。

「あわわわわ……」

そのまま一気に水が左右から押し寄せて渦のようになり、美作と他数名が巻き込まれて流されていった。

「あ、やっちゃった。ごめんねー」

軽く笑いながら謝っている。凛さんの重力ってこんな使い方も出来るのか。

「涼! 隙あり!」

後ろからタケル君に持ち上げられプールの方に投げられる。

反射的に流体防御を使って水の上で体勢を整える。

「危ないってば」

「おお。それが流体防御って奴か。すげーな。完璧に水に浮いてるぞ」

ただずっと流体防御を使うわけだから意外ときついけど。

「隙あり!」

そこをさらに凛さんが重力波を僕に向けて放つ。

「ちょ……」

ミリミリと体が水に沈んでいく。流石に受け切れないって。

ダッシュを発動させ、重力波の範囲から脱出する。

「逃げられた! なんとしても涼君を水に沈めるの!」

その掛け声に団結したのか生徒がワラワラと寄ってくる。皆こういう時だけしっかりしてるな。

「こっちは数で勝負だ。そのまま押しつぶせ!」

タケル君の指示で何人かが飛んでくる。

……そっちがその気なら逃げ切ってやる。

「水天!」

威力を調節しながら水球を呼び出す。

飛びかかってきた生徒を逆に水の中に叩き落とす。ちょっと容赦が無い。

「後ろががら空きなのです!」

ビート板で水天をやりすごした美作が後ろから飛びかかってくる。こいつ水天が連続して使えないことを知ってるな。

仕方が無いので流体防御で美作を吹き飛ばして仕切りなおす。美作には容赦は要らない。

「ではこんなのはどうだ?」

神島さんまで協力してきた。僕の頭上にかなり巨大な氷を出現させる。

それを凛さんが重力波で加速させる。

「って、氷って地面に面してないと使えないんじゃ……」

結構、動揺する。頭上に広がる氷はかなり大きい。

「最近、使えるようになったんだよ。それよりどうする? 流石に押しつぶされるか?」

神島さんはクックックと笑っている。

……負けるわけには行かないよね。

「ウォール!」

水の壁を出して受けてみるけど氷の方が大きいし重力で重さの分、威力がある。水の壁じゃ受け切れない。

水があるなら利用すればいい。

「勁!」

氷の塊の中央に強力な衝撃波を叩き込み大きなヒビを入れる。あとは勝手に氷の大きさから自壊していった。

「むっ……これもダメか」

神島さんがそうポツリと呟いた。砕いた氷が空から降ってくる。これもわりと危ない。

その瞬間、凛さんが纒さんに耳打ちしている様子が見えた。

……まだ続くのかこれ。

「しょうがないわね。エアレイド!」

風の矢が僕めがけて飛んでくる。

「ウォール!」

慌てて水の壁を展開する。

が、風の矢は僕をそれて周りの水面に次々に着弾する。

それと同時に大きな水しぶきが上がる。

まさかこれって……

「再度! 隙あり!」

凛さんの声が聞こえ、プールの水がまた半分に割れる。

その間に僕が落ちる形だ。エアレイドは目くらましか。

「痛っ……」

プールの底に落ちる。水は重力で左右に別けられている。

「終わったな! これで重力を閉じれば……」

「私達の勝ち!」

そのまま凛さんが両手を振り下ろす。

……ここまでやられたら僕だって負けたくはない。

水が左右から迫ってくる。一瞬で脚部にエネルギーを溜める。

一度も試したことはなかったけどきっと出来るはずだ。

ダッシュをする要領で今度は縦に飛び上がる。

「!?」

生徒から驚きの声が上がる。僕はそんな皆を見下ろす視点ぐらいまで飛び上がった。

凛さんが慌てて重力を発動させたけど、その時には既に水面より上に僕は居た。

そのまま閉じた水の上に着地する。

「はいはい。そろそろ実習はおしまいですよー。こんな感じで七月度は進めていきます。各自、水着を忘れないようにしてくださいねー」

教師が割って入る。よし。逃げ切った。

「くっ……次こそは沈めるから!」

凛さんを筆頭に何人かがとても悔しそうな顔を浮かべている。そこまでして僕を沈めたかったのか。

僕もプールから出る。まぁ遊びとしては中々楽しかったけど……これ毎回は厳しいよ。

流体防御を使う時は大抵一瞬だ。それを使い続けるのはまた別のエネルギーを使っているような気がする。

「おしかったな。次こそは沈めるからな」

そう隣でタケル君が呟いた。

「何をそこまでして皆で僕を水に沈めたがるの……」

あの一致団結感は中々怖い。

「いやー。お前って何でもすぐに出来る感じじゃん? 実際シールドもダッシュもすぐに習得してたし。それに軍師だし。その軍師さん抜きのEクラスで何か出来たらスゲーじゃんか」

それだけの理由で狙われるのか。

「まぁそれだけEクラスがまとまってるって意味でもある。次こそは……って凛とか絶対思ってるはずだからな」

僕が狙われるのに少しだけ納得がいかないけど、確かにクラスがまとまってるような感じは受けた。

……こんな感じで初回のプールの授業は過ぎていった。


「まだ遅い! もっと反応速く!」

ヒュッという音の後で視野外から蹴りが飛んでくる。

右腕で流体防御を発動させ、槇下さんの蹴りを受け流す。

「ふむ。だいぶ反応は出来るようになってきたね」

そのまま距離を取り、少し休憩。

指導教員の授業である。最近は開始と共に槇下さんと組手のような物を行うのが習慣になっている。

「でもまだちょっと遅い。もうちょっと速く反応出来無いと攻撃に転じれないよ!」

流石にボコボコにされ続けて、僕も慣れてきたのか、槇下さんのロイドをだいぶ防げるようにはなってきた。

しかしやっぱり防ぐのが精一杯で、そこから反撃と言うわけにはなかなかいかないのが現状だ。

「もう一回行くよ!」

その言葉の後。視界から槇下さんの姿が消える。

一瞬で背後に回られ、首筋を狩るように右足での蹴りが飛んでくる。

上体を前に傾けて避け、前方に転がるようにして距離を取る。

「そこで逃げちゃ反撃のチャンスが潰れるよ!」

槇下さんは地面に着地するのと同時に前にダッシュを発動させ一気に僕との距離を詰めてくる。

懐まで潜り込まれ、右手でのアッパーを流体防御で受け流し、そのまま槇下さんと接近戦をする形だ。

「反撃出来るならしてみて! 私は攻めるよ!」

そのまま槇下さんの連撃が続く。まず左手での僕の右肩辺りを狙ったジャブ。体を半身にして避ける。

次がそのままスピードの乗った右回し蹴り。ここで距離を取るから反撃出来無いのだよな。

それがわかっていたから今度は流体防御で防ぐ。

「お?」

槇下さんが驚いた表情を浮かべたのが見えた。

初めての反撃だ。こちらの右ストレートを相手の蹴りに合わせて放つ。

「上出来。でも距離が悪いね」

軽く上半身を後ろにそらすだけで僕の右ストレートを完璧に見切られた。そのまま左肘が飛んできて慌てて流体防御で受ける。

流体防御の発動が一瞬遅れたため、完全に威力を殺しきれず真横に十メートルぐらい吹き飛ばされる。

ズサーと地面をすべる。空中で体勢を整えられたから着地はなんとかなった。

「ふむ……飲み込みはいつも通り速い。武術の経験が無くても反応がここまで出来れば問題はないかなー」

パンパンと手で服を叩きながら槇下さんがそう呟く。

そのタイミングで神楽坂さんがセイレーン・ボイスを発動してくれる。

「もうそろそろロイドの習得に入っても問題ないレベルかな。その前に春香ちゃんも同じレベルぐらいまで引き上げる必要があるけど」

そうポツリと槇下さんが呟いた。

やっとロイドか。まだどんなものなのかはよく分かっていない。

「じゃ春香ちゃんの方やろうか。そろそろ組手のペースを少しずつ上げてくよ! 東雲君は休憩!」

そのままその場に腰を降ろす。

神楽坂さんと槇下さんが組手のような物を始めるのをちょっと離れた位置から見ていた。

神楽坂さんも、もう流体防御の基礎は出来ているのだ。あとはタイミングをあわせて発動することが出来るようになるだけ。

そのタイミングの間隔をどんどん速くしていくのだ。最終的には今の僕みたいなことになる……のかな。自信はない。

「春香ちゃんも飲み込みは速いからガンガン練習するよ! すぐに東雲君ぐらいまでには追いつけるはず!」

組手のペースは結構速くなっている。最初のゆっくりした物から見たらだいぶ組手らしく見えるぐらいだ。

実際の授業でもこんな感じで進められるのだろうか。二人一組で組手形式の方が覚えやすい気はする。

流体防御を覚えたら格段に接近戦での防御力が上がる。

完全にすべての攻撃が防げるわけではないけど、かなりの攻撃を受け流すことが出来るようになるのだ。流体防御が使えるだけで立ち回りなどがかなり変わってくる。

実際、これのおかげで対Cクラス戦は楽になった部分もある。しばらくクラス戦は流石に無いだろうけど、これは早くクラスの皆にも習得してもらいたい技術である。

槇下さんは神楽坂さんにはかなり気を使っているのか、防げそうにない攻撃は全て寸止めで止めている。

僕には全く手加減が無いのに。でも流体防御を覚えるのにこの差は大きいぞ。

そのまましばらくは神楽坂さんと槇下さんの組手を見ていた。


「ま、こんな所かな。春香ちゃんはもうちょっと落ち着いて流体防御を使えるようになればほぼ習得は完了。でもちょっと不安が残るけど」

一時間ぐらいだろうか。流石に神楽坂さんが疲れてきたようなので休憩に入る。

神楽坂さんの方に歩いて行って今度は僕が治癒術を発動させる。治癒術は単純な疲労なら取り除ける。

「……ありがとう」

僕のケガは神楽坂さんが。神楽坂さんのケガは僕が。それぞれ互いに治癒術を掛け合う形だ。割合的に僕の方が圧倒的に治癒術を掛けてもらうことが多いけど。

「じゃ、ちょっと打ち合わせでも始めましょうか」

と言って槇下さんが近くに来て腰を降ろす。

「えっとね。これはまだ計画中のことでどうなるかわからないんだけど、二人共。八月前半の休みってどうするとかもう決めてる?」

学園は八月の前半二週間に夏季休暇がある。

「実家に帰れればなぁとは思ってました」

僕も特に何も無ければ孤児院の方に戻ろうと考えていた。けどこの槇下さんのちょっと申し訳なさそうな顔を見ると……

「学園側からの指示でね。二人共、休みがなくなりそうなの。たぶん陸軍の駐屯基地に派遣されることになると思う」

そう槇下さんから説明が続けられる。やっぱり何かあったか。

「東雲君はなんとなくわかってたみたいな顔だね。悪いんだけどそういうことでちょっと休みの間は用事を入れないで欲しいの。まだ正式決定じゃないけど、恐らくそのうちに決まるから」

槇下さんにしては申し訳なさそうに小さな声で話す。

「陸軍に派遣とか何やらされるんですか?」

気になったので聞いておく。

「それが私もよくわからないの。軍に派遣……学園の方針から見れば治癒術を使わせたいってことだと思うんだけど、実際はどうなるかわからないの。だから二人共、早い段階でロイドを習得してもらいたいって考えてる」

槇下さんでもわからないのか。学園の上層部が何を考えているのかなんてわかるわけもないか。

「一般的に軍ではロイドを習得出来て一人前って形だから陸軍の兵士は基本的に全員がロイドを使えるよ。だから何かあった時のためにロイドを先に習得してもらいたいの」

それに異論は無い。ロイドを習得するにこしたことはないだろう。

「ただ、東雲君はCクラスの連花ちゃんに全ての技を見切られてるから新技でも開発したいだろうけど、それより先にロイドね。それが終わったら新技開発に付き合うから」

そうなのだ。僕は連花さんに全ての攻撃が見切られた。次に連花さんを相手にしたらまず勝てない。その対策をする必要があるのだ。

「まぁ七月度。それにたぶん八月度もロイドの習得と熟練を目指してもらう形にはなると思う。もう二人共、流体防御の基礎は出来てるからあとはそこまで時間が掛かるわけじゃないと思うけど、ロイドは極めようと思えば何処までもいけちゃう技術だからね」

ロイドの習得か。と言っても普通の人も後期に入ったら習得する技術だけど。

「もうちょっと春香ちゃんの流体防御をやってから正式にロイドの訓練に移ります。たぶん来週ぐらいから本格的にロイドを教えるよ。二人共それは覚悟しといてね!」

槇下さんがそう宣言して話がまとめられる。

「じゃ、七月度の日にち決めて今日は解散としようか。こんな感じで今月はやっていくから」

そのまま話し合いの結果。月、木、日の三日に指導教員の授業を行うことになった。またいつも通りである。

……そしてこの日から神楽坂さんもバイトをすることになっていた。


夜の衣笠の街を槇下さんと歩く。

神楽坂さんは一足早くバイト先に向かったようだ。どうやら十九時から二十二時までの三時間をバイトとして担当するらしい。

「神楽坂さんのバイトって結局、バーで歌うんですっけ?」

歩きながら槇下さんに尋ねる。

「そうだよー。春香ちゃんの治癒術ってより歌の方に注目が集まってるから。そっちを優先することになったの」

薄暗い路地の間を歩いて行く。こんな所でバイトをするのか。神楽坂さん。

「日給扱いで一日百ルピス。まぁ三時間だからそんなもんかなぁとは思う。春香ちゃんは東雲君みたいにルピスが特別、必要ってわけじゃないからね」

歩きながらそう説明があった。

「治癒術はあくまでおまけ。歌がメインっていうのが東雲君のバイトとは全く違うからたぶんびっくりするよ?」

ニヤニヤと笑いながら槇下さんはそう呟いた。

「ついた。バー『カレル』。ここで春香ちゃんが歌姫デビューするの」

槇下さんがそう呟いて扉をくぐる。

かしこまった所にある良い感じの雰囲気が漂っているバーだ。店内はそこまで広くは無い。大体二十席ぐらいと言った所だ。

奥の方にピアノと小さなステージのような場所がある。たぶんあそこで神楽坂さんは歌うのだろう。

どう見ても子供が二人。入ってきたのを不審な目で見るお客さんが多い。

が、槇下さんはそんなことを気にせずカウンターまでずかずかと歩いて行く。

「マスター! いつもの!」

「おや奏ちゃん。可愛い教え子の晴れ姿を見に来たの?」

マスターと呼ばれた女性がカクテルを作りながら槇下さんに声を掛けた。どうやら槇下さんは顔見知りであるらしい。

「東雲君。軽食もあるから好きに頼んでいいよ。今日は私のおごりだ!」

「まぁ。わりとご機嫌ね。そっちの彼は初めまして。バー『カレル』の主人。服部ハットリ ツムギです。よろしくね」

軽くこちらも挨拶をしておく。ふくよかで上品そうな和服美人な人だ。着物を着ていて結構年上な方だと思うけど大人な魅力にあふれている。

注文はホットクラブサンドを注文する。

「あの子。いいわね。すごく良い感じで仕上がってるわよ」

手が空いたのだろう。槇下さんの前に腰掛け、マスターの紬さんが呟いた。

「ほほう。それは楽しみ。春香ちゃんも治癒術使いじゃなくて歌に興味が集まるとは思ってなかっただろうし」

それが僕との一番の違いかな。

神楽坂さんは治癒術とは違い、他の魅力でバイトを始めたのだ。それは純粋に凄いことだと思う。

「いつ出てくるの? もうそろそろ時間だけど」

さっきからガンガンお酒を飲みながら槇下さんがそう呟く。この人この見た目でかなりお酒に強いみたいである。

「もう準備は出来てるわ。もうちょっと常連さんが来てからお披露目ね」

軽くウインクをしながら紬さんがそう返した。ちなみにホットクラブサンドはかなり美味しかった。

「ここでは毎日、日替わりで夜の時間にステージで歌ったり踊ったりする人を雇ってるの。神楽坂さんはその歌う役を引き受けてもらったのよ」

そう僕に対して説明を紬さんはしてくれた。

小さなお店だけどいきなり歌うのか神楽坂さん。大丈夫なのだろうか?

「ちなみにこっちの子って彼氏?」

「そうなの?」

二人してこちらに詰め寄ってきた。

「違います。同じ立場の生徒ですって……」

否定しておく。神楽坂さんにも迷惑が掛かる。

「あら残念ね。でもきっと後で後悔するわよ?」

そう意味深に紬さんが呟いたのが印象的だった。


神楽坂さんのバイト開始の時間も大きく過ぎ、もう二十時にさしかかろうとした所でようやく舞台の方で動きが見えた。

舞台の袖から黒いドレスを身にまとった神楽坂さんがぎこちない動きでステージの方に歩いて行くのが見えた。

普段の印象とだいぶ違う。一通りのメイクもされているようで、かなり綺麗な姿に見えた。

それを店内に居たお客さんも物珍しい様子で見ている。

舞台の上に設置されたマイクの前にまで辿り着くと、特に自己紹介も無いまま神楽坂さんはいきなり歌い始めた。

セイレーン・ボイスが発動しているのだろう。癒される感じを受ける。

歌声はいつも通りだった。神秘的と表現するのがふさわしいような。そんな感じを強く受ける歌。

最初はがやがやとしていた店内がサーッと一気に静かになった。皆、歌を聴く事に集中しているようである。

静かに歌は続く。実に良い感じである。

お店の雰囲気にも合ってるし。歌い始めたら神楽坂さん自身も落ち着いたようである。

そのまま一曲を歌い終えた。そして近くにあった椅子に腰掛けて一休みするようだ。

パチパチと槇下さんが大きく手を叩いてる。それにあわせて店内から大きな拍手が向けられた。

それと同時に結構な数の人がステージの方に向かって席を移動しはじめた。

……ものの数分の出来事である。

「ほら! やっぱり! 私の言った通りでしょ!」

槇下さんはかなりご機嫌である。ちょっと酔ってるな。

「十分ね。これは新しい客層も取り込めるかも。お店的に学園生をおおっぴらに迎え入れるのってダメなんだけどね」

紬さんも満足したようだ。

神楽坂さんの歌声が認められたようだ。お客さんも不満を持った人はいないみたいだし。

ステージの前が賑やかになっている。それに神楽坂さんは遠目には戸惑っているように見えた。

と、見ていた僕と目があったような気がする。そして神楽坂さんは少し安堵したような表情を浮かべた。

「知らない場所。知らない人の中で知っている顔が見えるとホッとするものよ。貴方、中々彼女に好かれてるじゃない」

クスクスとそんな様子を軽く笑いながら見ていた紬さんにそう呟かれた。

……たまに僕もこのお店に来ようと思った。



日常は続いていく。今日は普通の授業の日だ。

いつものように講堂に向かう。曇りがちな天気だけど、午後から回復するらしい。

もう七月度と既に三ヶ月も学園に通っているのだからだいぶ学園生としての自覚が芽生えてきた。

それと同時に手を抜くことも考えている人が増えたとも言える。わりと皆、気楽に過ごしている。

……というより、七月の中ほどに迫った期末テストから目をそむけているような気がする。

そうなのだ。当たり前だけどまたテストがあるのだ。しかも今回は中間テストと違って科目がかなり多い。まだそこまで本格的に動き出している人は居ないと思うけど、慌ただしくなるだろうと予想は出来る。

今回はしっかり授業のノートを取っている。バイトの方も慣れてきたので結構余力があるからなんとかなっている。

周りの人は……テスト前になってから慌てるのだろう。タケル君は寝てるし。凛さんは頭からよく煙が出てるし。

講堂の前の方にある端末にコンシェルジュをくっつけて、自分の席に向かう。

もう既に皆が来ていた。軽く挨拶を交わす。最近ちょっと時間にルーズである。まだ授業前だけど。

七月度ということで皆、服装が半袖や薄着に変わっている。でも女の子は羽織る物も持っているみたいだった。

七月度から空調が入り、講堂ではクーラーがつけられるようになった。だから授業中はかなり快適である。

いつも隣で気持ちよさそうに寝ているタケル君が羨ましいと思うけど、テスト前の悲劇を考えたら悩ましい所である。

軽く雑談をする。いつもと同じ感じだ。

今度こそしばらくはクラス戦がないはずだから、こんな平和な時間が続くのだろうと思う。

……そう思っていたのだけど。


講堂に慌てたように美作が飛び込んできた。

「出来立てほやほやのビックニュースなのです!」

そう言って生徒の視線を一同に集める。

「なんとなんと! あのAクラスがCクラスに宣戦布告をしたのです!」



……話は少し遡る。

朝早く、授業が始まる前にCクラスの講堂に二人の女の子が現れた。

「なんや? 見慣れん顔が二人もおるけど」

Cクラス代表の連花さんが前に進み出る。

「貴方がクラス代表の方ですわね……」

ふむ。と値踏みするように高飛車な態度の篠宮さんは一瞥を向けた。

「そうや。ウチがCクラス代表の前園 連花や。何か用事でもあるんか? Aクラスのお二人さん」

その視線を余裕を持った態度で跳ね返し、連花さんはそう告げる。

「あら……こちらのことをご存知ですのね。なら話は早いですわ」

篠宮さんが一度、言葉を区切る。

「私達Aクラスは正式にCクラスに対して宣戦布告を行いますわ! 今日はその挨拶に参ったのです!」

Cクラスの全員に聞こえるようにハッキリと篠宮さんは言い放った。

「それはいいんやけど……ちょっとまってや。今から二週間後やとテストとバッチリ被ってしまうで」

連花さんがそれに答える。

この日から二週間後はテストが始まる頃だ。タイミング的には少し悪いと言わざるを得ない。

「クラス戦にケガはつきものや。もしクラス戦でケガをした生徒が出たらその生徒はテストが受けれへんってことになる」

連花さんが少し考えたようにそう答える。

「あら意外ね。臆病風に吹かれたのかしら?」

それを軽く嘲笑うように篠宮さんは呟いた。

「そういうわけやない。だからクラス戦の日にちをもっと後にしてほしいんや。出来ればテストが全部終わった後……そやな。七月の終わり頃。二十九日なんてどうや?」

テスト週間が終われば数日のテスト返しの期間を挟んで夏季休暇となる。

そのテスト返しの日程にクラス戦を調節しようと連花さんは言い出したのだ。

「ふむ……そういうことですか。それでしたらいいですわよ。私の権限でどうにでもしましょう」

それに篠宮さんが乗った。その瞬間、連花さんがニヤリと笑ったのを一緒に来ていた神楽坂さんは見逃さなかった。

「ほな決定な。七月の二十九日にクラス戦。正々堂々と勝負しようや」

「ええ。その日程で申請しておきますわ。Aクラスの強さを見せつけてあげましょう!」

そう言って篠宮さんは神楽坂さんを引き連れた状態でCクラスの講堂を出ていった。

「ふう……まぁこんな所か」

その様子を見て、一息入れる連花さん。

「代表。クラス戦なんて受けてよかったのか? あの刀はこないだのクラス戦で東雲に折られたんだろ?」

質問が男子生徒から飛ぶ。

「それや。それがあるからわざと日にちを後ろにズラしたんや。ウチの愛刀。白水の修理に一ヶ月ぐらい掛かるからな。急いでもろたら二十九日には間に合うやろ」

ニヤリと連花さんが不敵に笑う。

どうやら最初の情報戦ではCクラスの方が一枚上手だったようだ。

「それに……ウチにちょっと考えがある。まぁまだわからんけどそこそこ面白いことになると思うわ。皆、楽しみにしとき!」

そう全体に向けて話す。

「あ、テストだけはウチじゃどうしようもないから各自で頑張るんやで!」

そうオチも付け加えた。


……こうしてAクラスとCクラスのクラス戦の開幕が決まった。



再び舞台はEクラスに戻ってくる。

ざわざわと生徒が話している。他のクラス戦は初めてのことだ。やっぱり皆、興味があるのだろう。

「どっちが勝つと思う?」

周りに居た皆に話しかける。

「全くわからん。が、Cクラスの代表がずば抜けてるからやっぱCなのかねぇ……」

タケル君がそう呟いた。実際に連花さんにタケル君はやられている。

「でも仕掛けたのはAクラスでしょ? それならCクラスに勝てる自信があるってことだよね?」

凛さんが呟く。その通りだ。

仕掛けたのはAクラス。僕達が戦った時から二ヶ月が経過している。どれだけ進歩があったかはわからないのだ。

「他のクラス戦ってことは今度は見学が出来るのかしら。それは純粋に楽しみね」

纏さんが呟く。また槇下さんが暗躍しそうではある。

そんなことをふと思った時であった。

もう教師が来ているのにそれを押しのけて美作が教壇に立った。

「ハイハイハイ! 注目なのです! 他のクラス戦が行われるのです。そこで! Eクラス内でどちらが勝つかトトカルチョを開くのです!」

元気よく美作がそう宣言した。

ここにもクラス戦を賭け事の対象にする馬鹿が居た。

「美作が今回の賭けの親をやるのです。皆にはどっちが勝つか予想してもらうのです!」

手早くコンシェルジュを開いて画面を操作する。この感じだと美作は予め、他のクラス戦があればこういうことをするつもりだったようだ。

「賭ける物は何でもいいのですよ! 個人間ではルピスのやり取りが出来ないので、何か品物とどちらのクラスに賭けるのかを美作に申告してくださいのです。期限は……そうですね。クラス戦の一週間前ぐらいまでにしましょうか!」

元気よく美作が話す。すごく生き生きとしている。教師も面白そうだと思ったのか美作の好きにやらしている。

「で、まずはぶっちゃけ。Eクラス軍師の東雲君! AクラスとCクラス。どっちが勝つと思います?」

話がこっちに振られる。

「どっちか……って言われたら今の段階だとAだと思う。学年主席の篠宮さんに僕と同じ特別奨学生の神楽坂さんもいるし」

思ったことをそのまま述べておく。

 「ふむ……皆さん。聞きましたか? 参考にしてください。あ、東雲君。何か商品を賭けます?」

商品か。何か……そうだ。

「じゃ、食事を五回おごるってのはどう? 賭けの品物になる?」

「五回ってみみっちいですね。そこはバーンッと十回って言うのですよ」

美作にダメ出しされたよ。

「じゃ、それでいいよ。食事十回分」

「聞きましたか! 景品に東雲君との食事券十回分が入りましたー! 皆さんそんな感じで品物を持って美作にまで申告してくださいね! 美作からは以上です!」

美作が教壇を降りる。一気にクラスが騒がしくなった。

それに僕の隣で凛さんがウズウズしだした。

「ハイハイ。続きは休み時間にお願いしますよ。授業を始めますよー」

パンパンと手を教師が叩き授業が開始される。が、皆しばらくは授業に集中出来なかった。


休み時間に入る。美作の周りには生徒が群がっている。

賭け……と言っても実際にお金を賭けるわけじゃないのだ。物でやり取りするからその基準を改めて聞いている人が多いようだ。

僕が食事十回分なんて言っちゃったからこれが一つの基準になっているようだ。

意外と美作トトカルチョは盛況なようだ。様々な情報がクラスの中を飛び交っている。

「私も申告してきたよ。今だとCクラスに賭ける人が多いみたい。でも一週間前までだったら好きに変更していいんだって」

凛さんが人だかりの中から戻ってくる。

やっぱり直前に戦ったCクラスの印象が強いのだろう。そのCクラスに賭ける人が多いみたいである。

「凛さんはどっちに賭けたの?」

「もちろんCクラス! 強かったからね! 代表さんが倒せなかったのCクラスだけだし。それに……いや。なんでもないよ」

ふむ。凛さんはCクラスか。

これは僕は説明していないことだけど、僕はCとのクラス戦の時にあの代表さんの刀を折ってしまったのである。

Cクラスの代表。連花さんは銀の能力者だ。

そしてあの強さ。恐らく限定武装だろう。その愛用の刀を折ったのだ。クラス戦まで一月も無いけど修理が間に合うのだろうか?

そういうこともあって僕はAだと思った。このままの方が面白いので皆にはあえて説明しないことにしておいた。

しかし美作はそんなことぐらい気がついている様子である。こいつも中々いい性格をしているよなとつくづく思う。

「タケル君や纏さんは賭けないの?」

まだ動かない二人に問いかける。

「私は……賭け事はあんまり好きじゃないの。でも遊びだからもうちょっと考えてから申告するわ」

「俺様も同じく。一週間前まで時間があるんだろ? 何があるかわからねーし。もうちょっと様子見るわ」

二人共、最初は様子見のようである。まぁそれが賢明だとは僕も思う。

食事十回分ぐらいだとルピスが使える以上、そんなにダメージは無いから僕は気楽なもんだ。他の人がどんな品物を申告するのかの方が気になる。

「フッフッフ。美作トトカルチョ。思ってたよりかなり盛況なのです!」

ご機嫌な美作が僕達の方に寄ってきた。

「美作、お前。前から計画済みだっただろ。これ」

思わず突っ込む。

「前からこーいうことをしたかったのです。そのため準備はバッチリでしたからすぐに始めれたのですよ」

不敵に笑っている。やっぱり前もって準備はしていたのか。

「それはそうとして東雲君に意見を聞きに来たのですよ」

改まった様子で美作が話し掛けてくる。僕に意見?

「クラス戦が開始されます。AクラスとCクラスです。東雲君。Eクラスの軍師として、美作はどっちの情報を集めたらいいですかね?」

そういうことか。こいつはEクラスのクラス戦のことも見据えているのか。

「それならば……今の所だとAクラスかなぁ。再戦が近いのはAだし。五月始めにクラス戦だったからどんな風に変わったのかわからないし。Cクラスはついこないだだったから皆、ある程度は把握してるでしょ?」

早ければ八月にもAクラスとの再戦がある。それまでに情報が集めれるならそれに越したことはない。

「ふむ……わかったのです。美作はAクラスを中心に情報を集めるのです」

美作はコンシェルジュを開いて何かを書き込んでいる。

「集めた情報は皆に公開しろよ。じゃないと賭けが盛り上がらないだろ?」

るんるん気分の美作に釘を刺しておく。

「それはわかっているのです! まぁ賭けは美作に任せるのです! きっと皆が楽しめるようにするのです!」

でもこれは美作の得意分野のようだ。というか今までもこういうことを取り仕切った経験があるなこいつ。

「あ、今のところどんな感じなんだ? 賭けの様子。それくらい聞いてもいいだろ?」

タケル君が美作に質問する。

「それくらいなら漏らしてもいいですね。三対七でCクラス優勢なのです。やっぱり皆、直前に戦ったCクラスの方が印象に強いのですかね?」

へぇ……意外と差がついてるな。

「そこに居る凛さんもCクラスに賭けたのですよ。それも単純なりゆ……」

「わー! 美作さん! ストップ!」

凛さんが慌てて止める。なんだ?

「こほん。まぁあんまり差がつきすぎると面白くないですからAクラスの魅力をこれからアピールしていく感じですかね」

そう美作が呟いた。

「そういえば美作的にはどっちだと思うんだ? 今の段階で」

気になったので聞いておく。

「美作ですか? それが意外と思われるかもしれないんですけど、Aだと思うんですよね。学年トップの色別検査の値をたたき出している篠宮さんに、指導教員の授業で流体防御を取得した神楽坂さん。他にもキラリと光る人達がいますからね」

美作の考えは僕と同じようだ。あえては言わなかったが、どうやら連花さんの刀が折れている事実も知っているようだし。

今の状況だとCクラスの方が不利だと考えているのだ。僕もそう思う。でもクラス単位で見ると少数派のようではある。

「ほう。情報屋と軍師はAクラス押しかよ」

タケル君がそう呟く。そうなのだ。作戦を立てる側の人間はAだと思っているのだ。

「まぁぶっちゃけクラス戦はテストが終わってからですからまだ結構日にちはありますのでどっちが勝つとは正直わからないですけどね!」

美作情報によるとテスト明けの二十九日にクラス戦が開かれるらしい。

まだ一月近くある。十分に対策を練ることが出来る時間だ。

「そういやそうだった……テストがあるんだ……」

タケル君は別の所で引っかかったらしい。

「そろそろ準備をしないと大変なことになるよ? 特に美作」

賭け事に夢中になりすぎてテストを疎かにしそうな雰囲気である。

「それもあったんですよね。北都さん! ちょっとご相談が……」

「何? ノートのコピーはとらせ……」

怪訝そうな纒さんに向かって美作が何かゴニョゴニョと耳打ちをする。

すると、みるみるうちに纒さんの表情が固まっていく。

「……分かったわ。ノートを全部渡す」

「ちょ、ちょっと待てよ! なんだそれは! 美作! お前どんな汚い手を使った!」

 慌てたのはタケル君である。最下位争いの美作が完璧な纒さんのノートを手に入れたのだ。

「フッフッフ。美作は情報戦において最強なのです。これからもよろしく頼むのですよ?」

こいつ……前回の反省を生かしてろくでもない方向にシフトしたな。恐らくアーツの力を使って纒さんの個人情報を入手したのだろう。

「これでテストの憂いは消えました。張り切ってAクラスの情報を集めるのですよ!」

美作はご機嫌である。今のところ全部こいつの手のひらの上だ。ある意味怖いことである。

……こうして日常は進んでいった。

今回はEクラスは正直関係がなくて、僕自身も純粋に楽しめるだろうと。

この段階では思っていたのだ。



次の日も授業は普通にある。

今日は病院のバイトだ。それ以外は特に何もなく平和な日々である。

今日も美作トトカルチョは盛況な様子だ。盛り上がってるし、美作が結構、積極的に情報を出してるからそれについての意見なども寄せられているようだ。

そんな様子を後ろの方の座席で眺めていた。

……のだったが。


Eクラスの講堂を一人の女の子が訪れる。

「こんちゃー。東雲はんおるー?」

元気よく連花さんが手前の入り口から堂々と入ってきた。

「僕? 何か用でもあるの?」

「いたいた。東雲はん」

そう言って連花さんが講堂の中央に進み出る。

「実は折り入って頼みがあるんよ。もうAクラスとCクラスのクラス戦については知ってるん?」

頼み……か。なんとなく話が予想出来た。

「知ってるよ。それで頼みって?」

「まぁ簡単に言ってしまうとウチらに協力して欲しいんやけど……」

連花さんがそう言って言葉を区切る。やっぱりか。

「Cクラスではクラス単位で対Aクラスに向けた訓練を行うことにしたんや。クラス単位での訓練は担当の教師が付けば行なっていいんやけど、規模が大きくなればなるほどケガ人が出るやろ。そこで東雲はんの治癒の能力を借りたいんや」

ま、そうくるよね。実は少しだけ予想していた。

「悪いけど断るよ。Cクラスに協力する義理は無いし」

神楽坂さんと敵対することになるし。第一、指導教員の授業にアルバイトにテストとそんな余裕は無い。

「って冷たいなー。と言っても断られるのは想定済みや。そこで! こちらも奥の手を使わせてもらった!」

そこでひょっこりと連花さんの影から槇下さんが姿を現した。

「え、槇下さん?」

思わず二度見してしまう。まてよ……

「ごめんね。東雲君。学園側からの指示でクラス戦があった場合、無条件で東雲君と神楽坂さんは協力する必要が決定されちゃったの。今回は神楽坂さんは自分のクラスのAクラスのサポート。そして東雲君はCクラスのサポートをすることを義務付けられちゃったの」

そういうわけか。僕の顔が険しくなっていくことに周りの何人かが気がついたようだ。

「一応、拒否権はあるけど……これからの学園生活を考えたらオススメはしない。それだけ優遇処置も取られてるからこういった事態があることは予想出来たでしょ?」

まさにその通りである。

「東雲君にメリットがないわけではないよ。これを受ける場合、東雲君は期末テストを無条件でパスすることになる。そのかわり指導教員の授業の時間も全てCクラスに協力することになっちゃうけど」

その槇下さんの発言にクラスがざわめく。

流石は特別奨学生だな。それだけの特権があるってことか。

「悪いな。東雲はん。こっちも負けたくはないんや。だから必死で策を考えさせてもらった」

ちょっと申し訳なさそうに連花さんが呟いた。

その間に必死で考える。Eクラスにとって最良のパターンをだ。

「……引き受けるのは仕方ない。やるよ。そのかわり条件がある」

考えながらそう呟く。条件をつけることにしたのだ。

「なんや? 出来ることなら従うで」

「一つ目は僕は今アルバイトをしている。その時間は流石にアルバイトを優先させてほしい」

これは既定路線だ。流石にアルバイトをサボるわけには行かない。

「それは聞いてる。かまへんで。一つ目ってことは二つ目もあるんかいな?」

流石に連花さんは鋭いな。

「二つ目。Cクラスは訓練をするってことだけど、Eクラスの人もそれに参加出来るようにして欲しい。それが最低条件」

これは……少し考えていることがある。

「へぇ……おもろいな。CクラスとEクラスの合同訓練か。別にCクラスに損があるわけやないからいいで。その条件飲もう」

代表の鶴の一声で決まる。よし。こちらの思惑通りである。

サポートすることは避けれなさそうだからその中から最良の条件を探しだす。

「ほな。Eクラスの皆。しばらく東雲はんを借りるで! 東雲はん。今日の放課後から第一観測所に来てや。訓練に参加したい人も来てくれてかまへんよ!」

そう連花さんは全体に告げてから槇下さんと一緒に講堂を後にした。

「おいおいおい……いいのかよ。引き受けちまって」

連花さんの姿が見えなくなったのを確認してからタケル君に突っ込まれる。

「まぁ……少しだけ予想はしていた。でも悪くはないよ。Cクラスの戦力が間近で見れるし。それに考えていることもある」

クラスのざわめきに対処するために教壇に上がる。

「皆、聞いての通りだよ。僕はCクラスの訓練に協力する。しかし賭けの対象は変えないよ。協力したとしてもAクラスが勝つと思ってる。手加減はしないけどね!」

まずは賭け事について先に述べておく。今でも僕はAクラスが勝つと思っているのだ。

「それに合同訓練の約束を取り付けた。気になる人は実際に参加してCクラスの状況を見たらいい。たぶんアーツを使った訓練になるから、そういうのはこの学園に入って初めてのことだと思う。興味がある人は是非参加して欲しい。それに連君と及川。二人はちょっと頼みたいことがあるから訓練に参加してね」

全体に説明しておく。これでいいだろう。

……と言うわけで、僕はCクラスに協力することになったのだ。

神楽坂さんとまた敵対するのは少し申し訳ないけど、これは仕方がないことなのかも知れない。僕にはどうしようもなかった。


放課後。第一観測所に向かう。

病院でのアルバイトまで多少は時間がある。今日が初日らしいからどの程度の訓練を行うのか見ておこうと思ったのだ。

僕と同じ考えの人も多くいる。結構な数の人がCクラスの訓練を見学しにきたようだ。

「結構、人いるよね……」

及川と歩く。及川には竹刀を持ってきてもらった。

Cクラスとの合同訓練を言い出した理由の一つはこの及川だ。

僕はこの段階である可能性について考えていた。


「時間や。ぼちぼち始めるで!」

連花さんが前に進み出て説明を始める。

「今から訓練を開始するで。今回はEクラスの生徒にも参加してもらうことになったわ。もちろん目指すのは対Aクラス戦での勝利や。各自アーツを使った訓練とするで」

Eクラスからの見学者は大体半分。十五人程度って所かな。わりと多い。

「ウチは全体を見ながら訓練に口出しする。っても白水が無いからそんなに今のウチは強くないけどな」

一応、予備の刀だろう。取っ手に鈴がついた刀を連花さんはぶら下げている。その話しぶりからやっぱり限定武装だったようである。

「Eクラスの生徒も遠慮なく訓練に参加してもらって構わへんよ。ウチらもそこそこやれる自信はあるし。人数が多い方がわいわいしてて楽しいしな!」

そうこちらに向けて説明があった。

「じゃ、今から始めるで! 皆、頑張って行こう!」

おー! とCクラスから歓声が上がる。

こんな風に士気を高めるのかと参考になる。

「んで……まずウチはアンタとやったな」

連花さんが僕の側にまでやってくる。

「え、東雲君も訓練に参加するの?」

隣できょとんと及川が呟く。

「え、聞いてへんの? 君や。及川やっけ。まず君とウチが勝負するんやろ?」

その瞬間、及川が逃げようとしたのを抑えこむ。

「むむむむむ無理だよ! だって、あのCクラス代表さんだよ? 僕じゃ勝てないって」

「アハハ。それはそうかもしれんけど、そこで逃げたら訓練にならへんよ。東雲はんが合同訓練って言い出した理由の一つに君が含まれるんやろ?」

流石に連花さんは鋭いな。僕の目的をもう察知しているようだ。

「と言う訳だ。及川頑張れー」

と言って僕は距離を取る。

「うう……またやられるよ……」

及川も諦めたのか距離を少し取ってアーツを発動させる。

竹刀を覆うように大きな光が発動し、及川のアーツ。ラディカル・ソードが発動する。

「確か銀の能力者やったな。ウチはこの予備の刀で相手するわ。まずは普通に打ち合いから始めよか」

そうして及川対連花さんの勝負が始まる。


右手に刀。左手に鞘を構えた連花さん。それに目掛けて及川がアーツの剣を振るう。

それを連花さんは刀と鞘で綺麗にさばく。

「ほんま大きい剣やなぁ……でもそれだけやとやっぱりウチには勝たれへんよ?」

「わかってるよ! でもこれしかないもん……」

及川は半泣きになりながら剣を連花さんにつきつける。横から見ているとかなり高速で剣は振るわれている。

カキンカキンと凄い音がする。連花さんはまるで遊ぶように大きな剣をさばき続けるのだ。

「ふーむ。ラチがあかんな。どうやらそれ結構発動してられるみたいやし。ならウチも攻めさせてもらうで?」

鞘で剣を受け止めたかと思うと一気にダッシュを発動させて距離を詰める。

それに及川も反応して後方にダッシュで距離を取る。

「ほお。ダッシュ使えるやん。中々悪くないと思うで?」

連花さんは僕に向けてそう呟いたような気がした。

そのまま連続して及川の剣が振るわれる。横で見てる限りだとやっぱりそれをさばき続けている連花さんが凄いんだけど。

だけど。ちょっと思うところがあったのだ。

しばらく……十五分ぐらいかな。打ち合い稽古を見ていた。

「ふむ……ちょっとストップ!」

ずっと攻撃をさばき続けていた連花さんが訓練を止めた。

「舞! ウチの木刀取って!」

舞と呼ばれた女の子が連花さんに木刀を投げる。

「持ち替えや。及川! 次、ちょっとアーツ無しでやってみよか。ウチ木刀でやるから」

そういって木刀を構える。鞘はそのままだ。

及川も了承したのかアーツを解除し、竹刀を構える。

真っ直ぐ飛びかかるように連花さんが及川に突っ込む。

それを冷静に対処して竹刀で反撃に出る。

ホホをかすめる竹刀をギリギリで連花さんは見切り距離を取る。

そのまま回るコマのように連花さんが木刀と鞘で及川に襲いかかる。

厳しい攻撃は竹刀で弾いて、避けれる攻撃は避ける。そして相手の隙に正確に竹刀を突きつけるのだ。基本の動きがしっかりしているのか及川は軸が全然ブレない。

そんな連撃が十五分ほど続いた。ここまでで三十分ほど訓練は続いているけど二人共、息すら切れていない。

それにやっぱり……もしかして。

「……やっぱりな。ほぼ間違いないわ」

そして連花さんはそう呟いた。連花さんも気がついたようだ。

「及川。アンタの弱点。簡単やな」

距離を取って連花さんが説明を続ける。

「単純にまだアーツに慣れてへんのやろ? アーツを使った訓練よりアーツ無しの訓練の方がはるかに強いわ」

木刀を及川に突きつけながらそう話す。

そうなのだ。及川はアーツ無しの方が強いのだ。

……珍しい例だとは思う。アーツという特殊な力が使えれば、普通はその力を頼ってしまうし。その力を使いたいと思うのが一般的だ。

なのに及川はアーツが無い方が強いのじゃないかと僕も薄々感じていた。

少なくとも及川もそう感じていたようである。動揺したようにビクリと震えた。

「このCクラスとの合同訓練を利用したらいいわ。及川。アンタもっとちゃんと自分のアーツと向きあう必要があると思うわ。まだアーツの間合いすらハッキリと把握してへんやろ?」

連花さんがズバッと指摘する。

「……うん。僕、そんなにアーツを使ったことってなかったから」

「なまじ普段の実力があるのが厄介やな。それもあってあまりアーツを使ってなかったんやろ? もっとアーツのことを深く知れば簡単に強くなると思うわ」

そう言って連花さんは木刀をしまう。

「Cクラスの銀の能力者相手にアーツの練習してき。もっと強くなったらウチもやりがいある相手になるわ。課題が明確なんやしこの訓練を利用したらいいわ」

それを聞いて及川も頷いた。

そしてCクラスの生徒の方に歩いて行った。

「さて東雲はん。これで満足か? 彼に気が付かせたかったんやろ?」

「一つはね。僕じゃどうしようも無いことだったし。普通に相手してじゃ及川に勝てる奴が居ないから」

目的の一つは達成された。これで及川はきっと強くなる。

「あの子、相当やるで。アーツ無しやったらウチより強いかも知れへん。今は迷いがあるからまだ負けへんけど、将来が楽しみやわ」

そうポツリと連花さんが呟いた。


CクラスとEクラスの合同訓練は特に問題がなく進んでいく。

初日だからどこも軽めのメニューな感じだ。まだケガ人は居ない。

見てるだけの人も結構いるけど、積極的に訓練に参加している人も居る。見てる限りだと及川と坂本さんが目立っていた。やっぱりアーツを全力で使える機会は今までクラス戦以外になかったからだろうか。

遠くで及川が銀の能力者相手にアーツを使った訓練をしている様子が見える。これで及川は大丈夫だろう。

「連花さん。そろそろ時間だから僕はアルバイトに行くよ」

初日の今日は指示を飛ばしていた連花さんにそう話す。

「そっか。こんな感じで毎日続けるわ。時間は大体授業が終わってから。土日は休みの予定やし。ま、何かあったら連絡するわ。コンシェルジュで連絡先交換しとこ」

連花さんと連絡先を交換する。Eクラス以外だと神楽坂さんに続いて二人目だ。

そのまま何人かに挨拶して先に帰る。

思ったよりずっとまともな訓練だ。流石に連花さんは相手になる人がいないのか後半はずっと指示を出す側に回ってたけど。

そう感じた人はEクラスでも結構居たようである。僕が帰る頃になってもまだたくさんの人が残っているのがその証拠だ。

少なくともEクラスに取ってこの訓練はマイナスにはならないと思う。僕ももうちょっと積極的に声を掛けてまわろうかなって思ったのだ。


……そのまま病院でのアルバイトである。

病院の方針が衣笠の外部から患者を受け入れる方針にシフトしたためか、患者の個室をまわって治療することが増えた感じだ。

相変わらず治癒術を使っている。アルバイトの時は左手に青いコンシェルジュをつけることも忘れてはいない。

「次は六○六号室だ。向かうぞ」

山神さんに連れられながら病院をめぐる。

基本的に僕の治癒術の効果がある人しか今は治療していない。

つまり本当に重篤な患者は外されているようなのだ。それは安心していいことなのか。それとも悩むべきことなのか僕では判断できない。

治癒術の方は安定している。これだけ連続で使うことも久しぶりだったからきっと何かの成果が出てくるだろうと思う。

次の色別検査は九月との話だ。その時はまた考えなければいけないのかも知れない。

この日も順調に治癒術を使っていた。特に問題はない。

僕が僕であるという限り、ずっとこの治癒術はついてくるのだ。鍛えておいて損はないだろうと思う。

ルピスもかなり稼げるし。孤児院にまとめて送金しながらも今、現在僕はかなりルピスに余裕がある生活を送っている。

この日も明け方近くまで治癒術を使っていた。

休憩室に戻ってきて一休みである。山神さんからコーヒーを渡される。

「既に聞いているかも知れないが、やっとというべきか一年でA対Cのクラス戦が行われる」

改めたように山神さんが話し始めた。

「そこで万が一の備えだが治療班として東雲には現場で待機させるよう上から指示があった。その時はまたコンシェルジュに連絡するから指示に従ってくれ」

頷き返す。予想の範囲内だ。

「と言うか他のクラス戦ってまだ行われてないんです? 例えば違う学年とか」

気になっていたことだ。クラス戦が一年しか行われていないのだ。

「それはな。とある理由があって二年次はクラス戦が行われない。三年次は進級試験や職場体験といった行事があるからこの時期はまだクラス戦を行えるほど余裕があるわけじゃないんだ」

そう説明がある。気になる発言だ。二年次は理由があって?

「これは……私より槇下に聞け。あいつの方が正確に答えてくれるだろう」

そう山神さんは答えた。それなりの理由があるみたいである。

そのままコーヒーを飲んで一休みする。今日のアルバイトはこれで終わりだ。

「まぁアルバイトの方は今まで通りで頼む。もうお前の力なしではこの病院の運営に支障をきたすレベルになっているからな」

山神さんがボソッと怖いことを呟いてくれる。そこまで僕個人の力に頼りきっちゃっていいのか?

僕の後任とかどうするのだろう? って少し思ったが、僕には関係が無いことかなと思い直した。

そのまま山神さんは休憩所を後にした。僕も帰ることにする。

病院のアルバイトはいつも通りだ。もう慣れたし特に変わったこともなさそうではある。



次の日。テストを受ける必要は無くなったけど授業はちゃんと受けている。

座学はテスト前を意識した内容になっている。期末テストは結構科目数も多いし今回も大変だろうなとは思う。

「いいよなぁ……東雲君は。テストがなくなってー」

「ほんとほんと。うらやましいかぎりだよねー」

タケル君と凛さんが揃ってそんなことを呟いていた。相手にすると面倒なので放っておく。

「でも二人よりよっぽど涼の方が授業をまともに受けてると私は思うけど?」

纏さんが弁護してくれる。見てる人はやっぱり見てくれている。

「ま、纒様。俺様達を見捨てねぇでくだせぇ」

「くだせぇくだせぇ」

ハハーとひれ伏す二人。よく状況が分かっている。

纒さんもついに諦めたのか美作にノートをコピーさせたのを機に他の人にもノートをコピーすることを認めてくれたようだ。

だけどこの二人は纏さんが居ないとたとえノートがあってもテストで大変なことになるのが目に見えている。

「今回は勉強会を開く余裕は無いからね。僕、Cクラスのお手伝いがずっとあるから」

そうなのだ。連花さんからの連絡によるとテスト前の期間もテスト中も問答無用で訓練はあるらしい。一応自由参加とのことだがやる気だけは凄いのだ。だから自然と僕の予定もぎっしりなことになっている。

「わかってるよ。俺も訓練の方に顔出したいしな」

男の子はわりとタケル君みたいな意見の人が多い。参加してみたいと考えている人が結構居る。

「訓練ってどんな感じなの? やっぱりアーツを使う?」

対して女の子は凛さんのように訓練自体には興味がある人が多い感じだ。

参加者が増えればなぁとは思うけど流石にテスト前だし強制はしにくい。

「たぶん思ってるよりよっぽどまともな訓練だよ。参加は絶対タメになると思う」

正直な感想を述べておく。あんな感じでクラス単位の訓練が出来るなら今までだってやればよかったと思うほどである。

学園の一年の間は個々のアーツはそれほど重要視されない。

色別検査とかはあるけど、普段の実習ではそれよりも共通の技術を磨くことに重点が置かれるのだ。

だからあんな風にアーツを使った訓練は今までほとんどなかったし。それに参加する意義はかなりあると感じる。

「俺様も余裕が出来たら見に行くわ。男子の間じゃ結構話題になってるからな」

タケル君がそう呟いた。是非参加して欲しいとは思う。

そんな感じで、午前の授業は進められていく。


お昼休みを挟んで実習である。

今日もプールである。週に三度はプールでの実習だ。

陸での実習の時は地上でのダッシュの訓練。またシールドを展開する訓練が主に行われる。

そしてそれをプールで実際に使うのだ。

今回の実習は目に見えて成果がわかりやすいから生徒もやる気な人が多い。

「東雲君! 遊ぶのですよ!」

そんな様子を伺っていたら美作に呼ばれた。

「じゃーん! スーパーザウルス三号! 超強力な水鉄砲なのです!」

カチャンとまるで二丁拳銃のように大きな水鉄砲を両手に構えている。

「お前……本当に……」

ちょっと呆れる。美作らしいと言えば美作らしいけど。

「わかってるのです! でも暇なんですからいいじゃないですか! 別に先生はいいって言ってました! ただし条件をつけられましたけど」

意外だ。先生にちゃんと許可を取ったのか。しかも認められているし。

「条件は水の上で遊ぶこと。水に浮きながらなら何やってもいいって言ってました」

そういうことか。流体防御の訓練も遊びながら兼ねるのか。

「で、美作も必死で練習しました。もう水の上で浮くことが出来るようになったのです。だからこの水鉄砲で遊ぶのですよ!」

こいつは……手段と目的が入れ違っているけど、目標がはっきりしてたら凄い力を発揮するタイプだな。

「はい。東雲君にもザウルス三号を貸してあげるのです。わーいやっと使えるのですよ」

そういって水鉄砲を渡される。

……暇だし付き合うか。

ザウルス三号に水を入れる。水を入れたら分かったけどとても本格的な水鉄砲のようだ。かなり重いし作りもしっかりしてる。

そのままプールサイドの近くに美作と浮かぶ。

「では構えて……当たったら負けですよ?」

水鉄砲を構える美作。水の上でバランスを取るのは案外難しいのにこいつ楽々とこなせるようになってるぞ。

「三、二、一。スタートなのです! 喰らえです!」

バシュンと強力な水が吹き出してくる。

「ウォール!」

多少卑怯だと思ったけど、スーパーザウルス三号の攻撃を水の壁で防ぐ。

流石に僕のウォールを貫通する威力はなかった。けど予想よりかなりザウルス三号は強力だった。

「へぇ……中々面白いな。これ」

カシャコンとザウルス三号を構える。

「ひ、卑怯ですよ! アーツを使うなんて」

僕がウォールを使うとは思ってなかったのだろう。動揺する美作の声が聞こえる。

「そっちも動き回ればいいじゃんか。この水鉄砲から逃れれば」

そう言いつつ狙いを定める。

「くっ……まだ美作は水上でそこまで激しく動ける気はしないのっ!」

美作の顔面にザウルス三号をぶっ放す。

そのまま吹っ飛ばされる美作。やっぱり威力が凄いねこれ。

バシャンと水の中に美作を叩き落とした。ちょっと面白い。

「ぷはっ。やってくれるですね。東雲君」

そのまま泳いで戻ってくる。そして懲りずに今度はプールサイドからザウルス三号を構える。

「いいよ。そこから狙い撃てば。僕も流体防御の訓練になるから今度は避けるし。ただし僕も狙うよ?」

次はウォールを使わずに避けることにした。

「絶対、水に沈めてやるのです! いっけーザウルス三号!」

強力な水が僕目掛けて飛んでくる。今度は水の軌道を見ながらちゃんと避ける。

物凄い勢いでザウルス三号は水を連射する。確かにこの水鉄砲が凄いな。

それを水上で避け続けるのだ。その間、流体防御は使いっぱなしなので結構疲れる。

「あ、水が……」

しばらくすると美作のザウルス三号の水が切れたようである。チャンス到来。

僕がニヤリと笑ったのを美作も見たようだ。慌てて逃げようとする。

そこを躊躇なくザウルス三号で狙い撃つ。美作に手加減は要らない。

「ひやぁー……東雲君てかげ……んがないので……」

遠慮無くザウルス三号で狙い撃つ。わりと楽しい。

そうやってしばらく美作と遊んでいた。ほぼ僕が一方的に美作を攻撃してたけど。

そうしたら生徒の方で歓声が上がったのだ。

何事かと思って僕と美作も遊びを中断する。

「及川君。ダッシュの習得が完了ですね」

先生がそう呟いたのが聞こえた。どうやら水上でのダッシュを及川が成功させたらしい。

「では向こう側に行くことを許可します」

そう先生に許可を貰って及川がこちらにやってきた。

それを見て不敵に笑う僕と美作。

「え、二人共何やっ……」

 及川目掛けてザウルス三号から水が飛ぶ。

覚えたばかりのダッシュを使って逃げる及川を追いかける僕と美作。大人げない。

……そうしてしばらく遊んでいた。ザウルス三号を貸し借りしながら久しぶりに子供らしく水鉄砲合戦となったのである。


「風切!」

連花さんの刀から風の刃が飛び出す。

それを慌てて避けるCクラスの生徒。

「あかんで! 今のウチの風切ぐらい防げなAクラスに対抗できひんで!」

連花さんが激を飛ばす。確かに風の刃は本来ならばもっと強力なのだろう。今だとそんなに威力はなさそうだ。

「何のために武器持ってるんや? それでウチのアーツを叩き落とすぐらいはせんと意味無いで!」

そう言いながら風切と呼んだ技を連続して放つ。

ヒュンヒュンと風の刃が飛んでいく。

慌てたようにCクラスの生徒が逃げる。流石に武器を持っていてもアーツを防ぐのは難しいのだろう。

「むぅ……根性無いなぁ。これくらいはかるーく防いで欲しいんやけどなぁ」

そんな様子を見て不満そうに連花さんは呟いた。

その時、生徒の群れから歓声が上がる。

「なんや? あそこ人だかりやけど?」

左の方で人だかりが出来ている。

連花さんが歩いて行くのに僕もついて行く。

そこでは両手の中指に指輪をはめたボクサータイプのCクラスの生徒と練習用の武器を構えた連君が一対一の勝負を行なっているようであった。

「お。奥山やん。どうや?」

「今、一本奥山が取られた」

と言うことは連君が先制したのか。

どちらも至近距離でかなり激しい撃ち合いが繰り広げられている。

カキンカキンとナイフと指輪がぶつかり合う音が響く。

奥山と呼ばれた生徒は指輪を強化する能力者だったはずだ。その指輪をつけたパンチを連君はナイフでさばいている。

連君の動きの方が少し速い。だんだんとそのペースに奥山君がついていけなくなっていく。

そのまま首筋にナイフを突きつけられて二本目が終わる。連君が連取した形だ。

ギャラリーから拍手が起こる。それくらいには激しい攻防だった。

「うは……奥山に真正面から勝つん?」

連花さんも驚いているようである。

「残ったのはお前だ。Cクラス代表」

そう言って連君は連花さんにナイフを向けた。どうやら連君はCクラスの生徒に片っ端から勝負を挑んでいたようである。

「……思い出したわ。あの時の未来が見えるって噂の子か。そりゃ奥山じゃ勝てんわな」

頭をポリポリと掻きながら連花さんが呟く。

「いいわ。ウチが相手になる。舞! 木刀取って!」

何処からともなく木刀が飛んでくる。

それを空中でキャッチし、連花さんが構える。

「東雲はんがいるから真剣でもいいんやろうけど、ウチが白水やないと本気やないし。今はこれで勘弁してや」

そう言って木刀と鞘を構える。

「……いいだろう。今度こそ叩き潰す」

連君もやる気だ。数歩下がってナイフを構える。

かなりの数のギャラリーが居る中で、連花さん対連君の勝負は始まった。

先に動いたのは連君。ダッシュを使い一気に距離を詰めてナイフを突きつける。

それを連花さんは木刀ではたき落とし、鞘で逆に殴りかかる。

それを先読みで見たのか連君は余裕を持って回避する。

続いて側面に回りこみ、一気に飛び込みナイフを上から振り下ろす。

それを連花さんは鞘で受け止め、木刀を水平に振る。

が、これも連君は先を見たのか余裕を持って回避する。

……思わず息を呑むような攻防である。よくあんなに動けるよなとは思う。

そして僕が合同訓練を持ちかけたもう一つの理由もどうやらこれで達成出来そうである。

「軽いなぁ……」

次々と続く連撃を防ぎながら連花さんがポツリと呟いた。

「しゃーない。特別サービスや」

そう言って連花さんは鞘を床に落とした。

「太刀の一 鎮」

木刀を構える。あの僕のバイタルフォースを見切った不思議な構えだ。

その瞬間、連君が動きを止める。

「どうや? 未来が見えるってのはどうやら本当みたいやな」

連君が距離を取る。やっぱりあの構えは……

「これはカウンター特化のウチの構え。これに攻撃したらどうなるか。見えてしまうんやろ?」

そう連花さんが呟いた。やっぱりそういう構えなのか。

僕のバイタルフォースでさえ見切られたのだ。連君の通常攻撃も余裕を持って防げるだろう。

「っく……」

連君が慌てたように飛び出そうとしたのを本能が止めたようだ。

「……終わりやな。ケリがつかん」

連花さんが構えを解く。それにあわせて緊張も取れたようだ。

「アンタ。弱点やで。それ。アーツの力に頼りすぎ」

そして連君の弱点を指摘する。

「そのナイフで勝てる範囲の獲物やったらいいんやけど、ウチみたいなのが相手やったらもうそれだけで詰んでる。その意味が分かるよな?」

そう諭すように連花さんが呟いた。

「あの及川と真逆やな。常時発動型? それに頼ってる限り、今以上の上達は無いで?」

そういって連花さんは木刀を片付ける。

……僕も思っていたことだ。

及川とは逆に連君はアーツの力を過信しすぎている。

それに未来が見えるからそれ以上のことが出来無いのだ。

及川と同じくある程度の実力があるから僕じゃ指摘出来なかったけど、連花さんクラスならそれが弱点として指摘出来る。

これは及川より難しい問題だと思う。常時発動型の能力だとオンオフが出来無いのかも知れないし。

でも……連君が今より強くなろうと思えば、これは乗り越えなければならない壁だと思うのだ。

一通り話を聞いた連君は悔しそうにその場を後にした。

「……まさか東雲はん。これも計算に入れてたんやないやろな?」

思い出したようにちょっと恨みがましい目でこちらを見ながら連花さんが呟いた。

「まさか。流石にそこまで計算してないよ」

一応、形だけでも否定はしておこう。

「……まぁいいわ。皆、訓練再開するで!」

大きく手を叩きながら全員を連花さんは動かし始めた。


CクラスとEクラスの間の微妙な空気がだいぶ薄れてきた。合同訓練の名のもとにしっかりとお互いに利用し合うということで話がまとまったようである。

アーツを用いた訓練が色別に分けられたグループ単位で始められる。それにともない、ポツポツとケガ人も出てきた。

……まず驚かれたのは僕の高速治癒の力だ。

これはEクラスの人にまで驚かれた。ちょっとしたケガだったら本当に一瞬で治せるからだ。ちゃんと皆に見せるのは何気に初めてだったのかもしれない。

その治癒の力を見て安心したのか、どこも本格的な訓練に入っていく。

僕はそれを壁際で眺める感じだ。でも基本的には連花さんの動きを追っていた。

連花さんはどうやら刀でアーツを切ることが出来るようである。色別で行われている訓練に加わっては相手のアーツを切り伏せていた。

さらに切ったアーツを刀に吸収して反撃することも出来るようである。これは対Cクラス戦の時に僕の水天を切って攻撃されたことを思い出した。

少し対策を考えてみるけど……どう戦えばいいのかは全然分からなかった。

接近戦じゃまず勝ち目は無い。かといって遠距離攻撃を身に着けたとしてもあの刀で切られるだけだろう。

さらに今の連花さんは白水と言っていた愛刀を持っていないのである。限定武装だとしたら白水という武器がなければ今の連花さんは結構戦力的にダウンしているはずなのだ。

それなのに傍から見ている限りでは連花さんは普通に強い。予備の刀でもそれなりには戦えるようである。

あとは……偵察に近い行為だけど、Cクラスで力のある生徒を見ていた。

連花さんがずば抜けて強いのだけど、他にも目立つ生徒もいる。

まず目についたのは連君と勝負していた奥山という生徒だった。

両手の中指に大きめの指輪を付けている。指輪を強化する能力者のようで、その指輪を身に着けた状態で接近戦を好むようみたいであった。

この奥山という生徒には連花さんも一目置いているようである。主に全体と女子の指示は連花さんが、男子や銀の能力者にはこの奥山君が指示を出していることが多かった。

銀の能力者で強化した指輪でボクサースタイルの戦い方のようだ。長物相手でも全く怯むことなく挑み続けている。連君にちょっと似てるなぁって思った。

女の子では連花さんが舞と呼んでいた生徒がどうやらクラスの上位に来るみたいである。

この子は僕が対Cクラス戦の時に敵陣に突っ込んで暴れていた時、僕を止めようと一人立ち向かった果敢な女の子だった。

能力名は……確かペスト・ボードって言っていた気がする。紙の扇子で手を切り裂かれた記憶があるから、どうやら紙を強化する能力者のようである。

彼女はよく連花さんの後ろにくっついて共に行動している。彼女自身もそれなりに戦闘能力が高いのか紙で出来た扇子で相手の攻撃を上手くいなしたり、また刀のような使い方をしているのが印象的だった。

Cクラスは全体的に見るとやっぱり銀と白の能力者が多い感じであった。武器や道具を持っている人がEクラスと比べるとかなり多い。

それに武器を持っている人自体も結構皆、腕に自信があるようなのだ。それなりに持っている武器を扱いこなしている。

……傍から見てるとよくEクラスはクラス戦に勝てたよなって思う。純粋な接近戦ではまずEクラスの方が不利だ。

ただ、それだけ接近戦が得意な人が多い分、逆に遠距離攻撃系のアーツの人は少なかった。

と言うか各色に数人単位でしか居ない。連花さんみたいに銀の能力者でも遠距離攻撃が出来る人もいるから全くって程ではないけど、弱点とは言えるレベルの少なさである。

この点は対Cクラス戦の時に証明されてるか。僕達Eクラスは遠距離戦では優勢を最後まで保ち続けた。

情報を総合してみるとCクラスはやっぱり武器集団というのがしっくりくる。

各々の個が強い生徒が多いのだ。それがさらに今、連携の訓練などを行ってるからこれが上手く行けば手に負えなくなると感じる。

次に再戦する時はそういうことを考えた上でまた作戦を立てないといけないなと強く感じたのだ。

「おーい東雲はん。ちょっと青のグループに入って防御のアーツ見してくれへん?」

連花さんに呼ばれたのでそちらに向かう。

「ウチらのクラスな。もう見てたら分かると思うけど遠距離攻撃が苦手やねん。だからそれはもう諦めてしっかり防御は出来るようになっておきたいと考えてるんよ。だからちょっと手本を見してーな」

連花さんも分かっているようだ。さっきから色々なグループ単位に向けて風切を連発しているけど相手は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うばかりだ。

「じゃ、行くで! 風切!」

風の刃が飛んでくる。このぐらいだったら……

「ウォール!」

水の壁で防ぐ。今の連花さんの攻撃なら十分にこの盾で防げる。

「な。普通に防いでるやろ? これが東雲はんの防御術。治癒術使いって思ってたらこんな技も持ってるから油断ならへんわー……」

連花さんがそう呟くように説明を続ける。

……確かに今の連花さんの攻撃は防げる。が、愛刀が戻ってきたら次は防げる自信は無い。

「皆も今のウチの風切ぐらいは防げるようになって欲しいわ。やないとそれなりの相手やったら簡単に防御を突き破ってくるで!」

Aクラスにもアーツが強力な生徒は居るだろう。その相手対策に防御の訓練を主体として行うようだ。

アーツをアーツで防ぐ訓練は授業ではやっていない。確か教師は二年次から本格的に行うと言っていた。

練習台として今の連花さんの風切はちょうどいいぐらいの強さなのだろう。たぶん色別検査の数値的には二百半ばぐらいの能力のように感じる。纏さんのエアレイドといい勝負だ。

また壁際に戻り、負傷者が出た時に備えながら、この日は合同訓練を見守っていた。



毎週日曜日だけは合同訓練もバイトも無く、自由な時間になるかと思ったら槇下さんに呼び出された。

「はーい。七月度の授業をはっじめるよー」

槇下さんは全く悪びれる様子も無く指導教員の授業の開始である。

「神楽坂さん。ごめんね。また敵対するようなことになっちゃって……」

一応、事情を説明して謝っておく。

「仕方ないよ。私のクラスも似たようなことしてるし。指導教員の授業を放置してたから」

「そうそう。だからしょうがないから日曜日だけでも指導教員の授業を行うよ。ホント私も計画が見事に崩れたからね」

槇下さんもちょっと残念そうな感じだ。

「本当は八月までに二人にロイドを習得させて、研修先でどや! って見せつけたかったんだけど。流石に週一じゃロイドは習得は難しいかなぁ……」

そうポリポリと頭を掻きながら槇下さんは呟いた。

「あ、そうだ。聞きたいことがあるんでした」

思い出したように呟く。

「ん? 何かな? 今回の賭けは春香ちゃんが関係者だから漏らさないよ?」

「それも気にはなるんですが、それよりも。山神さんが言っていたんですけど、二年次ではクラス戦が起きないって話です」

何か特別な理由があるとの説明だった。

「あー……ついに知っちゃったか。まぁいつかは話すことになると思ってたよ」

そう言って槇下さんが腰を降ろす。

「まぁまぁ二人共座って。結構重要なことだからちゃんと説明しておくよ」

地面に二人共座る。

「えっとね。二年次にはちょっとした問題が発生して二年生同士ではクラス戦が行われなくなったの。それはあるクラス……二ーCなんだけど、それが全部のクラスに宣戦布告して、すべてのクラスを叩きのめしちゃったの」

へぇ……積極的なクラスもあるんだ。

「それでね。他のクラス戦が起きると、その勝ったクラスに問答無用で二ーCがクラス戦を仕掛けて回ったの。それも圧倒的な強さで。そのため、二年次ではクラス戦が行われなくなったの。それが一年次の話。それが今も続いていて、他のクラスは完全に萎縮しちゃってクラス戦が起きなくなっちゃったの」

ふむ。でもその程度の理由でクラス戦が起きなくなるのか? ちょっと疑問に思う。

三ヶ月の再戦禁止期間もあるし、たとえ負けてもクラス戦を行うメリットは大きいと思うんだけど……

「やっぱり不思議そうな顔をしてるね。問題なのは勝ち負けじゃなくてその内容の方なの。えっとコンシェルジュにデータを送るね」

ピピッという着信音の後で一人の生徒のデータが表示される。

尾上オノウエ 大貴ダイキ。この生徒が全ての元凶。数値は白の能力者でWー436。まぁ数値だけだったらまだ対策も取れるんだけど問題はその能力と強さだったの」

Wということは白の能力者か。数値も凄い値だ。

「アーツ名は『ティレニー』。意味は暴虐って意味なんだけど、かなり強力なアーツに対する抵抗力を持っているだけの能力」

アーツ名も分かっているのか。それにアーツに対する抵抗力を持っている『だけ』の能力?

「それなのに彼は一人でクラス戦を行なって、一人で全ての敵を倒して、それで一人で勝っちゃったの。大将も彼を申請して同じクラスの生徒ですら彼を恐れてクラス戦に参加しないの。なのに彼が居る二ーCが全てのクラス戦に勝ってるの」

なっ……どういう意味だ?

「言葉通りだよ。誰も彼を止める事が出来無いの。性格は残忍で暴虐非道。毎回それは酷い一方的なクラス戦が行われてきたの。たぶん教師でさえ彼にまともに勝てる人は居ないと思う。それくらいに強力な能力者なの」

少し話が見えてきた。だから二年次ではクラス戦が起きなかったのか。

「それを学園側も流石に問題視していて、今は学園側が介入するかどうかの議論がずっとされている。それくらいに強力なの」

たった一人の生徒のために学園の仕組みが変わろうとしているのか。

「大事なことだよ。二人共、後期に入ったら上位学年とのクラス戦が行われる可能性があるけど、絶対に二ーCとのクラス戦は受けちゃダメ。下位の学年にはクラス戦の拒否権があるから絶対に拒否すること」

真剣な表情で槇下さんはそう話した。

「誰も彼を止めれないし、クラス戦っていう学園その物の仕組みからは外れない行動を取ってるから今は教師から何か出来るわけでもないの。だから気をつけて。そう説明するしか出来ないから」

「そ、そんなに恐ろしい能力者なんですか?」

話を聞いていた神楽坂さんがそうこぼした。

「うん。しかもどうやら常時発動型の能力者みたいなの。私も担当じゃないから詳しい話までは知らないけど、常時発動型で四百を超えた例は今まで全国の学園で彼しか報告されていない。ただ単純にアーツに対する抵抗力が高いってだけなんだけど、例えば銀で強化した刀で斬りつけても逆にその刀が折れるような能力なの」

それは純粋に恐ろしい能力だな。

「でもWー436でしたっけ。ならそれ以上の数値を持っている生徒もいるんじゃないですか? 能力的に」

例えば僕はBー480だ。数値だけなら勝っている。

「そう考えた生徒も居て、実際に去年の三年次でその数値以上の生徒が彼に挑んだけど簡単に捻り潰されたわ。だから間違いなく数値以上の強さがあるの」

だよなぁ……そうでもなければ彼の独壇場みたいにはならないだろう。

「そもそも学園で色別検査の値が四百を超える生徒もほんの一握りしか居ないし、それに他の生徒も萎縮しちゃって上位学年から二ーCにクラス戦を仕掛けることもなくなったの。これが二年次にクラス戦が起きない理由」

覚えておく。そんな恐ろしい生徒が居るのか。

「もう一回言うよ。絶対に二ーCからのクラス戦は受けちゃダメ。いくら治癒術が使えるからって言ってもボッコボコに破壊し尽くされるから。何が何でも拒否すること。それが私達に出来る最大限の防御方法」

頷き返し、深く胸に刻んでおく。

「……まぁこんな感じかな。本当に気をつけてね。注意しろって言うことしか私には出来無いから」

そう呟きながら槇下さんが立ち上がる。

「さてと。話を切り替えてロイドの習得準備に入ります。まずはロイドについて説明することから始めるよ」

槇下さんがいつの間にか観測所の方に持ってきていたホワイトボードをガラガラと持ってくる。

「ロイドとは。ずばりアーツの力で全身を強化することです」

ホワイトボードに棒人間を書いて、それを大きく円で包む。

「イメージ的にはこの絵の感じ。全身のアーツをみなぎらせて身体能力的にもアーツに対する抵抗力的にも強化すること。東雲君のバイタルフォースが雰囲気は似てるかな」

それは少し僕も感じていた。バイタルフォースのように全身を強化するんだろうなとは漠然と思っていた。

「学園の方針ではまずシールドの技能を習得してもらう。これは一定量のアーツを放出することが出来るようになる事が目的」

槇下さんがホワイトボードにシールドと書き込む。そしてその隣にダッシュ。さらに流体防御と書き込む。

「そしてダッシュでさらに一定量を決められたポイントから放出する技術を学び、次に流体防御でそれが全身どこでも発動出来るようになる。ここまでがロイドを習得するための最低条件」

矢印で線を繋いでいく。全てはロイドに繋がってくるのか。

「そして最終的にロイドという技術を学ぶことになるの。単純に言ってしまえばこの三つの技能を同時に発動することかな」

シールド。ダッシュ。流体防御。これらを全て同時に使う?

「二人共はてなまーくが顔に浮かんでるね。そう。全てを同時に発動するの。それがロイドの基礎。そこからさらに色々と応用的な使い方や武術の型みたいにコントロール技術があるの。まぁまずはロイドだね」

そう言って白衣を脱ぐ槇下さん。

「もう何回か見せてるけどロイドは軍が開発した誰もが使えるアーツの応用技術のこと。基本的にはアーツをエネルギーとして全身にみなぎらせる技術のことだよ」

静かに槇下さんがエネルギーを溜めているのは分かる。全身から力がみなぎっているような雰囲気を受ける。

「流体防御を習得すればロイドの基礎にあたる部分の七割は習得出来たと言われている。それはその流体防御を全身に広げる事が出来ればそれがロイドと呼ばれる物になるから」

ふむ……説明は理解出来る。

全身に流体防御を広げるイメージか。でもなかなか想像は出来なかった。

「ロイドについては大きくは覚え方は二種類あるの。ゆっくりと目覚めさせるか、強く叩いて強制的に目覚めさせるか。基本的に学園ではこの両方を行うことになっている」

ゆっくりと強制的か。

「まずゆっくりは流体防御の範囲をだんだん広げていくイメージを持って、流体防御を発動させていくこと。これは練習方法は水に浮かぶといった方法があるし、実際のロイド習得授業でもゆっくりと呼吸をするように練習することになるよ」

水で浮かぶというのはロイドにも繋がっているのか。あの時はただ遊んでいただけだけどかなり重要なことなのかも知れない。

「強制的は主に組手。ロイドを用いた攻撃側とそれを防ぐ流体防御の防御側。これを繰り返しているうちにロイドがだんだんわかってくると言われている。授業でも後半になれば積極的に組手をすることを推奨している」

ふむ……結構槇下さんと組手モドキをやってるけど、まだ僕自身にロイドという物が何かはよくわかっていない。

「口頭ではやっぱり説明しにくいなぁ……つまりロイドとは流体防御をさらに発展させた技術ってことなんだけど。うーん。見せても分かりにくいしなぁ。とりあえずやってみようか」

槇下さんから少し距離を取るように指示が出される。

「二人共、準備はいい? ゆっくりと流体防御を全身に広げるイメージを持って発動させてみて。たぶん東雲君はもうロイドが習得出来る準備は整っているから!」

静かに深呼吸をする。

イメージか。流体防御を全身に広げるイメージ。

軽く目をつぶり、全身が大きなシールドに包まれているようなイメージを持つ。

モヤモヤする。なんだか形に出来無いようなエネルギーに包まれているような気はする。

「東雲君。惜しいってわけでもないんだけど、それの先がロイド。春香ちゃんはまだやっぱりその感覚が掴めないか。もうちょっと流体防御の訓練をやってからだね」

難しい。説明はなんとなく分かるんだけど、それがどういう物なのかはまだわからない感じだ。

「たぶん東雲君はいつもみたいに組手形式でやってたらそのうちいつの間にかロイドが使えるようになるよ。その兆候は見られるし。春香ちゃんは逆にゆっくり目覚めさせた方が向いているとは思う」

槇下さんから説明が入る。

「と、言うわけでいつもの様にやろうか。まず東雲君と比べると少し遅れている春香ちゃんから。クラス戦も近いし流体防御は完璧にマスターしておいて欲しいからね!」

と言ってまずは神楽坂さんから組手の開始だ。僕は少し離れて座り込む。

……ロイドか。中々難しいとしか言えない。

習得すれば僕も槇下さんみたいにバイタルフォース無しの状態でも高速で動けるようになるのだろうか? そのイメージがどうしても流体防御だけじゃ掴めないのだ。

まだ何か大事な欠片が足りないような気がする。ロイドの習得には時間がかかりそうなそんなイメージを強く受けるのだ。

そうして七月度は週に一度だけ指導教員の授業を行うことになった。



七月も二週目に入る。来週に入ると本格的に期末テストが始まる。

期末テストは中間テストのように一日で行うのではなくて、十日ほどを掛けて一日一科目や二科目とゆっくりとしたペースで行われる。これは二年生や三年生は選択制の科目があるためこういう時間割になっているのだと考えられる。

問題はトータルで言えば一年生でも十科目ぐらいはテスト科目があるのだ。皆それなりに授業に必死になっている。

そんな様子をゆったりと眺めていた。もう僕はテストを受けなくてもいいってことになったから気楽なもんだった。

槇下さんから予め話があって、皆がテストを受けている時間に僕はロイドの習得を目指す手筈になった。

少しでも八月の研修までにロイドを用いた組手を多く経験させておきたいという話らしい。ちょっと八月の研修が怖い。

ちなみに神楽坂さんは普通にテストを受ける必要があるみたいだった。あくまで僕は別のクラスに協力するから特例でテストが免除されたようである。

「中々思うようには行かないのです……」

休憩時間。隣にいつの間にか美作が居た。

「美作トトカルチョのこと?」

それしかないだろう。こいつが考えていることだし。

「そうですよ。美作的にはもっとAクラスに賭けて欲しいんですけど、中々皆そうは動いてくれないのです」

美作はしょぼんとした様子だ。

「ちなみにレートは?」

「まだ三対七って所でCクラス有利ですね。もっとAクラスの魅力をアピールしないといけないんですが……」

ふと考えたように美作が呟く。

「これもそれも東雲君がCクラスとの合同訓練なんて言い出すからですよ? おかげでCクラスの人の訓練様子を見てCに賭ける人が出始めたのです」

そして矛先がこちらを向く。

「しょうがないよ。代わりに僕がCクラスの戦力を調べてるでしょ?」

そういう意味も合同訓練にはあった。

美作にAクラスの調査は頼む。Cクラスは僕が調べる。そう美作とこっそり打ち合わせをしてあった。

「それはそうですけどー。おかげでこっちの商売あがったりなのです。このままだとちょっと厳しいかもしれないのですよ」

わりと美作トトカルチョは僕はどうでもいいと思っている。勝負の結果には興味があるけど。

「Aクラスの様子をどんどん説明したらいいじゃん。それともAに何か問題があった?」

今のところ、僕と美作というクラスの作戦を立案する二人はAクラス有利と宣言しているのだ。なのにCクラスの方に賭ける人が多いと言うことは何か問題があるということなのかな。

「それがですね。わりとAクラスって篠宮さんのワンマンチームみたいな感じなんですよねー」

聞いてくださいよもうと言った雰囲気で美作が愚痴りだす。

「一日だけCクラスの訓練様子も覗き見しましたけど、訓練自体は圧倒的にCのが有意義っぽいのですよ。篠宮さんは前園さんみたいに上手くクラスをまとめれてないのです……」

Aクラス代表の篠宮さんも代表として苦労しているのかも知れない。

「Aにも強いアーツの人はいるのですよ。でもそれが小中君みたいに自分勝手な人ばっかりでクラスとしてのまとまりが全然ダメなんですよね。だからあんまりいい情報を流せないのです」

そういう訳か。確かに。合同訓練に参加すればCクラスの雰囲気はよく分かる。Eクラスと同じく和気あいあいとしていて居心地がいい。

それに実力もあることが分かる。それで判断してCクラスに賭ける人が多いのだとも思う。

「このまま行くと美作もCクラスが勝つんじゃないかなーなんて思い始めたんですよ。それくらいにちょっと意識的な差がAクラスとCクラスの間にあるんです」

ふむ。こう美作が愚痴るぐらいだからよっぽどなのだろう。

「まぁそれも含めで考えるのが賭けの親だろ。頑張ってAクラスのいいところを探せよ。僕はもう変える事はしないから」

僕もCクラスが勝つのじゃないかと思い始めているけどもう面倒なので賭けはどっちでもいい。

「やっぱりそれしか方法はないですかねー。今の段階だとつらい所ですよ」

美作がコンシェルジュを展開しながらそう呟いた。

「ちなみに今の段階でAクラスの方が良い所って何があるんだ?」

「今の段階で。だと、とりあえずダッシュが使える人はAクラスがたぶん一番多いですね。そういう基礎的な物の習得はAクラスが一番多いし習得も早いのです」

そういえば今は実習でダッシュの訓練をしているのだ。それを習得出来ている人がもう居てもおかしくはない。

「あとは特筆すべきは神楽坂さんと篠宮さんの存在ですね。神楽坂さんは東雲君もよく知っているように流体防御をほぼマスターしたみたいですし、篠宮さんは相変わらず強力な炎の龍を召喚してます。それにあと数人、色別検査で上位に来そうな人がいる感じですかねー」

コンシェルジュを開いてデータを見せてくれる。確かに能力的な差はあまりCクラスとなさそうである。

「Aクラスは全体的に見るとやっぱり篠宮さんが飛び抜けたワンマンチームな感じをどうしても受けちゃうのです。他には全体的にアーツが攻撃的な人が多いのも特徴ですかね。色のバランスはEクラスと同じく良くて、黒以外は全色居るみたいですし、そこまで尖った印象は受けないです」

説明を聞きながら僕も考える。

「戦力的な分布だとAクラスの方がCクラスよりもバランスがいいと言えますね。色別検査……と言っても四月の数値ですが、それも総合的にはAクラスの方が高いですし」

そうなのだ。データだけだとAクラスの方が有利と出ているのだ。

「ならそれをもっとアピールしていけばいいじゃん」

「もうしてるのですー。でもやっぱり実際に間近で見れるCクラスのが好印象みたいですね。皆もそう考えていると思うのです」

こればかりは難しい所だ。

「そして忍び寄るテストの影ですね。それもあってだんだんAクラスは訓練に参加する人自体が減ってるのです。何故かCはそんなことないですよね? あれ不思議なんですけど」

そうなのだ。そういう意味だとCクラスは団結力が高いのだ。

もう来週からテストなのだけど、まだ訓練に参加する人はかなり多い。良く言えば向上心がクラス単位で高いと言えるのだ。

連花さんのカリスマ性もあるかも知れない。それが篠宮さんとの最大の違いかな。

「美作トトカルチョでは悪い点は報告しない方針なのです。だから皆には例えば前園さんの刀のこととかも知らせてないのです。どっちのクラスについても良い所だけを言いたいんですけど……」

そう言って美作は口をつぐむ。まぁそんなにCクラスには弱点があるとも思えないけど。

「AクラスはEクラスに負けて、クラス戦に対する意識が変わったかな? なんて思ってたんですけど、それは一部の人だけみたいなんですよねー。篠宮さんはだいぶ意識しちゃってて能力をさらに有効利用しようって考えみたいですからその点はプラスポイントですけど」

確かEクラスとのクラス戦の時、Aクラスは選民意識が高く、負けるはずはないとたかをくくっていた雰囲気があったとの話である。

それがまだ少し残っているのかもしれない。

「まぁまだ時間もありますし、何があるかわからないですけど……難しいところなのです」

美作は最後にそう呟くと自分の席に戻っていった。

 美作トトカルチョは盛り上がって欲しいとは思うけど、それに対して僕が何かをする……例えばAクラスに助言すると言った行為をする必要は無いし義理もない。

今、Cクラスのお手伝いをしているだけでだいぶ影響を与えている気もするけど、どうなるのかは今の段階では何とも言えない。

特に僕自身はどちらに勝って欲しいというのも無い。いや、どちらにも勝って欲しいと思う。Aクラスは神楽坂さんがいるし。Cクラスは僕が協力しているし。

だから。僕はCクラスのお手伝い以上のことはしない方がいいと考えている。これ以上、僕が介入するのも変な話だし。

……もう休憩時間が終わり授業が始まる。僕も授業の準備を始めたのだった。


午後からの実習は相変わらずである。

全体で見るともうほとんどの人が盾タイプのシールドを出すことが出来るようだ。

どんどん水に浮かぶ訓練がスタートしているのが分かる。

プールで僕達……というかダッシュの成功者はかなり自由に遊んでいる。

とりあえず美作がザウルス三号をもう一台持ってきて及川も武装することになった。

初日こそ水に浮かび続けるだけで苦労していた及川も、流石に僕と美作の集中攻撃に半泣きになりながら練習し続けた結果。水の上でだいぶ動けるようになってきた。

今では三つ巴の戦いが繰り広げられている。

「せんせー! あっちあんなに遊んでるのはいいんですかー!」

凛さんが少し拗ねたようにそう呟く。

「そう見えますが……実はあれは大変高度な訓練でもあるのです。貴方達もダッシュを習得すれば向こう側で遊んでいいのですから頑張ってまずはダッシュの習得です。それで初めて向こう側に行った時、彼らがやっていることの難しさがわかりますよ」

教師がそうたしなめるように説明している。

実際、水の上で動きまわるのはかなりエネルギーを使っているのが分かる。それに体の軸を安定させるために自然と流体防御の使用量が増えているのも分かる。

「隙ありなのです! 喰らえザウルス三号!」

美作がザウルス三号で攻撃してくる。

それを見切りながら反撃のチャンスを狙う。

「くっ……単純な攻撃は全て避けられるのです。及川君! ここは共同作戦なのです。なんとしてもまだ一度も水に沈んでいない東雲君を沈めるのです!」

と、このように最近は美作と及川が協力することが多い。

挟み撃ちの形で及川が背後に回りこむ。

「ウォール!」

流石に二対一だと僕が不利すぎるので、アーツを使う。

水の壁を召喚し、障害物として利用しながら美作を狙い打つ。

「あわわわわ。こっちにきたのです! 美作ばっかり狙うのは不公平ですよ!」

及川がこちらに来たばかりの時、さんざん及川を追い掛け回した奴のセリフとは思えない。

美作の顔面目掛けてザウルス三号で狙いをつける。

「っく……美作も。盾が使えれば」

そこでピコンと美作が何かに気がついたような顔を浮かべた。

「それです! なんてことはないのです。盾を出せばいいんですよ!」

構わずザウルス三号をぶっ放す。

「シールド!」

美作が盾を展開して僕の攻撃を防ぐ。

「!?」

教師の方からざわめきが起きた。手に持っていた測定器を落とした教師も居る。

「な、なんですか? なんだか様子がおかしいですけど」

それに美作も気がついたのか遊ぶ手を少し休める。

「美作さん。まさかそこまでアーツを使いこなすとは……二年次の内容ですよそれ」

教師が近くによってきてそう話す。

「流体防御を使いながらシールドの技能を発動させる。これは大変難しく、また後期に皆さんが習うロイドという技術を習得するために必要な大事なステップの一つなのです」

そういう意味か。確かに僕もまだ流体防御を使いながらシールドを展開したことはなかった。たぶん出来るとは思うけど。

「え、もしかして美作。知らない間に凄いことやっちゃってますかね?」

「そうです。もうかなり水の上で動き回れるようですね……それはれっきとした訓練の一つですよ。後期になって流体防御を習う時に必ず役に立ちます」

そう教師は告げて生徒の元に戻っていった。

「凄いんだね美作さんって」

いつの間にか隣に来ていた及川がそう呟く。

美作は本人の自覚があるのかどうかわからないが何気に技術の習得はかなり早いのだ。

「っていうか美作。お前も盾が使えるなら……無理して僕を狙う必要は無くないか?」

僕も盾が使えるのだ。ってなってくると。

「ですよねー。そうなるのです」

ニヤリとかなり悪そうな顔を二人で浮かべる。

「え、ちょっと。共同作戦はどうなったのさ!」

それに気がついた及川が慌てて距離を取る。

……そうしてしばらくまた及川を集中攻撃することになった。

しばらく遊んでいたら生徒の方からまた歓声が上がる。

この感じだとまた誰かがダッシュを成功させたな。遊びの手を休めて誰が成功したのかを確認する。

「神島さん。ダッシュの習得が完了ですね。向こう側に行く事を許可します」

あ、意外だ。もうダッシュの習得が出来かけていた橘さんよりも先に神島さんがダッシュを成功させたようだ。

「ずーるーいー。晶ちゃん!」

凛さんがぼやいている。

そこを優雅に神島さんが歩いてくる。

「私もその輪に加われるか?」

「神島さんですね! 女子が増えたのは心強いのです! しかもアーツが盾ですし」

さっそく美作は予め用意していたのかザウルス三号を神島さんに手渡す。

「これで二対二で勝負が出来るのです。といっても女子が少し優勢ですけど!」

エッヘンと美作が胸を張っている。よし決めた。しばらくこいつを集中的に狙う。

「神島さん。一メートル四方ぐらいの氷を何個も出せたりしない?」

少し考えてからそう呟く。

「出せるぞ。しかしどうするんだ?」

「それを水に浮かべるの」

そこで僕の意図に気がついたようである。

神島さんが能力を発動させる。プールの上にいくつもの氷の塊が現れた。

「ひゃっほーう。障害物が出来たのです! これでさらに楽になったのですよ!」

美作が喜んで氷の間を駆けまわる。あえては言わないが雪にはしゃぐ犬のようである。

「まぁ今は気温が高いからそんなに長くは持たないだろうが……こんな感じか?」

「十分。これで盾が無い及川や神島さんも同じラインに立てるよ」

そこでハッと美作も気がついたようである。

「で、でも! こちらも条件は同じですもんね! さぁ女子対男子の真剣勝負とするのですよ!」

その隙に及川と軽く打ち合わせをする。作戦は単純だ。美作だけを集中攻撃すること。

距離を取る。氷の障害物を上手く利用しながら戦うことによって一気に戦略性が増した。

「じゃ、行くのですよー。よーいスタートなのです!」

美作が合図をするのと同時に氷を回りこむようにして美作を狙う。

「って。ずるいのです! 美作を集中攻撃するなんて!」

慌てたように美作が逃げ出す。

それを氷を蹴飛ばして進路を塞ぐ。

「なっ……もう氷を利用してるのですか!」

その隙に及川が距離を詰める。僕も回りこむように美作が逃げ出しそうな方向に移動しておく。

「っく……シールド!」

及川の攻撃をシールドで防ぐ美作。

しかしいくらシールドが使えるといっても限度はある。さらに使った直後は隙が出来る。

「終わりだ美作!」

そこを狙う。側面から美作を狙う。

まではよかったのだけど、その次の瞬間。僕が背後から後頭部を攻撃されて吹っ飛ばされた。

「!?」

何が起きたのかその瞬間は分からなかった。慌てて流体防御を使って水の上を転がる。

「私をドフリーにしてくれるとはやってくれるじゃないか」

神島さんが氷の上に乗って、遠距離から僕を狙ったようだ。一撃で仕留められかけた。

流石はザウルス三号である。結構な距離があっても僕を吹っ飛ばす程度の威力はあるみたいだった。

神島さんもダッシュを発動させながら氷の上を移動している。

その戦法なら確かに水の上に浮かぶ事が苦手でも僕達と同じレベルで戦える。

「流石、神島さんなのです! そのまま東雲君を沈めるのです!」

「先程、少し話をしていたな。まだ東雲君は一度も水に沈んでいないと。なら沈めるしかないじゃないか」

クックックと氷の上で神島さんが悪そうに笑っている。これは油断出来ないぞ。

……そのまま。水鉄砲合戦はさらに白熱していった。この日はひたすら美作を狙いながら逃げまくり、まだ僕はなんとか水に沈められずに済んだ。


実習が終わったら合同訓練である。

今日も壁際で治癒術待機もといCクラスの情報収集を行なっていた。

流石にコンシェルジュを展開してると不審に思われると思ったので、覚えられるだけ覚えて、あとでコンシェルジュの情報を更新していた。

やっぱり本格的なアーツを用いた訓練だ。監督役の教師が居てもケガ人が出てきている。

そのたびに治癒術で回復させる。まぁこれは協力する範囲内だ。そんなに問題ではない。

……のだけど。それとは別にちょっとした問題があるのだ。

「おい。東雲。そろそろいいんじゃないか?」

そう声を掛けられる。やっぱり今日も来たよ。

「ビビってるのか? 俺にやられるのを。代表がそんな性格だとクラスが大変だぞ?」

そう言って顔をそむけた僕を覗きこむように奥山君が挑発してくる。

そうなのだ。連君に奥山君が負けた次の日から、今度は僕をターゲットにしたようなのだ。

「何回も言っているけど、僕はただの治癒術使いだよ。そんな接近戦の技術なんてもってないし。もし勝負したら相手にならないのがわかってるよ」

そう言って断り続けている。

「んなわけあるか。うちの代表がお前のことは認めている。間違いなく実力があるって証拠だ。それと勝負がしたい俺の気持ちもわかってくれよ」

奥山君も引き下がらない。この調子でずっと僕と勝負がしたいと言い続けているのだ。

「それに僕は治癒術使いとしてCクラスに協力……それも上から命じられて、渋々しているんだ。その内容にCクラスの戦力を高めることは含まれてないよ」

そう言ってしばらくはやり過ごしていた。それもあるから僕自身がCクラスの生徒と勝負をすることは避けつづけていた。

「いいじゃねーかそんなこと。他のクラスとの訓練なんてこの先、開かれるかも謎だ。このタイミングじゃないと狙った獲物と勝負なんて出来ないんだよ」

対して奥山君はこの調子である。わりと積極的な性格のようだ。

「じゃ聞くけど。代表の連花さんの許可は取ったの?」

そう聞くと奥山君はピクリと動きを止めた。

「それは……代表が認めるとは思わない」

そうなのだ。連花さんはわりと義理堅いところがある。もし奥山君と僕の勝負を認めて、僕が治癒術を使えないような事態になったらそれこそ訓練全体がストップしてしまう。

そのため、きっと連花さんは勝負を認めないと思うのだ。それはどうやら事実らしい。

「なら無理だよね。どうしてもって言うなら先に連花さんの許可を取ってきなよ。それから考えるから」

そう言って退ける。しばらくはこれでやり過ごせるかな。

……なんて思っていたのだが。

しばらく考えこむように奥山君は動きを止めていたかと思うと急にいきり立った。

「だーもう。仕方ねぇな。そっちがやる気がないならこっちから先制させてもらうぜ!」

ボクサースタイルで構える。そしてそれでもこちらが構えないのを見て、仕方がないといった雰囲気で急に距離を詰めてきた。

「ちょ……」

慌てたのは僕だ。まさか急に仕掛けてくるとは思わなかった。

一気に懐にまで潜り込まれる。そのまま右手から鋭いアッパーが飛んでくる。

それを流体防御で受け流し、僕は後方にダッシュを発動させて距離を取る。

「ほら見ろ! 不意打ちでも完璧にいなしたじゃねーか。それの何処が接近戦が出来無いだよ!」

そう言って奥山君に指摘される。

「たまたまだよ。それに僕自身に武術の経験はほとんど無いよ!」

「うるせぇ! やるぞ!」

ドンッと地面を蹴って一気に奥山君が距離を詰めてくる。

……やりたくなかったけど仕方ないか。

半身になって相手の攻撃範囲を狭める。

それを見て僕のみぞおちをえぐるように右手でのフックが飛んでくる。

その右腕の部分に僕の手をあて、流体防御で吹き飛ばす。

「!? よくわからない防御方法を持ってるって話は本当らしいな!」

ニヤリと奥山君が笑った。

「後期になったら皆も習うよ。そんなに難しい技術じゃない」

説明するほどでも無いけどそう告げておく。

 「面白いぜ。遠慮無くガンガン行くぞ!」

そのまま奥山君がまた突っ込んでくる。

今度は真正面から右ストレートだ。

僕はそれをかい潜るように避け相手のみぞおちに右手を当てて掌底を食らわす。

パンッと乾いた音が響いて奥山君が数歩、後ろに押し返される。

「ッチ……本当に何が接近戦は出来無いだ。俺の攻撃を見切るぐらいは朝飯前ってか?」

槇下さんとの訓練がこんな形で生かされるとは思ってなかった。奥山君の攻撃が結構余裕を持って見える。

「なら俺も本気で行くぜ!」

ついにはダッシュを使って一気に加速して攻撃してきた。

それを出来る限り引きつけては避ける。

奥山君は根が正直なのだろう。攻撃の軌道が案外単純だ。

だからそれほど武術の経験がない僕でもなんとか攻撃を予測して避けたり、流体防御で防いだりすることが出来た。

そのまましばらく。距離を離したり、流体防御で攻撃を吹き飛ばしたりして時間を稼ぐ。

そうすればきっと……

「こらー! 奥山! 東雲はんとの勝負は認めへんって言うたやろ!」

横から異変に気がついた連花さんが飛んできた。

「だ、代表。見逃してくれよ。こいつかなり強いんだよ」

流石にたじろぐ奥山君。

「そんなんウチの白水が折られた時点でわかっとるわ! 東雲はんには無理言って協力してもらってるんや! それをぶち壊しにすな!」

連花さんがかなり怒っている。鞘でガンガンと奥山君の頭を叩いている。

「それに見てへんかったん? 及川っていうかなり強い子が他にもずっと訓練に参加してるやろ? そっちに勝負挑んだらいいやん」

言われればそうだ。及川はずっとこの合同訓練に参加している。さっさと及川を生贄に出せばよかった。

「そ、そうなのか? そんな奴が居るのか。でもそれより先に東雲を……」

「あかん。ウチが許さへん。これ以上仕掛けたら、ウチが本気で成敗するで?」

連花さんが凄む。奥山君も連花さんには勝てないようだ。

渋々奥山君が引き下がる。助かった。

奥山君の攻撃は防げるけど、倒すことは難しいと思っていた。

「すまんなぁ東雲はん。奥山にはよーく言い聞かせておくし。いつもの調子に戻ってや」

頷き返し僕はいつもの位置に戻る。

あー怖かった。いざとなったら治癒術で奥山君の意識を飛ばしてしまおうかと思うぐらいには危険だった。

奥山君に勝てるのは連君と恐らく及川ぐらいだろう。本当に要注意の人物だ。

そのまま奥山君の様子を眺めていたら真っ直ぐに及川の元に向かって行った。

及川。頑張って凌いでくれ。

ちょっと責任も感じたし興味もあったのでその様子を見に行く。

「おい! お前が及川だな! 正々堂々勝負しろ!」

真っ直ぐに及川の前まで奥山君は歩いて行くと早速勝負を仕掛けた。連君に似てるなと思った僕の第一印象は間違ってなかったようだ。

及川はそれを聞いて焦ったように逃げようとする。

のが予想出来たので逃げ道に僕が立ちふさがる。

「ま、またなの? 東雲君、僕。そんなに自信無いんだけど……」

何故こんなに及川は弱気なのだろうか? 実力ならあの連君にも勝るっていうのに。

「自信持てよ。及川ならきっとやれるって」

そのまま背中を押して送り出す。

この訓練を申し出た意味にはやっぱり及川のことが大きい。

なんとか自信をつけさせれたら……と薄々計画していたのだ。実際に実力はあるんだから。

諦めたように及川が竹刀を構える。

「剣道か。相手に取って不足なし!」

奥山君も構えを取る。

そして流石に皆の注目を集めてたのかギャラリーが結構居る中での勝負となった。

「行くぜ!」

奥山君がダッシュを発動させて一気に及川との距離を詰める。

ほぼ素手対竹刀だ。間合いの差から考えて奥山君は自分の間合いの接近戦に持ち込みたいだろう。

それを及川は完全に見切って、奥山君が突っ込んでくる軌道上に先に竹刀を置くのだ。

「!?」

慌てたように急旋回して回避する奥山君。

やっぱり及川には全てが見えているようだ。

静かに及川が構える。それを見て奥山君がさらに距離を詰めようとする。

だが、それを及川は許さないのだ。確実に竹刀で相手との距離を取って全く奥山君を近づけさせない。

「っく……お前! 何故攻撃しない!」

及川は奥山君との距離を取り続けているだけだ。自分からは攻めようとはしない。

その点も及川の弱点と言える。もうちょっと積極性が及川には欲しかった。

「うおおおおおおお!」

真っ直ぐに奥山君が叫びながら距離を詰める。あの勢いだとやられるのは覚悟の上かも知れない。

それを及川はフッと全身の力を抜いたかと思えば、目にも止まらない速度で奥山君の隣をすり抜けた。

スパンッという乾いた音が響いた。

その瞬間、一度だけかなり速く竹刀が振るわれたような気がした。

「……マジかよ」

奥山君がその場に膝を付く。どうやら額を一閃に打ちぬかれたようである。

「差は明らかやね。及川。だいぶやる気になったやん。ウチとやった時と比べて」

気がつけば僕の隣で連花さんがそう呟いてた。

「ぼ、僕。そんなに変わった?」

対して及川はいつも通りに見える。

「今ならきっとウチといい勝負やな。ま、アーツ無しの場合やけど」

「ちょ、ちょっとまってくれ。こいつはそんなに強いのか?」

慌てたのは奥山君である。

「ウチが見る限りEクラス最強は及川や。全力のウチともいい勝負すると思うで?」

連花さんの評価はかなり高いみたいだ。

「もうちょっと銀の生徒の中でアーツの練習し。クラス戦が近づいたらまたウチと手合わせ願うわ」

そう呟くと連花さんは他のグループの方に向かっていった。

「こ、怖かった……でも勝てた」

そう及川が呟く。及川が自分から勝てたと言ったのは初めてかも知れないな。

何かが及川の中で変わろうとしているのかも知れない。それはきっと及川をいい方向に進化させてくれる。

「っく……負けた。だがこれで勝ったと思うなよ! また仕掛けるからな!」

そう捨て台詞を吐いて奥山君は撤退した。

及川も大変だな。連君に奥山君と色々つきまとわれて。

ギャラリーもそれぞれの訓練に戻ったので僕もいつもの壁際に戻ってくる。

……合同訓練自体は良い感じだ。EクラスとCクラスの仲も悪くはない。

まぁ僕の周りの人。言ってしまえばEクラスで実力がある人達はあんまり参加していないのが欠点だけど、それ以外は仲良くやっている感じである。

このまま実力を高めていけば何処まで行けるのだろう?

クラス戦が楽しみではある。きっといい勝負が見れると、この時の僕は思っていた。



次の日。テストが間近に迫ってきて皆が流石に慌て始めた。

美作トトカルチョのことよりもテストが優先される。データでノートのやり取りや勉強の教えあいがクラスの中でよく行われている。

僕の後ろの席でも纒さんを取り囲むようにタケル君と凛さんがベッタリ張り付いていた。

「纒ちゃん! ここ教えて!」

「いや纒様。ここをお願いしますだ」

こんな感じで纒さんはほぼこの二人専属の家庭教師のようになっている。纏さんも大変だな。

そんなこともあってこの三人はまだ合同訓練に姿を見せていない。

僕的には参加をしてほしいけど、それよりもテストの方が大事なのだろう。じゃないとまた補習地獄になりかねないし。

……テストの日程の合間に休みになる日が何日かある。その時に改めて誘ってみる予定ではある。

そんな感じで様子を伺っていたらまたしても慌てたように美作が講堂に飛び込んできたのである。

「ここに来てビックニュースなのです!」

そう言って再び生徒の視線を集める。

「なんとなんと。ちょっと早いんですけど、Aクラスに交換留学生が来たのです!」

……この時はまだ、そうなのかとしか思わなかった。

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