三日目
AM9:00
1
三日目の朝だ。
俺は昨日慎二の言っていたもう一人の生存者と接触するべく、南東の海岸へ行く事にした。
その間俺は食料を調達する事ができないので、仕方なく慎二に食料集めをしてもらう事となった。
「さて、と。それじゃ行くかな」
慎二よりも先に早く準備を終わらせた俺は早めに出発する事にした。
「慎二、食料頼むぞ」
「あの人を連れて来れなかったら今夜は飯抜きだけどな」
蹴りを一発かましてやった。
ため息をつきながら俺は外へ出る。すると今日は雨だった事に気が付いた。
「雨か…濡れるのは好きじゃないな」
俺は木の影に隠れて雨水をやり過ごしながら進んでいった。
2
AM9:23
俺より少し遅れて準備を終わらせた慎二が外に出る。すると慎二も今日は雨天である事に気が付いた。というのも、俺達が雨に気づかなかったのはさっきまでグッスリと眠っていて、起きた時には慌てて準備をしていて外の天気には全く目を向けなかったのだ。
「雨か…嫌だな」
慎二も俺と同じように木々を縫うようにして進んでいく。しかし、今日の目的は食料採取であり、雨宿りしながら探索するのではない。
慎二は雨に濡れることに関しては諦めたようで、自分から雨にうたれていった。
まず慎二が手をつけたのは洞穴を出てすぐ東側にある小さな川だ。
「冷てっ」
慎二はモリを構えて浅瀬に入っていく。その水の冷たさに小さく悲鳴をあげた。
浅瀬でフナを見つける。慎二はモリを構えたまま固まり、集中して狙いをつける。
と、その瞬間にはモリは振り下ろされ、突き刺さっていた。
川底に。
外してしまった事に悔しかったのだろう。慎二は素早くモリを引き抜くともう一度川を泳ぐフナに狙いを付けて勢いよく振り下ろす。
今度は命中した。
モリはフナの腹に突き刺さっていた。慎二は素早く獲物をモリから外すと地面に置き、また次の獲物を探し出す。
慎二はすでに雨が降っているのも忘れ、モリを突く事に没頭していた。
3
AM10:23
道に迷った。
「確かここだったはず…いやこっちか?」
昨日慎二に教わった通りの道を通って来たはずなのだが、どこをどう間違ったのだろうか。全く見覚えの無い場所へとたどり着いてしまった。
「あ~…帰り道まで見失った」
どうやら俺は方向音痴のようである。
「そういえば部活で登山していた時も道に迷ってたな」
もはや行くべき道も帰る道も分からない。俺は闇雲に歩いていった。
25分ほど歩いただろうか。不意に開けた湖に辿り着いた。
「ここが慎二の言っていた所か?」
だとしたら相当遠回りした事になる。
一応ここにも何か無いかと30分ほど探索する。しかし何も無い。時間の無駄だったかとため息をついた。
暫く歩いて行く。すると急に大きな広い土地に出た。大きな草原と海。どうやらここが慎二の言っていた砂浜のようだ。
「慎二の言葉が確かならここに生存者がいるんだよな」
早速探索を開始する。
17分ほど砂浜を探索し、そこにも俺らが滞在しているような大きな洞窟があるのを見つけた。
念のために入ってみたが、予想は的中だった。
洞窟の端に寄せられたヤシの実の残骸や、恐らくジャングルにも行ったのだろうパイナップルの皮などが捨てられていた。
俺は確信した。と、その時背後に気配を感じとった。
生存者だ。長い黒髪を後ろで一つに束ねて結んでいる。女性だ。
「人?」女性が尋ねる。
「あなたは誰?救助隊なの?お願い、私を助けて!」
女性は混乱しているようだ。彼女も俺達と同じように他に生存者―――というよりも人間―――がいるとは思ってもいなかったのだ。
「落ち着け」俺は思わず叫んだ
「悪いが俺は救助隊じゃない。あんたと同じようにこの島に遭難してきたんだ」
そんな、と女性はうなだれる。
暫くの間、二人は沈黙する。その沈黙がきまずく感じたので俺は口を開いた。
「とりあえずこの雨の中を突っ立っていても仕方が無い。俺達の所に来ないか」
「俺…達?」女性は俺の言った言葉の中に複数形が混じっていた事に疑問を抱いた。
「俺の他にもう一人生存者がいる。ほら、あんたは行くのか?」
暫く考えた末、彼女が口を開いた。
「行くわ」
彼女も仲間になっておいて損は無いと思ったのだろう。すんなりと応じた。
「あ、それと」
「何だ?」
「私の名前は"あんた"じゃないわ。私の名前は若狭 美緒よ。あなたは?」
「俺は斉藤 悠樹だ」
「よろしくね、悠樹」
どうやらこの女性は人懐っこい性格のようだ。
3
PM3:46
「…思ったよりも全然釣れん」
川でのモリ突きでは鮎が3尾、フナが9尾と大漁だった。
しかし、モリで魚を突くのにも飽きてきたらしく、慎二は海釣りに移行したらしい。
しかし釣竿とはいうものの、ただ木の棒の先端に鋭く尖らせた石の欠片をくくりつけた植物のツタを糸代わりにした質素な感じの竿なのだが。
と、そこで竿に手応えを感じた。
「お、来たか」
リールなど贅沢な物は無い。慎二は体ごと竿を後ろへ引っ張る。だが魚も負けじと抵抗してくる。慎二は全力で竿を引いた。
その瞬間、糸が海面から飛び出し、大きなアジが足元に落ちた。だが、それと同時に竿も限界が来ていたらしく真っ二つに折れていた。
竿が折れてしまってはどうする事も出来ない。慎二は釣り上げたアジを片手に洞穴へ戻って行った。
時刻は既に17時になっていた。
4
PM6:00
俺と美緒は慎二の待つ洞穴へと帰って行った。
まあ、帰り道もまた道に迷ってしまっていたのだが。
「慎二、紹介するよ。若狭 美緒だ」
「よろしく。あなたが悠樹の言っていたもう一人の生存者ね」
慎二は口を開いたまま言葉を出せずにいた。
ここだけの話、美緒のルックスは慎二のタイプにどストライクだったらしい。
「あ、ああ宜しく」
その二人のやりとりを見ている内に俺は我慢できずに吹きだしてしまった。
慎二に軽く睨み付けられたので、俺は話を変えようとした。
「ああ、悪い悪い。で、食い物は?取れたのか?」
慎二は今日の釣果を俺達に見せつけた。これだけの食料を一人で入手するとは。言葉が出なかった。
慎二はニヤリと笑い、
「俺だってこれぐらいはできるさ」と嘲笑の笑みを漏らした。
すごい、と美緒が感嘆の声を上げる。すると慎二は口を開いた。
「今日は美緒さんの歓迎パーティーだな」
魚類だけの歓迎パーティーか、と気の抜けた笑いを漏らした。
「今日は私が料理を作るわ」
美緒が口を開く。なるほど女性らしさは一応あるようだ。
「じゃあ、お言葉に甘えるとするかな」
美緒に材料を渡し、なにやら聞き覚えのある歌を口ずさみながら料理を始めた。
30分ほど待っただろうか。美緒がアジのたたきとフナの刺身、それと鮎の塩焼きを持ってやってきた。
「うまそうだな」俺は呟く。美緒は当たり前でしょ、とでも言うかのようにこちらを軽く睨む。
三人でいただきます、と夕食を食い始めた。まずは全員が鮎の塩焼きに手を伸ばして食べ始めた。
口に入れて5秒ほど硬直した。
おもわず気を失いそうになる。彼女の料理の腕は絶望的だった。
「二人とも、どうしたの?美味しすぎて倒れちゃった?」
真面目な顔で聞いてくる。やれやれ、味覚も絶望的だったのか。
おおよそ1時間かけてそれらを食った俺達は、その味を早く忘れるためにそそくさと眠りについた。
頼もしい仲間はできたのだが、彼女には二度と料理はさせないと心に誓った。