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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
7/65

5.お礼という名の餌付け

丁寧な指摘ありがとうございます。

誤字訂正させていただきました。



「おはようございます」


「…おはよう」


「また、においに釣られて来たんですか?」


鼻が利くにも程があるとか、段々迎えに来る距離が近くなっていないかなど、色々言いたいことは盛り沢山だが、とりあえず私は大量に作った料理が入っている籠をクマさんに押し付けた。

あれだけ重かったのに、彼はなんてことないように持っている。どうせなら、家まで迎えに来てくれれば楽なのに…。そう思いもするが、わずかに鼻をひくつかせて籠を望み込む姿は、子供の様にすら見え毒気を抜かれる。




私はあれから毎日怪我の手当てにかこつけて、クマさんの生態研究に勤しんでいた。

初めの頃は「森に妙齢の娘一人で入るなど危険だっ」などと五月蠅かったのだが、餌付けしていたのが効果を称したらしく、最近では森の中程まで迎えに来てくれるようになっていた。生態研究と言っても、ただクマさんと一緒に食事をしたり話したりするだけなのだが。おとなしい性格であるらしい彼とのそんな交流は、今では日常の一部となりつつある。



このクマさんは、川の近くにある洞穴に住んでいるらしい。

一見このクマさんであったら、丸太小屋に住んでいても驚かないと考えていたのだが、流石にこの森の奥でそれはなかったらしい。それを聞いて安心したような、ガッカリしたような微妙な感覚を味わった。


「森の奥にある丸太小屋に住んでいるクマさんなんて、童話みたいで素敵なのに…」


「―――君はまた、何か一人で変なこと考えていないか?」


つい口に出てしまった願望を聞いて、クマさんが若干失礼なことを言った。

最初の頃はお互いに遠慮していたが、段々と掛ける言葉がきつくなっている気がする。


「立派な婦女子に向かって、変とは失礼な!おまけに、またとはなんですか?

 またとは!」


そんな言い方をされたら、私はいつも変なことを考えているようではないかと、先ほどまで生態研究などと考えていたことは棚上げして、クマさんを非難した。


私みたいな小娘にきゃんきゃん咬みつかれるのに慣れていないのか、ちょっと情けない顔をしたクマさんは「…すまない」と、出会ってから何度聞かされたか知れない言葉を口にした。



こんな場面で謝られても、どうして謝られているか分からないし。本当に『分かって欲しい所を分かっているのかと』怪しむ。争いを好まないのはいいが、簡単に謝り過ぎだ。

大体、こんなに厳つい風貌のクマさんに謝られている私の身を考えてくれ。私はどれだけ怖い人間なんだ。クマさんより強いどころか、吹っ飛ばされたら一瞬で負ける自信があるぞ。



情けなく頭を掻いているクマさんを見て、私は一人ため息をついた。






クマさんと食事を一緒に食べるのは、腕の手当てをした川近くが定番になっていた。よくよく散策してみると、あそこにはたくさんの薬草が群生しているのが分かったのだ。その為、食事をしていない時は薬草集めに勤しんでいる。


本当はクマさんの腕を心配し、あまり動かさないように考えてのことだったのだが…今ではすっかり、散歩兼仕事のようになっていた。一応、毎日怪我の手当てと様子見を忘れてはいなかったのだが、栄養のあるものを食べさせるのも治療の一環としよう。そう考え、自身を慰めていた。現に、傷はほぼ完治している。


「あっ!クマさんだめですよ。

 そんなに手荒く薬草を取ったら、次に生えにくくなってしまいます」


「そうか…ただ採るのではいけないのだな」


土を撒き散らかしながら、根ごとごっそり薬草を掴んでいる彼を窘め「薬草はいいですから、そこにある木イチゴを採って下さい」とお願いした。


最初はしょんぼりした様子だった彼を慰めるために、「その木イチゴでジャムを作ってきますと」宣言すると、とたんに嬉々として木イチゴを摘み出した。

蜂蜜を好きだと言った時点で甘いものが好きなのであろうとは予想していたが、ここまで喜ばれると複雑な気持ちになる。蜂蜜や甘いものがここまで好きなら、食べれなくなった途端に人を襲うのではないか心配になる。


「…クマさん。お願いですから、甘いもの欲しさに人を襲わないでくださいね?」


「なっ!そこまで落ちぶれてはいない…」


思わずと言った様子で振り返ったクマさんの口元と手元を、ざっと確認してからため息をつく。最後の方が尻すぼみになっているのは、何を示すのか考えたくない。

振り向いた時に、真っ赤に染まっていた手や口元など私は見ていない…。

知らないったら、知らない!


「口の周り、真っ赤ですが?」


「……面目ない」


仕方なし、もっていたハンカチをクマさんに渡す。きっと真っ赤に染まったそれはもう使えないだろうが、しょうがないと諦めた。それよりも…


「お願いですから、人を襲わないでくださいね?」


「………。善処する」


何とも頼りない返答に、私はしばらくクマさんのご飯の御世話をしようと心に決めた。ようは甘いものを与えてさえいれば、大人しくしているだろうという考えに至ったのだ。


「…もういっそ、太って動けないくらいにすればいいのかしら?」


「……何か恐ろしい事を、君は考えていないか?」


どうやら、耳聡く聞き取ってしまった様子のクマさんから、そおっと目をそらす。


「いぃえ?ただ、もっと美味しい物をクマさんに食べて欲しいなぁーっと思っただけですよ」


その言葉を聞いた後、「そうか!それなら、籠に入っているものをもう食べてもいい頃だと思うのだがっ」と、黒い瞳をキラキラとさせて聞いてきた。茶色い毛に黒い瞳など、本当に童話道理のクマさんだなぁ。今では聞きなれた彼のお腹の音を無視して、私は一人思考を働かせる。

最初の頃こそ、お腹をすかせたクマさんが恐ろしくて直ぐに食べるものを用意したが、流石に慣れてくると学んできた。お腹を空かした彼は、よく食べる。

本当に…よく食べる。


こうやって少しでも食糧集めに勤しまなければ、直ぐに私は破産してしまう。

出会った当初はあまり人と一緒にいたくないのか手当てをし、食事をした後は直ぐ森の奥に帰ってしまっていた。

最近ではそんな事ないのだが、クマさんと会話してみたかった私は手を変え、品を変えして、彼との会話を試みた。



そこでようやく思いついた妥協案は、家計にも私にも優しい『薬草または食糧集めのお手伝い』というものだった。話を出す前は、「無理をしてまで持って来なくてもいいと」言って断られてしまうのではないかと不安に感じていた。


しかし、ここでさらりと「協力してくれたら、お菓子もたくさん作れるかもなぁーと」言った言葉が功を称し、手伝ってもらえる事になった。



当初は、あんな大きな手で小さな木の実を採れるのかと心配していたが、このクマさんやっぱりそこそこ器用だったようだ。上の方に生っている果物なども、器用にとっている。何故そこそこなのかと言えば、薬草の方ではあまり役に立たなかったからである。おまけに、途中で採取している実を食べてしまうのも頂けない。


所詮、野生のクマさんと言う事か…。ははっと笑いながら、黙々と薬草集めに勤しむ。


「…結局、まだこれは食べられないのか?」


「集めている籠がいっぱいになるまで、お預けです!

 この前言ったように、まだ熟し切っていないのは採っちゃだめですよ」


「…了解した」


どこか硬っ苦しい答え方をした後、クマさんはこれまでよりもペースを上げて採取しだした。本当は食べた後に採取をしてもいいのだが、彼は食べた後はのんびりしたいらしい。しかも、あまりに早く食事をとると腹持ちが悪いと学んだ。


自分でも何かしら食事はとっているようだが、手の込んだものは食べられないから貴重であるらしい。その為最近では、なるべく彼のリクエストを聞いて用意するようにしている。

おまけに今日は、生姜焼きをご飯の上に乗せた丼にしてみた。



街ではお米を食べることも珍しくはない。けれど、まだ一般的ではないから初めはご飯に対して抵抗があるかもしれないと思ってこの形にしたのだが、意外とクマさんは戸惑う事なく口にしていた。生姜と蜂蜜を入れたのが良かったのか、はたまた以前にお米を食べたことがあったのか。―――どちらにしても、せっかく用意したご飯が無駄にならなくて何よりだ。




蜂蜜を入れるとお肉が柔らかくなるため、砂糖の代わりに使うことも多かった。

蜂蜜は焦げ付きやすいため注意が必要なのだが、慣れればさほど難しくない。

昔から蜂蜜は売っていたが、養蜂が始まった現在も値段は安いとは言えない。

危険が伴う養蜂の仕事を選ぶ人は、まだまだ少ないのだ。


そんな中、不定期とはいえ格安の値段で蜂蜜を得ることが出来ている私は幸運な方だろう。これも、薬師という仕事の関係で得られた人脈によるものだ。

両親には本当に感謝している。




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