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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
踊りましょう編~番外~
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アリアルトの森で

掌編として、踊りましょう編の途中にさかのぼり、2話分プラスさせていただきました。

皆の祝福を受け、花嫁が登場する。

白馬に乗った新郎へ、抱きかかえられるように姿を現したときこそ歓声が上がったものだが。ふわりとドレスの裾を広げながら、地へ足をつけるさまには、誰もがうっとりするような息を吐いた。


先に地へ足をつけ、新婦を抱きかかえつつ馬から降ろした新郎は、その反応を受け満足そうに……且つ、幸せでたまらないと言った様子で彼女を見つめる。



二人が結婚すると聞き、吐かれた溜め息は少なくない。淡い想いを寄せていた人間は肩を落としつつも、この結婚を祝福する。何せ、一見不釣り合いだと喚いていた人間まで、その幸せそうな姿に異論を唱える事などできはしなかったのだ。二人が並ぶ姿はあまりに自然で幸福に包まれていたため、溜め息を打ち消す勢いの祝福が辺りを包んだ。




そんな全員の視線を独り占めして、嬉しそうに笑っているのは……私の親友であるイルザだ。


あまりにも綺麗な彼女たちの姿は、いっそ幻想的に見えて。

普段はイルザの陰に隠れている彼も、きちんとこの幸せな風景の主役となっている。彼女の両親や幼馴染。それから自身が使えるコネを最大限使って、開いた甲斐があり結婚式は大成功だった。


「ベルンハルトさんと、特訓に付き合った甲斐がありましたね」


隣で華びらを二人に撒くクマさんに、そっと声をかける。

昔の童話にあるように、白馬に乗って登場したいと零したイルザの願いをかなえるべく、私たちは夫となる彼にずっと付き合っていたのだ。何かと鋭いイルザにバレないように、ベルンハルトさんと何度となく訓練に付き合った。

馬にすら一人で乗れるか怪しいという彼に、本当にベルンハルトさんは辛抱強くも付き合ってくれた。


式の後のパーティーも上手くいき、終始二人は幸せそうだった。


蜂蜜をつかった豪華な美容パックを特別にイルザへ渡したり、私も微力ながら貢献させていただいた。用意も片づけもそれなりに大変だったけれど、それ以上の幸せを満喫して二人の夫婦生活は幕を開けたのだ。

かねてから練習をしていた蜂蜜のカステラも上手く焼き上がり、私としても二人の門出がうまくいったのは嬉しくてしょうがなかった。






久しぶりに丸一日休みだというクマさんが、我が家に訪ねてくるのも珍しいことではなくなった。これまで半日休みを取ると乗馬の練習に付き合ってくれたため、ゆっくりしてはどうかと勧めているのだけれど、彼は気にした様子がない。結局、全てが終わった後にも我が家にやってきた。


「別に、私に付き合う必要はないんですよ?」


イルザなら、「急いで納品しなければならない薬がある」と言えば間違いなく「じゃあ、数日後に伺うわ」なんて言ってくる。前々から約束していた時などは、私のせいで予定変更をするなど申し訳なく思うのだけれど、根っからの商人である彼女は軽く許してくれる。


ベルンハルトさんに至っては急な予定変更も「無理しているんじゃないか?」何てこちらを心配してくる始末だ。私は父同様、夢中になると止まらなくなるタイプだから、母親が父親にいっていた小言を思い出す。子どものころは、「シュティラはあんな風になっちゃ駄目よ」「まっさかぁ!絶対ならないよ」なんて、母とからかっていたのに、こ…恋人、に注意されるようになるとは思いもしなかった。



これまで、イルザやその周囲以外の反応と言えば、たいてい森にすむ薬草まみれの変わった小娘といった所で、困ったときこそ必要とされていたがそれだけだった。薬いらずの人たちからは『薬草籠をもった変な小人』なんて、不名誉な愛称をつけられたこともある。


そんな彼らの手元を見て「あんたたちが持っている、二日酔いの薬は私が煎じた物だけれど…」なんて心で呟いて、何だかんだでこの仕事も無駄ではないようだと、自信を取り戻すのもいつものことだ。


「これまで付き合ってくれたのに、今日までゆっくりできないですみません」


作業を続けながらぽつりと零す。

普段は薬草を扱うときは専用の部屋を使っているのだけれど、今回の下準備は特に神経の使うものではなかったため、食事などをとる机で行っていた。


「いや。それを言うなら、シュティラだって菓子作りの練習大変だったろう」


「うっ……その節は、大変お世話になりました」


お菓子作り…特に焼き菓子は出来上がるまで結果がわからず、何度も同じものを作っては彼に食べさせライナルダさんに味見してもらっていた。きっと、しばらくはお互いに似たようなお菓子を食べたいとは思わないだろう。


メインの食事はライナルダさんや他の方々に任せたのだけれど、一品くらいは何か作りたいと考えた。そして悩んだ結果、以前にイルザが好きだと言ってくれた蜂蜜のカステラを綺麗に焼き上げるべく、何度失敗を重ねたかしれない。生地はふわりと、されどパサパサな食感にならないように。

表面はこんがりしていないと美味しくなさそうだけれど、カリカリしていてはどこかカステラとして違う気がして神経を使った。


きっと、イルザのためではなければ、到底乗り越えられない壁を今回は見事超えて見せたのだ。失敗作の焦げて苦くなった物体を見て、クマさんが珍しく苦笑いしていた姿を、遠くを見つめながら思い出す。あれで、お菓子作りが決して得意な訳ではないとバレてしまっただろう。


「それに、普段よりシュティラと居られて嬉しいくらいだ」


「何言ってるんですか」


突然の言葉に頬が熱くなっていないか心配で、少しうつむく。

乗馬の練習をしている時はさすがに疲れた表情……というより、あんまりに教え子のへっぴり腰がすご過ぎてひきつった表情をしていたが。大変だったろうに、叱責することもなく。こうして何てことないように、軽く流してくれる彼には感謝してもしきれない。


―――本当は、こう言う時に素直に言葉へできたらいいのだけれど。


「あっ……」


「大丈夫かっ?」


考え事をしながら作業していたのが悪かったのか、ギザギザした葉先で指をさしてしまったらしい。



この薬草は特別害のあるものではないし、わずかに血がにじんだ程度だ。

一応、異物が入り込まないように水で流そうと席を立ったところで、腕をぐきりとつかまれ息をつめた。


「ああ、怪我をしているじゃないかっ!」


「っ、」


どちらかと言えば、無理やり引き寄せられた腕の方がよっぽど痛かった。

確かに少し血は出たけれど、こんなの特別珍しいことではない。むしろ、こんな傷程度で怪我だなんだと騒ぎ立てていればきりがない。彼は自分が刀傷を受けようと己で簡単に処置し、気にしないくせに。何故か、人が怪我すると過剰に反応してみせる。


騎士だという手前、けがによる感染症の恐ろしさを知っているからこその反応かもしれないが、私だって多少の知識はあるから大丈夫なのに。先ほど反省していた事も忘れて不満に思う。


「刺したところよりも、ひねられた腕の方が痛いです!」


クマさんは慌てるあまり、変な方向に腕を引きよせて見せたのだ。

驚きと、かすかな痛みで潤み始めた瞳もそのままに睨み付ける。彼も多少、申し訳なく感じているのだろう。気まずい様子で視線を少し下へずらす。水で流してみても異物は入り込んでいなく、予想通りなんてことはなかった。


多少刺した痕はあるものの、掴まれた手首の方が赤くなっていて驚いた。

こちらも騒ぐほどではないのだが、あんまりにも慌てた様子の彼が面白くてわざとらしく嘆いて見せる。


「ひどいっ、痕が残ったらどうしてくれるんですか!」


「わ…悪い……」


徐々にしょぼくれる姿に気分が乗って、さらに大げさな声を上げる。

薬草とは、仕事柄ずっと付き合うつもりでいる。さすがに、こんな風に毎度過剰反応されていては気が休まらない。もう少し大げさに言ってしまおうと、わんわんと泣き真似をする。


「こんなのあんまりよ!痕が残ったら、責任とってもらいますから」


「はい、喜んで」


思わぬ返しをもらい、二人の間に沈黙が落ちた。私もふざけ過ぎたのは認めるが、今の返しは驚いた。自分で言っておいてなんだけれど、あまりに軽く早い返答に何とも言えない感情が湧く。一瞬の内に気分がそがれ、伏せていた顔を上げる。


「喜んでって……」


そこは普通、焦るところであってコミカルに答える場面ではない。

私が狙っていた反応とは全く異なる、冷静な表情と堂々とした振る舞いにこちらが焦ってしまう。


「もともと君を好きだし、俺もいい年だ。シュティラと一緒になることに喜びこそすれど不満なんてないよ」


「なっ!」


微妙な言い回しだが、不愉快ではないから困ってしまう。

ここで一般的な恋人同士なら、互いの家がどうの家族がどうの…下手をすれば身分だなんだという話も出てくるだろうが、私には家族はもういないし。クマさん側も「叔母が飛んで喜びそうだ」なんて呟くくらいには、ライナルダさんと仲良くさせていただいている。


それでは、身分はどうだろうかと考えたところで、更なる衝撃が降りかかり閉口した。


「シュティラに好意を寄せていると自覚した時から、そのつもりだったが?」


衝撃がつよすぎて、黙り込むことしかできなかった。

ちょっとした出来心から発した言葉が、とんでもない場所に不時着してしまったのだ。焦るなというほうが無理だろう。ならば、先ほど気になった平民出とはいえ、隊長という立場の人間が庶民と婚姻を結ぶことに問題はないのかと聞けば、「一応それなりに称号も身分もいただいているが、俺には分不相応なものだし効力などあってないようなものだ。そもそも、今後シュティラが国に与える影響を考えると俺の方が危ういぞ?」なんて意味の分からないことを口にされた。


確かに少しばかり薬師として貢献させていただいている自負はある。だが、そんなことはとても隊長様には届かない程度だというのに…。うすうす勘付いていたが、彼は私を美化しすぎていることがある。


「美化されて好きになってもらっているなら、騙したままの方がいいのかしら?」


「ん?」


思わず出た一人ごとにまで返事をされ、へらりと笑って返す。

美化されすぎると息苦しいし、いつ幻滅されるかわからないのは辛い。……ただ、嘘も突き通せば真になるというし、今はまだ誤魔化したままでも良いだろうか?


「とりあえず、責任うんぬんは置いておきましょう」


「勿論だ。義務感からシュティラと結婚するつもりはないが、俺の気持ちを少しは知っていてもらいたかったんだ」


一瞬垣間見た縋るようなまなざしを胸において、私はその話を打ち切った。

……つもりで、いたのだが。彼はまだ続けるつもりでいるようだ。


「ところでシュティラ、結婚式は何時頃がいいのか希望はあるのか?」


「―――まだ、続けるんですかこの話」


まったく、この人ときたら『名前を呼べ』攻撃の次はこんな攻撃を仕掛けてくるのだから、どうしようもない。一度言いだせば、意外と彼はしぶとく諦めないということは知っている。


確かに幼馴染たちが結婚していく中で、それを意識しないと言えば嘘になる。特に今日のイルザは綺麗だったからなおさらだ。一時期は、こんな生活を続けていれば一生恋人もできないかもしれないなんて胸をよぎったことを思えば、贅沢な悩みと言っても良いのだが…。



恋人となった直後にこんな話をされても、こちらが素直にうなずくと思っているのだろうか。先ほど素直でない事を反省したばかりだし、改めて彼という存在のありがたみを実感もした。―――けれど、私だってそれなりに夢は見るし、期待もする。


前々から、ライナルダさんには「いつ、この子を貰ってくれても構わないわよっ」なんて言われている身からすれば、嫌でも意識させられているのだが。当の本人がこんな夢も何もない発言をし、二人の結婚生活というものを思い浮かべることができない状態で、どうして頷くことができようものか。


「やっぱり、所詮クマさんという事かしら?」


「あっ、また戻っているぞ」


さりげなく注意してくる彼を無視して、顔をそむける。

呼び方が変わろうが、変わらなかろうが本質は変わらないということなのだろう。もちろんそこに含まれる気持ちや気分に多少の変化はあるだろう。しかし元より、私は彼の正体を知る前からある程度の尊敬と、信頼をもって接していたつもりなのだ。彼のことは好きだと迷いなく言えるけど、結婚後の生活を考えれば軽々しく口にできない。森にこのまま住むのか、街へ家を借りるのか買うのかでも話し合わなければいけないことは山のようにある。




頭が痛いことが沢山あるはずなのに…。先ほどの問いへすぐに言葉を返せなかったのは、容易に白いドレス姿の私がクマさんの腕にぶら下がっている所が思い浮かんでしまったからだ。以前に出席した、パーティーで踊ったダンスは悪いものではなかったが、彼の腕を組んでもどうもしっくりしなかった。


「―――それも何時かは、違和感が無くなるのかしら?」


一見あべこべに見える人たちでも、長い時を過ごしたり気安い間柄になれば自然に見えるようになるという。クマさんはその顔に似合わず穏やかな性格をしているし、私といえば背は高くないが、彼に突っかかるだけの気の強さを持っている。


何年…何十年と経ったそんな二人の姿は、意外と悪くないと思う。

私も大概、イルザたちの幸福な雰囲気に影響されているようだ。


「いつか一緒に、俺と蜜酒を飲んでくれ」


クマさんらしい言葉をもらって、思わず吹き出す。

もう、本当にこの人は最後まで……。はじめの頃こそ、蜂蜜に対する執着に呆れていたものだが、今はいっそ愛おしくすら思えるのはクマさんがなせる技だろうか?


「じゃあ、その時はとびっきりの蜂蜜を使いましょうね」


古くから、結婚したばかりの夫婦はひと月蜜酒を飲むのだという。もともと新婚の夫婦を表す蜜月の由来になったのも、蜜酒をのむ習慣からだと聞いた。

私たちにとってみれば、世で言う蜜月というよりも、そちらの意味合いの方が強くなるかもしれないが、それはそれで悪くない。イルザに聞かれてしまえば「そんな甘そうなもの、飲み続けたら太るわよ」と怒られてしまいそうだけれど。


食いしん坊の隊長なクマさんと、気の強い薬師である娘の物語がずっと続いていくように、願いをかけて二人で飲むのもきっと悪くないと思う。たとえ街で暮らす事になったとしても、この家は作業場にしてしまえばいいし。

両親との思い出がすべてなくなる訳じゃない。そう考えれば、どんどんとクマさんとの未来を考える不安よりも、楽しみの方が勝っていく。この森は、薬草も豊富でお世話になることも多いだろう。



クマさんとの楽しくも奇妙な交流は、きっとこれからも続いていく。

―――この二人が出逢った、アリアルトの森で。




ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

実は一話だけアナザーストーリーを拍手の方に投稿しましたが、それはこちらへ投稿することになるか、はたまた違う形で投稿するか決めておりません。


正直、これをどうするかは未定ですので、現在この話が最終話となります。

どれくらい投稿するか未定で、ずるずる続けて申し訳ありませんでした。本編の下準備に1年以上かけていたため、思い入れもあり未練たらしくなりましたが、これ以上書くことはしません。……ただ、名前だけなら他作品で出したいと連載前から考えていますが、直接登場し会話する事はさせません。ようやく幕を閉じる決意が付いたので、けじめの為にもここで終わりにさせていただきます。不器用なばかりのシュティラたちにお付き合い頂いた皆様へ、愛と感謝をこめて。


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