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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
踊りましょう編~番外~
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機嫌の取り方

予定通りにいけば、次で終わる……はず!纏めようとあがくたびに、長くなっていくのが、非常に恐ろしい。

ただ次はいくらか前の作品の間へ、割り込み投稿させて頂くことになりそうです。


やけに難しい顔で、騎士が街のあちらこちらで顔を突き合わせる姿を、よく見かけるようになった。

ここの所、ベルンハルトさんは書類整理がはかどらないらしくろくに話すこともできていない。


数日程度ならばさほど気にしないのだけれど、彼はその職業柄危険に立ち会う事も多い。彼と想いを通わせてからは、特別気にして声をかけてくれるようになった。彼のそんな気遣いは、当初さんざん気に病んでいた不安を和らげるのに功をなしているようで。


二、三言交わすだけで、まともに逢えない日々がふた月近く過ぎても不安は少なかった。

確か遠征に同行するだとかで、しばらく逢えないということは前々から言われていた。しかしその後、きちんと無事に戻ったと挨拶はしてくれたし、忙しい合間を縫って顔を見せてもくれる。




それどころか、「せっかく長い旅から帰りついたというのに、ゆっくり休む暇もない」と憮然としていた顔を思い出す。

きっと今頃、あの表情のまま書類とにらめっこしているのだろう。まぁた、あの人は無理してしょうがない人だ。うまく休まなければ、逆効果になってしまうのに。


―――などと、流暢に考えていたのだが。


「おいっ……あの、シュティラ!」


レスターが男たちの輪を外れ、やけに神妙な様子で歩いてきたのにたじろいだ。

何か大変なことが起きているなら、クマさんは教えてくれるだろう。もしも、極秘事項だとしても、何か違和感を覚えるはずだ。最後に逢った彼は疲れてこそいたが、何か隠しているようには思えなかった。


「な…なに?」


「あの…隊長の、ことなんだが……」


早く話せと怒鳴ってしまいたい気持ちを隠して、続きを待つ。

クマさんの件で、そこまで話し難いこととはなんなのか。妙な胸騒ぎを知ることもなく、目の前の男は重い口を開いた。


「隊長の…」


「う、うん」


「機嫌を取る方法を、知らないだろうか?」


考えていた以上のくだらなさに、呆気にとられる。

心なしか、周囲を歩く人も今の発言に驚いている気がする。ある人は、「へっ?」なんて間抜けな声を上げ、またある人はずるりと、こけたような気がする。


その中で「んなの、彼女を連れてきゃいいだろうがっ!」などといった野次交じりの言葉も聞こえた気がするが、レスターの言葉に呆れて言葉も出ない。


「隊長に休んでいただきたいのだが、聞き入れてもらえないんだ」


「……そこで、どうして機嫌を取ることが関係するの?」


「あまりにイラついていて、仕事以外の話をまともにできない」


苦悩するレスターの様子に、本気なのだとわかり尚のこと戸惑ってしまう。

ベルンハルトさんのことだから、無駄に己を追い込むようなことは……ないと信じたい。ただ、そんな彼を知り尽くしているといっても過言ではないレスターが、「正直、どうすればいいのかわからない」などと、私に対して弱音を吐いているということは、相当の事態だ。


「クマさんの機嫌を取りたいなら、甘いもの……蜂蜜を使ったものを差し入れればいいんじゃない?」


「普段なら迷いなく受け取ってくださるのだが、今回は菓子類を睨み付け…何故か常よりさらに険しい表情で召し上がるんだ」


「……さすがクマさん」


どんなに不機嫌でも、甘いものを食べないという選択肢はないようだ。

甘い物を見ても不機嫌だという点は気になるが、具合が悪くて好きな物もおいしく食べられない状態なのかもしれないと推測する。忙しければ、多少具合が悪くても無理をしそうだと、自分のことは棚上げにして危惧する。




どんどん不安になった私は、暗い思考に向かってしまう。

顔を見る事はできていたとはいえ、短時間で具合が悪いことに気付かなかっただけかもしれない。不安に瞳が揺れたところで、いきなり第三者の声が聞こえ驚いた。


「ああぁぁぁ!もうっ、とっとと薬師殿を隊長のところまでお連れしろよっ!」


レスターの後ろから突然現れた男に、びくりと体を縮ませる。

騎士服を着崩したその人は、レスターよりも背は高いのだがどこかひょろりとした印象を抱かせる人だった。普段いかついクマさんと仏頂面のレスターに接しているせいか、やけに弱弱しく感じる。


「そもそも、最初からその手筈だったろうが!」


「なら、先輩が直接伝えてくださいよっ」


「馬鹿野郎!俺が『また』地獄をみることになったら、どうするんだ」


「あの…」


会話から察するに、私を直接クマさんに逢わせようとしているようだ。

彼らの言うことを信じるならば、休みを捻出しようと無理をしているベルンハルトさんを止めたい気持ちはある。無理をするだけの理由があるとしても、もっと他の解決策はないのか…せめて少し休んではどうかと、助言することはできるだろう。


「私も、同僚も騎士団の者は皆隊長を案じているのです。どうか……、一度隊長の元まで足を運んでいただけないでしょうか?」


「―――案内、していただけますか?」


その言葉を聞き、微かなあいだ黙していた彼はにっこりと満面の笑みを浮かべた。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






静かな執務室で一人、膨大な量の書類を睨み付けていた。

副隊長をはじめ、書類仕事をさばくのが得意な人間を置いて行ったというのに、帰ってきた俺を出迎えたのは机一杯に山積みとされた書類と青ざめた部下だった。


遠征していたときの調査書から、その間に出くわした山賊についての報告書。しばらくいない間に溜まりに溜まった書類を見てしかめ面になったのを、誰に避難されるいわれはない。どうやら俺がいない間に、阿呆なやつが騒ぎを起こしてくれたらしく苦情やら後処理などが相次ぎ、むしろ処理待ちのものが増えた。

今回はもともと、貴族が調査団の一員であるから俺自ら護衛として赴くことになってしまったのだ。普段ならそんなことに俺が護衛として赴くことなどまずないのに、先代の国王陛下の妹君の子どもということで、無視もできずに長く城を離れることになった。


その上、山賊なんぞのせいで本来より大幅にのびた遠征は、気を使うし長引くしで最悪だった。



古くから付き合いのある同僚などは、「いつにもまして凶暴な顔しているぞ」などと軽口を叩いていくが、「だったら、お前も手伝え」と言ってやれば口を閉じた。奴もこういった執務より荒事のほうが向いているたちで、「そんなことは、あの坊ちゃんにでも任せておけ」と尻尾を巻いて逃げてしまった。


確かに坊ちゃんと称されたレスターなら、こういう作業も得意なのだが。ここの所ずっと俺に付き合わせていたから、今日の午後は休みをやった。

また、なかなか書類整理に慣れない部下には、上の判をもらってくるようにいって追い出した。



いつまでも終わらない作業にいら立ちが募り、声を荒げるようになった己を戒めたいという気持ちもあったのだ。


「隊長、失礼してもよろしいでしょうか」


「………、入れ」


しばらくの間、考えてから許可を出した。

とうとう幻聴まで聞こえるようになったようだ。多少無理をしている気はしていたが、本格的に休養するべきかもしれない。以前に国外追放を言い渡されたときには己が高ぶっているからかだと納得したが、今のは明らかに疲れからくる幻聴だ。


まさかこんな所で、『彼女』の声が聞こえる訳がないのに―――。


恐る恐るといった様子で開かれた扉に、何度も瞬きして目を潤した。

幻聴に続く幻覚とは、まさか己の体はそんなに悲鳴を上げているのかと、己の両目を片手で覆う。聞き間違いだけならまだしも、姿まで見えてしまったとなればとうとう危ない気がする。生死をさまようとあらぬ物が見えると聞いたことはあるが、禁断症状でも出ているとすれば隊長としてもまずいだろう。


「…いや。

 仕事場にのこのこ来たことは申し訳ないですが、そんな反応されるとこちらとしても困るのですが……」


「しゅっ、シュティラ!?」


何の間違いかと己の正気を疑っていたが、これは幻覚でも幻聴でもないのかと立ち上がる。


「はいはい、天才薬師のシュティラちゃんですよ~」


どこかやさぐれた様子で、外套を脱いでいく。

倒れた椅子もそのままに近づくが、彼女の姿が消える様子は見られない。普段は口にしないようなことを自分で言っている所を見ると、彼女がここにいるのは本意ではないのかもしれない。


おまけに、彼女と逢う約束をした時は決まって伝わってくる香りに、腹の虫が先に反応した。


「……久しぶりに、その音に催促された気がします」


「ち、違う!俺は断じて、食べ物目当てで君と付き合っているんじゃないっ」


「なに、当たり前のこと言ってるんですか」


心底呆れたという様子に、墓穴を掘ったかと頭を壁に打ち付けたくなる。

「ここ、失礼しますねぇ」と、普段はあまり使っていない来客用のソファへ外套をかける。ソファの前には机があるが、騎士団の執務室になど来客などほとんどありはせず、埃がたまらないように部下に毎日掃除させているので綺麗なものだ。


ときどき同僚が、上司から逃れるためにそのソファで寝ていくようなこともあるが、ここ最近は全く使われていないからこちらは大丈夫だ。やはり問題である思いきり書類の積まれた自身の机をみて、呆れられないかという不安がある。


少しでも荒れた机を隠せないかと体で隠そうと必死な俺に、シュティラは気にした風もなくどんどん籠から料理を取り出していく。


「そ…それは、」


「今日は手軽に食べられるものにしちゃいましたけれど、腹の虫に免じて少し休憩してみてはいかがですか?」


「あ…あぁ」


「わざわざ一度家へ戻って作ったんだから、悪くならないうちに食べてください」


伸ばされた手をつかみ、促されるまま腰を下ろす。

日ごろ、照れ隠しのためか強引な面が強い彼女だが、今日はひときわ優しい力加減なのに抵抗できなかった。先ほど幻じゃないと確認したはずなのに、触れてもなおどこか現実味のない状況に頭が付いて行かない。


「はい、どうぞ?」


フォークに刺さった肉を近づけられ、反射で口へ含んだ。

柔らかく煮込まれた肉が口内を満たすと、自然と体に入っていた余分な力が抜けていくのを感じた。


味付けは濃い筈なのに、わずかにわかる蜂蜜の優しい甘さにほっとする。


「うまいな…」


素朴なその味は、どこか懐かしく思える。


「そうでしょうとも。だって、これはライナルダさんに教わったレシピですもん」


言われて初めて、この懐かしい味の正体に気付いた。これは、今は亡き母親の料理と酷似しているのだ。以前に叔母に聞いた話を思い出すなら、この料理には生まれ故郷である村独特の香草を使っているのだ。


幼い頃は、よくこの料理を食べたいと言って叔母を困らせたものだった。その香草は街では手に入りにくいのだが、これがないとどうして同じ味にならないのだ。

今となっては、流行り病に侵されたあの村の周囲へ近づく者はいなく、香草もどこにあるのか分からない。懐かしく思えど、再現しようがなかった。


「頑張るのもいいですけど、休憩を取るのも大切ですよ」


まぁ、私に言われなくてもわかっているでしょうが…などと、料理を皿に盛りつけながらシュティラは口をすぼめる。


「ベルンハルトさんが無理するから、レスターたちも心配してわざわざ迎えに来たんですから」


「あいつらが……」


「あ、彼らを怒らないでくださいよ?

 私だって倒れてから知らされたら悲しいですし、怒ります」


自分でそうするように望んだというのに、まだ彼女に名前を呼ばれることは慣れずくすぐったい。すねたようなその表情は、俺を心配してくれているのだろう。

仕事の事となると二人とも頑固な面がのぞけるため、互いにあまり口出しはしないようにしている。今回、彼女がわざわざここまで来たということは…相当気づかぬうちに無理していたということだろう。



以前に彼女へ無理をするなと注意し、怪我したレスターをも叱責したくせになんてざまだ。忙しくとも、いざというときにはすぐ動けるようにしておかねばならないのに、最近の俺は己の体調管理などを度外視していた。


「何か特別、急いで休みを取りたい理由でもあったんですか?」


ベルンハルトさんらしくないですなんて言われてしまい、己の浅はかさと重ね赤くなる。

どうやら彼女は意味もなく俺が無理をしていたわけではないと思っているらしく、尚のこと決まりが悪い。黙っている訳にもいかず、しぶしぶ理由を口にする。


「この前は…君にろくに挨拶できずに発ったから、詫びをしたいと……」


「お詫びなんて、別に気にしなくてもいいのに。

 知らせてくれた方なんて、急なあまり短期間でろくに睡眠もとらず雑務を片付けていたが大丈夫だろうかと、心配していましたよ」


「あ…ああ」


彼女に優しく言われ、初めて詫びは二の次でいち早くシュティラに逢いたかったのだと気付かされた。


本当はすぐにでも休みをとって、今度こそ彼女とゆっくり二人きりで過ごしたいと考えていたのだ。

シュティラにはいつも情けない姿ばかり見せているから、せめて仕事はできるのだと証明したかったのに。以前にレスターに怪我をさせた際に、それさえも崩れた。


あまりに情けない姿ばかり見せているから、これでルーズだなどと思われたら呆れられてしまうのではないかと恐ろしかった。


「―――俺は、まだまだだな」


情けなさに眉を寄せる俺に、予想もしていなかった言葉が降りかかってきた。


「私もまだまだ未熟ですから、ちょうどいいですね」


特別慰める訳でもなく、事実を述べただけだという様子に救われる。

そうだ。一見薬師として素晴らしく思える彼女も、御両親には遠く及ばないというのが口癖なのだ。


上を目指すならば限りなどなく、諦めた時が本当の終わりなのだとすれば、俺たちはもっとずっと上に行けるし、そんな俺たちは案外お似合いなのかもしれない。

彼女は努力を怠らなければよいのだと、思い出させてくれた。


「…いつまでも、未熟なままに甘んじない」


「そうですね。私もどんどん腕を磨きます。やがてはこの国を、他には負けない程医療の発展した国にするのが目標なんです」


壮大な夢に、彼女らしいと頷く。シュティラらしい夢だが、彼女が言うとあながち不可能ではないと思えるから不思議だ。国のためにも、もちろん国民にとっても、素晴らしい夢をもつ彼女に自身も負けていられないと気合を入れる。今も昔も、シュティラに影響を受ける己に苦笑する。


それがいつも、良い方向に向かうのだから馬鹿にできない。


「じゃあ、俺がこの国を武力から守り、シュティラは薬師として人々を見えない敵から守るんだな」


幼き頃にした約束を思い出しながら、思わず微笑む。彼女はあの頃より、着実に前へ進んでいる。そんな姿を見ると…眩しく思う己と、負けていられないと奮い立つ気持ちが交差する。


「何言ってるんですか。ベルンハルトさんたちみたいな騎士は勿論のこと、市民が負う見える外傷からでさえも守って見せます」


わざと自信たっぷりに胸を張って見せる彼女に、「それは頼もしい」とさらに笑みを深くする。俺は何年振りかに、シュティラと新しい約束を交わした。




このあと、隊長の機嫌が悪いなら「例の薬師殿を連れてこい」が騎士団内の合言葉になる。しかし、それでは仕事ができないと困ったシュティラがクマさんへ相談して、余計に雷が落とされればいいと思う。

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