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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
踊りましょう編~番外~
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普段の挨拶

遭遇編へ一話、アリアルト騎士団についての話を投稿しました。

よろしければおつきあいください。


王宮薬師に「研究のために頂きたい」と頼まれていた薬を渡すべく、待ち合わせの場所へ足を向けた。

わざわざ城へ出向くこともないということなので、たまにはお昼を一緒に食べようと言われ、ベルンハルトさんと待ち合わせしていたのだ。彼は約束していた時刻になると、宣言通りすぐにやってきた。城からは、それなりに距離があるはずだから、早めに仕事を切り上げたか急いできてくれたのだろう。


どうやら先日行った『白いクローバー亭』は、お菓子だけではなく食事も美味しいのだという。


ライナルダさんも認めた味というだけあり、なかなか美味しかった。

食事をしながら「これを君に食べさせたかったんだ」と、にこにこ笑っていた彼は、食事に蜂蜜が使用されているのとは『また違う理由』があるようだけれど。

ようやく、からかわれる事のなくなった噂を思い出し、苦笑いする。




ライナルダさんの食堂ほどではないが、さすが人気があるだけあり楽しく食事することができた。聞きなれた声に話しかけられたのは、店を出て少し話し込んでいたときだ。


「お仕事お疲れ様です、ベルンハルト様」


「嗚呼、ありがとうございます」


「あれ、今日はイルザ一人?」


「えぇ」


ひょこりと、ベルンハルトさんの後ろを覗き込むような形でみてみると、そこには予想通りイルザがいた。彼と向かい合って話していると、その後ろを全くうかがうことができないからいけない。


「それじゃあ、俺はそろそろ仕事に戻るよ。薬もありがとう」


「此方こそよろしくお願いします。引き留めてごめんなさい。

 気を付けてくださいね」


「嗚呼……シュティラも、気を付けて帰ってくれ」


特別甘い言葉を向けられている訳でもないのに、至近距離で向けられる瞳の甘さに耐えられず、そっと目を伏せた。額へ落とされた温度に、もう行ってしまうのかという寂寥感と、あの瞳に晒されずに済むという安堵が襲う。

一見真逆の感覚だというのに、最近の私は当たり前のように、その矛盾を受け入れざるを得ない。


さらりと撫でられた頬の感触をうけて、下げていた視線を上げて笑いかける。


「いってらっしゃい。気を付けて」


「いってきます」


剣を持つものとして、明日にはどうなるか知れぬ人だ。

…いや。下手をすれば瞬きするあいだにも、その命を危険にさらしているかもしれない。だから彼に自分の気持ちを伝えたときから、できる限り笑顔を向けようと心掛けている。


勿論かっとなりやすい性格だから失敗することもあるし、彼の優しさに甘えている自覚もある。だからこそ、笑顔でいることを心掛ける必要があるのだ。……少しでも長く、彼の傍に笑っていたいから。


―――なんて、珍しくしんみりしているというのに、この人は一体何をしているのだろうか。


「何よ、イルザ」


あんぐりと口を開き、何とも言えない顔をしている彼女を睨み付ける。

クマさんが、背を向け去っていくのを見届けた後に残されたのは、まぬけづ……とっても、珍しい表情をしたイルザだった。


心の中で悪口を言おうとしたのがバレてしまったのか、その眼差しはすぐに厳しい物になってしまったけれど。そんな風に怒りを込めた表情で見られることは、珍しくないが…。


「そんな顔を見るのは、子どもの頃に私がいじめっ子へ、泥をかけた時くらいじゃないかしら?」


あの時は実に、見ものだった。

イルザに恋していたいじめっ子はことあるごとに私たちへ突っかかってきており、あろうことか彼女が大切にしていた髪留めを奪い壊してしまったのだ。


あれは現在の恋人が彼女にプレゼントしたもので、普段なら笑って仕返ししそうなイルザを泣かしたことが許せなかった。子どもの頃からイルザは美少女だったのだが、年上の彼には全然相手にされておらず。少しは異性として好いてもらっているのか、不安を募らせていた彼女は大層喜び大切にしていた。それのみならず。当時から気が強くて、ちょっとのことでは泣いたりしない彼女がさめざめ泣くさまは、想像以上に衝撃的だった。


「確か、ぽろぽろ泣いているイルザに見惚れてた奴に苛立ったのも、泥をぶつけた理由だったんだよね……」


「嗚呼、あの時の恨みは今でも忘れていないわよ」


ぼそりと呟かれた声の低さに背筋が凍るとともに、少し状況を言っただけであの時のことだと正確にわかったイルザが恐ろしい。きっと無事に恋人同士になれた今も、あの時のことを根に持っているのだろう。いくら恋する彼女が可愛らしく見えようとも、性格を知っている幼馴染たちが、横恋慕しようとしていたのが信じられない。


「そんなことより、アレは何なの?」


「アレ?」


人の回想をそんなこと呼ばわりしたことよりも、彼女が発した言葉に引っかかりを覚え聞き返す。だが私は、軽く聞いたことをこんなにも後悔することになるとは、思わなかった。


「あの大熊とあんたが自然にやっていた、さよならの挨拶よ!」


「っ!!」


街中で声を上げる訳にもいかず、悶絶しながらしゃがみこむ。

もう、本当にどうすればいいのか分からなかった。『あの挨拶』を初めてされた時こそ絶叫したものだが、毎度帰るときに行われるそれにはすっかり慣れてしまっていた。



……いや、慣らされたと言った方が正しいかもしれない。

あれをされるのは大抵二人っきりか人目のない状況で、何度もされるうちに抵抗は少なくなっていた。それがなぜ、今日イルザの前でされたのか分からないが、とりあえず今は彼女の顔すら見ずに走って家へ帰りたい。




出来れば、『何事か』と好奇の目を向け、足を止めている周囲の人間の顔も見たくはないのだが。それは無理そうだから、彼女の顔すら見ずに済めば万々歳だ。


「あらあら。ヘタレ熊とお子様で、大丈夫かと心配していたのだけれど。

 うまくいっているようで何よりだわ」


唄うように、彼女がくすくす笑いをもらす。

イルザは確かに誰もが認める美人だが、こんな時はあまり近寄りたくはない。できればこのまま立ち去ってくれないかと思うが、そんな願いは届きそうもない。


「さぁ、そんなところに何時までも座り込んでいるものではないわ!

 うちへいらっしゃいな」


「もう……私のことは、しばらく放っておいてください」


「何を言っているのよ。詳しく聞かせてもらわなきゃ」


無理やり立たされて、がっくり肩を落としながら引きずられていく。

彼女に腕を引かれつつ、私は何度もため息を吐いた。



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