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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
踊りましょう編~番外~
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甘い治療法


城に来ていたシュティラを家まで送り、そのまま少し早い夕飯をご相伴にあずかることになった。今日、王宮薬師に用があるということは前々から聞いていたので、仕事を早めに切り上げられるよう調整していた。


「おう!今日は上りが早いんだな、ベルンハルト」


酒でも飲みにいくか?と、肩を組む同期のアドックスを押しのけ、彼女を薬師専用の研究室へ迎えに行ったことも記憶に新しい。


「やめてください先輩。隊長は珍しく早上がりなんですから、邪魔しないでください」


「なんだよ、レスターお坊ちゃま。お前の尊敬する『ベルンハルト隊長』は、彼女とデートだとよ」


「えっ!」


「分かっているなら、尚のこと邪魔するな」


どうしてそこで驚くのか分からないが、俺の視線に気づいたのだろう。

慌てて奴を羽交い絞めにして道を譲ってくれたレスターには、あとで何かしらの礼をしてやらなければいけないかもしれない。もしかしたらシュティラに気があるのではないかと疑いもしたが、ここの所おとなしい様子に、心配してもいた。


「シュティラに、おすすめでも聞いてみるか……」


そう考えた所で、再び思考を彼女へ移す。

半日休みが多いという仕事柄、最近では彼女と逢うべく仕事を詰め込むことが多かった。休みを一日ねん出すべく、業務時は無駄を排除し効率よく処理することをいつも念頭に置いている。だから、最近はよく己の手が空いたときに、暇つぶしだと言わんばかりにやってくるアドックスの会話に付き合うこともしていなかった。そんな俺が焦っていることを知り、彼女が来ていると確信して、わざわざからかいに来たのだろう。



やけにしつこく絡んでくる大柄な男を払いのけるのは、思いのほか大変だった。

レスターには感謝だ。だがそんな予想外の苦労も、彼女と一緒に料理を作り食べるとそれだけで報われた気がする。


「うまい」


「クマさんも、最近は熟した実とか、柔らかい物も潰さなくなりましたもんね」


近頃では、彼女と共に包丁を握ることも珍しくなくなった。

そこで気づいたのが、柔らかい食材を切るときにどうしても形を崩してしまうことだった。野外では最低限な見た目以外は気にかけないし、彼女のように生の食材を手掛けることすら珍しい。どちらかといえば、乾燥させた非常食などが多い手前、料理と言えど一種の力仕事ともいえる。乾燥させた肉などは堅いし、長期保存可能なように下処理された果物も堅い。そもそも、荷物に気を配る余裕すらない時に、これらの物は役立つのだ。容易く崩れるようなものは、まず持ち歩かない。


そう考えれば、ここでの食事はずいぶん贅沢なものだと思うのだが、それも彼女に言わせれば「薬草と、両親のなせる業です」ということになるらしい。食材が育ちやすいように薬草を配分したのは母親で、この土地にあう植物を選んだのは父親だという。



蜂蜜などの食材といい、彼女の両親は本当にいろいろ精力的に動いていたようだ。

感謝の気持ちが湧くとともに、それをシュティラ一人で絶やすことなく受け継いできたのかと思えば頭が下がる。


「なに、トマトを見て考え込んでいるんですか?」


悦に浸るほど、うまい切れ味かなぁ?なんて首をかしげる姿に、笑って返す。

軽く茹でたもやしはしゃきしゃきして、生のトマトは甘く感じる。きっとそのままでも美味しいだろう食材が、お酢や蜂蜜などによって更に美味しく手が伸びる。


「シュティラの料理は、どれもうまいと考えていたんだ」


特に蜂蜜の扱いは、養蜂を生業にしている者より上ではないだろうか。さまざまな料理でさりげなく振る舞われるこれは、俺の好物だというよりほかに健康にも良いからなのだと以前口にしていた。


訓練で汗をかいた俺に嬉しい酸味に、食べる手が止まらない。綺麗に食事を平らげ、共にならび食器を片づける。そんな何気ない動作ですら楽しくてしょうがないのだから、大分重症だと自らを笑う。


「シュティラ、これはどこに片付ければいい?」


「あっ、それは……」


「ん?」


思わぬところで言葉が途切れ、どうしたのかと様子を窺う。

じっと顔を見られているのに気付き顔を撫でると、唇にかすかな痛みが走った。


「唇がだいぶ荒れてますね。最近、あまり果物たべていないんですか?」


「嗚呼、そういえばあまり食べていないかもしれないな…」


森で潜んでいた時など、ことあるごとに野イチゴなどを摘んでは腹の足しにしようとしていたし。シュティラに逢ってからは、栄養が偏らぬようにと考えられた料理を振る舞って貰えていたので特に気にしたことはなかった。どうやら野菜のみならず、果物もきちんと食べないと唇が荒れるなどの症状が出るのだという。


思い返してみれば、副隊長として動いていたときの方が、よっぽど食生活が偏っていたかもしれない。シュティラの手料理を食べられない時でも、彼女と居ると料理を分け合い食べることも楽しみの一つで、サラダなども率先して食べるようになった。



だがここの所、彼女に少し逢う時間をひねり出すのにも苦労するありさまで、食事になど気を遣っていなかった。呆れたような顔に苦笑いを返すと、しょうがないと言った様子で「ちょっと待っていてください」と席を立った。


「はい、お待たせしました」


驚く間もなく、唇に濡れた感触が走り目を見開く。

思わずぺろっと舌なめずりすると、慣れた甘みが口を満たした。


「あっ、こら!」


「蜂蜜か?」


「そうですよ、次は舐めないでくださいね」


柔らかな細い指が、蜂蜜を俺の唇へ伸ばしていく。

はちみつ独特の香りと、とろりとした感触にぞくりとしたものが背を駆け巡る。


「蜂蜜には唇はもちろん、口内にできた傷ややけどを癒す働きがあるんです」


「っ、」


僅かに痛む唇に触れられたことで、なぜか傷口以上に頭へ衝撃が走る。


思いもかけない展開に、どうしたものかと戸惑いを覚えた。

彼女は、こちらが抱き寄せたり触れたりするとあたふたと逃げるような動きをするのに、時々こうしてふいに触れてくる。それは気を許してくれているようで嬉しい反面、どこか悔しいような気がしてしまう。


思わず目を細め、獲物に狙いを定めるようにしてから光る指先へ食らいついた。


「なぁっ!」


子猫が鳴き損ねたような声を上げ、絶句する彼女の腰を引き寄せる。

舌へ乗っかる甘さが完全に無くなるまで、柔らかな感触を楽しんだ。しかし、指に残った蜂蜜が少なすぎた。物足りなく思えて、甘みが無くなってもしつこく舌を這わしていると、いい加減にしろというように空いた手で肩を押された。


「何するんですか!」


「…………」


「あっ、噛んだぁ!」


指に少しついた蜂蜜だけでは到底満足できる量ではなく、一度軽く歯を立てた後に解放した。

彼女はといえば、感触をごまかすように手を振ってから、布巾で手を拭う。


「―――俺以外の人間に、こんな事をしないでくれよ?」


小さくつぶやいた言葉は彼女の耳には届かなかったようで、いぶかしげな眼差しを送られた。無防備に触れられた指へ、こちらがどれだけ動揺させられたか分かっていないのだろう。どうやらシュティラは、仕事が絡むと途端に他のことが見えなくなるようで。普段であれば恥ずかしがるような場面でも、相手が病人や怪我人だと知ると表情が変わる。


思い返してみれば、森で追いかけてきた時もそうだった。

始めは山犬の血で汚れる俺に怯えていたのに、傷を手当てする彼女にはそれしか映っていなかったのだ。怪我が塞がってきた頃こそ「こんな鍛えられた筋肉へ傷をつけるなんて、さすが山犬ですね…」などと言っていたが。それまでは、こちらがどんな人間か気にした様子も見られなかった。きっと、出逢ってだいぶ経ったあのころにはじめて、俺が体を使う人間だと気付いたくらいだろう。


「利き手なのに、ごめんなさい」


「いや、いざという時のために、両手で対応できるように鍛えている」


「そうですか。さすがですね」


「―――いや」


ちらりと向けられた眼差しに、どんな仕事をしているのかと探られているのは感じた。だが、こちらが言い澱むのに気付いたのか、探るような真似をされたのはそれきりだ。


あの時も感じたが、シュティラは危機感がなさすぎる。


「いくら治療のためとはいえ、異性へ簡単に触れるのはよくない」


「そんな事を言っても、治療となれば異性とか気にしている暇がないんですっ」


「だが、今のは患者自身にもできるような行為だろう?」


窘めた俺を、不服そうに睨みつけてくる。彼女には悪いが今回こちらに非はない。

自分でも気づいているのか、うなり声ともつかない音が彼女の口から漏れてくる。


やり方は悪いにしても、これは前々から注意したかったことだ。

嫉妬が含まれていないと言えば嘘になるが、治療を受けている間に彼女に懸想する者が増えては大変だ。余分な可能性は防ぎたいと思うのは、無理からぬ事だろう。



大抵、シュティラは自分が悪いことをしていると黙り込むか、意味をなさない言葉を向けてくる。以前に黙り込むのは、「なんて言えばいいのか考えているんです」などと教えてくれたから、それはいい。……だが、意味も分からず馬鹿だのなんだの言われるのは勘弁してほしい。言われたこちらまでも、まずいことを言ったのかと考えこみ、どうしたらいいかわからなくなるのだ。

機嫌の悪そうな彼女をあやそうと、ゆっくり頬へ手を伸ばす。


「分かってくれるか?」


「ふんっ」


差し出した指を突然噛まれ、びくりと肩が震えた。

離された指先には確かにあとが残っているのに、舌が触れぬよう注意したのか固いものに挟まれた感覚しかなかった。きっと、彼女はやられたことをそのまま返したつもりでいるのだろう。


あまりに幼い反抗的な態度は、怒りよりも先にどこか気が抜けるような感覚を俺に起こさせた。


「シュティラ……」


ため息と共に吐き出された名前に、彼女は眉を寄せてみせる。


「なんですか!そんなに蜂蜜が食べたいなら、先に言えばいいじゃないですかっ」


「―――へ?」


顔を赤らめていたから、てっきり伝わったことかと思っていたのに、どうやらまた彼女は斜め上を行く解釈をしてしまったようだ。


「君の中で、俺はどれだけ食い意地が張っていると認識されているんだ…」


その場にうずくまり脱力していた俺には、彼女が指を抑えながら顔を赤らめている本当の理由など知る由もなかった。



甘い…雰囲気になっているのかしら?

何か今まで散々馬鹿にしていたせいで、クマ公が格好つけていると、どうも邪魔したくなっていけません。


おまけに豆知識を言えば、リップは唇を保護する目的らしいので、傷がある場合は蜂蜜がお勧めです。試してみたら、痛みもなかったので蜂蜜素敵ですよ。


(追記)

……もう、本当にお恥ずかしい。また訂正箇所があったので、直しておきます。

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