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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
踊りましょう編~番外~
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恋人の条件


一日の仕事を終え家路についている途中、聞きなれた口調で話しかけられて、足を止める。


「おや、隊長さん」


横へ目を向けると、ちょうど店から出てきた知人の男がいた。彼は最近接する機会が増えた、イルザさんの恋人だ。以前は、少し…変わり者の男といったうわさを知っている程度だったが、話してみると意外に普通の人で拍子抜けしたのも記憶に新しい。少々彼の仕事兼趣味の事になると熱くなる傾向にあるようだが、それ以外はいたって普通だ。


むしろ、その困った点というべき個所も、騎士という仕事柄いろいろな種族や言語に触れる機会の多い俺にとっては面白く思える範囲だ。



何より。あのイルザさんの恋人だという事実だけにあきたらず、その性格を知ってもなお可愛いなどという猛者だ。見た目の美しさにうつつを抜かす男どもなら街にあふれかえっているが、彼女の性格を知ってもなお『可愛い』などといえる男は、俺の部下にもいるかどうかわからない。


今も目の前でにこにこと笑っている彼は、そののんびりとした口調や見た目に反して意外とたくましいのだろう。


「以前、隊長さんへ紹介していただいた加治屋の旦那、なかなか面白い方でした」


紹介していただいてありがとうございますと、握手してくる彼に苦笑する。


俺もちょくちょくお世話になっている鍛冶屋のオヤジは、腕の良さのみならず。

異国の文化などにも明るいという事で知られている。なんでも腕を磨くためにさまざまな所で修業を積んだらしく、俺よりも言葉はもとよりいろいろ詳しいだろうと以前に紹介していた。


「度胸があるのは認めるが…。

 あぁも、ずっと張りつかれてちゃ、商売あがったりだ」


そう、苦笑していたオヤジの顔を思い出す。

彼の人柄が悪くないことは伝わっているようだが、作業中にまでいろいろな質問をぶつけられて困っている様子だった。




だから俺は、商売の邪魔にならないように、相手できる時間を伝えてやってくれとアドバイスしておいた。

それが功を称したのか、あれ以来苦情のようなものは来ていない。もっとも、部下たちが「時々いるあの男は、なにをやっているんだ?」と不思議そうに話していたのには、何とも言えない感情を抱いたが。聞く所によると、気難しくも世話焼きなオヤジと、剣すら握ったことがなさそうな男の組み合わせはえらく異様に見えるのだという。


そんな風に変に肝が据わっている彼は、俺にも同じように接してくる。

通常街の者には、おおよそ三パターンの接し方をされている。一番多いのはありがたいことに、隊長として尊敬と信頼をもってくれている。次に多いのは、騎士というだけで偉そうだなんだと言ってくる輩だが、大抵は悪事を働くなどして後ろ暗い奴らだ。そして最後が、隊長として接するのではなく、ただのベルンハルトという一人の人間として扱ってくれる人たちだ。



その筆頭はシュティラであり、叔母であるライナルダなのだが、この男はそういった人間とはまた少し違う気がする。どうやら彼は、自分の身内と言語に関する事柄以外は極端に興味が薄い人間のようだ。


俺のことは、言語に関するちょっと面白い知識箱か、シュティラに関する要注意人物と言ったところか。

時々思い出したように痛いところをついてくる様は、イルザさんを思い出さずにはいられない。シュティラが周囲の人間から好かれているのは喜ばしいのだが、どうしてこうも一癖も二癖もある人間ばかりが集まるのかと疑問に思う。


今まで正式に、付き合っている女性を叔母に紹介したことはないのだが。

何時もどこかで聞きつけては「あの女は派手すぎる」だの、「気が強くて駄目だ」だの文句を並べたてていた叔母が、すぐ気に入ったところを見ると、厄介な人間に好かれやすいのかもしれない。


そんな事を考えていると、急激に目の前の男の雰囲気が変化したのに気付いた。


「―――そういえば、この前はイルザが失礼しました」


「いや……」


大したことではないと答えたいところだが、ここでそう返すのが正解なのか分からない。

謝られた瞬間に、何のことかすぐ分かるくらいにあの出来事は印象的だった。うすうす俺の前で呼んでいるように「ベルンハルト様」などと呼んでいないことは分かっていた。―――だが、とっさに『大熊』なんて言葉が出てくる所を見ると、普段はそう呼ばれているのかもしれない。恋人であるシュティラにもいまだに『クマさん』と呼ばれている事や、他国での通り名などを思えば可愛いものだと気にもならないが。



イルザさんは、彼女なりに必死にシュティラを気遣ってくれているのがわかるし。下手に「気にしていない」などと返し、軽んじていると誤解されてしまうのは本意でない。


続ける言葉が思い浮かばず、苦笑するしかないこちらを注視しているのがわかる。彼は目を細めて、俺の本心をとらえようとしているような鋭いまなざしで観察してきた。

別段後ろ暗いことはないため、誤魔化すようなことはしないが……。シュティラを少しでも悲しませようものならば、無理にでも別れさせられそうで。緊張せずにはいられない。それだけ真剣な、さぐるような眼差しだった。


「隊長さんにしてみれば面倒かもしれませんが、どうか許してくださいね。何せ、イルザはずうっとシュティラの幸せを願ってきたので、多少見る目が厳しくなるんですよぉ」


「イルザさんには、いつもお世話になっているので」


「そう言ってもらえると、助かります。何せ、森で潜伏中の隊長さんがシュティラと関わっていると知った時は、本当に動揺して心配していたので」


「あっ…本当に、その節はいろいろ迷惑をかけてしまいました」


「その上、いくら冤罪が晴れたといっても、女性関係でいろいろ言われていた隊長さんの相手があの子につとまるのか、いまだに心配しているんですよぉ?」


今回は今までで一番、分かりやすくさぐられている気がする。

暗に、男女関係に明るくないシュティラでは物足りなく思えたとしても、『他の女にちょっかいを掛けることがないように』と、牽制しているのだろう。


「彼女は……俺にとって特別大切な人なので。いつも、どう接すればよいのか試行錯誤しています」


いくら交際経験があるとはいえど、他の女性と比べられるはずがない。

たとえ彼女に他の女性と同じような扱いをしても喜んでもらえるとは思わないし、同じことをしようとも思わない。シュティラは、宝飾品の類いを欲しがることや、どこかへ出かけようと強請ることもしない。いっそこちらが歯痒く思えるほどに、求めてくれないのだ。


何度となく、叱責されたことや言い争いになったことはあるはずなのに、俺の仕事や性格を理解してくれている彼女は、無茶だと思うような願いを口にしたことすらない。むしろ仕事人間と言われてきたこちらの方が、シュティラに逢いたいと融通を利かせようと動いている節がある。贈り物をしようとしたときに「何が欲しい」かと問いかけ、「珍しい薬草が欲しい」と言われた時には驚いたが…。あれも、俺の遠方先で手に入るとわかっていたからこその発言だった。


「強情で、少し変わっているあの子は面倒ではありませんか?」


「まっすぐで……周りのことが見えなくなる程、人のために動ける彼女だからこそ好きになったんです」


言葉が終わるとともに、うんうんと音もなくうなずいたかと思えば、彼はにんまりと口を曲げて笑い顔を作る。


「それならいいんですけどね?僕にしてもシュティラは妹のような存在ですから、泣かせたら容赦しませんよ」


直接的な言葉をもらい、ようやくそれが言いたかったのかと納得する。

普段は、言語以外のことで話すことなどまずなく。挨拶をすれば、大抵通り過ぎてしまう。たまに言語論について熱く語ることもあるが、そういった時は挨拶もそこそこにしゃべり続けるので様子がおかしいとは思っていた。


「……俺が、泣かされるような事はあっても、故意に泣かすような事はしません」


剣を持つ手前、怪我などで心配をかけることはゼロにできない。

ただその代り、不義理を働いて泣かすようなことはしないと誓うことはできる。「そもそも、俺は彼女の涙に弱いんです」と情けなく笑って見せると、彼もそうかと納得した様子で笑った。


「僕もです。昔からイルザの泣き顔には弱くて、多少理不尽なことを言われても、すぐに謝りたくなってしまうんですよねぇ」


「それで、どうしてそっちが謝るのかと怒られないか?」


「嗚呼、隊長さんはよく分かっている」


けらけら笑う彼は、イルザさんに怒られても何ともないようだ。

『あの』彼女に怒られるなど、想像するだけで恐ろしいのだが。さすがイルザさんを恋人にするだけのことはある。変なところで感心していると、助言してあげようかなと口角を上げた。

その顔はまるでイルザさんを前にしているようで、どんな内容かと耳を傾ける。


「これから、隊長さんも大変ですよ。少し逢いたいと思って約束を取り付けようとすれば、『もうすでにイルザと約束しちゃったの』と、貴方も断られるようになるんです」


普段見ないにやりという悪い笑みに、「覚悟しておきます」と、苦笑を返す。

きっと、彼は経験者なのだろう。常の様子から彼女たちの仲が良いことも、女性間での結束力も知っているから、その助言もあながち見当違いではないだろうことは分かる。


「では、ありがとうございました」


「いえいえ。……あれ、おうちに帰られるんではなかったのですか?」


「そのつもりだったんですがね―――」


一度はあきらめたはずなのに、どうしても我慢できなくなったのだと笑う。

すっかり目の前の存在に充てられて、シュティラに逢いたくなってしまったのだ。


「唇に、紅が残っていますよ?」


「うわぁ……」


小さくつぶやいたかと思えば、口元を素早く拭ってみせる。

この時間に家を訪問するのは少々遅すぎるかとも思っていたが、恋人同士であればかろうじて許される範囲だろう。本当に迷惑であれば分かりやすく眉を顰める彼女だから、菓子でも持って「これを渡したかったのだ」と言いわけをおいて、素早く退散すればいい。


「ちょっと、顔を見に行ってきます」


「あははは、いってらっしゃぁい」


気合の入っていない笑い交じりの声援をもらい、シュティラに渡す土産の品をどうするかと頭を働かせた。



……なかなか恥ずかしい打ち間違いをしていたので、直しましたぁ。

免罪じゃだめだよ。これじゃあ、罪を犯した上で許された事になっちゃうじゃん。冤罪だよぉ?クマ公は無実ですと、無駄に宣言しておきます。

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