逢引き
本格的に連載を終了すべく、しばらく連載中にしておきます。
また、全話独自改行をなくしてみました。
シュティラの手を取り、足を進める。
今日はとことん彼女をエスコートするのだと決めて、一日休暇をもぎ取った。前回は思ったように事を運ぶことができなかったから、所詮リベンジといった気持ちだ。シュティラはどんなデートをしたいのか、リサーチしたかったがうまくいかず。彼女自身に聞いてもイルザさんに聞いても色よい返答はなかった。
どうやら、シュティラはこれまで恋人がいなかった上に、薬師として腕を磨くのに忙しく、デート経験もないそうで。イルザさんには「貴方が考えるようなデートで宜しいんじゃないですか?」などと、投げやりに答えられた。
いろいろ頭を悩ませてみたのだが、とりあえず手をつないで出かけてみようと連れ出した。
「ねぇ、食事する場所が決まっていないなら、ライナルダさんのところ行きませんか?」
一応、今日はデートだと伝えたはずなのだが…。やけに嬉しそうに新作のデザートを一緒に食べたいのだと言われ、嫌だとは言えなかった。
「無理は…するなよ?」
「私が食べたいって言い出したのに、変なこと言いますね」
少し首をかしげたシュティラの手を、強く握る。
最初の頃こそ『人前で手をつなぐなんて、とんでもない』と暴れていたが、絶対に離さないと意地を張った甲斐があり。大人しく、無骨な俺の手に柔らかなそれが、包まれている。
彼女は、ほんの少し荒れているだけの手を『恥ずかしい』と零しており、「あまり見ないでくださいっ」と怒っていた。まさか彼女がそんな事を考えているとは到底わからず、思わぬ言葉に驚いたほどだ。確かに、以前他国の姫君にあった時はその肌の滑らかさに驚かされた経験はある。だが、自分とはまったく異なる世界の方といった印象で、生身の人間だと思えなかった。
その点、シュティラのそれは働き者の手だ。
時々小さな怪我をしてはこちらを心配させるが、柔らかい肌も清潔な印象を与える揃えられた爪も、好感を持つ。俺の周りにも、こんな手をした人間がいたような気がすると考えてみて、叔母の手に似ているのだと気付いたときは多少気まずかったが。普段、人のために努力し、健気に動いているシュティラの手だと思えば尚の事愛おしい。
つないだ手を眺めつつ、気がかりだったことを問いかけてみる。
「最近ではしょっちゅう、養母の食堂に顔を出してくれているんだろう?」
お金は受け取らないという叔母の言葉に怒り、『それじゃあ遠慮して好きなものを食べれないし、次来づらくなります』と言って律儀に毎度会計するらしい。彼女が叔母を気遣ってくれるのはありがたいが、日頃から彼女は散財するタイプの人間ではない。
ちょくちょく食堂を訪れては財布にも辛かろうと、何度かやんわりと告げたが軽く返されて終いだ。
「君がやさしいのは知っているし有難いが、無理をしてほしいわけじゃない」
どうすれば…彼女を傷つけず、無理をさせないで済むのかと考える。
あまり強くいっても、君の財布事情を気遣っていると伝わり傷つけるだろう。どうしたものかと悩む俺に、予想外の言葉がかかり目を丸めた。
「あ、お金なら大丈夫ですよ。
近頃は国に協力する機会が増えて、少し余裕が出てきたんです」
「協力費か?」
確かに彼女は薬学においてのみならず、この国の医療にも携わろうとしている。
あまり知識が広まっていない薬草を使う事で、効率的に熱を下げ感染症などの予防にも成功するのだという。
感染症も食い止められるかもしれないとなれば、国の利益にもつながる。
俺はさほど詳しくないためその他の医療については理解しきれていないのだが、シュティラの知識をもとに研究も進められているという。知識のみならず、新たな治療法も開発されるとすれば功労者として、相当の金額が入ることだろう。
「なんだか、土地やら地位やらもくれるって言っていたんですけど……。そんなのもらってもしょうがないし。かわりに、城への立ち入り許可と王宮図書館の一部に対する自由閲覧許可証。それから、医療や薬学に関するちょっとした発言権を、お願いしちゃいました」
「……だ、だから、君の噂話を城で聞くようになったのか」
正直、今まで縁のなかった王宮薬師や王宮医師に話しかけられるたびに、何事かとビクビクしていた。話を聞けばすぐにシュティラのことを褒められ嬉しくなるのだが、騎士には怪我が付き物だし、時々行われる検診により過去の怪我などが原因で、これ以上部下に無理をさせるなと注意されたこともある。仕事を休むようにという診断結果が気に入らず、部下が暴れたという苦情も寄せられた。
こちらにとってあまり嬉しくないことで関わることが多いためか、王宮医師も王宮薬師も苦手だった。
しかし最近では、シュティラを褒めてくれるだけではなく、それはそれは嬉しそうに彼女の素晴らしさを語ってくれるので、苦手意識は薄れてきた。
滅多に見ない、きらきらとした彼らの目を見ていれば、それがすごい事であろうとは思っていたが。彼女がほくほくと「これまで以上に扱える薬草が増えたんです」と語るのを見れば、さまざまな形で影響が出ているようだ。
―――それはよかったななどと、月並みのセリフを向けようとした俺の脚に、とんっと軽い感触がして下を見下ろした。
「隊長さんっ」
綺麗な瞳で、こちらを嬉しそうに見つめてくる少女を見て、苦笑する。
「やぁ、お嬢さん」
「あっ、今日は可愛い髪飾りをしているのね?」
自分の脚にしがみついている少女の頭を撫でつつ、シュティラは笑った。
一方俺と言えば、幼い少女にどう接していいのか分からず、ピクリとも動かず様子を窺った。最近では彼女と一緒にいるときに、こうして話しかけられることが増えた。仕事柄顔は広いが、俺一人ではたいてい子どもだけでは近寄って来ず、無理に寄れば泣かれるので少々苦手意識がある。
「これね、この間おとうさんに買ってもらったの!」
「そう、よく似合っているわ。ですよね?クマさん」
シュティラと少女に目で意見を求められ、「似合っている」とぎこちないながら、うなずき返す。そんな風に二、三言会話をしていると、道の向こうからぱたぱたと軽い足音がいくつも聞こえてきた。
顔を上げると正体は街の子どもたちで、どれも見覚えのある顔ぶれだ。
「また、抱っこして!」
「あっ、ずるいっ」
我先にと足に張り付いてくる子どもを見て、シュティラと思わず苦笑した。
✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾
広場に備え付けられている鐘が鳴り出すと、ようやくクマさんの背中に乗っていた子どもが地上へ足をつけた。
まるで何かの遊具のように彼へはりつき、じゃれついてくる子どもを見れば、彼の部下たちはいろいろな意味で驚愕しそうだ。会ったとき同様、元気に走り去る彼らに手を振った。
並みの訓練ではへこたれない彼も、子どもたちの小さな体に秘められたその力にはどう対処すればいいのか分からず戸惑っているようだ。
「シュティラは子どもに好かれているな」
散々子どもに囲まれ、もみくちゃにされていた人間の言葉とは思えない。
何を言っているのかと呆れる私に、予想外の言葉が返された。
「普段、俺一人だと子どもは寄ってこないんだ。こんなに楽しそうに子どもたちが近寄ってくるのは、シュティラがいる時くらいなものさ」
彼は大概、自分をわかっていないらしい。
強面のベルンハルト隊長は顔こそ恐れられているが、その人柄から人気があるのだ。特に子どもたちの間では英雄視されており、彼に近づきたくてうずうずしている。
私の存在はきっかけに他ならず、彼に近づけて嬉しかったと去り際にはお礼まで言われてしまった。
「自分のことって、案外わからないものですね」
「ん?何か言ったか」
「何でもないです。それより、すっかり暗くなってしまいましたね」
「そうだな……」
どこか困ったように眉を下げたのを見て、首をかしげる。
今日は、特別どこに行くなど知らされていなかったが、行きたいとこがあったのかもしれない。そんなことを考えていると、クマさんの服からひらりと何か飛び出すのが見え目を向ける。
「えっ、これ……」
私が拾ったのは、劇のチケットだった。
その上、これは入手困難と言われる人気の作品で、とっさに時刻を確認するともう第二部も始まっているころだ。
「あ…まぁ、貰いものなんだが、たまたま知人にもらえたから」
「日にちは……今日まで、みたいですね」
出かける前に、「今日は任せておけ」なんてやけに自信たっぷりだったことを思い出す。
終始機嫌のよさそうだったのは、これが理由だったのかと青くなる。
これから向かっても、終幕を見られるか見れないか分からない時間だ。
それでも、完璧に見られないよりも気分が晴れるだろうと、クマさんに声をかけた。
「走れば、少しは見られるかもしれませんっ。行きますよクマさん!」
「いや、シュティラには悪いけれど大丈夫だ。今日は飯でも食べて帰ろう」
少し時間が早いがいいか?なんて、まるで先ほどの会話をなかったことにするように問いかけられる。この劇は本当に人気があるから、見られるだけでもラッキーだというのに…。そもそも、本当にこれを貰えたのかどうかも怪しいところだ。
もしかしたら、最近よく私的な事を話すようになったという、女性の扱いに長けた騎士に聞いて購入してくれたのではないかと疑ってしまう。
「全く見ないのは、もったいなくないですか?」
「以前にシュティラは、長時間上演する劇のようなものは少し苦手だと言っていたろう?今回のこれは人気があるし、少しは興味があるかと持ってきただけだから気にするな」
「でも……」
確かにずっと座りっぱなしで動けない劇などは、少々苦手意識がある。だけど、せっかくクマさんが頭を悩ませて考えてくれたプランなら、少しでも付き合いたいと思うのも本当の気持ちなのだ。さらに言いつのろうとした私を、彼の静かな声が遮る。
「本当にいいんだ。
俺にとって、シュティラと居られることが何より大切だと気付いたから」
あの子たちに、感謝しなくちゃなっと、軽く笑ってみせる彼の笑顔は本物だった。
思えば、子どもたちと遊ぶのも全力で楽しんでいるようだったし、時間を何度も気にしている風な様子も見られなかった。
それに何より、私が本気で劇を見たいと思っているよりも、彼の気持ちを無駄にしたくないと考えていることが分かってしまっているのだろう。無理をする事はないのだと、首を振る。
「そりゃあ、気取ったデートもたまには悪くないが、自分たちが楽しめなきゃ意味がないもんな」
「……そう、ですね」
「俺たちは俺たちらしく、のんびりやっていこう」
現在まで、散々女らしくないだの、変わっているだの言われてきた。
森に住むことも、薬草を探すために行う散策も、すべて望んでしていたことだし、つらさや虚しさが襲ってくることなどほとんどなかった。ましてや街に住む同年代のおしゃれな子たちを見て思うのは、表面的な羨ましさよりも……。大切な家族と当たり前に過ごすことのできている、内面的な羨望だった。
ベルンハルトさんに出逢うまでは、これが私の生き方なのだという自尊心と。もしかしたらずっと恋人もできずこのままかもしれないと、少しの怯え。それでいて、心のどこかで家族に対する懐かしさと、憧れのようなものを募らせていたのだ。
そんな、一言ではとても言い表すことのできないことを、彼はそのままでいいのだと言ってくれたように思えて、胸が締め付けられるような感覚を味わう。
彼の言葉に対する返事の代わりにそっと握った手は、何時もよりも暖かく感じた。
(少女との会話)
「シュティラお姉ちゃん、ありがとう。お姉ちゃんのお蔭で、隊長さんとたくさんお話しちゃった」
「よかったわね」
「うん、あのね。隊長さん、お姉ちゃんがいるとにこぉってして、いつもより怖くないの」
「……そう」
「うん、だからね。ずっとシュティラお姉ちゃんと一緒にいてくれたらいいのにって、思っちゃった!……あれ?お姉ちゃん真っ赤だけど、風邪ひいちゃったの?」
「だ、大丈夫よ!」
「ふぅん?あ、みんな呼んでる!またねっ」
本来、逢引きは密やかに人目を避けて男女が会う意味合いがあるようなので、現代日本でいうデートとは異なりイメージと違うのですが…。徐々にこの二人に甘さを加えたいという願いも込みで、このタイトルにしておきます。




