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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
踊りましょう編~番外~
57/65

憂いの訳は

独自改行をなくしてみました。


いつも元気な憂い顔の恋人をみて、首をかしげる。

ため息をつき、どうしてそんなに浮かない表情なのかわからない。


「どうかしたのかい、イルザ?」


彼女はいつも自分を美しく見せることにこだわり、気を張っている。そんな彼女が表情を崩すのは特定の限られた人間の前だけで、自分がその特例の中に入っているということは僕の自尊心をくすぐった。




みんなが憧れる存在を恋人に持つというのは、いろいろ好奇な目を向けられる。

僕は幸い変わり者で通っているし、古くから彼女を知っているから最小限のやっかみで済んだが、もしもこれが違った環境であったら悲惨だったかもしれないと最近では思うようになった。その原因は、間違いなくもう一人の幼馴染であるシュティラだろう。



彼女が最近付き合い始めたのは、この国では知らない者はいないであろう人物だ。

それどころか、アリアルト騎士団の『飢えた肉食獣』といえば他国でもその名は知られているだろう。


まぁ、イルザが心配しているのはそれと共に聞こえてくる噂が原因なのだが。

『泣かした女の数』など、男同士酒の席で話すなかでは悪くないかもしれないが、恋人がいる身としては何ともしがたい。僕もあの隊長さんが、さまざまな女性と噂の通りの付き合いをしていたとは思わない。


中には国外の王族に見初められて良い仲だったという噂も流れてきたが、彼の様子を見る限り相手が言い寄ってきたとしても、気づかなかったという確率が高い気がする。



時々その様子に漠然とした不安を覚えることもあるが、シュティラのささやかな変化も見逃さないのは不思議だ。僕も人のことは言えないが、彼は女性の変化に敏い方ではない。シュティラに言わせると、僕とイルザの関係こそ不思議だという事だが。

商売人の鑑と呼びたくなる彼女も、彼女のご両親もこちらから言わせていただけば尊敬に値する。僕自身もとことんこだわるタイプだが、彼女たちの熱意に触発される面は大きい。


「だから、イルザが少しくらい愛想よく笑うことくらいは、特別気にならないよ」


「……意外と、食わせ者かも」


シュティラと何気なく話している時に、彼女に言われた言葉の意味はよく分からなかったけれど、「まぁ、幸せそうならいいか」と笑っていたから別段気にする必要はないだろう。何はともあれ、お互いに苦労するということだ。






イルザにとって古くからの友人であるシュティラは、僕にとっても大事な幼馴染だ。ほかにも幼馴染と呼ぶにふさわしい人間もいるが、昔から友人との会話よりも言語へ対する探究心が強かった僕には、友人と呼べる存在は少ない。

異性で言えば、イルザの次に近い存在だ。常の様子を見ていればイルザの支えとなってくれていることもわかるし、有難くもある。


そんなシュティラに何かあったのだとすれば、一大事だ。

以前に彼女が騎士に城へ連れて行かれた時の、苦々しい記憶がよみがえる。

約束をしていたはずのシュティラがなかなか姿を現さないのみならず、家にも姿が見当たらない。その上、置手紙すらないなんてありえないと、取り乱したイルザに驚いたものだ。


隊長さんがシュティラの状況を教えてくれて、なおかつ待っているように助言しなければ、混乱のあまり城へ単身乗り込んでいたかもしれない。いざというときの行動力や、友人を心配する彼女は可愛かったのだが、正直隊長さんが来てくれて助かったというのが本心だ。



また『シュティラに何かあったのではないか』と、危惧する僕の耳に聞こえてきたのは、予想していない言葉だった。


「私ったら、シュティラが幸せになるのはとても嬉しいはずなのに…どうしてか、ほんの少しさびしいの」


ようやく明かされた本音に、微笑んでみせる。

そうすると彼女が安心するとわかっていてやっているのだから、自分も人が悪いと苦笑する。恥らいつつも身を寄せてきたイルザを、優しく抱き留めた。

危惧していたような悪い知らせではなかったが、こんな状況の彼女をそのままにしておくつもりはない。なにせ僕の恋人は、笑顔が飛び切り魅力的なのだから。


「イルザは、シュティラのことを大切に思っているだけさ」


友人に恋人ができて寂しく思うのは、何も女性だけではない。男だって、友人に恋人ができるとさびしく思うことがある。ましてやイルザにとって唯一心を許せる女友達だ。感情的になるなという方が無理な話だろう。



イルザは特に、自分が人目を引くことを知っているから、それによってこうむる被害も認識している。彼女をよく思っていない存在のみならず、好意を寄せている人間にも油断できない。思いが伝わらないとわかったとたんに逆上する男を見て、何度肝を冷やしたかしれない。幸い彼女は大多数の人間に好かれているから周囲が助けてくれるが、何時か間に合わないときがあるのではないかと心配でたまらない。


中には、彼女の気を引きたいがために僕や彼女の周囲に危害を加えようとしたクズもいた。あんな奴らが、恋人の近くをうろちょろしているだけでも腹立たしいが、どうして好意を持っている対象を傷つけようという考えに至るのかは、生涯分かりそうにない。



いろいろ苦労している彼女だからこそ、僕とは違った目線でシュティラのことを心配しているのだろう。そんな僕にできることは、彼女たちを見守り、必要とあれば手を貸すことくらいだ。……ひとまず今は、危惧するイルザの心を少しでも軽くしてあげることだろうと口を開く。


「もしも何か悩んだり、困っているようなら助けてあげればいいんだよ」


「……それ、だけ?」


そんなことなら今までもやってきたと、イルザにしては珍しく不満げな表情を作る。幼いころから面倒を見ていたせいか、彼女は比較的、僕の助言を素直に聞いてくれる。そんな珍しい反応に、殊更優しく笑いかけた。


「友達なんて、それで充分なんだよ。話を聞いて、傍にいて。もしもシュティラが隊長さんに泣かされるようなことがあれば、一緒に仕返ししてやればいいさ」


隊長さんからすれば、背筋の寒くなりそうなことをいうと、ようやくイルザの顔に笑顔が戻った。僕の可愛い天使と幼馴染に笑顔が戻るのだから、それくらいは安いものだと思ってもらわなければ。


「……そうね。私の友達は、そんなに柔じゃないわね」


「そうさ!」


殊の外、明るい口調で断言してみせた。

たとえ彼女の親友を思ってのこととはいえ、いつまでも落ち込んだ表情でいてほしくない。


「もしも、あの隊長さんがシュティラを泣かせようものならば、国外追放になったほうがマシだったと思うほど痛めつけてやるわ」


「その意気だよ」


商売人だと舐めていたら、痛い目に合わせてやるわっと、目をキラキラさせる彼女を見て、これでこそイルザだと微笑んで返す。


隊長さんからしたら嬉しくない気合の入り方かもしれないが、僕だってシュティラを心配している。……何より僕にとっては、イルザが笑っていることが自業自得の状況に陥った馬鹿な男の擁護より重要なのだ。

精々、この社交的かつ有能な可愛らしい商人の怒りを買うような事がないように、そっと祈っておくことにした。



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