掌編 頑張るクマさん
前作、不測の事態で描かれなかった二人の様子です。
クマさんに抱き着いた状態で、どうしたものかと考え込む。
そもそも、どうして慰めているはずの私が抱きかかえられているのか。考え始めれば疑問は尽きなかったけれど、そんな風に冷静な思考を働かせる事ができたのは、最初だけだった。今では、軽いパニック状態に陥っているのが自分でもわかる。
本当に何度も言うが、徐々に互いの熱がうつっていきそうなこの状況は、えらく恥ずかしくてしょうがないのだ。こんなにもどくどくと、己の体で血がめぐる感覚を実感したのも初めてかもしれない。
噂をすべて信じるわけではないが、彼は相応の経験を積んでいるはずで。年の差も相まって、生まれてこの方薬草とばかり戯れていた私よりも、遥かに上手であろうことは想像に難くない。いくらへタレだと言っても、ここは身を委ねていてもいいところだろうか?それとも、何か私が行動を起こすべきなのだろうか?
とりあえず、このむず痒い状況から脱したくて、何らかの変化が欲しかったのだ。
これまで素直じゃなかったことへ対して、申し訳ないという気持ちもある。
突然両親を失ってからは、「ありがとう」と「ごめんなさい」そんな感謝と謝罪の言葉だけは忘れないでいようと気を付けていた。自分が素直じゃないことなど百も承知だから、せめてそれだけは忘れず。すぐに乱暴な言葉へ逃げたがる、羞恥心にも負けずに伝えようと心に決めていたのに…。彼を前にすると、それもさぼりがちになる。
甘えてしまっているのは分かっているのだ。うまく伝えられない言葉をよみ、強がりに固められた気持ちを察してくれるベルンハルトさんに、私は頼り切ってしまっている。生活面でも、ましてや金銭面でもない。一番必要としていた心の支えになってくれる彼へ、縋り切ってしまっているのだ。
怒って見せれば慌ててくれて、悲しんでいれば心配してくれる。友達とはまた異なるその関係は、思っていた以上に私を満たすと同時に堕落させた。
彼とのコミュニケーションをとる上での甘えっぷりは、堕落というのにふさわしいと思う。それでいて…次の瞬間には、見放されてしまうのではないかと恐れているのだから馬鹿な話だ。これまで生きてきた中で、一番馬鹿かもしれない。
そんな私を温かく見守り、心を決めるのを待ってくれたのだ。彼に歩み寄る努力をするのもやぶさかではない。
イルザの惚気を思い出すのならば、ここは……せ、接吻のひとつでもする場面な気がする。けれど正直、恋人同士のほにゃららなんて私には刺激が強すぎる。
クマさんには申し訳ないが、ここは普段通りごまかして逃げてしまってもよいだろうか?そんなことを考え始めた私に、タイミングよく声がかかり肩がはねた。
「シュティラ」
「はっ、はい!?」
裏返った声に赤面しつつも、抱きつく腕の力を強めた。
正直、今までの思考をのぞかれたら、卒倒する自信がある。先程まで緊張していることがバレないか不安で離れたかったのに、今度はぎゅっと抱きつき顔をのぞかれないように体を寄せた。
「好きだよ、シュティラ」
耳元へ吹き込まれた息の熱さと言葉の甘さに、これまで事も忘れてくらくらする。
彼には、何度かちかい言葉をもらったことがあるはずなのに、体中が熱を持つのがわかった。顔が燃えるようだというのは、こういう状態を示すのかもしれない。
へタレへタレと馬鹿にしていたのに、いざ本気を出されると…こんなざまとは情けない。
変に力が抜けてしまった私と、いつになく強気なクマさんがその後どうしたかは、神様だけが知っていればいいと思う。




