忠告
今回クマさんに噛みつくのは、シュティラではない人です。
それは初めて、シュティラと街で待ち合わせした時のことだ。
薬を卸しにくるというから、それなら食事でも一緒にしようと店へ誘ったのだ。
彼女の反応は上々で、嬉しそうに笑う彼女に誘ってよかったと息をついた。思いの他よい反応に、約束してからは数日あったが気分は高揚していた。
当日になってもそのままで、一人待つ時間すら今日起こることを期待し、わくわくと楽しみにしていた。シュティラと約束したのは街の一角で、いつ来るものかと人波を眺めていた。
ようやく見つけた見慣れた姿に、それまで騒がしかった胸がひときわ騒ぎ出す。
けれど、勝手に笑みを浮かべる俺の顔に反し、目の前に来た彼女は何やら申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「思ったより時間がかかって、薬を渡し切れていないんです。
あと一か所なので、待ってくれますか?」
別に急ぐわけではないからと、了承する。
今日の仕事は午前のみで、この後は時間が開いている。
ゆっくり『恋人を』待つのも悪くないものだと笑って答える。しかし、予想外のことは尚も続く。彼女の後ろからつかつかと歩いて、イルザさんがやってきたのだ。
「あの…それが、もうひとつ申し訳ないことがあって」
「何だろうか?」
「イルザが、クマさんと話したいと言っていて……」
私が連れてきたんじゃありませんよ!勝手についてきたんです、などと必死に言い募る彼女は可愛らしいが、後ろにいる友人殿の顔が恐ろしすぎる。
いつも通り笑顔であるはずなのに、その背からは見えない冷気のようなものが見える気がする。
「ど、どんな用事だろうか?」
「さぁ?それが、クマさんに用事があるんだと言って、教えてくれないんですよ」
彼女に聞かせるのもはばかられる内容なのだろうかと、不安はより大きくなった。
ともすれば『置いていかないでくれ』と零しそうになった口を固く閉じ、引き留めようとする手をおろす。咄嗟のこととはいえ、あまりの情けなさに気を引き締めなおした。
いくらなんでも、恋人の友人を前にしてへっぴり腰になるなど、隊長を語るものとしてありえない。こんな姿を誰かに見られていなければ良いがと不安も覚えるが、今重要なのは目の前の女性だ。
普段通り丁寧なあいさつをしてくれた彼女だったが、それからは怒涛の勢いで捲し立てた。口調は穏やかなのに、その口から出てくる言葉は俺を落ち込ませるに充分だった。
「最初はシュティラを、何かよからぬことに利用しようとしているのではないかと、警戒していたんです」
「いや…そんな事はこれっぽっちも」
「えぇ、分かっていますわ」
貴方たちの力関係は、明白でしたから。
あらぬ疑いをかけられなくてよかったと安心すべきか、己の身のふりを見直すべきか、分からない言葉をかけられ困惑する。
口を開く暇さえ与えられず、彼女は続けた。
「散々女をはべらしていたと噂されていたから警戒していれば、全くの別人かと疑りたくなるくらいヘタレですし」
「へたれ……」
何やら、イルザさんにしては珍しく憤りを隠せずにいるようだ。
常の何を考えているのかわからない様子よりもはるかに親しみやすいが、そのぶん言葉が直接的で胸をつく。
どうしてこんなに憤っているのか首をかしげたいところだが、そんな行動をとろうものならば、烈火のごとく怒りだしそうで真意を問うことすらできずにいる。
とりあえず分かったのは、シュティラと付き合うからにはしっかりしろと言われているらしい。
「あの子はずっと、人とかかわることを控えてきましたし、ベルンハルト様と付き合うなど相当の覚悟が必要だったはずです」
「はい、そのことは聞いています」
はっきり返したことが要因なのか、彼女に聞いているとは思わなかったのか判断できないが、イルザさんは俺の言葉を受けて目を丸くした。
「そう…あの子ときちんと話したんですね……」
「えっ?」
呟かれた言葉が聞き取れず質問するが、何でもないと言われて終わってしまった。
拍子抜けした様子だったが、一呼吸おいて彼女の瞳は強さを取り戻した。どことなく落ち込んだように見えた顔が戻り、安心したやらがっかりしたやら…。
彼女を前にするとどうしても萎縮してしまうため、嫌いではないのだが苦手意識がある。
それでも適当にあしらうことができないのは、他でもないシュティラの友人だからだろう。
シュティラがイルザさんを大切にしているように、彼女もシュティラを特別な存在だと感じてくれているのが分かる。
こんな関係は自分も思い当たる節があるため、俺自身も大切にしたいと思えるのだ。
「とにかく浮気はもちろんの事、シュティラを悲しませるようなことがあれば……許しませんよ」
「はい」
まるで、彼女のご両親に挨拶しているようだと心の中で苦笑をこぼす。
これが単なるお節介から出た言葉ならそこまで気にせずに済むが、イルザさんは出会った時からシュティラのことを気遣っているのが伝わってきた。そんな彼女だから少々きつい言葉も耐えたし、ほかの者の忠告よりもありがたく思える。
「彼女を大切に思ってくれて、ありがとう」
「っっ!」
いきなり頬を染めた彼女を、ぽかんと見つめる。
どうしてお礼を言っただけでこんなに照れるのかわからないが、イルザさんのこんな様子は初めて見た。シュティラによく言われるように、きっと言葉選びが悪かったのだろう。変に彼女の羞恥心を刺激してしまったようだ。
「おっ、大熊のくせに生意気だわ!」
人目を気にすることなく叫んだ彼女は、バタバタと走り去っていった。
彼女が叫んだ内容の中に、『女の子の視線の意味に気づかない朴念仁のくせにっ』というものがあったが、それがどういう意味かも分からなかった。
後から来たシュティラが、「隊長が初めて『あのイルザさん』に勝ったと、町の人がうわさしていましたよ」と興奮した様子で話してきて再び苦笑する事になった。
別段彼女に勝ってやろうなどとは考えていないし、勝てる気もしない。
待ち合わせをするなど、これまでで一番デートらしいと感じていたのに、その日のデートは終始イルザさんの話で持ちきりだった。
拍手に掲載していた話なのですが、手を加えるのに時間がかかったので、拍手内の話を変更するのは少々時間がかかりそうです。
(追記)普段自分で行っている行変換をまちがってしまい、しばらくお見苦しい状態が続き失礼しました。いや、もう行変換している時点で読みづらいと言われてしまえばそれまでですが―――。と、とりあえず失礼しました!




