世話焼き
普段のように薬草を調合している時、ちょっとした油断から手に怪我を負った。
それからというものクマさんは以前にもまして訪ねてくる頻度を増やし、前々から用があるから家に来ると約束していたイルザは着いた早々ため息をこぼした。
「なに、あんたは通い妻でもいるの?」
呆れたまなざしで吐かれた言葉に首を傾げた私の頭を、ビシッと一度思い切り殴った。
「いっ!痛い…突然ひどい。今、これまでに聞いたことない音がした」
「どちらが酷いのよ。あの天下のベルンハルト隊長に料理を作らせているなんて騎士団の連中が知ったら、卒倒するわよ」
「なっ!」
何もこちらが無理やり彼に押し付けているわけではない。
むしろ私はこんなかすり傷程度どうってことないといったのに、「無理をして悪化したらどうするんだ」と一喝された。
確かに薬師という仕事柄、傷を悪化させかねない薬草も扱っている。―――けれどこちらも、それなりに誇りをもって仕事をしている。傷が治るまではそういったものに触れないようにする良識は持っているとまで説明したのに駄目だった。
「君がプロであることは俺も認めるが、それゆえ薬を必要としている人間を前にしたら無理をすることもあるだろう」
「うっ……」
声高々に大丈夫だと言っていたのに、こちらの性格を把握したうえで諭されてぐうの音も出なくなった。忙しいクマさんに甘えるのは心苦しいが、まぁ一日くらいなら任せてしまおうと考えたのが駄目だった。
仕事がひと段落した時期なのも重なったようで、最近では三日に一度の割合で我が家を訪れている。
街から遠いことを考えると、そんなにちょくちょく訪れてくれるなどあり得ないとイルザは言う。そんな彼に家事を任せて自分はお茶をしているなど、段々申し訳なくなってきた。
「ほら、おまたせ。料理できたぞ」
おいしそうな香りに、ついよだれが口内を満たした。今まで目をつぶっていたことにようやく向き合おうとしたところなのに、食欲に負けてしまう自分が情けない。
「あら、ハニートーストですか?」
「はい、シュティラの作ったものには劣りますが、よろしければどうぞ」
クマさんは謙遜するが見た目もこんがりキツネ色だし、香りもよい。
上にとろりと蜂蜜をかけると、さらに艶を増して食欲をそそる。適度な大きさに切って口へ運ぶと、卵や牛乳にほどよく浸されたパンは柔らかくておいしかった。
「おいしいです」
「それはよかった」
彼は横へ座ると、垂れてきた私の後れ毛をそっと耳へかけてから自分も口にした。
イルザも私の言葉に異存はないようで、目を細めおいしそうにほおばっている。せっかくかけた蜂蜜が皿へ逃げてしまわぬように、しばらく皆無言になって平らげた。
「……ところで。ねぇ、シュティラ最近肌が荒れるようになったのだけど」
「今日はその件で来たんだったね。
イルザは乾燥肌だし、オレンジオイルでいい?」
「えぇ、おねがい」
私は薬ほど数は多くないが、オイルの類いも作ることがある。
薬草や果物から抽出するのは時間がかかるため多くはできないが、物々交換で薬を卸すことも珍しくない身としては彼女の家は大事なお客様だ。
友人からお金を取るのは抵抗があったが、他よりも多少まけてくれれば問題ないという言葉に甘えてしまっている。その分、彼女が望んだものはできるだけ用意するし、時間は惜しむことはしないと心に決めている。このオイルもその一つで、以前に肌が荒れるとぼやいていたのを聞いて用意していたものだ。
「オレンジには精神を落ち着かせる効果もあるから、眠る前にこれを塗った後にマッサージすればよく眠れるはず。以前も渡したことがあるから大丈夫だとは思うけど、数滴ためしに垂らして荒れないか様子を見てね。
あと、必ず薄めて使うのよ?」
「分かったわ」
こんなものまで作れるのか、クマさんは横で興味深げに小瓶を見ていた。彼にはオイルの類いを見せたことはないから、珍しいようだ。一方イルザはと言えば、慣れた様子で小瓶を手の中で遊ばせている。
「これ作るのは大変なんだから、有難く使ってね?
まぁ、皮使っているんだからもったいなくはないんだけれど…」
「オレンジ三つ分で、一回使用する分程度だったかしら?
おかげで効果はあるけれどね」
「おまけに、オレンジオイルは妊婦さんも使えるから安心して」
にこりと笑った私に、イルザは珍しく頬を染めた。
暗に彼とのことを冷やかしたのがバレてしまったようだ。婚約していてあれだけラブラブなのだから、もしかしたら本当にそんな日は近いのかもしれなとそっと笑みを深めた。
イルザが慌てた様子で帰っていくと、クマさんは後片付けまでかって出てくれた。
有難いやら申し訳ないやら気持ちは忙しいのだが、傷自体は大したことなくとも水に触れると痛みが走る。びりびりと指先がしびれる感覚は、薬師として働きだしてからは味わっていなかった。ここ最近はどうも気分がフワフワしていて注意散漫だと反省する。
「俺は、切り傷なんかで世話になる程度だが。
シュティラは、オイル何かも作れるんだな…」
「えぇ、人のみならず家畜の病気でも薬草術は利用されていますから」
薬草は奥が深いのだ。むしろ、家畜などにかかわる薬草術を持っていたからこそ、辺鄙な土地でも両親の時代から受け入れてもらえていたのだろう。
閉鎖的な村などではよそ者は嫌われるし、害をなすのではないかと警戒される。しかし生活の糧である家畜が病にかかれば一大事なため、家畜の相談からはいり人の治療も…ということも珍しくなかった。みながみな望み、温かく迎えてくれる訳ではないし、どうしても必要だから仕方なし私の薬を買うという人も少なくはない。
彼らのあり方を否定する気はないし、それでいいとすら思っている。人やほかの生き物を救えたとしても、わざわざ村へ行き薬を売るなど自己満足と言われてもしょうがない。ただ私が両親同様、目の前にいる人を放っておけないからやっているだけに他ならない。
「ご両親は、素晴らしい方々だな」
「単なるお節介なお人よしですよ。物々交換が目当てという面もありましたし」
そのおかげで彼に蜂蜜や珍しい食材をふるまうことも可能なのだし、有難いつながりを両親は残してくれた。
「長年病気を患っている人に対する薬を作っているところしか見ていなかったから、肌荒れに効く薬草を常備しているなど驚いた」
「オイルは滅多に作りませんけど、塗り薬くらいならありますね」
「シュティラの場合友人であっても、『その程度なら普通に売っているもので充分だ』とでもいうのではないかと考えていた」
「失礼ですね」
少しおどけてみせたクマさんに、怒って返す。
多少図星の面もあるから、余計に面白くない。軽い手荒れならば水仕事の後にきちんと水気を取り、売られているクリームなどを塗るだけで充分だと思う。
しかしイルザは客商売だし、身だしなみも重要だと常々言っている。おまけに友人とあれば、何がなくても助けたいと思うくらいの気持ちは持っている。
必死に反論する私に対し、彼はからかうでもなく満面の笑みで頬へキスをしてきて全身が石のように固まった。
「本当に、シュティラは自慢の恋人だ」
そんな言葉とともに落とされた感触は非常にこそばゆく、思わず彼を家から追い出した私は悪くないと思う。
とりあえず、今は完結表示をしておきます。
今後はまた、不定期更新に戻ります。




