無礼者
前作、今作とも拍手内に掲載していたものになります。
むかむかとした気持ちを何とか抑えながら、ずんずんと先を急いでいた。
これまで尊敬するベルンハルト隊長の様子から、あの方はすでに薬師と付き合っているものだと考えていた。
日ごろの反応や以前に盗み見てしまった場面から言っても、二人は恋人同士であると信じて疑っていなかったのだ。そもそも、あの隊長に想いを寄せられているのに、袖にする人間がいるなど思ってもいなかったのだ。
―――それが、どうしたことだ。
散々、人前で仲睦まじいようすを見せていたというのに、あの二人が最近付き合いだしたなど信じられなかった。
隊長が人目もはばからずアプローチしていたのは己の目で確かめていたため、どうせあの薬師が煮え切らなかったのだろうと当たりを付けている。何がそんなに気に入らなかったのか知らないが、どうせ大した理由ではないのだろう。憤りをそのままに、しかめっ面のまま歩みを進める。
森までくると人気もないため、不機嫌な様子を隠すことなく進んでいた。
何か一言あの薬師に言ってやらなければ、気が収まらなかったのだ。そんな気持ちでこれまでの道を来てしまったため、頭は冷えることもなく。行き場のない怒りも収まらないまま、木に囲まれた一軒家の扉をたたいた。
「なんだレスターか。前も言ったけれど、ベルがあるんだからそっちを…」
「どういうことだ?」
出てきたところをすぐ捕まえて、言葉を発した。
相手は意味が分からないと言った様子で、首をかしげる。そんな姿にすら怒りを煽られ、俺は声を張り上げた。
「隊長とあれだけ…いちゃついておいて、まだ付き合っていなかったとはどういうことだっ!」
俺の抑えきれない気持ちはそのまま声量となって現れ、周囲にいた鳥たちが一斉に飛び立った。ギャーギャー鳴きながら羽ばたく音が聞こえ、小動物の類いも逃げだしたのだろう。あとには静寂が残った。
しかし肝心の薬師はと言えば耳を抑え、うんざりといった様子で吐息をこぼす。
「そんなの、他人にはわからない事情がこっちにも色々とあるのよ。
人の漸くまとまった恋路に口出しするなんて、野暮な男ね」
ふぅーなどと、わざとらしく声を出した薬師にむかつき、俺はとっさに言い返す。しかし、苛立ちから発せられた言葉は要領を得ず。冷静な彼女を前にすれば、こちらの話など負け犬が騒ぎ立てるような声にしか聞こえていないらしい。
普段とは異なり、終始適切な返答に己の目的が達せられないのではないと焦りだした。
あのベルンハルト隊長とお付き合いさせていただくならば、それ相応の覚悟が必要だと伝えたくてここまで来た。騎士…それも隊長クラスの人間と付き合うならば、通常の倍以上気遣う必要があるだろう。我慢しなければいけない面だってあるし、気苦労は耐えないと思う。
―――それだというのに、軽々しく付き合おうとしているのなら大間違いだと忠告しようと来ただけなのだ。
「隊長はこれまで、お前なんて足元にも及ばないような美人でスタイルのいい女と付き合っていたんだ」
声荒く言いかえした後に、すっと目を細めた薬師に言い過ぎたと反省した。
何も、俺は隊長とこの薬師の恋路を邪魔したいのではない。むしろ、隊長の気持ちを知っているからこそ末永く付き合ってほしいと思っているのに…。俺から出てきた言葉は、破局をも招きかねないものだった。
とっさに謝ろうかと思ったが、どうしてもこの少女相手に素直になることは
難しく、目を泳がせた。そんなこちらの罰の悪さに気付いていないのか、冷静な声が俺に届く。
「言いたいことは…それだけ?」
「あっ…いや……す、」
「悪いけど」
すまなかったと謝ろうとした俺の言葉は遮られ、淡々とした様子で語られる言葉に耳を澄ますことしかできなかった。
「彼とのことをレスターにとやかく言われる筋合いはないし、第一選んでくれたのはベルンハルトさんなのよ。あんたはその気持ちを否定して、自分の理想を彼に押し付けるつもりなの?」
冷めたまなざしと言葉に、すっと息をのんだ。
どうして自分はこんな言い方しかできないのかと辛いが、当然来ると思っていた怒りがないことが意外だった。…もちろん、彼女の瞳には確かに揺らめく炎があったが、それは怒りだけだとは考えられなかった。
何かもっと、俺よりも深く物事の核となる部分をみつめ、理解しているような強いまなざしに息を止めたのだ。
その瞳からは、これまでにない決意のようなものが感じられた。
なぜか口では言い表せないような衝撃を受け、俺は次の言葉を待つしかなかった。
「私は、自分がさほど人に誇れるような人間じゃないことは知っているつもりだけど…さっきの言葉は純粋にむかつく」
「すまな、」
「ねぇ、レスター。彼のことを心配してくれるのも慕ってくれるのも、とても嬉しいわ。…どうか、そのままずっと彼の味方でいてね」
にこりと笑った顔に、謝罪は求められていないのだと察し、こうべを垂れた。
謝るだけならたやすいし、時に謝罪は己を罪悪感から楽にする手段となる。それをわかっていて彼女が拒否しているのならば、俺はこれ以上重ねる言葉を持たない。
「これ、多く作ってしまったから皆さんで食べて?」
「すま、……いや。ありがとう」
有難くいただくとお礼を言うと、困ったような表情で彼女は笑った。
その姿に自分の兄たちが重なり、俺はまだまだ大人になりきれていないのだと実感するとともに、初めて彼女は自身よりも年上なのだと思えた。人を守るために腕を磨いているはずなのに、不用意な発言で傷つけるなど騎士道精神に反する。
渡された包みが、やけに重たく感じた。
この日の出来事は、自分の精神面での未熟さを自覚する苦々しい記憶となった。
好きなことを自由に言うというのも、一種の甘えだと思います。
言葉を選び傷つけないということはもちろん大切だけど、感じたことを素直に言い合えるのは凄いことだと思います。レスターはある意味、年上である彼女に無意識下で甘えているのでしょう。




