好みのタイプ
イルザを我が家に招待して、彼女が好きな料理を作り出迎えた。
改めて報告するなど照れ臭いが、後で知られたら怖いため先手を打つことにしたのだ。
「ようやく、あんたたちくっついたのね」
ここはおめでとうと言うべきかしら…?と、なまじ呆れたように言われても全く嬉しく思えないのは、私の心が歪んでいるのだろうか。そんな彼女の様子に、こちらも微妙な反応しか返せない。
「イルザさんには、いろいろとお世話になりました」
何も答えられない私の横で、クマさんが代わりに答えてくれた。
やけに『いろいろ』の部分で力がこもっていたのは、彼なりに思うところがあるのだろう。珍しく彼女に対して強気な対応をしているクマさんを、応援したくなるような『無謀なことはやめろ』と止めたくなるような感情に襲われる。
とりあえず、私を巻き込まないで頂ければありがたいのだが。そんな逃げ腰の気持ちを悟られたのか、彼女はどこかやる気のない表情と声で言葉をこぼした。
「―――私、シュティラはもっと頼りないタイプと付き合うものだと思っていたわ」
「なにっ…」
何故か焦った表情でイルザの言葉に喰らいつくクマさんの気持ちが分からない。
どうしてそこでまんまと彼女の術中にはまってしまうのか。
明らかにからかわれていると分かる言葉なのに…。きっとこういう所が、彼女の心をくすぐるのだろう。時々思い出したように、イルザはクマさんをからかっては遊んでいる。
「だって貴女が好きになるタイプって、みんな大人しくて見るからに弱そうな人たちばっかりだったじゃない」
「弱そうって…何も腕っぷしで人を選んでいた訳じゃないだけでしょう?」
「あら、そこのところベルンハルト様は国で他の追随を許さない戦士だと有名じゃない。何より、アリアルト騎士団の隊長様だし。随分これまでとは趣味が変わっていると思うのは、私だけじゃないはずよ?」
そう小首をかしげる彼女は、本当に不思議そうな顔をしている。彼をからかおうと口にしたら、本当に気になってしまったのだろう。こちらからしたら、古傷をえぐられているため余計なお世話だと言ってやりたい。
「みんなそれぞれ優しかったのよ」
ため息混じりにつぶやいた。
今思い返せば確かにどこか頼りない印象の人たちばかりだったが、やさしくて穏やかなところが好きだったのだ。みな押しは弱いが意見をしっかり持っていたし、薬草まみれで仕事に励む私を馬鹿にしないでくれた。
「嗚呼、優しいからシュティラを同年代だと気づかずに、みーんな妹のように可愛がってくれていたのよね?」
「だから…人の古傷をえぐらないでってば……」
どうしてこうも的確に人の痛いところを突くのか。クマさんがイルザの意識をそちらに持って行ったのが原因なのだから、どうにかしてくれと視線をあげる。
すると横に座る彼は何処か真剣な眼差しをしていた。先ほどから何もしゃべっていなかったのは、ずっとこのようにして考え込んでいたのだとようやく気付く。
「どうしたんですか、クマさん?」
その顔は真剣というより、暗く落ち込んでいるように見える。国外追放されていた時こそ深く考える姿を見たが、隊長に就任してからは初めてだ。私と会話するたびに一喜一憂しているのを見ると『本当にそれで隊長職などできるのか』心配になるが、レスターに言わせるとそこはうまくやっているようだ。
少しうぬぼれさせてもらえるなら、彼は仕事中であろうとも街で見かけると笑いかけてくれる。そのため傍目で見ているこちらは時々不安になるのだ。自分は応援してもらっているのに、相手の仕事を邪魔するなど言語道断だ。
薬草集めにいそしむ私を嫌がりもせず、むしろ率先して手伝ってくれ感謝している。もしや…何か仕事で悩みを抱えているのではないかと、今度は真面目に聞いてみる。
「シュティラ…」
「何か気になることでもあるんですか?」
話を聞くことしかできないかもしれないが、それで楽になるなら聞かせてほしい。
「俺は…まったくシュティラの好みから外れているんだろうか?」
しょんぼりとそんなことを口にしたクマさんに、思わず脱力した。
イルザはといえば、阿呆らしいといわんばかりの顔でドーナツにかじりついた。何時もおしとやかに食べている彼女が、こんな豪快に口を開けているのは珍しい。
私も一緒にやさぐれたかったのだが、手でしっしっと犬の子を払うようにされて諦めた。これは自分がかかわる気はないからとっととあんたが処理しろという意味だ。どうしようかと落ち込む彼を見ていたが、放置もできずに言葉を返すことにした。
「俺は優しい印象どころか、怖いといって泣かれるし…」
「見た目はともかく、優しい人が好きなんですってば」
説明しても四の五の言うのに嫌気がさして、ぞんざいな発言になる。これほど私の気持ちをわかり優先してくれる人がどこにいるのかと逆に問いたい。彼は今まで散々怯えられてきたからと言って、自信をなくしすぎているのだ。
ここまで登りつめたのだから前ハゲ隊長の様に傲慢になっても不思議はないが、彼はいつまでも彼のままだ。
まぁ自信満々のクマさんなど想像つかないし嫌だけど。ぶつぶつ文句を言う私の横から恐る恐る伺ってくる視線を感じ、ドーナツにかじりつきながら目を向けた。
「俺は、君に優しくできているだろうか?」
「今日はやけに質問が多いですね」
もとはといえばイルザがつまらない話をするから悪いのだとにらむが、こちらを見向きもしない。困りきった中、珍しく来客を告げるベルが鳴り立ち上がる。
「俺が出よう」
「あっ…ありがとうございます」
「こんな辺鄙なところへ訪ねてくるなんて、誰かしらね」
そわそわしているイルザをしり目に、クマさんは席を立つ。この家に来る存在は限られているし、ハゲ隊長に捕まえられた時くらいしか危険を感じたことはないのだが。
彼は「何にかあっては大変だから俺がいるときは任せてくれ」と、来客時は応対してくれる。
「こんにちは、隊長さん。うちのイルザいますでしょうかぁ?」
どこか間延びした口調が聞こえた途端、目の前でお茶をしていたイルザがバッと扉へ向かうのを見届けた。まったく彼氏と喧嘩したからと八つ当たりしに来ないでほしい。
彼女のめったに見られない反応に驚き戻ってきたクマさんへ、苦笑しながら手招きする。
「クマさんが来るまで、ずっと彼氏と喧嘩したって愚痴られていたんです」
「だからあんな話を…」
想像以上に、これまでの恋愛の話は彼を疲労させたらしい。
その横顔は微妙にやつれたように見える。この短時間に彼を衰弱させることができるなど、イルザ以外にいないかもしれない。
「俺が気にすると分かって話を持ち出したんだな…」
「間違いなくそうでしょうね」
乾いた笑いをもらしながら、扉付近にいるイルザの背中を眺めている。あまりに不憫な彼の腕を引っ張ると、不思議そうな表情ながらも体を傾けてくれた。近づいた耳にそっと囁く。
「今の好みは少し顔が怖くても、優しくて頼もしい蜂蜜が大好きな人なんです」
「……っ!」
体を戻した彼は、とてもうれしそうな顔をしていた。
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娘が妻と料理しているのを見つけ、父親は頬を和らげた。
「おっ、シュティラはまたお母さんのお手伝いしてえらいなぁ」
「うん」
グルグルと鍋をかき混ぜながら、シュティラは答える。
父親は視線すら向けてもらえなかったというのに、真剣なまなざしで作業に取り組む彼女をみてだらしなく顔を崩した。
「お父さんのために一生懸命作ってくれるなんて、うれしいなぁ」
「あら、違うわよ。シュティラが頑張っているのは未来の旦那様のためなのよ」
所詮花嫁修業なのだと、なんてことないように母親は口にした。それを聞いて焦ったのは父親だ。内心の動揺を抑えながらも、肯定も否定もしない娘に話しかける。
「ち…ちがうもんなぁ?
シュティラはお父さんのこと大好きだから、お嫁なんて行かないもんなぁ?」
言外に、嫁に行くなどと言えば泣いちゃうぞぉという気持ちを込めて確認したが、娘は漸く父親の顔を見たのにもかかわらず哀れむような表情を見せた。
「ごめんねお父さん。わたし好きな人いるから、ずっと傍にはいられないの」
はっきり断言した娘に、父親はショックのあまり絶句した。
可愛い娘をたぶらかしたのはどこのどいつだと問い詰めたい気持ちはあるが、娘に嫌われるのではないかと言う恐れから怒ることも出来ない。ジレンマを抱える夫を可愛そうに感じたのか、妻が娘と会話を続けた。
「旅をしていた時に、逢った男の子が好きなのよねぇ?」
「うん。約束したから、大人になるまでにいろいろ覚えたいんだ」
にこりとほほ笑んだ顔は可愛いのだが、父の心境は複雑だ。今になって、薬草に関する勉強を張り切っていたのはこの為かと気づいてしまった。どこの馬の骨とも知れぬ男のために知識を授けるなど、冗談じゃないと喚き散らしたい。―――だが、娘が己の仕事へ理解を示し、自分たちの後を継いでくれるというのは嬉しい。
「そ…その男は、どういう奴なんだ?」
最後のあがきとばかりに想い人について探りを入れてみる。これでもしもたちの悪い奴なら、心を鬼にして反対せねばと鼻息を荒くする。本音を明かせば、ただいちゃもんをつけたいだけなのだが…。娘に嫌われるのは怖いため、粗をさがしてやろうと意気込む。
「うーんとね、優しくて笑顔が可愛い子だったよ。
わたしのあげたのど飴も美味しいって喜んでくれたの。だから今度逢ったら、もっとおいしい物作ってあげたいんだ」
「そ…そうか」
娘から聞かされた相手の印象は、悪くない。けれど、ここで引いてはすぐにでも『お嫁に行く』などと言いだしそうで言葉を重ねる。そんな俺を見て、妻のヘルは冷たいまなざしを送ってくる。呆れられているのはわかるが、ここで引くわけにはいかない。
「で、でも…家が遠いと大変だぞ?ここなら街も近いし……」
「それは大丈夫よ。
ここに暮らし始める前に寄った村だから、交通の便もさほど悪くないわ」
性格が良くて、住んでいる環境も悪くないという。おまけに娘もこれまで以上にやる気に満ち溢れ、努力しているとなれば反対のしようもなかった。父は企みも虚しく、その場に撃沈した。




