掌編 くまさんは人間の事情なんて知りません
「駄目だよシュティラ」
クマさんは、静かに私を止めるけれど納得できなかった。
どうして駄目なのか分からない。こんな状態で、そんなことにこだわっている場合ではないと思うのに。いっそ彼のいうことなど聞かずに行ってしまおうとも考えたが、クマさんは私の手を押さえたまま放してくれない。
「放して下さいっ」
「嗚呼。放すのはいいが、約束をしてくれ。それだけはどうしても許せそうにないから、絶対にやらないでくれるか?」
危険な事はさせたくないんだ。そう言う彼は確認をとるような口調なのに、何処か有無を言わせない響きがある。それでも、私にも事情と言う物があるのだ。普段は変に鋭い所があるのだから、今だってその感を活用して欲しい。
「クマさんっ」
「……シュティラ。どうしても、分かってはくれないのかい?」
まるで言う事を聞かないこどもに言い聞かせるような彼の口調に、苛立つ。
詳しい事情を話せないのだから理解しろというのは無理な話だとは分かっている。
だけど、なにも此処まで頭ごなしに否定しないでもいいではないかっ。
直接はどうしても言えないのだから、少しくらいは察して欲しい。私の方はそろそろ限界を迎えそうで、軽くパニックになってクマさんの手を払いのけた。
どうしてこのクマさんは、こんなにも分からず屋なのだろうっ!こういう時は本当に止めてほしい。多少は柔軟な思考とか、デリカシーというものを理解して貰わなければ、これからずっと私は彼の言動に苦しめられなければいけなくなるのではと頭が痛い。
頭に血が上って、私は言いたくなかったのにとうとう彼に向って叫び声をあげる。
「だから『お花摘みに行ってきます』って、言ってるじゃないですかっ!」
「うん。花くらい一緒に摘んでやるから、一緒に行こう?
ここら辺は山犬とかもいて危険だから、一人になってはいけないと君だって分かっているだろう?」
「~~もう、どうしてそんなに鈍いんですかっ!
『お花摘み』というのは、用を足しに行きたいという隠語なんですよ!お願いですから、それくらい分かって下さい!!」
例えこの表現を知らなくても、行き成りこんな事を言い出したのだから、多少は訝しがってくれてもいいと思うのは、私の我が儘なのだろうか?こんな森の中でこういう状態になってしまうと、うまい言葉も浮かばない。
これ以上の表現は思いつかなかった事を擁護することがあっても、己を責めることなどしない。今だけは、クマさんが悪いと思う。それだけ、直接的な表現をしたくなかったのだ。今自分の頬へ触れたら、間違いなく真っ赤になっていることだろう。
私はとうとう一番言いたくなかった事を叫び、クマさんから少しでも離れるために走りだした。
掌編ということで、こちらは短い話です。あまりに短いので、今回はまとめて投稿としました。
本当はシリアス場面で使おうと思っていたのに、組み込めそうになかったのでこんな形になりました。…きっと、昔の人はこういう場面にも直面して、とても困ったと思うんだ。