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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
踊りましょう編~番外~
49/65

君死すときは、我が腕の中で

追いかけっこ編の終わりに、一話最新作を投稿します。

タイトルは…あれですが、内容は多分大丈夫です。おまけに少し長いです。



近頃、クマさんが変だ。

―――いや、たしかに普段から可笑しいと言えばおかしいのだが、挙動不審に磨きがかかっている。



我が家に来たと思えばどこか目線を泳がせている。常なら軽く「お邪魔する」などと断わりすぐ入ってくるのに、扉を開けて出迎えてからもなかなか中へ入ろうとはしない。

しばらく様子を窺っていたのだが、それが続くと苛立ちも強くなる。


「あの、いい加減寒いんですが?」


そんなに広い家ではないのだから、いつまでも扉が開いていると折角温めた部屋が寒くなる。はっきりしない彼に苛々し、口調もきつく動作を促す。


「す、すまない」


「入らないんですか?」


「いっ…いや、あの……」


もごもごと言いよどむ姿に呆れ、とっとと中へと足を進めた。

お湯を温め、リンゴを切る。薄くいちょう切りしたあとに蜂蜜と熱するのだが、ここで焦がしては台無しなので少し緊張する。


リンゴに少し火が通れば、生姜と一緒にカップへ入れてお湯をかければ出来上がり。

一人でいるときはこの手間すら面倒で、私自身も久しぶりに飲む。先ほどまで苛立っていたのも忘れ、クマさんの前にカップを置くとすぐさま口をつけた。



結構前にイルザが大量にくれたため、それを消費するため我が家はリンゴを食べる頻度が高い。これなら生姜も入っているし体が温まっていいだろうと、クマさんをみて驚いた。

ぼんやりと目の前に座っている私を見つめていたのだ。その姿はさながら熱に浮かされたようで、見つめられている方は堪らない。


「なっ、なんですか…?」


声がひっくり返ったのは指摘しないでほしい。元々クマさんがぼんやりする事はあったが、こんな表情で見つめられるのは滅多にないのだ。その目は収穫祭の日に壁際へ追い込まれた時のような、危機感をあおる眼差しだった。


「―――いや、」


何でもないとも、気にするなとも言われずにただ一言。

ましてや謝られることもなく、否定だけされ目を伏せられた。


「体が温まるので、冷める前にど…どうぞ」


とことん考えていることが読めずに、雰囲気を変えようとお茶を進める。まるで毒が入っているのかと疑っているように、恐る恐るなかを覗き香りを確かめるさまに苛立ちよりも不信感を抱く。


初めて彼に料理を持って行った時でさえここまであからさまなことはしなかったのに、どうして今更こんなに警戒されているのか分からない。


「もしかして嫌いでしたか…?」


林檎や生姜はこれまで料理やお菓子として提供してきたから、苦手なはずがないと考えていたのは間違いだったのかもしれない。この料理だけは苦手だという物もあるし、単独ならいいが合わせたら苦手という場合もある。

現に私は苺のミルフィーユは好きだが、アップルパイにカスタードクリームが入っているのは許せないタイプだ。おまけに、酢豚に入ったパイナップルもイラッとしながら先に全て食べる。



行儀が悪い自覚はあるゆえ必要に応じて我慢はするが、出来る事なら避けたい。

クマさんはそういったことに厳しそうだから、無理をさせたらまずい。違う物と取り換えようと手をのばした。

その動きに反応したのか、ぱっと伸ばした手をつかまれ驚き固まる。


「く…クマさん?」


「あっ…いや、す…すまん。有難くいただく」


わたわた慌てながらカップをつかみ、ゴクゴクと中身を飲み干していく。

無理はするなと止めようと思ったのに、あまりの迫力に押され何も言えなかった。何が驚いたって……こちらが一口飲むのも苦労していたホットドリンクを、一気に飲んだこともさることながら。手が触れただけで、過剰に反応されたことに困惑してしまう。


「ちょっと、大丈夫ですか?」


「グッ…ごっほ、ごほごほ、ごほ……」


「ほらぁ、熱いって教えたじゃないですか」


咳き込む彼の大きな背中を、気休めにでもなればと擦った。負ぶわれたこともあるし、イルザの酷い対応から逃れるため抱きついた事だってある。それから思えば、いきなり手をつかむなど珍しくない。


本当に、クマさんはどうしてしまったのかと心配になる。水を渡すと、今度は慌てずちびちびと飲んでいく。


水をおおかた飲み干した所で、お代わりを渡してあげる。

しばらく様子を窺っていたが、ほっと息をついたのを見届け声をかけた。


「あの…何かあったんですか?」


「へっ?い…いや、何でも……」


「そんなに声を裏返しながらいわれて、信じると思っているんですか?」


つい白い眼差しを向けてしまう。

だがここで、意外なことが起こり目を見張る。クマさんが戸惑い目を泳がせるのではなく、じとぉっと恨みがましくこちらを見つめてきたのだ。しばらく無言の攻防が繰り広げられる。両者一言も話すことなく、「なんですか?」「何でもない」という目での会話が交わされていた。


「……君は、うちの連中よりも優秀かも知れないな」


先に折れたのはクマさんだった。『騎士団の屈強な男たちより度胸が据わっている』などあまりうれしくない言葉を貰ったが、褒め言葉として受け取っておく。深々と吐き出されたため息が、気まずい雰囲気を払しょくしてくれた。


「ほとんどの奴は、俺がにらみを利かせるとすぐ引くんだがなぁ…」


「私はクマさんの部下じゃないですから」


どこか納得がいかないと言ったように呟かれた言葉にも、つんっと顔をそむけてみせた。

そもそも彼が隊員に接する時とはわけが違う。いまだって軽く怒っていた程度だし、本気で叱責するのはこちらの身が危ない時ぐらいだ。それを知っているから、クマさんに怒られて辛いとは思えない。

むしろ彼と言いあうことを楽しんでいる節まであると伝えれば、怒られてしまうだろうか?そんな事を考えながら、くすりと一つ笑みを零した。


「本当に、シュティラには敵わない」


いつも些細な我が儘や主張をきいてくれることには感謝しているが、先ほどの行動はいただけなかった。こちらが何かしてしまったのだとしても、きちんと理由を聞かせてもらった上で謝りたい。ここまでの人生で『理由も分からず謝罪したことがない』など口が曲がっても言えないが、彼を相手にそんな事はしたくなかった。


「シュティラは…」


「はい」


逡巡しつつも口をひらいた言葉の続きを待つ。

ここまで口籠っているのは、彼の正体を打ち明けられた時に匹敵するのではないかとドキドキする。今頃になって、『もし自分が、とんでもない事をしてしまっていたらどうしよう…』という思いが頭をかすめた。そのいやな予感はどんどんと自分の中で大きくなり、胸の鼓動が煩わしいほど加速する。


冷や汗だって流れてきたし、いっそのこと彼の口を両手で塞いでしまいた衝動に駆られる。―――どうしてだろう?『クマさんが勝手に怒っている』と感じていた時は強気でいられたのに、いざ冷静になり『彼が些細なことで怒るような人間ではない』と思い出すと途端に分が悪くなったように感じた。


理由も分からず、捕食者に追い込まれた小動物の気分を味わっている。

散々はっきりしろと言い続けてきた身としては情けないが、ここは心臓に悪いからまたの機会にしてもらおう。そう問題を先送りにしようとした情けない私の望みは儚くも崩れ去り、彼の口から聞かされた言葉で雷が落ちるような衝撃がはしった。


「シュティラは。

 このまえ一緒にワインを飲んだときの事を、全く覚えていないんだよな…?」


わなわなと唇を震わせながら、以前に見た夢を鮮明に思いだした。

上目づかい気味にこちらを窺うその顔は、期待と諦めのまざったような表情をしている。


あれは強いお酒が原因で見たおかしな夢だと思っていたのに、まさかそれを話題にされるとは考えてもいなかった。

何処から夢でどこまでが現実だか判断はできなかったが、あんなことを自分がするとは思えないから夢と信じ疑わなかった。なけなしの希望を捨てきれず、どうにか否定してくれないかと彼の表情を正面から見据えて問うた。


「まさか…私、クマさんにキ、」


スなんてしていませんよね?と、軽く聞こうと考えていたのに。

目を逸らしうっすらと頬を赤らめた彼に、視界がゆがんだ。


「ぎっやぁぁぁぁぁ!」


「ぎゃあって!気持ちはわからんでもないが、あまりにその反応は酷いぞっ」


半べそかいたクマさんを気遣う余裕などなく、自分の部屋へ逃げ込んだ。

容量オーバーしてしまい、一刻も早く一人になりたかったのだ。部屋に入るなりベッドへ潜り込み、ひたすら自分を罵った。


「何やってんの、なにやってんの、ナニヤッテンノ!」


自分っ!

夢の内容がすべて真実だとしたら、完全な自業自得でしかない。ワインを出したのも自分だったら、唇を奪ったのも自分だった。お酒に慣れていないと言った私に「飲みやすいお酒だから」と勧めたイルザの気持ちも分からない。

ましてや「普段からお世話になっている大グマ…じゃなくて隊長殿と一緒に飲みなさい」と進言するなど、本当に何を考えているのだ。



そして何より、どうして彼とお酒を飲もうなどと思ってしまったのか。自分自身がいちばん理解できない。一杯そこらでお酒に酔うわけではないと言えど、どれだけ飲んでも大丈夫なほど強くない。


いくら信用していると言っても、こんな事は予想外だ。


「何でっ、私が無理やり襲っているのよ!」


布団にくるまり絶叫した。

何がどうして、クマさんにキスするなど言う事態になったのか分からない。気づかなかったが、実はキス魔だったのかっ?など纏まりのない考えが頭をしめる。



何度か好意を持ってもらっていると聞いていたのに、いまいち踏み込めなかったのは私の方だった。それにも関わらず、私からあんな行動に出て不本意な事態にならなかったことが不思議なほどだ。これはある意味、彼のお蔭だろう。


自問自答をくりかえし、堂々巡りをするとわかりながらも己を責める。

普通、異性とお酒を飲んで襲われる心配はしても、襲う心配をする女性など皆無だろう。ましてや男女経験が豊富な人間な訳でもないのに、何が起こったのかと私へ問いただしたい。


「無理やり…な、訳ではなかったぞ?」


突然聞こえた声に、びくりと体を震わせる。

どうやら、寝室の目の前にいる彼へ声が筒抜けのようだ。この嘆きとも猛省とも取れない言葉を聞かれていたことが、なおのこと恥ずかしい。ひたすら人の名前を呼び続ける相手に、何か用かと叫んで返す。

いくら自分のせいだとはいえ、あまりの羞恥に八つ当たりと分かっていながら声を抑えられないでいた。


「突然ではあったが、無理やりな訳ではなかった」


こんな言葉を聞かされて、それはよかったです。などと返せるほど、私は経験豊富でもなければ冷静でもない。できれば放っておいてくれと言いたいが、それも言えずに唸って返す。こちらへ追い打ちをかけるように彼は核心をついてくる。


「―――ただ、シュティラ。この前のことは少しでも俺に好意を寄せている結果だと……自惚れても、いいだろうか?」


どうとも答えられない言葉に、酷くうろたえる。これまで散々ごまかしてきたことに、今ここで答えを出せと言われているのだ。本当はどこかへ逃げてしまいたい位なのだが、自分でしでかした手前、それもできない。布団からでて、腹をくくり声を絞り出した。


「最初は…」


「うん」


「最初に出逢ったときは…ただお礼がしたくて、クマさんに会いに行っていたんです」


「……そうか」


どこか落ち込んだような声が聞こえ、その声から彼が肩を落としている姿が容易に予想できてしまう。一瞬、ここで言葉を止めてしまおうかと弱気な自分が出るが、それではだめだと必死に口を開く。


「『お礼は必要ない』と言われてからは、クマさんと話すのが楽しくて会いに行きました。でも…気づけば心細いときに思い出すのは、貴方になっていたんです」


知らぬ間に組んでいた手は力が入り、白くなっていた。

扉越しでどんな表情をしているかわからないし、ましてやどんな事を考えているのかもわからない。―――けれど、今は彼の顔が見えないほうがちょうどいい。


乾いた唇をなめ、ごくりと息をのむ。いつの間にか荒くなった呼吸は、のどの渇きを招いたみたいだ。ちょっとお茶を飲んでから話をしようか…などと気弱な自分が、逃げ道ばかりを考える。


「ここまで来て……逃げたら、女が廃る」


ぼそりとつぶやき、自分に喝を入れた。

そもそも、こんなにイジイジしている所を母に見られたら、思いっきり引っ叩かれそうだ。


母は意見をしっかり持った人で、白黒はっきりさせる気持ちのいい性格だった。

時にはその押しについていけなくて困ることもあったが、彼女はいつも私の目標だった。薬師という仕事に関しても、料理や家事に関しても母の存在を今もどこか意識させられる。


心に浮かんだ母に喝を入れてもらい、一度も言うことのなかった言葉をおとす。


「私は…ベルンハルトさんが、好きです」


「シュティラっ!」


「―――でもこれ以上、身近な人や大切な人が去って逝くことに耐えられそうにありません」


小さくこぼした言葉は、彼には届いたようだ。息をのむ音が聞こえた。


私はずっと弱いままで、今なお患者さんが亡くなることに過剰反応してしまう。

クマさんに逢うまでに好きになった人は、みな健康で争いごととは無縁の人ばかりだった。


例外といえば初恋の彼ぐらいだろうが、その彼とだってろくに会えず仕舞いで終わってしまった。ほかの人よりもはるかにたくさんの出会いがあった分だけ、別れも経験してきた。

旅をしていた所詮、宿無しのころは現在の環境に慣れることで必死だったけれど、帰る場所のある今は時々どうしようもない悲しみが襲う。



両親が亡くなってから、がむしゃらに生きてきたなかでも感じていたのに、収入が安定し生活が落ち着けば落ち着くほど不安の波が大きくなった。


「最近では、クマさんがいつ来てくれるかと気になるんです。

 どこも怪我していないか、疲れていないか…」


こんな私に愛想を尽かして、もう逢いたくないというのならば早く愛想を尽かしてほしかった。

街で見る同年代の女の子たちよりもおしゃれではない事も、変わった生活を送っていることも理解している。そんな風には見えないが、彼はいろいろ噂されていたくらいだ。私よりも恋愛経験はあるだろう。


「きっと貴方の傍に居られるようになったら、これまでより長い時間心配していなきゃいけなくて大変だと思うんです」


それこそ食事がのどを通らなくなるかもしれないし、些細な喧嘩がきっかけで集中力が落ちて怪我をしたらどうしようかと思えば、言い争いすらもまともにできなくなる。考えれば考えるほどマイナス感情に支配される。



一度も言葉を返さない彼に、苦笑交じりに話しかける。


「人の命に携わっているくせに、何を言っているんだって思うでしょう?」


「いや―――」


「いいんです。他でもない私がそう感じるんですから」


残酷な話だが、患者さんたちとはいずれ別れが来ること前提でかかわってきた。

遠い昔はそんなことなど考えていなかった気がするが、幾度も繰り返す別れを一人耐えるには必要な防衛手段だった。

けれど……これはやがて乗り越えなければいけないものだし、今後もずっとおびえ続け人とのかかわりを断っていく訳にはいかない。特に彼は、人よりも危険と隣り合わせで、心配し出せばきりがないだろう。


でも、彼を失いたくないのだからしょうがない。


「どうせ怪我するのなら、私の手で治療させてください。そして何時か…」


こんなことは考えたくもないけれど。

どうせならば。


「何時かどんなに逢いたいと願っても『二度と逢えなくなる日』が来るのならば、その時は冷たい土の上で一人苦しむのではなく、私の元で…にしてください」


帰って来さえすれば、ありとあらゆる薬草をつかって治療を施すし。

少しでも穏やかな形で見送りたい。出来るだけのことをして、願わくば悔いのない別れ方をしよう。


「分かった。這ってでも君の元へ帰ると誓おう」


律儀に返された言葉に、どれだけの距離を這ってくるつもりだと苦笑してしまう。

彼が生死を危ぶまれる程の傷など、大きな戦いでしかありえないだろうから、隣国近くでの戦闘か街の近くだろう。街から普通に歩いてでもここは遠いのに、周囲がとめるのを聞かず地を這う彼を想像して笑ってしまう。


そこで、なぜか急に綺麗でスタイルの良い女性がクマさんの腕に縋り付き、甘えている姿が浮かび眉間にしわを寄せる。


ガチャリと扉を開き、疑いを含んだ眼で彼を見据えた。


「もしも、そんなこと言っておいて他の女性のもとを選んだら承知しません」


格好悪くても惨めたらしくても、帰ってきてくれなければいけないのだ。

そんな私に苦笑を漏らすと、クマさんは重々しく頷き手を広げた。


「肝に免じておこう」


正面から優しく包むように抱きしめてくる腕に抗うように、私はギュッと強く抱きついた。




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