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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
踊りましょう編~番外~
48/65

一歩進んで、二歩下がる

季節感がないですが…お許しください。

少し長いです。本編の間に、「ハチミツ強奪大作戦」なる掌編を一話投稿する予定です。



騙された…。


それが俺の感想だった。今日はシュティラを手伝う約束で、森に行き薬草を採っていた。以前に突然彼女がした額へのキスの意味は、結局聞くことができずにいた。

理由を問うたびに、どこか不機嫌そうに膨れて顔をそっぽへ向けることから考えると、何かまずいことをしたのだということは分かるが、それがなぜあのキスにつながるのか不明なままだ。


我々の暮らすアリアルト国は温暖さが少ないとはいえ、この時期にもなると寒い。しかし寒いこの時期にしか採れない薬草もあるらしく、申し訳なさそうに頼まれれば俺に否はない。むしろ彼女の役に立ててうれしいくらいだ。


「分かりました。

 では期待に応えられるよう、精一杯お礼に食事を用意させてもらいますね」


「いや、そんなつもりで言ったのでは…」


シュティラの料理は絶品なのだが、それを狙っている訳ではない。

必要以上に無理をさせてはいけないと、焦って彼女の考えを訂正する。


「俺はシュティラといられるだけで嬉しいから、お礼だなんて無理しないでくれ」


そもそも潜伏期間中、彼女に助けられていた分のお礼もまだできていないというのに…。こんな些細なことでお礼などと言われてしまえば、こちらの立つ瀬がない。


そう考えての発言なのだが、真っ赤に染まった顔をみて思考が止まった。


「なっ…何を、言っているんですかっ」


何を怒っているのかは分からないが、シュティラは大きな声で捲し立ててくる。

どうやら俺の言葉のどこかに問題があったようで、彼女はこちらを見ることなく憤慨している。この頃は彼女をいら立たせてばかりだ。


オロオロと様子を窺うしかない俺を家から押し出すと、「次の休暇はお手伝いよろしくお願いしますっ」と、律儀にも声をかけてきた。バタンッと、目の前で閉じられた扉は家主に拒絶されているようで切ないが、最後に声をかけてもらえただけでマシだろう。


これからしばらく休暇がないため最後に彼女の笑顔をみられないのは辛いが、口すら聞いてもらえなかった時と比べれば我慢できる。


「次来たときは、機嫌が直っているといいんだが……」


そうひとり呟きながら、その日は帰路についた。

途中に会った友人に言わせると、その時の俺はがっくりを肩を落として力ない様子だったという。




約束していた日に訪れたはいいが、しばらくはうろうろと家の前をうろついた。

機嫌は直っているのか、俺を受け入れてくれるのかと腹を空かせた熊のように右往左往する。何時までも中に入る決意がつかない俺にきづいたのか、突如開いた扉からは呆れ顔のシュティラがでてきた。


「今日はお手伝いありがとうございます」


「あっ…いや、」


「一度中で暖まってから行きますか?」


本当はお昼前に全て終わらせたかったという彼女を、慌てて止める。

一度食事するため作業を中止し戻るなど効率的ではないし、途中までしか手伝うことが出来ないなど言語道断だ。


「体は温まっているから、問題ない」


「そうですか…。

 じゃあ、さっそくで悪いんですが、このまま森へ行ってもいいですか?」


「大丈夫だ」


緊張のあまり端的に答える俺に、「今日は一段とクマさんが変だ」とシュティラが口にして笑った。

前回は見ることのできなかった笑顔を見れたことで、ようやく安心し笑って返す。多少からかわれている感は否めないが、怒られたり泣かれたりするよりも大分いい。



機嫌よさ気な彼女の気分を害さないためにもと、森についてからの俺は気合を入れて働いた。水際の薬草は体が冷えるからと任せてもらい、彼女の教えを思い出しながらどんどん採取する。


始めの頃と比べればだいぶこの作業も慣れてきた。

根こそぎとるような事もしなくなったし、必要だと言われた量を守る事も覚えた。今では同じに見えていた薬草も見分けられるようになり、つきっきりで教えてもらわずとも作業できる。夢中で薬草をさがしていたようで、くすくすという彼女の笑い声が聞こえるまで日が真上に来ていることに気づかなかった。


「私よりも、クマさんの方がよっぽど集中していますね」


自分の仕事なのに申し訳ないというシュティラに、とんでもないと言って返す。

彼女に教えてもらったから薬草を判断できるようになったのだし、薬草の知識は野外でも役にたつ。以前王宮薬師と話す機会があった時など、彼女に教えられたことを実践して驚かれた。


「こんな処置の仕方は初めて知りました。これなら一般人でも使えますぞ」


思いのほか驚かれ、シュティラの事を褒められたときは鼻高々だった。

彼女は、薬草に対する知識の少ないでも人間でも咄嗟に対処できるようにと、日頃からいろいろ試行錯誤している。その姿勢はまっすぐで、時々危なっかしくすら見えてしまう。

忙しい時などには食事すら忘れて仕事へ没頭するさまをみてきたから、努力が報われたのだと思うと己のことのように嬉しくなった。




少しでも手助けできればと無心で採取を続けていたら、あっという間に時間が過ぎていたようだ。シュティラに止められた時には、籠が薬草で満たされていた。


「必要な分は集まりましたし、そろそろ戻りましょうか?」


普段は小休憩をはさみながら採取しているのに、今日はやけに早く声をかけられた気がする。もしや俺に気を使って遠慮しているのではないかと考え、渡されたハンカチで濡れた手を拭う。


「もういいのか?」


「はい。クマさんが頑張ってくれたおかげで、採取がずいぶん楽になりました」


にこりと笑い、お礼を言われるだけで疲れが吹き飛ぶようだった。さほど大変な訳ではないが、中腰の体勢で冷たい水に手を浸していると体が冷える。薬草を取るときに手が擦れ、冷たさで感覚が鈍くなっていると言えども痛みがあった。


俺の固くなった皮膚でもそうなのだから、彼女の柔らかい肌が傷つかずよかった。


「水際の作業を任せてすみません」


申し訳なさ気にいわれ、彼女の言葉を慌てて否定する。


「いや、自分から言い出したことだし気にしないでくれ。第一、水際でも動けるようにと普段から鍛えているしな」


「嗚呼、水の中で剣の打ち合いをするんでしたっけ?」


想像するだけでも寒いと、体を震わせた。肩を抱く彼女のいう通り、定期的に訓練として川や池へ入り打ち合いをする。これはいかなる場面でも戦えるようにと配慮されたもので、俺自身も苦しめられてきた。まずは水の冷たさに慣れることに苦労させられ、つぎは水の抵抗にやられるのだ。


入団したての隊員は、ひざ下程度の水でも動くのに苦労する。

ましてや足元は石がごろごろあり、不安定だ。こうやって水での作業に慣らされているから一般人よりマシだと思うが、辛いものは辛い。「家で暖まって行ってください」という誘いを嬉々として受け入れた。




家に着くと早速、暖炉に当たり温まる。冷えた手足に血がめぐり、いっそ痛い位だった。しばらくシュティラと並んでいたが、いい物があったと台所へ走っていく。


戻ってきた彼女の手には、お盆いっぱいの料理があった。


「これ、イルザに沢山リンゴを貰ったからマフィンを作ってみたんです。

 さつま芋が入っているから食べごたえがあるし、蜂蜜も少し入っていますよ」


「何時も悪いな…」


苦笑しつつも皿を受け取った。

彼女が作る料理には、大抵蜂蜜が使用されている。俺としては嬉しい限りなのだが、負担になっているのではないかと不安になる。これまで数度無理はしなくて

いいと伝えたのだが、砂糖よりも蜂蜜の方が彼女には身近であるらしく、気にするなと言われた。


「うん、上にかかった黒胡麻がアクセントになっていて美味い」


「よかった…あと、こちらもどうぞ」


「これは…鮭のサラダなのか?」


野菜に隠れて見えなかったが、勧められたサラダには鮭が入っていた。

軽く熱した鮭と生野菜の愛称はよく、キャベツやオクラなどの食感が楽しい。上にかけられたタルタルソースには蜂蜜が入っているのだから、彼女には恐れ入る。



ひとしきり料理に手をつけたところでカップのなかを覗くと、この家では見かけることの少ないワインが注がれていた。あまり度数の高いものではないからと、彼女の友人であるイルザさんにもらったのだという。俺も酒に弱い方ではないし、温められたそれはアルコールを楽しむと言うより冷えを抑えられたらという気遣いだろう。


まさか温めたワインを振る舞ってくれるとは思わなかったため、喜んでいただく事にした。美味しい料理をシュティラと共に食べられるうえに、酒までご相伴に与るなど至れり尽くせりだ。目の前で食事をする彼女と会話を楽しみながら、どんどん胃袋へ料理を治めていった。






―――それなのに、どうして俺のまえでは目の据わった彼女がごく至近距離にいるのだろうか?


「しゅ…シュティラ?」


「なんですかぁ?話はまぁだ、終わってないんですよぉ!」


無駄に大声を出した彼女は、キッときつくこちらを見据える。

俺より一歩先にカップへ口をつけたシュティラは、次第にぐらぐらと左右に体を揺らしたかと思えば顔を真っ赤に染めていた。


にこぉっと、子どものような悪意ない笑みにしばらく見惚れていた俺は、すぐさま行動を起こさなかった自分を恨むことになる。


「だぁ、かぁ、らぁぁ!ライナルダさんが会いたがっているんだから、近いんだしちょくちょく食堂に顔を出してあげればいいじゃないですかっ」


「ああもう、分かったから……」


「何ですかぁその気のない返事はぁ?」


いきなり説教を始めたシュティラを訝しんで、カップに口をつけた俺はすぐに理解した。香りだけではわからなかったが、これは相当度数の高いワインだった。確かワインにしては滅多にないほど度数の高いもので、優しい口当たりは女性も口にしやすい割には危険な一品だ。


「これは…イルザさんにはかられたな」


一時期不埒な輩がこれを悪用し、酔わせて女性をものにしようとすることが問題にもなった。今では庶民のあいだでも噂が広まり、安易にこのワインに手を出すことはなくなり被害も減ったという。記憶が確かならば、一部の飲み屋でしかこれは飲むことすらできないはずだが……。どうやってイルザさんは手に入れたのか。



これは仕入れ元を調査せねばならないかと、必死によそへ思考を持っていくが彼女はそれを許してはくれない。料理はすべて食べ終わり、気を逸らすすべもない。


「シュティラ…近い」


椅子の背もたれに邪魔されつつも、必死に上体を逸らし避ける。

ともすれば顔が触れてしまいそうな位置にシュティラの顔があり、こちらが焦ってしまう。何度となく好意をもっているのだと伝えているが、逃げられるばかりで彼女の方から近づいて来てくれることは滅多にない。だからこそ、額に落とされた感触にも動揺したのだが。


あってイルザさんに脅され、いじめられた時に助けを求めてくるくらいだ。

―――しかし。イルザさんは年下とは言え迫力があり、シュティラとのことで協力してもらっている手前強く出れない。


彼女が混乱している時は大抵俺も余裕がなく、シュティラと接近していると喜ぶ余裕などありはしない。何が悲しくて、好いた女性が近づいて来てくれているのに逃げなければならないのか…。心で号泣し、体では冷や汗を大量に流していた。




赤く染まった頬も潤んだ瞳も可愛いのだが、これは何かの罠のように思える。

ここで手を出してしまえば、間違いなく幻滅され信頼をなくすだろう。それだけでは飽き足らず、もう家に上げてもらえない…などという事態になれば、仕事熱心な彼女と逢うことすら難しくなる。


もしも酒に酔った状態のことをシュティラが忘れたとしても、後々まで自分がしたことを引きずってしまいそうだ。逢うたびに罪悪感で顔を強張らせる俺をみれば、自分のしたことが露見するのも時間の問題だ。一時の誘惑に負けて、彼女と過ごす時間を辛いものにしたくはない。


「第一、バレたときが恐ろしいじゃないか……」


つい本音がポロリと零れ出た。

イルザさんが何を考えて『ベルンハルト様と飲みなさい』などと言ったのかは分からないが、不誠実な態度をとればどんなに言い訳しても許してはくれないだろう。誠意を尽くしてシュティラに許してもらえても、イルザさんが敵に回るのはとても辛い。


「なぁに訳の分からないこと、言ってるんですかぁ!」


酔いのまわった体に触れることすらできず、情けなくも後ずさりする。

自分よりはるかに細い腕や、片手で抱えられてしまう腰に少しでも触れれば暴走してしまいそうで怖かった。

これでも年頃の娘さんの家に上げてもらうのだからと、色々考えているのだ。必要以上に触れず、怯えさせない。




今の関係が物足りなく感じたときは、決まって街や人目のあるところで彼女の反応を窺うようにしていた。―――間違っても、酔わせてどうにかしようなどと考えていないのだ。


「信じてくれシュティラ!」


混乱の極みに達し、つい脈絡なく許しを乞うた。

話を聞いていなかったと怒る彼女は、俺の懇願などは無視している。


「訳の分からない事ばかり言って…、誤魔化すんだから」


みゅーんと頬を引っ張られ、正面で見据える怒り顔に眉を下げた。

情けない表情が気に入ったのか、ぐにぐにと頬を引っ張ったり潰したりする細い手に逆らうことなく身を任せる。


笑うことなく俺の顔で遊ぶシュティラの感情が読めず、どう反応すればいいのか分からない。据わった眼の奥には、悪戯をする子猫のような怪しい光が見え隠れしている。

ほとほと困り果て、ついには止めるのを諦めて黙って彼女の気が済むのを待った。


ずっと肉の少ない頬を抓まれ、遊ばれているのは辛いが黙って耐える。

時々指がすべると解放され安心したが、再び頬をつかまれがっくりと肩を落とす。彼女が酒に弱いのか、この酒が特別強いのか分からないが。



今後シュティラに酒を進めるのはご法度だと、強く胸に刻んだ。


「ひゅ…ひゅひら……」


力なく呼んだ彼女の名前も、どこか弱弱しかった。

あんまりにも情けない己の姿を想像し、更にへこむ。このままではいろいろと辛いからと、熱をもった彼女の手へ腕をのばした所で、俺は固まった。


「っっ!」


まぬけにも頬を引っ張られた俺の唇に、何か柔らかいものが微かに触れて…離れていく。限界まで引っ張られた唇の感覚は鈍かったが、頬の痛みを忘れるほどの衝撃が走った。


「シュティラ……?」


驚きすぎて固まっていた思考が動き出し、ようやく声を上げた。戦う上での癖でつい状況分析してしまったが、心臓は常にないほど脈打っていた。

この前の件といい、最近のシュティラは本当に分からない。どうしてこんな行動に出たのか、これがどういう意味を持つのか理解できなかった。期待をしては否定され、気分の浮き沈みが激しすぎて我がことながら疲れてしまう。


「いいですかっ?もう少し、ライナルダさんのことも考えなきゃだめですよ!」


腰に手を当てたシュティラは、ビシッと決めポーズのようにこちらを指さしそうまとめた。


困ったのは俺の方だ。

酔っぱらっていたとはいえ、彼女の方からあんなことをしてきたという事は脈があると思っていいのか?それとも、単なる酒に酔っただけの奇行であり…キス魔なのか。正直、前回のこともあるしどう反応していいのか分からずに逃げ帰った俺は、とんでもない間抜けだと思う。



さすがのクマさんクオリティ。…ただし、このままにはしませんのでご安心を。


次話も比較的早く投稿しますので、お気に召さなかった方も次までお付き合いいただけると嬉しいです。次話を投稿するまでは、未完にしておきます。

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