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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
追いかけっこ編~番外~
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商人一家の野望

拍手内のお話になります。そして、今回は一話のみです。


私の友人であるイルザは、昔から現在の恋人である彼に想いを寄せていた。


一癖も二癖もある彼女だが、友人としてその気持ちを応援していたしさりげなくフォローなども慣れない身ながらしようとがんばった。……まぁ、たいてい『それはフォローになっていなし、あからさますぎるからやめてくれ!』と怒られるのがオチなのだが。


私が余計な気をまわしたくなるほど、イルザは本命の彼に対して奥手だったのだ。


「昨日、あの有名な『恋人たちの花畑』で彼とデートしちゃった!」


「へぇ、それはよかったね」


今まで、ありとあらゆるアプローチで彼女を落とそうとしていた男性陣が可哀想になる事柄で、イルザは頬を染めている。大量の花束にも、歯の浮くような甘いセリフにも一貫して余裕の顔でニコニコしていた彼女は、今は見る影なく崩れてしまっている。


「大したものがある訳ではないけれど、花が咲き誇っている静かな場所で彼と二人きりなんて素敵だったわ」


「イルザ、にやけ面が酷い」


「いつもは我慢しているのだから、シュティラの家でくらい惚気させてよ。

 第一、彼はきれいだって言ってくれるからいいのよ」


「はぁ…幸せそうで何よりです」


イルザは下手をすれば、周囲の男性を顎でこき使っていると言われてもおかしくない状況でも、大変うまく立ち振る舞っている。

多少なら女性のやっかみはあったものの、持ち前の商人魂と口八丁でのりきっており、喧嘩を吹っかけてきた女性が今では彼女の店の常連…なんてことも珍しくはない。


「イルザが本気なのは知っていたけれど、まさかこんな風になるとはね…」


正直、付き合いだしたと聞いたときは心底驚いた。相手が新たな言語発見と習得にしか興味がない男だったということの他に、イルザのお父さんがまさか交際を許可するとは思えなかったのだ。


何かドラマチックな展開でも待っているのかと期待すればそうではなく、では何かいやがらせでもされていないかと心配になり、お節介ついでに「おじさんに何かされたら、いつでも相談に乗りますから」と彼には伝えた。



もっとも、実際にどうにかするのは私ではなくイルザだろうが。

交渉のプロに立ち向かえるだけの腕もないし、告げ口係なら任せろと変な所で自信たっぷりに宣言した。けれど当の彼氏殿は、何てことなさそうに笑って返してくる。


「イルザのお父さんには、本当によくして頂いているよ」


なんて言いながらにこにこ笑っていた彼氏殿の穢れない笑みに、こちらが悪いことをしているような気がして話はそこで終わった。だが根っからの商人であるおじさんが、人助けのために援助するとは考えにくく。ましてや娘の選んだ人だからというのも、違うだろう。


彼氏殿に聞いても納得のいく答えが返ってこなかった私は、イルザの惚気の合間を見て問いかけた。


「一体、どうおじさんに納得させたの?」


突然の問いにぱちくりと目を瞬かせたが、すぐに理解したのか答えてくれた。


「―――私はただ、彼の語学力は世界を股にかけていて、どこに行っても通じるのだと聞かせただけよ?」


彼女をよく知らなければ引っかかっていただろうが、私にその手は通じない。

これまで散々彼女の術中にはまる人々を見てきたし、『私、なんにも分かりませんわ…』という顔をしても、怪しさに輪をかけるだけだ。それにしても―――。


「おじさん…世界を相手取って商売していくつもり?」


「お父様の目標は大きいからね。少し煽ればちょろいものよ」


娘にこんな表現をされているおじさんに同情してしまうが、一歩間違えれば無謀ともいえる目標設定に何ともコメントしにくい。壮大といえば聞こえはいいが、阿呆に分類される考えに思えてならない。


「……そのまま、煽っていても大丈夫なの?」


「あら、大丈夫よ。お父様が暴走したらお母様が手綱を引くから」


「嗚呼…イルザのお母様はやり手だものね」


―――イルザに似て。つい付け足しそうになった言葉を飲み込み、お茶でごまかす。

女の子は父親に似るというが、彼女は間違いなくお母様似だ。


それなりに年齢を重ねているはずなのに、美貌を維持しこんなに大きな子がいるとは思えない。髪や瞳の色こそおじさんと同じだが、イルザと彼女のお母様がならんでいると年の離れた姉妹にすら見える。

もともとお母様は庶民の出らしいのだが、間違ってもおばさんなどとは呼べない。


「確か、イルザのご両親が付き合いだしたきっかけはお母様なのよね?」


「えぇ、そうよ。お母様の押しの強さは、当時すでに商人として名が広まっていたお父様に負けないものだったと聞いているわ」


そして、商人になるべく生まれたような二人の間にできたのがイルザであり、商人である二人の技術を受け継いでいることは間違いないと太鼓判を押されている。


「……クマ隊長も、私たちを見習えばいいのよ」


ぼそりと呟かれた言葉は聞こえなかったが、「何?聞こえなかった」と問いかけた後の含みある微笑みに負けて追及するのはやめた。



現在、他国の文化を取り入れた特別な企画で忙しそうにしているこの家族を見るかぎり、彼氏殿はこの一家から逃れられないだろう。

まぁ、彼も心行くまで研究にいそしめるなら嬉しい環境なのかもしれないが、人のよさそうな彼が何時か泣きを見るのではないかと、非常に心配になっている私であった。



イルザが度々クマさんに対して厳しくなるのは、自分たちが散々頑張ってきたから…という経緯があります。

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