認識の違い
それは、近頃では行きつけといっても過言ではないライナルダさんの食堂へイルザと二人お茶をしている時に突然言われたことだった。
「何だか最近、騎士団にいた私のファンが減った気がする」
そう呟いたイルザに、どきりとした。
その原因が頭によぎった私としては、どう返すのが正解なのかわからず目を泳がせてしまう。
クマさんが散々イルザに対して怯えているせいで、彼女の人当たりの良さに騙されていた信者が減っているのだ。かわりに彼女を騎士団では『要注意人物』といった扱いをし、厄介ごとにかかわっていたら迅速に対応することが暗黙の了解となされているという。
もはやどんどんと友が遠くなる感覚に、渇いた笑いしか出てこない。ろくな犯罪歴もない単なる小娘が、どうして騎士団で『要注意人物』とされなければいけないのか全く意味が分からない。
何とも言いようのない事情に「どうだろうねぇ」と、当たり障りのない言葉を返しておく。
「あら、やけにつれない返事ね。これでも本気で気にしているのよ?」
「いたっいたたたぁってば!」
にこにことした笑顔のまま、足をぐりぐりと踏みつけられて涙ぐむ。テーブルの下で行われている行動とはいえ、どこから見られているかわからない。そんな姿を見られたからファンが減ったのではないかと忠告してみるが、イルザは気にした様子もない。「スカートが長いから大丈夫よ」と言ってデザートを口に運ぶ。
ライナルダさんの食堂は今日もお客さんが多く、注文を取りに来てくれてからは忙しそうにしている。
「ここは何を頼んでも、はずれがないわね」
そう微笑む姿を見て、周囲にいる男性たちがうっとりと見とれているのを感じる。それに混じり、これまでなかった観察されているような視線にきょろきょろと辺りを見回した。イルザに見とれていた男性は、しばらくすると露骨に目をそらすのだが、騎士団と思わしき人間だけはどれだけ見つめてもこちらを見ない。
きっと私が辺りを見回すまではこっちを観察していただろうに、こうも徹底していると逆に怪しく思える。じぃぃっと一人へ狙いを定め表情を窺っていると、イルザにやめるよう言われて視線を彼女に戻した。
「いい加減に可哀想だから、やめてあげなさい」
「あれっ?」
あんまりにも目が合わないから悔しくて見ていたのだが、気付けば相手の額には脂汗がにじんでおり、悪いことをしてしまったと反省する。
「シュティラが騎士団の人を見ると、あなたが想像している以上に負担を与えてしまうのだから気をつけなさい?」
「いくらクマさんの知り合いだからって、それはないでしょう」
屈強な男たちが、私のような小娘一人に見られたところで追い込まれるとは思えない。そもそも私が知り合いということも認識されていないと思ったのだが、イルザは心底呆れたという風にため息をつく。
「いくら自分のことになると鈍いとはいえ、自身の知名度位把握しておきなさい」
「なにそれ」
「この席に集まっている視線のすべてが、私へ寄せるものだとは言い切れないという事よ」
悔しいけどねっと、付け足された言葉から考えるに私も、観察対象に入っているようだ。思いもよらない事に動揺してしまう。意識した途端に首筋がチクチクとする気がして、手でさする。
「も…もう出ようか?」
「何よ、いつもゆっくりデザートを味わうのはシュティラの方なのに」
「だって……」
イルザと行動する以上、男性たちが隣を熱っぽいまなざしで見つめるているのには慣れている。―――だが、こんなに人が多い中で自分も意味合いは異なるとはいえ、見られているならいたたまれない。
意識するとわずかに「あれが例の薬師か?」「隊長と一緒にいる所を見たら驚くぞ」など、余分なことばかりが耳に吹き込んでくる。
「どうせ、意識したら気になってしょうがなくなったのでしょう?」
「うっ…」
「はいはい。なら場所を移動してあげるわ」
そんな言葉を最後に、食べるスピードを上げてくれた彼女に感謝する。
出るときにはライナルダさんに「今日はもう帰ってしまうの…?」とさびしげに聞かれたが、近いうちにまた来ると伝え店を出た。
人の目を気にしないでいい場所となれば、互いの家くらいしか思いつかず。結局は街はずれにある彼女の家へ向かおうという話になったところで、突然話しかけられ飛び跳ねた。
「シュティラ!」
「まぁ、ベルンハルト様。見回りご苦労様です」
「こんにちはイルザさん」
気軽に声をかけてきたかと思えば、丁寧な調子でイルザに挨拶してみせる。彼女の底知れぬ恐ろしさを騎士団員たちへ教えたのは、やはりクマさんの気がしてならない。先程イルザが口にした言葉を思い出し、彼が手ひどい嫌がらせをされないようそっと祈ってみた。
助けることはできないから、精いっぱい蔭ながら応援しておく。
「どうして、そんな憐れむようなまなざしで見つめるんだ」
「…いえ」
どうやらクマさんを心配する気持ちまでは隠しきれていなかったようで、ふいっと目をそらしてよそを向く。
「いや、あからさまに目をそらされようとも、気になることに変わりはないからなっ?」
「ただ、首が痛くなっただけですよ。そんな…目をそらすだなんて」
「言いよどむところが余計に怪しい!」
わざとやっているだろう…と、がっくり肩を落として見せる彼も大概わかりやすいと思う。確かに途中から面白くなってはいたが、『クマさんを落ち込ませるつもりはなかったのに、おかしいなぁ』と、首をかしげる。
「確かにこのやり取りを見ていたら、観察したくなるかもしれないわね…」
遠巻きに見てくる周囲へ視線をめぐらせ、イルザはそうつぶやいていた。
どういう事かと問いかけるまえに、再び口を開いた彼女に遮られた。
「ところでベルンハルト様は、これからまだお仕事がございまして?」
「いえ、今日はこれで終わりです」
脈略のない質問にも、クマさんは律儀に答えてみせる。普段、一日中忙しく働いている印象の彼も、今日は早めに切り上げることができたようだ。
『それならば、早く帰ってゆっくり休むといいですよ』と口にしかけた私の耳に、イルザのとんでもないセリフが聞こえてきた。
「それでは、私たちと一緒に買い物でも致しませんか?」
「イルザ!?」
何とも言わない彼に代わって、私が声を裏返し反論する。
せっかく時間が取れたのに、いつも忙しい彼に何という事を言うのか。「ちょうどよかった…」などと呟いているところを見ると、以前より荷物持ちを買って出てくれる人が減った尻拭いを、彼にさせようとしているのだろう。
必死に思いとどまらせようとする私をよそに、クマさんは何てことなさそうに了承して見せた。
「お邪魔でなければ、荷物持ちくらいしかできませんが…ご一緒させて頂きます」
「ちょっ、ちょっと!」
焦る私だったが、「一人ではゆっくり見て回ることもないし、たまには気分転換にいい」という言葉に甘えて共に見て回ることにした。沢山の荷物を持ちついていく姿を見て、これまで以上に男性たちがイルザへ一目置くようになったのは、彼女にとって最大の誤算だろう。




