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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
追いかけっこ編~番外~
41/65

へたれの報い

タイトルを何度か変えようと思ったのですが、新しいのが浮かびませんでした…。もしかしたら、後でタイトルのみ変えるかもしれません。今回は拍手の話とネタが近い気がしたので、一話のみです。


名残惜しく思いながらも、早々に立ち去ろうとする俺を彼女が引き止める。


「えっ?もう帰っちゃうんですか?」


もう少しいればいいのに…とつぶやく彼女は、俺の願望が見せる幻か…さびしげに見えた。だが、今日だけはどうしても嫌な予感がして早くこの場を去りたかった。できることならシュティラも連れていきたいくらいなのだが、そんなことをすれば『彼女』の怒りを買うことは必須になる。あまりに恐ろしく最悪の事態は何としても避けたくて、断腸の思いでシュティラの誘いを断っていた。それなのに―――。


「あら、ベルンハルト様」


俺の逃避はもろくも失敗に終わった。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






シュティラとイルザさんに引き留められては断りきれず、茶をいただく事になった。「一杯だけなら、よろしいじゃありませんか」という、イルザさんの強制ともとれる無言の訴えに負けたというのが本心だが、それを言えばまた面倒なことになる。突然意見を翻した俺に不思議そうにしながらも、シュティラは茶を沸かしに席を立った。


「お忙しいところを引き留めてすみません」


「い…いや」


さして悪いと思っていない口調で彼女が詫びた。

片手を顔にやり、困ったように眉を下げるさまは間違いなく申し訳ないといった様子なのに、どうして腹に一物抱えている風にしかとらえられないのか。自分でも不思議だった。普段はシュティラの前に腰掛ける彼女が、なぜか今日は俺の前の席へ陣取った。


ななめだったらまだ多少は耐えられると思っていたが、予想外の出来事に早くもこの場を離れてしまいたくなる。


「どうしても、この前のお礼を直接お伝えしたかったんです」


そういわれた瞬間に、ピシッと音を立てて全身が固まった。こうも早く本題に入られるとは思っていなくて、なんと返せばいいのかわからない。

戦いの場ですらこんなに追い込まれた気になることはないのに、彼女相手ではどんな猛将を前にした時とも異なった緊張を覚える。


シュティラがお茶を淹れてくれる間を狙っていたのか、笑みをかたどる口元に反して彼女の瞳は鋭い。


「わざわざ、あれだけのチョコレートを手に入れるのは大変でしたでしょう?」


「あっ…それは、叔母が大量に仕入れたおかげで、格安で手に入ったので……」


言葉の節々に棘がふくまれているように思え、どもった。敵国の人間と対面しているときですら、こんな醜態はさらしたことはないのにと余計に焦る。


「嗚呼、そういえば一か月ほど前はお店でチョコレート菓子を期間限定で振舞っていたんでしたっけ?」


ビクッと震えた体に、自分自身『わかりやす過ぎるだろうっ』と忌々しくなる。

彼女のことだから何事かバレているかもしれないとは思っていたが、まさかこうも直球で来るとは…。何と答えようかと考える俺の後ろで、機嫌よさげなシュティラの声が聞こえ止めていた息を吐く。


「お茶淹れましたから、どうぞ~」


正直、シュティラが戻って来てくれたことで安心していた。

これで話は終わりだろうと。しかし、おいしそうな菓子に手を伸ばそうとした俺は、信じられない状況に襲われ彼女の両耳をバッと抑えた。


「どうやらベルンハルト様は、一か月前がどんな日か知っていらっしゃったんですね」


「っっ!」


「えっ?いきなり、どうしたんですか??」


幸い、シュティラにはイルザさんが口にしたことを聞かれずに済んだようだが、何を言うのかとにらみを利かせる。突然立ち上がり、シュティラの頭を正面から抱えた俺に彼女が驚きの声を上げた。トレーを置いたあとでよかったと、見当違いのことが頭をよぎった。


「その件はっ、内密に願いたい」


焦る俺に、イルザさんは至って涼しい表情で茶をすする。思わず両耳を抑え込んでしまったシュティラを恐る恐る見下ろすと、不思議そうな表情で目をしばたたかせた。その顔は怒った様子もなく、小動物が驚いた時のように固まっている。


「ねぇ、何やっているんですか?」


「いや……」


聞こえていないと分かりながらも、つい答える。俺の手では、彼女の小さな頭を覆うのは容易く、力を込めるのも恐ろしい。つい彼女の表情をうかがうが「何をしているのか」と問われても答えられずに苦笑いした。


「もう少し待っていてくれ…」


心の底からの願いにシュティラも何か感じるものがあったのか、ギュッと俺の服を

つかんでうつむき黙り込んだ。


「そんなに、シュティラに知られるのが怖いんですか…」


あきれたまなざしを向けられるが、こちらにはこちらの事情というものがある。

今でこそ触れて近づくことを許してくれているが、もしそれがなくなったらと思うとぞっとする。つい今触れている感覚を手におぼえこませようと、親指で彼女の目元を撫でる。


「その子は恋愛ごとには疎いですから、しっかり捕まえないと…逃げられますよ」


はっきり気持ちを伝えろというのではなく、『捕まえろ』というのだから、彼女には困ってしまう。確かに、これまで何度となく伝えてきた言葉をうやむやにされている経験から言えば、捕まえなければいけないのだろう。


いつのまにか、強く拒絶もされず近くにいられるこの状況に甘んじていた。

異国の文化を知ったはいいが、それを伝えたところで自分の望むような結果を得られるとは思わず、チョコレートをこちらから渡すにとどめた。

彼女のつくった菓子を食べれるかもしれないという多少の打算はあったが、まさかイルザさんがそれを知っているとは思わなかった。


「ライナルダさんのお店でも期間限定でチョコレートを扱っていましたし、シュティラも『バレンタイン』という異国の文化を知っていると思いましたわ」


「…はい。情けないことにせっかく叔母に口止めしたのに、自分で教える事ができなかったんです」


「まぁ、あからさまに愛の告白を乞うているようなものですしね」


ため息をつき茶を飲むイルザさんに、これで尋問は終わったのだと胸をなでおろす。話が終わったところで手を放すと、さっと軽くシュティラの髪を整えてやる。

柔らかな髪から手を放すのは惜しいが、これ以上ベタベタと触れば機嫌を損ねる

だろうとあきらめた。


「突然すまなかった」


「いえ、それはいいんですけど。早くしないとせっかく淹れたお茶が冷めてしまいますよ。クマさんがくれたクッキー、おいしそうだから一緒に食べましょ?」


そう誘われて、笑顔で頷く。これは以前チョコレート菓子を作ってもらったお礼のつもりだったのだが、バレンタインという文化を説明していない手前そんなことも言えず。シュティラに誘われるまま共に茶をすることになった。




ただ一つ残念なことは、イルザさんからのお叱りをもらいたくなくて時間がないといったため、早々に席を立つことになったことだ。落ち込む俺を見て、イルザさんはにやりと笑った。




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