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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
4/65

4.懐かれたクマさん

次あたりから、小話を入れていこうと思います。



「―――君は、また来たのか?」



川の近くで座り込んでいた私を見たクマさんは、何処か呆れたようにそう口にした。クマさんに助けられた翌日、怪我の様子が気になった私は再び彼に会いに来た。しかし、クマさんが何処をすみかにしているか分からなかった私は、水飲み場であるここにいれば会えるのではないかと考えたのだ。


数時間は張り込む気で、飲み物からお昼から色々持ってきたのにもかかわらず、彼を発見するのは意外と容易かった。やはり私の勘は正しかったと満足していると、何処からか獣が唸るような声が聞こえてくる。


こんな大きく強そうなクマさんが居るにもかかわらず、また懲りずに食料を狙っているのだろうか?眉間にしわを寄せ、きょろきょろとあたりを警戒するが何処にも気配を感じない。クマさんも、昨日とは打って変わって警戒する様子を見せない。―――しかし、獣の声はやむことはなく、今も近くで聞こえてくる。


「…すまない」


突然に謝られて、ぽかんと口を開いた。

……え?やっぱり、これはあれなのだろうか??うすうす感づいてはいたけれど、これはあまりに凄過ぎやしませんか?


「…どうにも、君が持っているものに腹の虫が反応するようだ」


「―――無駄にならなくて、何よりです。

 お礼のつもりなので、昼には早いですが一緒に食べませんか?」


どうやら彼が偶々この場所に来たと考えるより、私の持ってきたお昼の香りにつられてやってきたと考えるほうがよさそうだった。彼の返事より先に、あまりに大きな音が文句を言うように私を急きたてるので、ワタワタと慌てながら持ってきたお昼をその場に広げた。




「食べたいなら食べたいって、直接言ってくれればいいのに…」


「………」


結局、クマさんにサンドイッチを手渡すまで、ずっと私は彼の『お腹の音に』文句を言われていた。しかも憎いのは、彼の大きな手にサンドイッチを手渡した途端、ぴたりとその音は聞こえなくなったのだ。ぐぅーなんて可愛いものではないお腹の音は、若干怖かった。


「いただきます」


「はい。とっとと食べて、そのお腹の虫を黙らせて下さい」


そこまで凶暴ではないと昨日実感したはずなのに、ここで食事を渡さなかったら私の身が危ないのではないかと恐怖した。クマさんの口は、その体に見合うだけの大きさを誇っているため、私の事も頭から丸飲み出来るのではないかと距離を置いて用意していた。


「…そんなに怯えないでも、君に噛り付いたりしない」


もぐもぐ口を動かしているクマさんを横目に見るが、頑丈そうな歯がきらりと光るのを見て、私はさらに距離を置いて手近の切り株に腰を下ろした。






お昼を食べるにはまだ早く、幼児が食事の合間におやつをとるような時間だ。

こんなに早く食事するとは考えていなかったため、今日のお昼は冷めても大丈夫なものを用意した。

少し硬めの長いパンを半分に割り、軽く炒めたキャベツとソーセージを挟んだサンドイッチに、春巻きとブラックベリーのジュース。それから、昨日帰ってから即作った蜂蜜入りの焼き菓子、マドレーヌを次々とクマさんに手渡していく。


「…やけに、蜂蜜を使っている料理が多い気がするのは、気のせいか?」


「…やっぱり分かるんですね」


確かに、サンドイッチ以外はすべて蜂蜜を使用している。

ブラックベリーのジュースは、以前に買ったブラックベリーを蜂蜜に漬けていたものだし。鼻が良ければ、マドレーヌに入れた蜂蜜も感じ取れるだろう。しかしまさか春巻きに入れた蜂蜜まで感じ取るとは…。


「流石ですクマさん!頑張って蜂蜜尽くしにしてきたかいがあります。

 クマさんに貢ぐと言えば、鮭か蜂蜜だろうと思ったんですが、あいにく鮭は手元になかったので…」


「…熊に対して、君は偏った考えを持ちすぎだ」


「あれ?御嫌いでしたか??」


「……いや、両方とも好物だが」


けれど、これでは私に対しての間違った知識が、君の中で確立されてしまうことを私は恐れているのであって…などと、ずっとくどくど言っているので、クマさんを無視してむしゃむしゃとサンドイッチを頬張った。結構な量を用意してきたはずが、お腹を減らしたクマさんの前では微々たるものだったらしい。


今残っているのは、わずかなジュースとマドレーヌのみだ。未だにしゃべり続けているクマさんには一つしか渡さず、焼き菓子を抱え込んでいると横から腕が伸びてきた。

大きな手を一生懸命に伸ばして、私に焼き菓子を渡すように無言で催促してくる。目がきらきらしていて、今にも獲物であるこの焼き菓子を掻っ攫っていきそうだが、御行儀がいいこのクマさんはそんな事をしない。




ただ、おなかが減っているというよりも、本当に蜂蜜が好物のようだ。

『待て』を食らったクマさんは、先ほど散々サンドイッチやら春巻きやらを食べていたくせに、マドレーヌを見つめてつばを飲んでいる。


ぱっと見は凶暴そう…よく言えば雄々しく見えるのに、どこぞのサーカス小屋にいる熊のようなその様は、哀愁すら感じられる。だから、しょうがなく私は言ってやったのだ。


「…何ですか?」


「………」


その様子や目から、言いたいことは察せられるがそれは甘い。

望みがあるのならば、口で言わなければいけない。しゃべらない熊は、ただの熊だ!根性見せろ!!こんなこと決して口に出しては言わないが、クマさんには何となく伝わったようで。


「それ、下さい」


と、何とも耳に響くいい声で、情けなく要求してきた。

それなりの年齢であろうに、もっと別の言い方は思いつかなかったのかとも思った。つい白い目で見てしまったのも認める。だがこれ以上いじめるのは、お礼をしに来た身としては間違っているだろう。そもそも、怒らせて私自身があのお腹に収められるのは勘弁してほしい。



素直にお菓子を渡すと、クマさんは厳つい目元を和らげて美味しそうに頬張った。

私の角度からは見える訳がないが、喜んで短い尻尾を振っている姿が目に浮かぶ。

食べだした途端、あまりに柔らかな印象になったクマさんが珍しくて、彼を間近で観察してみた。


「これは、手が込んでいるな…。貝殻の形など、作るのが大変じゃないか?」


「型があるので、さほど大変じゃないですよ」


まぁ、その型を手に入れるのが容易ではないかもしれないが。

これは両親が生前に、御世話になったからと言ってわざわざ職人さんに作ってもらったものだ。

薬代を払えなかったその職人さんは、食パンやお菓子などの焼き型を作っている人だった。まだ一般的ではなかったそれらを昔にいくつかもらった為、普通の家庭でこれを持っているのは珍しいかもしれない。


のんびりマドレーヌを味わっているクマさんをよそに、私は昨日手当てした傷跡を軽く拭い、改めて薬を塗り込んだ。怪我に慣れていると言っていただけあり、回復は早いようだ。


「君の手は、薬からお菓子まで様々なものを生み出すんだな」


緩やかな川からは清涼な風が吹いて来て、穏やかな空気が辺りを包む。

あまりこういった人間と関わった事がないのか、クマさんはマジマジと私の手元を覗いていた。


そんなに大したことはしていないし、むしろ私が迷惑をかけた位なのだが…。

ここで謝るのは、むしろ失礼な事だろうと思い『…ありがとうございます』とだけ、つぶやいた。



急にお礼を言った意味が分からなかったのか、クマさんは不思議そうに首をかしげている。此処でいちいち説明するのも野暮だろうと、私は黙って笑みを向けた。

きっと彼は、窯の調整が難しくてマドレーヌを作るのに苦労した事とか、分量をきっちり守らなければいけない『お菓子作りは苦手だ』という事を知らない。

それでも「美味しい」と、「嬉しい」と言ってくれたことでどれだけ私の気持ちを楽にしたか……説明する気はないけれど。


このクマさんとの交流は、私が考えていたよりも遥かに穏やかなものだった。




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