番犬
イルザを伴い食堂の扉を開ける。
するといつも通り、忙しそうにくるくる働いている従業員たちとクマさんの叔母様がいる。
「まぁ、シュティラちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは、ライナルダさん。新作を出すって聞いてまた来ちゃいました」
「ありがとうね、イルザちゃんも来てくれて嬉しいわ」
私たちをみたライナルダさんは、にこにこと笑いながら席までやってきてくれた。
混んでいない時間帯を狙ったとは言え、席の七割は埋まっている。申し訳なく感じながらも、そんな気遣いをしてくれる彼女に笑顔を返した。ここのところ、イルザと一カ月に数回の割合でこの食堂を使わせて頂いている。
最初こそ騎士をはじめとする筋肉隆々の男性が殆どだったが、デザートに力を入れるようになってから、女性客もちらほら見えるようになった。それ故、イルザの彼を無理に誘わずとも彼女と二人でのんびり出来るようになり嬉しい限りだ。
「ごめんなさいね、むさ苦しくって」
「いえ、そんなことないです」
「私としては女の子が増えてくれたらうれしいんだけど…」
「じゃあ食事だけじゃなくデザートも美味しいって、宣伝させていただきますよ」
イルザの言葉に喜び、ライナルダさんは笑顔でうなずいた。
私も宣伝したいのは山々だが、友人も人脈もさほどないため彼女に任せるしかなさそうだ。せめて売り上げに貢献できたらとこうして通っているが、イルザ狙いの男性客が増えているのでライナルダさんをがっかりさせてしまうのではないかと心配になる。
今も、店にいる半分近くの男性が彼女に熱っぽい視線を送っている。何故半分なのかと言うと、アリアルト騎士団の隊員たちは彼女にラブラブな彼氏がいると知っているのか、皆どこかこちらを窺う視線を向けてくるのだ。さすがクマさん、隊員たちの教育が行き届いている。
隙あらばと彼女を狙っている眼差しはほとんどなくて、むしろ何か『珍しいものを発見した』というように観察されている印象を受ける。
初めこそどうしてそんな風にみられているのか不思議だったが、クマさんの養母であるライナルダさんと親しげに話している私たちが物珍しいのだろうという結論に至った。
少し会話をした後に、ライナルダさんはパタパタと厨房に戻っていく。厨房にも人を雇っているらしいが、基本となる味付けや調理は彼女が行っている。途中休憩ははさむものの、朝から晩までライナルダさんは忙しそうだ。そんな様子で倒れないかと心配になるが、いつも笑って返されてしまう。そのため余計なことだと思いながらも、クマさんにはちょくちょく様子を見に行くように、進言している。
イルザと話していると、さほどかからないうちに二人分のデザートが運ばれてきた。何時もよく食べる男性を相手しているだけあり、出来上がりも早い。
「はい。これはイルザちゃんご注文の蜂蜜プリンで、こっちはシュティラちゃんの蜂蜜揚げパンね」
「うわぁ、美味しそう。ありがとうございます」
「いえいえ。シュティラちゃんの紹介がなければ、こんなにおいしい蜂蜜手に入らなかったもの。料理のバリエーションが増えてありがたいわ」
ライナルダさん自ら運んできてくれたデザートに、イルザと二人頬を和らげる。
ほんのりと黄色みを帯びたプリンの上にはミントが飾られ、一度揚げてから蜂蜜をかけられたパンは輝いている。
ホークを刺した瞬間にサクッという音が鳴り、音と香りだけでごくりとつばを飲み込んだ。口いっぱいに広がる蜂蜜と、パンの柔らかくもサクサクとした感触に笑わずにはいられない。
「美味しい…」
「とろけるわ…」
隣のイルザも、頬を抑えて光悦としている。
特にキャラメルやシロップがある訳ではないのに、彼女の顔をみればどれだけ美味しいのか分かる。イルザは比較的美味しい物に慣れているはずなのに、ライナルダさんの食堂では嬉しそうに食事している。
こういった食堂にありがちな不衛生さや、揉め事に巻き込まれるのではないかという危険な感じを受けないため居心地がいい。ライナルダさんの人柄と、騎士団がよく顔を出すということがあり変な輩は出入りしにくいらしいのだ。
ここで問題ごとを起こしたら、間違いなく隊長であるクマさんがやってくる。
誰もわざわざ『例のベルンハルト隊長』を怒らせたくはないようだ。騎士団の人間は率先して問題を解決してくれるらしい。以前それをライナルダさんに聞いた時にイルザにされた捕捉によると、そもそもクマさんは隊員のみならず街の人にも好かれているからよっぽどの人間じゃない限り、ここでは揉めごとなど起こさないという。
イルザにプリンを味見させてもらい、自分の分も食べさせ。
互いににこにこ幸せな気分で食べていた。一緒に出してもらうお茶も美味しく、甘さの強かった口のなかをリセットしてくれる。だが、そんな穏やかな雰囲気をぶち壊すように話しかけてくる者がいた。
「おぉ、美人の嬢ちゃんだなぁ。女の子二人でお茶かい?」
それは見なれない大柄の男で、薄汚れた格好から旅人であろうことが窺える。
大きさはクマさんとさほど変わらないというのに、無精ひげとボサボサの頭だけで随分印象が変わってくる。酒焼けしたダミ声は、無駄に低くて聞き取りにくい。なにより傍に立たれるだけで威圧感があり、粗雑な言葉遣いに思わず警戒してしまう。
幸せな気分にくぎを刺されたイルザも、不愉快そうに睨みつけている。
こういった輩の対応は、慣れている彼女に任せるに尽きる。そう考えて私はいつも静観しているだけなのだが、男はなぜかこちらにまで話しかけてきた。
「なんだ怖ぇなぁ、そんなに睨み付けなくてもいいじゃねぇか。
なぁ姉ちゃん?」
なれなれしく私の肩に手をおき、至近距離で顔を覗き込んでくる。
その瞬間にガタガタと周囲で音をたてていたが、誰も助けてくれる様子はない。どうしたアリアルト騎士団。か弱い女の子たちが絡まれているのだから、今こそ動くべきだろうと心のなかで訴えるが、助けになどきてくれない。
『おい、だれか動けよ!』
『会ってみたいって言っただけで、あの訓練だぞ!
隊長に見られたらどうするんだっ』
ぼそぼそと話している声がきこえるが、目の前に近づいた男に余裕がなくなる。
男はしばらく私の顔を眺めていたと思うと、にやぁっと気色悪い笑みを浮かべた。
「おっ、小せぇと思っていたが、姉ちゃんも可愛いなぁ」
こんな嬢ちゃんたちに酌してもらえれば、酒がうまそうだなどと勝手なことを言いながら、私の腕をつかみあげた。異性どころか人にすら滅多に触られない二の腕をつかまれ、気持ち悪さに顔を顰めた。
人の体に触り、嫌らしく笑いながら褒めてくる男に嫌悪感しか湧かない。
こんな風に褒められて、本当に喜ぶと思っているのだろうか?どちらかと言うとこの男は、こっちの感情など無視して自分がやりたいようにしているだけなのだろうと思うが。それならそれでなおのこと苛立つ。
どこかで『あっ馬鹿!』などという声がきこえるが、いい加減に我慢の限界だと取られた腕を引っ張る。
「これから用があるので、失礼しますっ」
「そんなこと言わないでよぉ。一緒に飲もうぜ?」
駄目だ。一向にひく様子がない。イルザでさえ助けてくれない事に疑問を持ちながら、私は男の脛めがけて思いっきり攻撃しようと足を引いた。
「―――彼女に何か用事でもあるのか?」
耳に馴染んだ声がきこえ、ずっと拘束されていた腕がようやく解放された。
「クマさん」
ほっと安心してついその名で呼んでしまったが、男は気付いた様子もなく呻いている。どうやら私の腕をつかんでいた手をひねりあげられ、相当痛いらしい。
顔を真っ赤に染めて、捕まれた手をはなそうとしているが、クマさんの方はびくともしていない。
ガタガタと隊員たちが席を立ち、敬礼しているのが目に入る。
その勢いに驚き、きょどきょどと店内を見回す私たちに比べ、その中心にいる彼はさして気にした様子もない。騒がしかった店が静かになり、厨房で調理するような音も聞こえなくなった。
「痛いつってんだろが!とっとと離しやがれっ」
「私は何か用なのかと聞いたんだが…?
まさかとは思うが、君たちの知り合いではないよな」
一応念のためにというように確認してくるクマさんへ、知り合いではないとぶんぶん首を振って伝える。知り合いどころか、今日初めて絡まれた。
「無理やり連れて行かれそうになったんです」
横から、イルザがそんな言葉をかぶせてきた。
明らかに機嫌の悪そうなクマさんに、そんなことを言って大丈夫なのだろうか?普段のほのぼのした様子からうかがい知れないほど、苛立ってピリピリした空気が伝わってくる。
真面目な彼のことだから、ライナルダさんのお店で知り合いが絡まれたなど許せない事なのかもしれないが。一歩間違えば、男をボコボコにしてしまいそうな緊迫感が漂っている。
彼女の言葉を受けて、クマさんの顔にしわが寄った。
ギラギラとした眼差しは、こちらまで恐怖に駆られるものだった。
「それは女性に対して、少々乱暴な行いだと思うが?」
「何だよっ。
襲おうっていうんじゃなしに、酌してもらうくらいいいじゃねぇか!」
「―――襲う?そんな事はもってのほかだ。相手の了承なしに、または拒否できない状況に追い込むやり方が問題だと言っているんだ。二度目はないぞ、 今は見逃してやるからとっとと出ていけ」
ぐいっと掴んでいた手を押されると、男は転がるように逃げて行った。呆然として見送る私の肩に両手を置いたクマさんにびくりと体を震わせ、オドオドしながら彼を見た。
「大丈夫だったか?」
怪我していないか見せてみろと服をめくられそうになり、思わずピシリと額に手をおき防いだ。
「怪我なんてしていないですから、大丈夫ですよ」
むしろ、こんな所でたるんだ二の腕をさらされた方が恥ずかしい。
「いや、だがしかし…」
更に言いつのろうとする彼の後ろから、ライナルダさんがそおっと近寄ってきてバシッと背中を殴った。大柄で鍛えられたクマさんでも辛かったらしく、一瞬息を詰まらせた。
「大勢の前で女の子の服をひん剥こうとするなんて、何考えてんだい!」
「ひっ!?叔母さんこそ何を言っているんだ!」
顔を赤らめながら、クマさんはライナルダさんに言いかえす。
突飛な彼女の発言に驚いたのは彼だけではないようで、至るところでゴホゴホむせる音がきこえてくる。
ぎゃーぎゃー言い合う二人に居た堪れなくなりながらも、私とイルザは目を見合わせてデザートを楽しむことにした。
「だから、彼女たちがここに来るのは危険だというんだ!」
「そんなのシュティラちゃんたちの勝手だろうっ?そもそも、こんだけあんたの部下がいるんだ。せめてこの店くらい、落ち着いて食事できるようにすればいいんだよ!」
「俺だってなるべく見まわるようにしているが、どうしても目が届かない部分もあると言っているのが分からないのか!」
「なんだい!あんたの甲斐性がないせいで、こんなことでもしなきゃシュティラちゃんに会えないんじゃないかっ」
「そっ、それは…」
言い詰まったところをみると、今回もどうやらクマさんが負けたようだ。
「ん?どうして私をみるんですか?」
情けなく眉を下げて私をちらちらと窺ってくる彼に、首をかしげる。
「無駄ですよベルンハルト様。
今はライナルダさんのデザートに夢中で、聞いていなかったようです」
一足先に食べ終えたイルザが、呆れた様子で口にする。
それを聞いて『どうして店にいる人間が一斉に肩を落としたのか』理由を私が知ることはなかった。




