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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
追いかけっこ編~番外~
38/65

愉快な騎士団


王宮にある使用人と騎士団用の食堂でわいわい騒ぐ連中をみつけ、俺はずかずかと近寄る。これまで時がたてば落ち着くだろうと考えていたのだが、何時までたっても悪ふざけをやめようとしない同僚にいい加減腹が立っているのだ。一言物申してやろうと同僚に声をかけた。


「おい、お前らベルンハルト隊長にへんな入れ知恵するな」


まさに今、隊長の変化に関しての話を面白おかしく話しているのを聞いては黙っていられない。


ただでさえ最近の隊長は愛妻家と誉れ高い隊員のみならず、女ったらしだと悪評高い隊員たちにさえ片っ端から女の扱いについて教えを乞うているのだ。

これ以上、下手な知識をうえつけられ暴走する隊長をみたくない。


「いや…俺たちだって、数々の浮き名をながした隊長に教えられることなんてないと言ったんだぞ?」


「そう、そう。

 それなのにこれまでに出会ったことのないほど真っ直ぐで、可愛らしい女性だからどうしたらいいかわからないっていうから」


「おまけに、すべて言われた通りにするからお願いだ…とまで頼まれちゃ断れないよな」


それを聞いて、あの隊長がそこまで言ったという事実に驚かされた。薬師相手にそこまで考え、隊員たちに頭を下げるなど相当本気なのだろう。これまで隊長が女性と交際している姿をみたことはあったが、あんなに情けない姿は初めてみた。



女に押され気味のときも、どこかどっしりと構えて余裕があったのに…。

薬師が相手となると、名前を呼ばれただけでヤニ下がる姿なんて――――出来ればみたくなかった。


「隊長のお目当ては、例の薬師だろう?」


「嗚呼、国王陛下へ直々に医療問題について嘆願したという猛者ってか?」


「馬鹿。あのベルンハルト隊長と就任式の時に、ダンスを踊った娘のほうだろ?」


隊員たちが好き勝手にうわさ話に花を咲かせている。

そもそも、そういった事を軽々しく話すなと注意しているのに、こいつらは一向に気にした様子はない。


「全ておなじ人間だ。それよりも、」


女々しくうわさ話に花を咲かせるんじゃねぇと続けようと思ったのに、俺が事実を教えた途端、さらに話は盛り上がってしまった。


あんな無礼な薬師のどこがいいのかと疑問には思うが、隊長ほどの方が選んだのだから俺には分からない魅力があるのだろう。良し悪しは横においたとしても、あの薬師の度胸が据わっていることはごまかしようのない事実だ。



「にしても、隊長はその彼女にずいぶん惚れ込んでいるんだな」


「嗚呼、俺たちとしても隊長があんなに親しみやすくなったんだから、感謝したいくらいだぜ」


勝手なことをいう同僚たちに、俺は歯ぎしりしたい気持ちだった。

隊長はもともと素晴らしい方なのだから、それに漸く周囲が気づいただけの事だ。

薬師のお陰で隊長の印象がよくなったなど、間違っても認めたくない。


「隊長は昔から素晴らしい方だ」


「俺たちだって隊長がすげーことなんて、知ってるよ」


何をいっているのかと、呆れた眼差しを向けてくる同僚に苛立ちが募る。

こいつらに人の心情を察しろなんて、土台無理な話だったのだ。こいつらの頭をしめているのは女と、うまい酒のことだけだ。


「お前だって、隊長の彼女のお陰で親しくなれたんだろ?」


「なっ、何を言っている」


「そうそう。これまでは何だかんだと理由をつけて逃げられてたのに、彼女関係で話す機会もふえて良かったじゃねぇか」


「逃げられてなどいないっ。たまたまお忙しい時に声をかけてしまっただけだ!」


同僚のあまりにひどい言いざまに、感情的に叫び返す。

あの薬師と出会ってから、不本意ながら隊長と接する機会が増えたのは事実だ。国外追放を言い渡された時などは『代わりに買いものする』という、ごく個人的なことを頼まれ役に立てるのだと思えば嬉しかった。―――だが、それがすべてあの娘のお蔭と言われるのは納得いかなかった。


叫んだだけでは気が収まらず、肩をいからせた俺を気にすることなく会話は続けられる。


「嗚呼、間が悪いってことは認めてるんだな」


「っっ!」


「大丈夫。あと少しで、自分がしつこい性格だってことにも気付けるさ」


「うるさいっ、お前らなんて嫌いだー!」


「子どもかよ…」


我ながら、咄嗟だとこんな幼稚な言葉しか浮かばないのかとがっくり肩を落とした。隊長についての接し方を注意しようという、そもそもの目的を忘れてその場に

しゃがみこむ。イスに座っている同僚の会話が、俺の頭の上をとびかっている。


こいつらには何時もこんな調子で丸め込まれており、今日も勝てなかった悔しさを胸に刻みリベンジする事をそっと一人誓った。


「で、名前はなんていうんだ?」


「はぁ?」


「名前だよ、名前。隊長の彼女の名前」


「……それを聞いてどうする」


純粋に薬師の名前など知ってどうするつもりだと疑問に感じただけなのだが、ふざけた同僚たちは「まさか名前を知らないなんて言わないよな?」などと問いかけてきた。


「まさか。いくらベルンハルト隊長だいすきーっていうレスターでも、それはないだろう…」


「確か、隊長と一緒に彼女の家を訪問したこともあるんだよな?いや、だけど…」


「おっまえらは、好き勝手言いやがって!」


始めはふざけた様子だったのに、徐々に本気で心配しているのがみてとれて我慢できずに怒鳴りつけた。

こいつらは身分などにとらわれないところはいいのだが、どうも調子に乗りすぎる節がある。細かいことにとらわれないのは長所だが、ここまでいくと腹立たしい。


「なんだよ知っているなら、勿体つけないで教えろって」


怒鳴られても全く答えた様子のない同僚は、わずかに唇を尖らせて先を促す。

野郎がすねてそんな顔しても、殺意が生まれるくらいで全く俺に益がない。

気色悪いという言葉にすらめげない同僚にため息をつき、俺は薬師の名前をおもいうかべた。たしか…


「シュティラだ」


「―――呼んだか?」


突然うしろから声をかけられ、俺は跳ね上がった。

未だに隊長に気配を消されてしまうと、真後ろに立たれても気付くことが出来ない。自分の未熟さが胸に痛いが、今はそんな事を考えている場合ではないと振り返る。


「うわっ隊長!」


「うん?名前を呼ばれたから声をかけたのだが、驚かしてしまったか」


俺の真後ろにいた隊長へ、皆そろって敬礼する。

悪い噂をしていた訳でもないのに、当人の登場ということで肝が冷えた。いくらベルンハルト隊長が訓練や戦闘中以外は穏やかな人柄だとしても、上官の色恋沙汰を噂していたなどばつが悪い。


「驚かしてすまないな、そう固くなるな」


「たっ隊長は、休憩ですか?」


「ああ、小腹が減ったから少し摘まめるものでもあればと来たんだが…」


「あっ、じゃあこれよければどうぞっ。俺のファンだって娘にもらったんですが、食べきれなくて」


「じゃあ、俺は珈琲でも貰ってきます」


皆がわたわたと隊長の小間使いかというように動き出す。こいつらも色々言ってはいるが、なんだかんだで隊長を好いているため別段珍しい光景ではない。

興味深そうに皿のパイへフォークを入れた隊長は、一口含むと「うまいな」と淡く笑みを浮かべた。


ベルンハルト隊長が甘い物好きだということは、アリアルト騎士団では有名な話で。何かやらかした隊員は、菓子を持参して謝罪しに行くこともある。それで凄まじい叱責が多少は弱まるのだから、余裕があればほとんどの者が菓子を先に差し出す。


表情の柔らかい隊長に安心して、自分たちも菓子をモソモソ食している時に、再び俺たちは体を凍りつかせた。


「―――それで。名前を呼んでいたのは何の用だったんだ?」


隊長の言葉を受けて怖いもの知らずが「いや、あんたの名前じゃないでしょうに…」と微かに呟いたが、隊長は気にすることなく先を促す。


「隊長が最近しりあった薬師の名前を知りたいと、言われたから教えたんです」


俺がそう何食わぬ顔で白状すると、「あっ、レスターこの裏切り者!」という声がきこえてきた。多少はさっきの仕返しができたかと内心ほくそ笑むが、隊長に怪しまれては何かと分が悪いと顔には出さないようにする。


「その薬師は、例の彼女なんですよね?」


突然振られた話題に驚いた様子の隊長だったが、「お前たちにはよくアドバイスを求めているから、気になっても無理はないな…」と頷いている。すると直後には、にこりと笑い口を開いた。


「薬師としての腕は一流で、小柄なのによく働き気遣いのできる素敵な女性だ。

 その上、彼女は料理も上手で、蜂蜜や鮭をつかった料理は絶品なんだ」


常はさほど話す人ではないのに薬師の話を振られた途端、流暢にはなしだした。

どんどん出てくる彼女を褒める言葉に、問いかけた同僚は早くも後悔の色を浮かべている。

これは早々に話を打ち切った方がいいと考えたのか、他の同僚が口をはさむ。


「そんな素敵な人なら、今度紹介してくださいよぉ」


そうひとりが口にした直後、みるみるうちに隊長の眼差しが鋭くなった。

ゆっくりと今いる隊員たちを品定めするように睨み付け、すっと息を吸い呼吸を整えた。突然変わった空気におどろき緊張し、隊長以外に口をひらける者はいなかった。


「―――すまないが、」


重々しい様子でそう断り、意味深にそこで言葉をきる。隊長の眉間には、厳しい戦禍でもそうは見られないほどのくっきりとした皺がきざまれていた。


「彼女はシャイなたちでな…お前たちのように女性慣れした者が苦手なんだ」


悪いなっと、遠回しに言われた断わり文句は、謝罪する意図など見られずむしろその場にいる者を威圧した。




しきりに軽率だったと謝り、パイを差し出す我々を相手に表情を緩めることもなく隊長は腕を組み黙りこんだ。


―――まずいことになってしまった。

そのポーズをみた途端そう確信した。みなも一斉に口を閉じたが、心は一緒だったと思う。これは隊長が考えるときにする癖で、もっぱらこの後には厳しい特訓が待っているのだ。腕を組んでいるだけでも危険だというのに、眉間に寄せられた皺に恐ろしさしか感じない。


どうか気のせいであってくれと願う我々の期待を裏切るように、隊長は不穏な言葉を発した。


「―――そういえばお前たちは、暇さえあれば娼館におもむいているらしいな?」


「いやっ、そんなことは!」


少なくとも俺は関係ないと訴えようとしたが、目線だけで黙らされた。


「どうやら、随分体力を持て余しているらしいな?それなら済まない事をした。

 日頃の特訓が足りなかったんだな」


「えっいえ!決してそんなことは」


「我々には恋人もいますしっ」


「……どうやら聞く所によると、その恋人ですらころころ変わるそうじゃないか。

 それに対しレスターは、女性に対する態度が騎士として目に余るときがある」


「そんなっ」


反論したいが、薬師への対応が女性を相手するに相応しくないという自覚はあるため続ける言葉がでない。ただ、同僚たちは身から出た錆だが、俺のは完全にとばっちりだろうっ。悲壮な表情をし出した我々ににやりと悪い笑みを向けると、『飢えた肉食獣』と評判の隊長は最終宣告をした。


「そんなに体力が余っているなら、俺が訓練の特別メニューを組んでやろう」


その瞬間、我々は声にならない断末魔をあげ、明日の朝日が拝めるようにと願っていた。パイをガッと一口で平らげると、隊長はお前ら専用の器具を用意して来ようと席を立つ。


「―――楽しみにしていろ」


背中越しに向けられたその言葉に、俺たちは泣き崩れることしか出来なかった。




以前シュティラがレスターに対し「クマさん大好きー」と言いすぎて気持ち悪がられていないかと心配していましたが、皆もう慣れてからかっています。


何せ下手な噂を流したら、自分の危機……貞操という意味でも、身分的な問題でもですからね。彼は『隊長が絡むとうざいけど、からかったら楽しい同僚』という位置です。

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