力関係
いい夫婦といえば、この方々…?今まで名前しか出ていませんが、こんな人たちです。
ふとした瞬間に、今でも家族三人で暮らしていた頃のことを思い出す。
思い出すのはたいてい些細な日常の風景で、何故か誕生日や特別な事柄があった時よりもそちらの方が私の胸をざわめかせる。楽しかったし幸せだった。
今も決して不幸せなわけではないけれど、あまりに両親の存在は大きすぎるのだ。目標であり、尊敬できる人たちだった。もうずいぶん昔のことなのに、現在も色あせることなく二人は私の中で生きているのだと思い知らされる。
「シュティラっ!あんたはまた勝手に薬草を調合したりしてっ…子どもが作った効果が怪しい薬じゃ患者さんに使えないって言っているでしょう!」
「あやしくなんかないもん。
わたしはお父さんみたいにドジじゃないから、まちがったりしないもん」
「そういう問題じゃないのよっ?
大体お父さんは薬草を採取してくるのと新薬の開発が専門で、もしも薬を調合するとしてもお母さんがいつも監視しているから大丈夫なのよ!」
「…じゃあわたしも、あしたお父さんと一緒に薬草とりにいってもいい?」
「駄目よっ!明日は険しい山の絶壁に生える大紅袍を取ってきてもらうつもりなんだからっ」
「お父さんばっかり凄いことしてずるいっ!」
「……えっ?
ヘル、俺それ初耳なんだが…?大体、大紅袍っていえば、手に入りにくくて伝説とまで言われるような薬草じゃないか」
「そうよ、滅多に手に入らないから採りに行くんじゃない。それに伝説だなんて大袈裟よっ。ブルノなら無事にとってきてくれると信じているわ」
「いや、そんなところで信頼されても……」
「ずぅるぅいぃ~!」
「お父さんは体が丈夫だからいいものの、シュティラが怪我したら大変でしょう!」
「うぅぅ~」
「お父さん、そんなに丈夫じゃない…」
「イヤだわあなたったら。
はちみつ欲しさに熊と格闘して、勝った人がいうセリフじゃないわ」
「いや、あれはお前が患者のためだっていうから…」
「えぇ、今回の大紅袍も患者さんのためよ。ブルノがんばって!」
「お父さんかっこいぃー」
「うっ…が、がんばるよ」
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クマさんと女将さんが話しているのをみると、そんな昔の記憶がよみがえってきた。今考えてみれば、あれは確実にかかあ天下だったのだろうと今なら理解できる。女将さんにその片鱗をみてしまった気はするが、未亡人になってからクマさんを一人で育て上げたというのだから、非難されるいわれはないどころか尊敬に値する。
「すまないな、シュティラ…。どうも叔母は強引な性格で」
「いえ…なんだか母と雰囲気が似ていらっしゃるので、お会いできてうれしいです」
「まぁ、まぁ、まあっ!
貴女も確か、ご両親を早くに亡くして頑張ってきたのよね?貴女さえよければ、私のことを第二の母と思って甘えてくれていいのよ?」
「ふふっ、ありがとうございます」
「もうっ、本当にうちの子になって欲しいくらいシュティラちゃんは可愛いわ!」
「ライナルダ叔母さん…それは俺が何とか叶えてみせるから」
「甲斐性なしのあんたに任せていると、いつ他の男に持っていかれるか分からないじゃないかっ。どうせなら私の娘になっておしまいよ、どうシュティラちゃん?」
「わぁ。そんなことを言ってもらえたのは初めてだから、うれしいです」
「シュティラっ!そんな事をしたら、嫁に来てもらえなくなるからやめてくれっ」
「私はそもそも、クマさんに嫁ぐと言ったことはありませんが?」
「シュティラぁぁ!」
「おや、そりゃ早とちりして悪かったね。
そんな事より、クマさんと言うのはこの子のあだ名かい?」
「あっ、すみません。彼に出逢った時は自己紹介が出来なかったので、勝手に私が呼び始めてしまったんです」
「いやいや、なかなかいいセンスしているよ。この子の後姿をみていると、本当に熊が出たんじゃないかと思うこともしばしばでね」
ぱちりとウインクするライナルダさんをみて、やはり母とどこか似ていると一人笑った。辛い時にもただ嘆くのではなく、どうすればよくなるのだろうと考える前向きな人だった。なつかしい雰囲気に心が温まり、久しぶりに家庭の温かさに触れられた気がする。
「何時でもいらっしゃい。大したものは出せないけれど、腕によりをかけてご飯をつくってあげるから」
「はい」
私はその後、街へ出かけるたびにライナルダさんの食堂に顔を出すことが習慣となった。
男性に人気だったこの食堂には今やおすすめスイーツが登場して、さらに人気が出て忙しそうにしている。そんな忙しい合間をぬって時間をつくってくれるライナルダさんとは、イルザに続くほどの仲良しになった。
そんな私の行動がきっかけで、クマさんがやきもきするようになるのはまた別のお話。




