No番外編 Yesパラレルストーリー
話の内容的に言うのならレスター登場直後あたりを想定してお読みください。
レスターがやってきてから、初めて彼なしでクマさんと二人のんびりと過ごして
いた。
彼をアリアルト騎士団の副隊長だと知ってからは、もっぱら私の家で過ごすことが多い。最初は私の足を気遣ってだったが、今では副隊長目当てのレスターがやってくるからだ。
「やっぱり、レスターがいないと静かですねぇ」
「…嗚呼、そうだな」
「本当は以前のように、外でご飯を食べたほうがおいしいんですけど―――」
薬師の私だけならまだしも、森のなかに居るわけがない騎士殿が嬉々として森の奥深くまで入っていくのは異様な姿であるだろう。いくら、人がいないという理由でとクマさんが選んだ場所だといっても、絶対に人が来ないとは限らない。
時々迷ったり、野草を取りに来たりする人がいる限り、完全に安全であるとは言い難い。
あれだけ人気のあったクマさんでも、彼に懲らしめられたチンピラなどは恨んでいる可能性もある。そんな悪意ある人間に、国外追放になったはずの彼の姿を見られるわけにはいかないのだ。
その点、私の家であれば、王宮薬師の件について話を聞いていたのだと言えば、レスターがしょっちゅう訪ねてくる理由も説明しやすい。そんな何かと世話がかかり五月蠅いレスターは、今日は来ていない。
「……私のせいで気を遣わせて、すまない」
「いえ。たとえ家の中とは言えど、誰かと一緒に食べるご飯は美味しいですから」
「そう言ってもらえると有難い」
本心から出た言葉だったが、硬かったクマさんの表情が緩んだのにほっとした。
レスターがいない今ならば噛みつかれることもなく、ゆっくりクマさんとご飯を食べられるだろうと考えていたのに…今日のクマさんは何処か様子がおかしい。
世話をしてもらった三週間を過ごして以降、私が一方的に料理を用意するのではなく、一緒にクマさんと料理することもある。今日のメニューはクマさんのリクエストを聞いて大根と豚肉の煮込み料理にしてみた。
この料理では甘味としてゆず茶を使用している。
ゆず茶とはゆずを皮ごとはちみつでつけてあるものだ。これはお湯で割って飲んでも美味しいのだが、パンに塗っても料理に使ってもいい。主食には元々用意していたちらし寿司で合わないかと思ったのだが、久しぶりに煮込み料理を食べたいし気にしないというクマさんの言葉に甘えることにした。
「やっぱり、こうして並べると違和感がありますかね?」
「ん?私は気にしないぞ」
クマさんがそう言ってくれるのならば、私のほうは一人暮らしが長く…有りあわせのもので片づけることも珍しくなくて、異論はなかった。
このちらし寿司はマヌカハニーというはちみつを使用しており、タケノコや旬の野草などをいれている。こういう豪華なものは一人で食べても美味しくはないので、滅多に作ることはない。作ったとしても、イルザに振る舞うときか何か嬉しいことや祝い事があったりするときのみだ。
わざわざ作ったのだから、クマさんにも食べてもらいたかった。
これが無駄にならなくてほっとする。一緒に料理をしている間にも、何処かクマさんはおかしい。今日会ってからずっと気になっていたのだが、ご飯を食べ終わった後にようやくその理由が判明した。
「しゅ…シュティラ!これ、キャンディーなんだが」
「……えっ?」
彼には似合いそうで、似合わないものを突然持ち出されて戸惑ってしまう。
一見すれば強面の彼には似合わない様に思えるが、甘い物好きだという事を知っている私からすれば、そこまで違和感を覚えない。
しかし、どうしていきなりこんな物をくれるのか分からない。
クマさんに思わず、私は問いかけてみた。
「どうしたんですか?突然キャンディーなんて…」
大体、こんな森の中でどうやってキャンディーなど手に入れたのだろうか?
疑問は尽きることがないが、私だって彼に負けず劣らず甘いものは好きなため有難く、その包みを受け取る。
中をのぞいてみると、少し不恰好ながら星やハートの形をした綺麗な金色の飴が入っていた。中身は彼お手製の鼈甲飴のようだ。ぱくりと口に含んでみると、甘味が口いっぱいに広がった。
「美味しいです、ありがとうございます。……でも、お砂糖なんて高価なのに、こんなに沢山もらってもいいんですか?」
もしかしたら、この森に潜むことになった時に甘い物好きの彼が持ってきた大切なものだったのではないだろうか?
鼈甲飴を作るには、お砂糖と水さえあれば作れてしまうが、お砂糖は高価だ。
そのうえ、保存するのもこんな森の中では大変だったに違いない。
「嗚呼、気にしないでくれ。これは一か月前のお礼をしたくて、レスターに頼んで砂糖を買ってきてもらったんだ」
金は俺が払ってあるから、君は気にすることはないぞ?と言うクマさんに、安心していいのか心配すればいいのか判断に悩む。
たとえ副隊長時代に貯めていたとはいえ、お金をそんなことで使ってもいいのか。そんなつかいっぱしりをさせられたレスターが逆恨みで私に文句を言って来やしないだろうかなど、考えることはたくさんある。
だが、ふとクマさんに言われた言葉でひっかる部分があった。クマさんは先ほど、一か月前のお礼と言った。
確か一か月前といえば、クマさんがわざわざチョコレートを持ってきて、これでケーキを焼いてくれと言ってきたころだ。珍しいことに目を見張った私だったが、チョコレートを食べるだけでも珍しいのに、材料として使えるなど滅多にないことだと嬉々としてケーキを焼いた。
思い起こせば、あの時も確かレスターが運んできたのだと言っていた。
そんなことを言われるのは今までにない事なので驚きはしたが、チョコレートを食べられる感動でうっかり理由を聞き忘れていた。それならば、今確かめてみればいいとクマさんに尋ねてみる。
何気なく聞いたつもりだったのだが彼の顔は赤く染まり、きまり悪そうに眼を泳がせている。どうして世間話をしている途中に頬を赤らめているのか分からないが、クマさんの行動にいちいち疑問を覚えていればきりがない。
「どうして、いきなりこんな事をしようと思ったんですか?」
「えっ…―――と。どうしても一か月前のあの日に、君からチョコレートを貰いたいと思ったから。それでは答えにならないかな…?」
よく分からないが、あの日でなければいけない理由があったようだ。
あまり広まっていない異国の風習だとかで、「シュティラが知らなくても、無理はないんだ」と彼は苦笑した。思い起こせば、あれは2月の14日だった気がする。
「だったら、今日お礼を持ってきてくれたことにも何か意味があるんですか?」
「あぁー…いや、これは俺の自己満足のようなものだから、シュティラは気にしないでいいぞ」
「えっ…?うーん、まあいいか。
はい。じゃあとりあえず飴は有難うございます。美味しいし嬉しいです」
そう言葉を切ると、クマさんはほっとしたように微笑んだ。
私はクマさんの考えていることは、やっぱりよく分からないと思いながらも、お茶を淹れて二人で飴を味わっていた。
真面目で頑固なクマさんが、お尋ね者になっているときにこんな行事に乗るとは思えないので、パラレルと銘打って拍手内に載せていました。
理由もわからない相手に、自分で材料を用意してまで作って貰ったチョコレートが嬉しいのかはわかりませんが。これ以上、クマさんのへタレ具合が顕著な話はないかもしれませんね。
追記:パ…パラレルですもん。きちんと読んでくださって嬉しいですが、皆さん私の矛盾を確かめすぎです(汗)気になる方は『掌編クマさんは乙女』へどうぞ…。あの表現はかろうじてセーフ?かとそのまま放置します。




