番外編 君がいる家
ふと、目を覚ますとシュティラが一人。居間のソファーで編み物をしている所だった。比較的温暖な国であるアリアルト王国では、冬と言えども耐え切れないような寒さになることはまずない。だが、これから生まれてくる子どもを思うと、少しでも暖かくできるようにと今から用意している所なのだろう。
普段通りであれば、シュティラの周りをちょろちょろうろついては、身重の彼女の世話を焼いているはずの息子が今日は見当たらない。彼女にどこに行ったのかと問いかけてみる。すると、「今日は久しぶりにお父さんが遠方から帰ってきているのだから、遊んできていいって言ったのよ」と、軽い調子で答えてきた。
確かに、俺は陛下の遠征に付き合って一週間ほど家を空ける際に、「お母さんと赤ちゃんをしっかり守るんだぞ」と託していた。息子はその誓いをきちんと守り、日頃以上に手伝いなども率先してやっていたらしいから、それに異論はなかった。息子はどうやらシュティラの友人であるイルザさんの娘さんが好きなようで、時間を見つけるとすぐ会いに行っている。
俺たち家族は、シュティラが両親と住んでいた森の奥の家にそのまま住んでいる。
そのため、普通なら大人の足でも数刻かかる道のりを、息子は楽々と往復してしまう。「さすがは俺たちの子だ」と妻に向けて言えば、「あなたがいつも鍛えているからでしょう」と呆れられてしまった。
「本当、あの子は似ているわよね。貴方がいないうちにのんびりできるかと思ったら、代わりにあの子が四六時中ついてきてろくに仕事もできなかったわ」
「身重の体である時くらい、仕事を休んでもいいだろう」
「ほら、あの子と同じようなこと言っている」
そういうと、シュティラは弾むように笑い出した。妻に言わせると、息子は何かと俺に似ているらしい。キャラメルブラウンの髪やにこりと笑った顔などは彼女によく似ており、俺としてはうれしい限りなのだが。
息子はまだ小さいとはいえ、家の手伝いをすすんでやってくれるし、赤ん坊が生まれてくるのも楽しみに待っているという。事あるごとに妻のおなかに手を当てては、自分の兄弟に向けて話し掛けている。家族全員で、新しい家族の誕生を心待ちにしているのだ。
「人を救おうと頑張っている君は俺たちの誇りだが、あまり無理はしないでくれ」
―――君の具合が悪くなるような事があったら、それこそ俺たちはずっとシュティラに張り付かなければいけないぞ。
そういった途端、シュティラは焦ったように「体のことは自分で気を付けるわっ」と、強く否定してきた。そんなにうっとおしくなるほど俺たちは彼女に張り付いているのだろうか?心配している様子がストレスになっているなど、言語道断だ。
「…あまりに俺たちが口うるさくて、息苦しく感じていたのならばすまない」
「そんなっ、貴方たちが気にかけてくれているのは分かっているわ。
とても大事にしてくれているってわかって、嬉しいものっ」
「シュティラ…」
「でも私も初めての妊娠じゃないし、あの子のことだって無事に産んだわ。
あまりに過保護にされると、逆に運動不足でいけないと思うの」
「―――分かったよシュティラ。
俺の奥さんのためにも、これから生まれるこの子の為にも…心配し過ぎてはよくないもんな?」
「分かってくれて嬉しいわ、ベルンハルトっ」
「君にそう呼ばれるのも、久しぶりだな…」
「ふふっ、今日はあの子も遊びに行っちゃったし。
……二人でのんびり過ごしましょう?」
「嗚呼、そうだな」
シュティラが編み物をしている横で、俺はごろりと寝転がってそんな彼女を眺めていた。
彼女がソファに座っている横に寝ころんでいるためだいぶ体勢に無理はあるが、シュティラを近くに感じることが出来てうれしい。
新婚の頃はずっと見つめていようものならば怒られていた。
けれど仕事が忙しくなかなか会うことが出来ないためか、最近では長く見つめていても怒らず許してくれるのも、俺の頬を緩ませている要因だった。
「……もうっ人のことずっと見て、何にやにや笑っているの?」
「いやっ、幸せだなぁと思ってさ」
「ベルンハルトったら…それは分かったから、疲れているなら眠ってね?
なんなら子守歌でも歌ってあげるわよ?」
「それはいいなぁ」
ぜひ歌ってほしい。彼女が人前で歌うことは滅多にないが、子どもの為にうたう歌はいつもやさしいから。俺は幸せな気持ちのまま、彼女の横でふたたび眠りにつくことにした。
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「―――という、夢を見たのだが」
「はぁ…それはずいぶん幸せそうで何よりです。おめでとうございます、
それではお引き取り下さい」
「ちょっ…これだけ、名前を呼んでほしいと俺は考えているのにっ!
イケずだぞシュティラっ」
イケずって…あの顔と、年齢で何を言っているのやら。
もう、本当に彼はどうしたというのだろうか?私の家に着くなり夢の話をし始めて、延々夢の内容を聞かされた。私は、クマさんの声を背中に聞きながら、玄関の扉を閉めた。鍵など開いているのだが、彼が勝手に入ってくることはないと知っている。
―――そして、私に無断で帰ることもないと知っている為、安心してお茶の用意を始めた。
今日は久しぶりに蜂蜜を入れたマドレーヌを大量に焼いてみたため、一人で食べるのは無理なのだ。無理なものはしょうがない。そろそろ扉の向こうから獣が鳴いているような音が聞こえてくる頃かと思いながら、私は籠に荷物を入れて扉を開けた。
「―――いきますよ、ベルンハルトさん」
目の前には、顔を真っ赤に染めた彼がいた。
出来心再びっ!
そして、麻戸お得意の夢落ちでした~。拍手の方に載せる小話のつもりだったので、いろいろ荒い気がしてなりません…。
乱文失礼しました。




