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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
32/65

掌編 懐かしい歌


国王陛下主催のアリアルト騎士団の新隊長就任パーティーから、二週間経過した。

あれから私の予想通り、クマさんは隊長として忙しく動き回っているらしい。

就任後の初仕事は前任が残した仕事の書類整理だったという。クマさんが副隊長としてともに動いていた時はなかった未処理の書類が、幾重に山となり机に積まれていたらしい。


おまけに、王宮の警備でも不備があったため、早急に片づけなければいけない案件が目白押しで最近は睡眠すら削っていたらしい。はげ隊長は、王宮の警備まで自分の都合のいいように変更していたという。今回のことでよかったと言えば、はげ隊長とともに違法な事をしていた人間がわんさかつか捕まったことだ。「腐った貴族や騎士団員がごろごろ捕まったのは、喜ばしくもあるが情けなくもある」と、クマさんも嘆いていた。



クマさんの後任者ははげ隊長の息がかかった者であった。


その為はげ隊長同様使えない人間だった。

クマさんが副隊長の時は優先順に書類を選り分け片付けさせたり、独自の判断で実行できることは処理していた。そんな彼の頑張りにより何とか騎士団は運営できていたのに、彼がいなくなってから一年足らず。その間に溜まりに溜まった仕事がすべてしわ寄せしてきたという。もちろん、後任の副隊長はこの機会に変更させたという。






久しぶりに私の家に来たクマさんの顔を見て、私は固まった。

何時もと表情は変わらないのだが、何処かやつれた雰囲気は『これから戦場に行ってくる』と言われても驚かない。妙な気迫のようなものを感じる。


「……久しぶりだな」


「えっと、はい。お久しぶりです」


約束もなしで急に訪れて済まない、などと堅苦しい事を言っているクマさんを宥めて、ひとまず奥のソファへ座らせた。普段お客様をこの部屋へ入れる事はないのだが、此処まで疲れた様子を見せられ黙っていられなかった。木の固いイスよりも、ゆったりしたソファの方が休めるだろう。


多少汚いのは目をつぶってもらいたい。両親が生きていた時から愛用していたものなのだ。私にすれば十分足を延ばせる大きなソファなのだが、クマさんが座ると小さく見える。



少し不思議そうな顔をしていたのだが、よっぽど疲れたのか大人しく言うことを聞いてくれた。

いつもお客様に座ってもらう椅子をわざわざ隣室から運んできて、ソファの前に陣取る。私が眠る前によく飲むはちみつ入りのハーブティーを渡し、クマさんの愚痴を無理やり聞き出した。



放っておけば、いろいろな不平不満を自分の中にしまい込む人なので、こうでもしなければ疲れてしまうだろう。クマさんは会話しているうちに緊張がほぐれてきたのか、眠そうにぱちぱちと瞬きしている。


「疲れてますね」


「嗚呼…実践の時ならこれ位どうってことないのだが。―――イスに座ったまま不眠不休はきつい」


そういっている間にも、飲み終わっているハーブティーのカップを彼の手から奪い、彼をソファへ横たえさせた。最初は「申し訳ないから勘弁してくれ」と抵抗していたのだが、「そんな顔して何言っているんですか。大人しく寝なさい」と無理やり寝かせた。足を延ばすことはできないが、体を横にすることはできる。



あんなにもウトウトしていたのに、クマさんに毛布をかけた瞬間に真っ赤になって固まってしまった。私はイスに深く腰掛けて持ってきた本を読みはじめたのだが、クマさんはまだなんだかんだとしゃべるのをやめようとしない。


「これでは、君に逢いに来た意味がない」


「逢うことなんて何時でもできるんですから、今は休んでください」


本を読みながら、片手でぽんぽんと子どもを相手する様にクマさんをあやした。

しばらくそのままにしていたのだが、目をきょろきょろさせて、あまりに居心地悪そうだったため部屋を出ようと腰を上げた。きちんと休むか見張るつもりだったのだが、休ませたいのにこれでは逆効果になりそうだ。イスを持って立ち去りかけた私を、ふっとつかむ感触があり振り返った。



クマさんが顔をクッションに埋めたまま、何事か呻いている。

よく見ると耳が真っ赤に染まり、「こ…此処にいてくれ」と小さく言っているのが分かった。そこまで恥ずかしがられると、まるで私が虐めているようだ。私の服をつかんだままいい歳をした男が耳まで真っ赤に染め上げているのだから、他人から見たら異様な光景だろう。


「……もう、何なんですか」


これまでにないクマさんの行動に、ため息を禁じ得ない。

騎士団の人たちに何を吹き込まれたのか知らないが、私以上に照れながら接触してくるのは止めて欲しい。


「うっわ!なんだっ!?」


「どうせ傍にいるのなら、枕代わりになってあげようとおもっただけです。

 傍にいるので、大人しく寝てください」


今度こそ話は終わりだと、クマさんの頭を膝に乗せたまま本を開いた。

―――疲れると誰かに甘えたくなる気持ちは分かるので、今日くらいは彼を労ってあげよう。こんなものではまだまだ足りないが、両親と私の夢への道が一歩近づいてきたお礼だとでも思ってくれればいい。私がいることで日常を取り戻して、少しでも安心してくれるのならばうれしい。




クマさんはわたわたと狼狽えていたのだが、気にせず先ほど同様ぽんぽんと叩いてあやした。私が動く気がないと知ると、ようやく大人しく動かなくなった。大きな欠伸が本の下から聞こえ、膝にかかる重みも増してきた。

あれだけ眠そうにしていたのだから、横になればすぐに寝てもおかしくなかったのだ。それなのに、よくここまで起きていたものだと思う。


常日頃の私だったら、『こんな森の奥まで来ないでいいから、自分の家で少しでも長く寝てください』と、言っていたと思う。城で過ごすことが多い彼は、ほど近いところに家がある。

ようやくとれた休暇をこんな形で使わないで、ゆっくり体を休めて欲しいと思う気持ちもある。―――けれど、パーティー後に始めてクマさんに逢えたのが嬉しくて、『早く帰れ』などと言って追い出すことはできなかった。




一向に素直になれない私ではあるが、彼を大切に思っている気持だけでも分かってほしくて。つい、子どもの頃に好きだった子守唄を口ずさむ。


眠りを妨げないように髪をすくと、ふっとクマさんがほほ笑んだ気がした。






これにて、一先ず完結とさせていただきます。

此処までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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