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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
31/65

掌編 わんこは鬼コーチ


今日は、レスターとクマさんの休みがようやく重なったとかで、二人揃って家へやってきた。

結果的に私を巻き込む形になってすまないと謝られたが、いま一つピンとこない。めでたい事に、クマさんはとうとうアリアルト騎士団の隊長職を開始したらしい。これまでは前隊長の尻拭いに奔走していたらしいが、ようやく隊長になったと、街でも話題になっていた。


副隊長の『ベルンハルト様』が捕えられた時は冤罪だなんだと色々な声が上がったのに、前はげ隊長が捕えられたときは誰も声を上げなかったらしい。これまで、前はげ隊長がひいきにしていた貴族連中にすら見放されたとなっては、あの人も本当はさびしい人なのかもしれないと、ほんの少し同情した。



「あれだけ、自分の家に来いのなんの言っていたのに…、レスターはクマさんから事情を聞かされていたんですね」


どうしてか、私だけのけ者にされたようで少し面白くなかった。そんな私の言葉に対して、レスターはふてぶてしく返してくる。


「自分の身すら守れない非力なレディーを、こんな事に巻き込む訳にはいかないと思っての事だ。ありがたく思え」


私をレディーだなんて思ってない癖によく言うものだ。彼のこんな憎々しい態度ははげ隊長に騙されていたからだと考えていたのに、大部分は『尊敬する副隊長』をとられたくないからだったらしい。

ちょっとでも、レスターの性格に期待した私が馬鹿だった。


「……それにしても、何だそのへっぴり腰は!

 隊長に国王陛下の御前で、恥をかかせるつもりかっ」


―――お前は、どこの小姑か!

そうレスターに向けて叫びたいけど、私はぷるぷる震える腕を支えるのに必死で、それどころではなかった。本来ダンスなど、女性は男性に任せておけばいいと言う。

しかし、あまりに慣れていない私は、基本の体制を保つことさえキツかった。

そもそも、私とクマさんの体格差はダンスをするに与って、大きなマイナス要素だろう。


「身長差なら明白なんだから、始めから申し出を受けなければ良かった…」


「シュティラ…」


思わず呟いた言葉に、クマさんが悲しそうに眉をさげた。目線すら、一生懸命私が首を上げないと合わないのに…。まるでクマさんから上目づかいで見られているかのように感じるのは、彼が成せる技なのだろうか?とりあえず、こんな至近距離で見つめないで欲しい。

逆切れして強く出る事も出来ず、私はクマさんの言葉を大人しく聞く。


「君を無理やりパーティーに誘ったのも、ダンスの相手に望んだのも悪いとは思う。―――だが、俺はどうしても君以外に相手を頼みたくないんだ」


「………」


まっすぐに見つめてくるクマさんの瞳から、そっと私は視線をそらす。

現在私は、少しでもダンスで恥をかかなくても良くなるようにと、レスターによるダンスレッスンを我が家で開催している。


クマさんの熱意に押されて申し込みを受けたと言ったが、結局慣れないパーティーに出席すると決めたのは私だ。

こんな風に謝られてしまうと、子供がかん癪を起しているようで申し訳なくなる。


「…出席すると決めたのは私です。クマさんには面倒かもしれませんが、私はパーティーなんて行った事がないしダンスも初めてなので、練習に付き合って下さい」


駄々を捏ねてごめんなさいなどと謝れなくて、思わず仏頂面でお願いする。照れて失礼な態度をとってしまった私を見て、クマさんはそっとほほ笑んだ。


「ダンス中だけではなく、パーティーの最中もこれからも。

 君が望む限り、ずっとそばにいるよ」


「―――ヘタレのくせに」


滅多にない直接的な言葉に、思わず場違いな暴言が飛び出してきた。普段こんな事を言おうものならすぐ落ち込んでいたのに、アリアルト騎士団に戻ってから騎士仲間から女性に関する余分なことをいろいろ吹き込まれているらしい。

彼は余裕の態度で、にこやかに笑っている。


テンパるとつい暴言を吐いてしまう身としては、有難いのか余計なお世話なのか分からない。ただ、少なくともこの瞬間は確かに救われたので、こっそり感謝しておくことにする。


「……でも、ちょっとくらいなら期待しているのでよろしくお願いします。

 約束ですよ?パーティーの間はずっとそばにいて貰いますからね?」


「嗚呼、喜んでエスコートさせてもらうよ」


柔らかいクマさんの表情に、緊張して凝り固まっていた体の力が抜けていくのを感じる。国王主催なら、美味しいはちみつ料理でも出てくるといいですね?と、そんな取りとめのない事を話しながらステップを踏んでいると、意外とダンスも悪くないような気がしてきた。








「―――こんなに近くにいても、俺の存在は忘れられるのか」


夢中になって踊る私たちの横に、レスターがいたことを忘れる程にその日はずっとダンスの練習を続けていた。





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