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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
28/65

21.童話の終幕


いや、本当にあれからの展開は早かった。はげ隊長はクマさんを陥れた証拠の提出と国王陛下の名を無断で乱用し、裏で汚いことをしていた罪で捕えられた。その為私の罪は勿論のこと、クマさんの国外追放すら覆されてしまった。


「やっぱり、クマさんは謀反など企ててはいなかったんですね」


むしろ、今回の事で彼の誠実さが証明された。


どうやら、王宮薬師の件が勅命だというのは嘘であったらしい。

王宮薬師の件は最初に聞いていた通り、話を聞くだけでもいいから一度聞きに来てくれという程度だったらしい。今回この場では、私は違法に薬を売買していたなどという全く身に覚えのない罪で裁かれようとしていたらしい。


お金の代わりに物々交換と言って品物を貰う事も少なくないが、人に無理やり強要した事もなければ規格外な値段を要求した事もない。阿呆なことにも、私は議長の言葉をきちんと聞いていなかったが為に無実の罪で捌かれそうになっていたのだ。



確かに勅命などおかしいと思っていたのだ。最初に来た騎士は、ただ話を聞くだけでもいいと言っていたのに、レスターになったら途端に高圧的な態度に出るし。

国内で有名な薬師だった両親を持つ私を王宮薬師に出来たら自分の株が上がると思って、勅命だと嘘を言ったらしい。


そりゃあレスターも、勅命を無視し続けている無礼な女相手じゃあ厳しく接するわ。本来の性格も関係している事は否定できないが、ようやく納得がいった。あれは客の態度じゃないと思っていたんだ。



だが何より驚いたのは、いつの間にかレスターはクマさんに事情を聞かされ、一緒に秘密裏に動いていたという事だ。


「一般人の私を巻き込まないように配慮した結果だ」


などと言っていたが、もう少しクマさんが前向きに行動している事とかは教えておいて欲しかった。どれだけ煮え切らない様子のクマさんに発破をかけようとしていたのか…。今考えても、知らないって怖いと呟くしか出来ない。




国王陛下の方でも隊長の行動は訝しんでいたようで、あっさりとクマさんの訴えを信じてくれた。副隊長時代から、はげ隊長の不正などに気付いていたクマさんは、事あるごとにやり方を改める様に忠告していたらしい。脅しや捏造はお手の物。

勅命などと言って無理やり言う事を利かせた時もあるというのだから、呆れてしまう。どうやら隊長の座も、お金とコネを使って手に入れていたらしい。



そんなはげ隊長からしたら、クマさんという存在は眼の上のたんこぶ所の問題ではなかったのだろう。「お前も甘い汁飲ませてやると」言われても、生真面目なクマさんが乗るとは到底思えない。むしろ、叱責されてしまいそうだ。

それでも、戦いの場では使える…というより、彼がいなければ困るからクマさんを害しようとはしなかったらしい。



だが、最近ではクマさんの人気が高まり過ぎて、自分の座すら脅かされかねないと考えたはげ隊長は、クマさんを冤罪に追い込んだという事らしい。何ともあっけなく隊長は連行されていった。きっと私と同じように、あのじめじめとした地下牢に入れられるのだろう。きっとネズミも沢山いるし、みた事もないカビも生えているかもしれない。ああ、ほんとうにかわいそうですね?


まぁ簡単に言うとしたら、ざまーみさらせっ!に尽きると思う。







そんなこんなで帰り道。私はなぜかクマさんの背に負ぶわれております。何故かって?意外とびびっていたようで、足がまともに動かなかったのですよ。



わぁお、まさか本当に背中に抱きつけるとは思ってもいなかった。ただ期待していたのと違い、ふわふわでも、柔らかくもないが。―――けれど安心するし暖かい。

それだけで価値があるというものだろう。


「あれだけ嫌がっていたのに、私のせいですみません」


じれったく感じていたのは確かだが、一応、自分のタイミングで城まで来たかっただろうに無理やり来てもらった事を、申し訳なく感じていた。しかし私が謝罪したのに対し、クマさんはさほど気にしてないようだ。


「いや、歩けはするから大丈夫だ」


…じゃなきゃ、こんなボケたクマさん節は出てこないだろう。くっそー。気にしている事を強調して言うな!! 間違っても軽くないだろう事は分かっていますっ。

その答え方は、歩けはしても重いと言ってんのと同じだと気付いて頂きたい。



だから、おぶって貰うのなんて嫌だったんだ。けれど、おぶられるのが嫌なら『お姫さま抱っこ』なんて恐ろしい事をするというから、つい了承してしまった。


イルザにくれぐれもよろしくと言われてきたらしい。

彼女にいきなり消息を絶った理由を伝えてくれたのは有難いが、怒っているだろう彼女を思い浮かべると恐ろしい。イルザの名前を出されたからしぶしぶこの体勢を了承したのに関わらず、体重の話を持ち出すなんて鬼としか思えない。



大体クマさんにはデリカシーが足りないなどとブツブツ文句を言いだした私は、クマさんが「分かってるよ」と言ったのに、すぐさま反応出来なかった。


「本当は、無実を証明しなければ、陛下のためにも国のためにもいけないとは分かっていたんだ。―――しかし、度胸がなくて出来なかった」


まさかこんなに派手にやらかすとは思わなかったが……それもこれも、君のお陰だなっと言ってクマさんは笑った。ここしばらく見ていなかった笑顔が出て、本当に安心した。


「…やっぱり、クマさんは癒し系だ」


そう、ぼそりと私は呟く。実を言えば、ずっと気まずい空気で嫌だったのだ。

ここ最近の私たちは、森の中で会っていた頃のような気安さがなくなっていた。




私の考えや意見は所詮、他人が喚く綺麗事にしか過ぎない。

それを分かった上で、自分の考えを押し付けようとしていたのだ。一人苦しんでいたクマさんを見ていられなかった。それだけの気持ちで、私は彼に無実を証明することを進めていた。ともすれば、勝手だと言われてもしょうがない程しつこく説教する私に対して、クマさんは何時も少し困ったように微笑んでくれた。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






何とクマさんは心が広いのだろうと感動していた矢先に、突然彼は考えもしなかった事を聞いてきた。


「ところで君は、いつまでその…俺をクマさんと呼んでいるつもりだ?」


そろそろ名前で呼んでくれてもいいと思うのだが…。などと、男のくせに小声でぼそぼそクマさんが囁く。ぴったりと密着した状態で言われたため、聞こえはするが面白くはない。


「…何ですか?それは。

 今後は身分をわきまえて、副隊長殿とでもお呼びすればいいという事ですか?」


いや、だがあの様子ではクマさんが隊長になる日も近いだろう。

そうなると、私はまた呼び方を変えなくてはいけなくなって、とても面倒だ。うん、じゃあそういう事で。


「面倒だから、これからもクマさん呼び続行で!」


「いや、君は頭の中で考えて自己完結させる癖を直したほうがいいぞ!

 それに、結局面倒だというのが一番の理由なのか!?」


まったく五月蠅い。

こちらはクマさんの背中にぴたりとくっついていなければいけない身なのだから、それなりに声量を考えて欲しい。―――耳が悪くなったら、慰謝料がっぽりもらってやる。都合のいい事に、副隊長に戻るどころか隊長への道も夢ではない状態だ。

これなら半二―トの時よりも多く手に入れられそうだ。


「―――あの、そのぶつぶつ言っているのは、もしかしなくても俺の給料の事か?

 慰謝料って、給料と関係あったのか?臨時ボーナスまで含めて考えるのは、非常にやり過ぎだと思うのだが…」


「いえ、クマさんの事ですから。

 復帰後はこれまでの分を取り戻さんばかりに働くのは、目に見えています」


だから多少、多く見積もっても問題なかろう。

大丈夫。今なら知人割引で、利子もそれほど付けないでおいてあげるから!


「いや、むしろ利子まで計算するのはやめてくれ…。

 というより、君の中での認識で俺は知人レベルなのか」


慰謝料ぼったくられるより、そちらのほうが傷つくな…と、切なそうにため息をついたクマさんの頬を、私はそっとつまんだ。


「……思いっきり抓られるより、少ない肉を引っ張られたほうが痛い」


「―――今なら、親しい友人くらいにしておいてあげます」


えっ?とクマさんが聞き返してきたが、私はそれ以上答える気はなかった。


別にクマさんのことなど、どうとも思ってないし。友人と話しているのを見てモヤモヤしたのは、数少ない私の友達を取られそうになって、クマさんに嫉妬しただけだし。私の知らない副隊長時代のクマさんの様子を嬉々として話すレスターを殴りつけたのは、貴重な時間を惚気でつぶされて苛ついただけだし。


だから私は…。この頬が赤く染まっていたとしても夕焼けのせいにしようと、心に決めた。





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