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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
27/65

20.狼さんは誰?



―――とうとう、その時が来た。


結局あれから私は三日拘束され、判決を待つ身となった。勅命を無視していた事は問題だが、きっと王宮薬師になる件を受け入れれば実質無罪放免になると言う。

王宮薬師になった後の給与がしばらく減らされる事や、一定期間監視下に置かれる

ことがあったとしても、働き次第では取り立てて罰せられる事はないと、わざわざ隊長が言いに来た。


どうやらレスターが牢に来た時にその件について話そうとしたらしいのだが、「邪魔が入って、伝えるのが遅くなってしまったと」さも申し訳なさそうに言われた。

一応、事が事だけに軽犯罪で処理されるとはいえ、私は『審判の間』という判決場で国王や多くの貴族たちの監視下の元、裁かれるらしい。



仮にも国王の前で裁かれると言う事もあり、審判の前には簡単に体を清め、服も罪人用とはいえ貸して貰えた。

まさか、生涯でこんな服を着ることになるとは思いもしなかった。綺麗に洗われているとはいえ、誰かが着た形跡のあるそれを着る時は…何とも言えない感情が湧きだした。靴は武器などを仕込む事が出来ないように奪われ、髪を縛る紐さえ奪われた。着ているワンピースは特に装飾がみられず、ポケットすらもない罪人特有の服だった。



暴れないようにと縛られた手首が滑稽だった。

こんな小娘に、自分より背丈もガタイも上回る騎士たちを振り払う力などある訳がないではないか。足は、寒さとはまた違った震えを伝えてきており、まっすぐ歩くのがやっとだ。…それでも、背筋を曲げずに前を見据えて歩いているのは、私に残された最後のプライドだった。




王宮薬師になった事で、これまで薬を安値で売っていた人たちを裏切るような事になったとしても、出来るだけの事はしてみよう。止血効果や傷をいやす効果、その上肌荒れにさえ効くヤロウなら薬草としては万能だし、一般人でも簡単に使用できる方法もあるから知識を広めよう。これまでは身近なものだといって無料で渡してきたが、私の自由が利かなくなったら自分たちで薬を作ってもらってもいい。


本来はきちんとした処方をして貰いたいのだが、明日の食事にも困っているような

人にそんな正論…意味はないだろう。

薬師という仕事をしている人は稀で、大抵は街で働くか王宮薬師となっている。その為、街から遠い場所ではなかなか薬が手に入り難いのが現状だ。しかも、街ならさほどしない薬でも、場所が遠ければ遠いほど輸送費などが上乗せされて高値で売買される。




貴族たちは、そんな現状を甘んじて受け入れている。

輸送費などは、必然的にその土地を治める貴族にも何割か報酬として懐に収められているからだ。もちろん善良な貴族はいるし、国もそんな状況をただ指をくわえて見ている訳ではない。数年に一度大きな改革案などは出されているし、昔よりだいぶ良くなった方だ。―――だが、高い薬代は庶民を圧迫し、他の輸入品も値は跳ね上がっている。交通の便が悪い事など様々な要因が考えられるが、これはそう易々と解決される問題ではない。


だからこそ、上から眺めているだけの王宮薬師としてではなく、身近で支える……両親のような薬師でありたかった。



きっと現状はこれまでより厳しくなるだろうが、人を救いたいという気持ちに嘘はない。私が諦めない限り不可能だなんて言わせない。たとえどんな結果になろうとも、私は薬師でいる事を後悔したくない。前を見据えて大きな扉が開かれるのを待つ。ゆっくりと開いて行く正面には、国王陛下が座していた。






『審判の間』は考えていたよりも広かった。

国王陛下を中心に、私を囲むようにして宰相やその他の国の中心であると言っても過言でもない人たちが座っている。


半円のその形は、小柄な私からしたら屈強な壁のようにすら感じる。ただ木製の壁であるはずなのにこれを壊す事などは出来ないのだと、国王に背くことなど許されないのだと、無言で訴えられている気すらしてくる。


大柄な嫌疑者にも危害を加えられないようになっているのか、国王陛下達が座っているのは私の頭よりも遥かに上だった。少し目線をあげただけでは、座っている人と眼すら合わせられそうもない。


小さな人間の身にもなってくれと、つい軽口をたたきたくなる。




嫌疑者が立つのは国王陛下達が座っている場所から大分離れた中央の円形の場所で、ほんの少し高くなっていたのは有難い。まさか、国王陛下の前で「首が痛いから下を向いてもいいか」など、聞く度胸がない。目線を下げたなどという理由で、

謀反を起こす意思があると確定されるのも癪だ。


それにしても、まさか国王陛下とこんなに近くで対面できる日が来るとは、夢にも思っていなかった。ただ状況が状況だけに、人生は皮肉なものだと苦笑する。



裁きは粛々と進められた。『審判の間』には、国王陛下や貴族のほかにも騎士が何人もいた。その中には隊長もいて、レスターはいなかった。

たぶん大丈夫だとは思うが、レスターが私のせいで不利な立場になったりしなければいいと願った。後で思ったのだが、彼が私に勅命だと伝えなかった理由の中にはクマさんの事も含まれていたんじゃないだろうか?


私が勅命だと聞いて怖気づいて逃げ出せば、彼がクマさんと会える確立は減ってしまうから…。



この事に気がつき一瞬憤りを覚えたのは真実だが、どうしてか諦めがついてしまう部分もあった。…まったくヘタレな上司を持つと、部下は大変であるらしい。

クマさんが何を恐れているか分からないけれど、いつか彼の無実が証明されて欲しい。ただ…許されるのならば、もう一回彼に頭を撫でて『大丈夫だ』と言ってほしいと思ってしまうのは、私が重圧に押しつぶされそうだからなのだろうか?






小難しい罪状を、偉そうに議長が読み上げている。

聞かされていたのとは違う事も指摘されているが、結果は変わらないだろう。国王陛下の顔を見るが、何を考えているのかは分からない。事実確認をされて、とうとう私の発言が許されたという時にバンっと扉を開く音が響いた。そこに立っていたのは、かつてアリアルト騎士団の副隊長と呼ばれたその人だった。


「たっ…すけに、来てくれたんですか?」


「―――ここまで買い物しに来るわけが無いだろう」


それを聞いた途端、張り詰めていた緊張が一気にとけた。嗚呼、この微妙にずれた感じは間違いなくクマさんだ。 状況は何も変わってないし、クマさんが来てくれた所でどうなるかは分からないのに、安心して涙が出そうになった。



あれだけレスターに色々言われていても嫌がっていた癖に、人の為だと動くのか。

全く、なんてお人好しだ。突然の乱入者が国外追放になった男という事で、室内は混乱の極みだった。


彼に向けられる声はどれも厳しいものだし、騎士だって戸惑いながらも剣を構えている。そんな状況でもクマさんの姿を見た途端、震えが止まったのは有り難い。 これなら例え最悪の結果を迎えたとしても、思う存分言いたい事だけは言えそうだ。


やっぱりこのくまさんは、グリズビーなんてかっこいいものではなく、サーカスにいる曲芸が得意な癒し系だ。 ……出来れば一度、その大きな背中に抱きつかせて貰いたいものだ。


「何をしている!!

 此処は厳粛なる裁きの場だぞ。罪人が気安く入るとは何事だ」


少しずれた思考が、隊長の喚き声で戻された。そんな、きゃんきゃん叫ばなくても部屋の隅まで聞こえるだろうに。これまでの憎たらしい余裕に満ちた姿は一変、何処か焦った様に指示を飛ばしている。クマさんこと、元副隊長が来た途端なんなのだ。そんなに後ろ暗いことがあるのか?


それとも…まさか天下の隊長殿が、森のくまさんを怖がっているなんて事は、ないでしょぉうねぇ? 今まで怯えていた事も忘れ、私はクマさんの背に隠れた。


「衛兵は何をしている!?

 とっとと捕まえんか!!」


うわぁー、しかも人任せだし。あの隊長殿は全くもって見ため倒しのようだ。

あんな奴に、ほんの少しでも怯えたと思うと悔しい。私の涙を返せって言うんだ。そんな混沌とした部屋の中、不思議な事にクマさんと国王陛下だけは冷静だった。


「陛下、まず断りもなく突然裁きの場に乱入し、審議を中断させてしまった事を深くお詫び申し上げます。唯、判決を下す前に、どうしてもお耳に入れたき事があり、無作法ながら参上した次第でございます」


おぉ、普段温厚でボケ専門の、クマさんもスルースキルなんて持っていたのね。

しかも、あの隊長殿がギャンギャン騒いでいても気にしないなんて、本当に凄いと思う。少し見直したよクマさん。今まで心の中でヘタレ、ヘタレ言ってごめんね。

国王陛下はそんな彼の申し出を許可してくれた。


そして、そこからの展開は早かった。




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