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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
26/65

19.幼い君

クマさんによる、過去の回想が入ります。

いじめや病気に関する表現もあるので、ご注意ください。



「あれ?君、怪我してるじゃない」


そう声をかけてきたのが、幼いシュティラだった。






俺はあのころ暗かった。

両親を失った直後で落ち込んでいた事もあるが、元来の人見知りが災いして友人も出来なかった。よそ者が村へ入ってきただけで目立つのに、大人に何かと気遣われていた俺は、村の子に快く思われなかったのだ。叔母に引き取られた当時は、まだ彼女からの扱いは荒くなく。きっと叔母なりに、両親を失い間もない俺を気遣ってくれていたのだろう。


今考えれば、未亡人なのにいきなり扶養する子が出来て、戸惑っていたのかもしれない。彼女は快活な性格の為、あまりに性格が異なる事も原因だったのだろう。

普段は笑顔を絶やさない養母が、俺を見ては困ったように笑う姿が今でも忘れられない。


彼女にそんな顔をさせるのが申し訳なくて、よく誰もいない場所を見つけては泣いていた。年齢の近い奴らに虐められるのも悔しかったが、それを見た周囲の反応も嫌だった。



あの子は両親を亡くしたばかりで可哀想。今は落ち込んでいるだけだから、仲良くしてあげなさい。そんな事を言われて子どもが言う事を聞く訳がない。

むしろ『ちょっと親が居ないだけで、どうしてそんなに贔屓されているのだ』と言われた事がある。

あの時期の子どもは思春期を迎えたばかりで、親に口喧しく言われるのを嫌う。

だから、こんな言い方はしたくはないが『親が居ないのなんて羨ましい』等と言われた事もある。彼からすれば、深く考えていない些細な言葉だったのだろう。



けれど俺は確かに傷付いて―――。生まれて初めて、人に殴りかかった。






結果は大敗。当時は標準より体の小さかった俺に、村一番の体格を持つ少年を打ち負かす力がなかったのだ。相手は一つ年上で、子どもの中では一番大きく。

喧嘩の仕方も碌に知らない俺が、敵う訳がないと思いながら止められなかった。

あんなことなど冗談でも言われたくなかったし、言わせたくもなかった。月並みなセリフだが『お前に何が分かる』と言いながら、『何も知らない癖に』と言いながら只管殴りかかった。何度振り切られても殴りかかって、結局あたったのは初めの一回だけだ。それでも悔しくて、悔しくてしょうがなかった。


思わず零れた涙を誰にも見られたくなくて、家畜小屋に潜り込む。

中にはヤギがいて、朝にはミルクを絞って飲むのが日課だ。鶏も多少居たため煩かったし寒かったが、俺は家に帰ろうとは考えなかった。

どうして喧嘩したのか説明する事も嫌だったのだ。きっと叔母の事だ、事情を話すまで許してくれないだろう。


それに惨敗した事も言いたくなかった。



「あれ?君、怪我してるじゃない」


声を殺して泣く俺に、一人の少女が話しかけてきてビクリと肩を揺らす。

まさかこんな所に女の子が来ると考えていなかった俺は、かなり動揺した。情けなくシクシク泣いていた俺を年下と勘違いしたのか、少女が優しく接してきたのも居た堪れなかった。明らかに俺の方が年上なのに、相手は気付いていないようだ。


「何?村の子と喧嘩したの?」


黙って首を縦に振る俺に、彼女は苛立った様子も見せず明るく話しかけてきた。


「そう、元気なのはいい事ね!私は家族で、薬を卸しにこの村に来たの」


シュティラというの、よろしくねっ!そう、元気に挨拶してきた。

何処のおばさんだと第一声では思ったが、そのあと彼女の口から出てきたのは両親の自慢が大半だった。優秀な薬師である事や、二人の仲がいい事を只管話してきた。


他の人間にそんな事を言われたら、きっと両親を思い出して泣き出していただろう。―――けれどあまりにシュティラが嬉しそうに話すので、思わず俺の口元は笑みを刻んでいた。




彼女は色々な場所を旅しているらしく、面白い話を沢山してくれた。見た事もない毛長の馬が北方にはいただとか。人の頭よりも大きな花が、美味しいジャムになる事など。それこそ身振り手振りで必死に話してくれるので、面白くてしょうがなかった。彼女の語る話には決まって両親も登場しており、細かく説明する。


最初はそんな彼女をほほえましく感じていたのに、段々と虚しさが胸に押し寄せてきた。



「お父さん達の事が大好きなんだね…」


「えぇ、だってこの国一番の薬師だもの。いつも困っている人を助けているのよ」


そう語る彼女に、ついあんな事を言ってしまったのは、気を許していた証拠なのかもしれない。


「…もう少し君たちが早く来てくれたら、僕の両親は助かったかもしれないね」


自分自身、少し嫌味っぽい表現をしてしまった事に気がついた。

俺の言葉を聞いた彼女は、今と変わらない大きな瞳を一瞬見開いて黙り込んだ。

これまでにこにこ笑っていた少年が、いきなり恨みがましい眼差しを向けたのだから当たり前だ。けれど彼女が次に発した言葉は、俺の予想とは異なるものだった。


「…私たちだって、必ず病を治せる訳じゃないわ」


「―――えっ?」


悲しそうに落ち込む彼女を予想していたのに、自分より幼い少女は強い眼差しで否定した。これまで、両親の事を誇らしげに話していた様子から一変した彼女に戸惑う。


「私のお父さんとお母さんは確かにすごいけれど、神様じゃない。…だから、出来ない事もいっぱいあるって」


最後の言葉を言い終わる前に、僅かに彼女の声が震えているのに気づいた。次第に瞳がうるみ、悔しそうに唇をかみしめる彼女にどんな言葉をかければいいのか分からず、ひたすら見つめる。


「この前だって、流行り病でたくさんっ…たくさん亡くなってしまった人達がいて…。助けられなかったって、二人とも隠れて泣いていたもの」


その言葉を聞いて、この家族は俺のいた村へここより先に寄ってきたのだと気付く。


考えてみればシュティラが話してくれた旅の話は、元いた村の方角から旅してきたと思わせる物だった。面識のないはずである俺の両親の死を…彼女たち家族は心から悲しんでくれているのが分かる。

親族でさえ遺体から病気が感染するというホラ話を真に受け、蔑ろにする者がいたのに。知らず知らずのうちに俺は泣いていた。



涙を堪えていたシュティラは、俺に釣られる様にして共に大きな声で泣きだした。

二人して喉がカラカラになるほど泣き、顔も涙でボロボロになるまで止められなかった。ずっと座り込んで固まった体をほぐした所で、少女が急に驚いたような声をあげた。


「あれっ?貴方もしかして、私より年上だったの…?」


大して肉のついていない体は貧弱だったが、身長だけは高かった。年齢を聞いてみると、俺より四歳も年下だという。そんな少女に年下だと間違えられていた事に、若干の情けなさを感じるが過ぎた事はしょうがない。

偉そうにしてしまったと謝る彼女へ、笑って気にしてないと伝える。彼女と一緒に散々泣いたからか、俺の心は穏やかだった。


「そうみたいだね、僕はベルンハルトと言います」


「うわぁごめんなさい。

 お詫びじゃないけれど…これ、私がお母さんと作ったのど飴なの」


彼女に差し出されたそれはハーブのキャンディーで、蜂蜜の甘みがとても美味しかった。二人乾いた喉を潤すと、ぽつりぽつりと夢の話をする。彼女は人を助けるため薬師になりたいと、頑張っている途中らしい。


それを聞いて、俺はこれまで誰にも話せなかった夢をシュティラに語った。


「…僕は、騎士になりたいんだ」


こんな自分が言うと馬鹿にされるのではないかと誰にも言えなかったが、両親の事があってから自分の大切な人を守りたいと強く感じた。俺には昔から騎士に対する憧れがある。だがどうせ家の農業を継ぐのだと思っていた俺は、両親と共にその未来さえ途絶えてしまい途方に暮れていた。


―――だが、シュティラの人を助けたいというまっすぐな気持ちに触れた今なら、騎士になるのが夢だと言える気がした。


彼女なら俺を馬鹿にしないのではないかと信用出来たのだ。

考えていた通り、騎士になりたいと言う俺にシュティラは目を輝かせながら素敵だと賛成してくれた。


「じゃあ、私は病気になった人たちを守るから、ベルンハルト君は戦争とか戦いから守ってね」


勿論、あなたが怪我したら私が手当てしてあげるね?そう言った彼女の言葉は、あまりに大きな規模の話だと考えもするが、彼女との大切な約束だと嬉しく感じた。

方法は違えど、同志を得たようで誇らしくなったのだ。その誓いは、騎士になった後にも俺の心を支えてくれた。







『―――くまさん』


囚われた彼女の元に向かう道で、ふいにシュティラに呼ばれたような気がした。

城にいる彼女が此処にいる訳がないのだが、待っていると言われたような気がして足を速める。今の俺は臆病な心を押さえつけて、彼女を守りたいという気持ちだけに従い動いていた。




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