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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
25/65

18.くまさんの気持ち

二話だけ、くまさんの目線で話は進みます。




―――『アレが欲しいのだ』と手を伸ばす事を、恐れ始めたのはいつからだったか。



俺は昔から気が弱くて、幼い頃はいじめられっ子だった。

それは両親を早くに失い、多感な時期を養母の元で過ごしたことも、少なからず影響しているのかもしれない。養母に遠慮することが多く、甘えられずにいた。


「あんたはまた…服に穴が開いたなら、もっと早く教えなさいよ」


「ごめんなさい…」


小さく文句を言いながら、叔母は服を繕っていく。穴の開いた服は、遠慮していたのが馬鹿らしいほど見る見るうちに直されてく。しかし、その後も服が駄目になっても言い出せず。気兼ねなく物がほしいのだと乞うより先に、簡単な裁縫なら自分でできるようになりまた怒られた。


養母は父の妹にあたる人で、夫を早くに亡くしてからはずっと独り身だ。

旦那さんとの間に子供はおらず一人で子どもを育てるのは大変だろうに、いつでも明るく快活でいい人だった。裕福な訳でもないし、慣れない子育ては辛い事も多かっただろう。

最初はとある村で生活していたのだが、俺を育てるため街に出て稼ぐという決断までしてくれた。




そんな彼女の手を煩わせないよう出来るだけ家事を手伝っていたから、国外追放を言い渡され、街を追われた後も普通に森で生活でき。 俺は幼少時の技術とアリアルト騎士団の野外訓練で得た知識を使い、森に潜んでいるのも難しくはなかった。


昼夜でさほど温度差がなく、豊富な資源があったことも長く森へとどまれた要因だろう。他の国ではきっとこうはいかなかった。国外追放になった時に見逃してくれた騎士仲間にも、感謝しなければ。たぶんこの国から一度でも出てしまえば、冤罪を訴える証拠を集めるのは困難だった。


碌に理由も説明せず必死に仲間に頼み込んだが、冤罪と信じてくれた彼らの存在は有難かった。






…そもそも、非力だった俺が騎士になるという夢を叶えられたのは、養母の元で暮らしている内に体力をつける事が出来たからだ。気が弱く、非力だった子ども時代も彼女のもとで暮らし始め、力仕事を進んでこなす内に体力がつき自信をもてるようになってきた。 両親のもとで暮らしていたら、騎士になる道すら考えなかったかもしれない。


俺はもともと三人家族で、両親は流行り病で亡くなった。病気が流行り出した頃、子どもは免疫力が低くて危険だからと言って、少し離れた村に住む現在の叔母に預けられ難を逃れた。


養母は夫を亡くしてから、二人で暮らした家を離れがたいと言ってずっと一人で生活していたのだ。俺が遊びに行くたびに可愛がってくれたから、さみしい部分もあったのかもしれない。



病気が流行った時、農業を営んでいた俺の両親は家を長く離れられないと、共に行こうとごねる俺を無理やり叔母へ預けた。俺は数年もすれば両親と暮らしたあの家に戻れるはずだと疑わずに。両親はまだ若かったから、流行り病になど負けないと笑っていたのだ。……それでも、病は簡単に両親の命を奪っていった。




両親が亡くなってから今まで育ててくれた養母には、感謝しても仕切れない。

亡き夫と暮らした家で一人暮らすほどに執着していたのに、俺のせいで慣れない街での生活を強いてしまったのも申し訳なく感じている。


―――だが、だからといって本当の両親のように接せられるかと言えば、別問題で。


彼女に迷惑をかけないように、俺は早い段階からアリアルト騎士団に志願した。

騎士になるのが、一番早く自立できる方法だったのだ。成人を迎えるより早く見習いとして入隊し、養母へこれまでの恩返しをする為にも死に物狂いで訓練に食らいついた。


これまでの努力が報われてようやく副隊長になれたのに、国外追放を言い渡された時は「こんな結末はあんまりだと」何度嘆いたか知れない。




もちろん『養母の為に騎士になりたいと』いう気持ちだけでは、辛いと有名な訓練に耐えられなかっただろう。子供の頃から騎士になりたいと考えていたからこそ、鬼のようなしごきにも耐えられたのだ。

ただどうしても養母に対する遠慮が消えなかった俺は、止める言葉も聞かずに騎士団の宿舎に入った。養母は街で食堂を開いていたから、そこから通う事も出来るだろうと、何度も説得しようとしてくれた。けれど、俺はこれ以上負担をかけさせたくないと強く感じ…。自分の子供でもないのに、これまでたった一人で育ててくれて感謝している。


でも。だからこそ早く自立して、彼女を楽に…願わくば新しい伴侶でも得て幸せを掴んで欲しかった。




よく「あんたは何時まで経っても余所余所しい」と言って、叔母に怒られていた。

しかし、彼女に感謝すればするほど、手放しで甘えることよりも、申し訳なさが先立った。アリアルト騎士団の副隊長という立場を辞してからは、時々様子を見に行くことしか出来ないでいる。きっと国外追放になってさえ彼女を頼ろうとしない俺を、怒っているだろう。






そもそも冤罪で捕らえられた時に抵抗し、国外追放という判決が下される前に逃走する事も本当はできた。

身に覚えのない罪状で突然呼びだされた時に『嵌められたのだ』と直ぐに気付いたし。ほぼ俺が有罪だと決めつけられ、でっちあげられた証拠を出されたあの場では無罪を訴えることよりも、一度引くのが正しい方法だったろう。


だが、自分が逃げた後に部下達が咎められるのが分かっていた俺に、そんな事は

出来なかった。



…いや、本当は自分の為だけに動くことも、信じて貰えないことも怖くて出来なかったのだ。その証拠に、俺は養母にも騎士団の仲間にも冤罪だと真実を語る事をしなかった。シュティラに怒られたり、レスターに「頼ってくれ」と訴えられなかったら、今も一人でどうにかしようともがいていた事だろう。




以前に話している時に、ふと「クマさんは何かを恐れているみたいだ」とシュティラに言われたことがある。あの時は、確信を突かれたようでどきっとした。

―――そうだ。 俺は、戦うことから逃げていたんだ。戦争は勿論、訓練でさえも逃げた事はなかったのに…自分の忠義心を疑われた瞬間に、俺は尻尾を巻いて逃げ出した。


戦いの場では『飢えた肉食獣』『緋色の熊』などと呼ばれていた癖に、まったく…笑わせてくれる。ずっと大切な存在を守れるだけの強さを求めていたのに、守りたいからこそ騎士になったのに、俺は俺自身すら守ることが出来なかった。

…だからこそ、何者にも屈しないシュティラが眩しかったのかもしれない。 彼女の生き方や考え方、全てが好ましく感じた。




嗚呼、だがこんなことはもう止めなければ。

レスターたちの協力を得て、ようやく証拠を集めることが出来た。俺が無罪だと言う事も、これで証明できるし、国王陛下の前にも堂々と出られるという物だ。

シュティラ達にはだいぶ心配をかけさせてしまったが、これで終わりだ。まったく…俺の方が年上であるのに、彼女には昔から頭が上がらない。



ある日、そんな彼女が突然捕えられたと聞いた時は頭に血がのぼってしまったが、謝り通しのレスターや泣き崩れるシュティラの友人を見て、冷静な思考に戻った。

レスターは彼女が捕えられたと知らせに来て、シュティラの友人は待ち合わせに来なかった彼女を心配して、シュティラの家を訪ねてきたらしかった。


しばらく俺が冤罪についての証拠集めも山場を迎えて忙しくしている間に、彼女が連れさらわれた事は悔しくてならないが、今一番辛いのはシュティラだろう。

すぐ助けにいけないのは辛いが、時期を誤ってしまえばこれまでの事が全て無駄になる。混乱した様子のシュティラの友人にも計画を告げ、堪えてもらった。



黒幕はどうせ同じ人物である事は掴んでいるし、白日の元にあいつの罪を知らしめなければ。―――彼女に手を出した事を、後悔させてやる。






彼女は覚えていないようだが、俺は昔にシュティラと逢っているのだ。ほんの些細な出来事だったが、俺にとってはとても大切で…心の中にずっと残っていた。

俺は彼女に出会ってから、何度も救われている。それは勿論、物理的な意味合いではなく心の問題で。弱気になった俺を笑顔にさせてくれて、不安を蜂蜜の様にくるんでくれた。



―――今度は俺が、彼女を助ける番だろう?

さぁ、誇り高き誓いを思い出すのだ。 幼き頃にした彼女との誓いは、俺を何時も奮い立たせてくれる。現在も過去も、彼女は俺にとって欠くことの出来ない大切な存在なのだ。彼女には出会ってから情けない姿しか見せていないから、格好いい所もあるのだと覚えていて欲しい。シュティラにきちんと俺自身の名前を呼んでもらう為にも、俺の大切な物を取り戻しに行こう。


もう、見えない敵を恐れたりなどはしない。『弱気で情けない熊』は今日で卒業だ。




ここでクマさんが言っている見えない敵は、『弱気な自分』とかそういう彼自身の内面についての話です。

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