掌編 お嬢さんの価値観
「レスターは、そんなにクマさんを好きだといって周りに白い目で見られない?
どうして、そんなに夢中になれるのか分からないわ…」
前々から疑問に思っていた事を、ふとレスターに問いかけた。あまりにレスターが『副隊長、副隊長』五月蠅かったから、うんざりして言った訳では決してない。
―――ただ、私はこの不用意な発言を激しく後悔することになるとは思わなかった。もう二度とクマさんについて、レスターに聞いたりしないと心に決めたことを、私は愚かにも忘れていたのだ。
「どうしてだと?むしろどうしてお前が、副隊長の素晴らしさを理解していないか不思議でしょうがない!以前だって、俺の素晴らしい記憶を話して聞かせてやったのにまだ理解してないのかっ?―――だが、確かにこんな森の奥に一人で暮らしている変わり者だしな…」
以前聞かせたのは、副隊長の人柄の素晴らしさだけだったし、騎士としての偉大さを知らなくてもしょうがないのか…?などと、レスターは目の前で失礼なことを言っている。
私は、押してはいけないポイントをどうやら押してしまったようだ…。しかし、それを解除する方法は分からない。
「副隊長は戦いの中でも随一の力を見せていて、その強さは副隊長に就任する前から他の追随を許さないほどだと噂されていたんだ。一度に五、六人の人間を薙ぎ払っていた時など、素晴らしい戦いだったため思わず見とれてしまった」
「へ、へぇ…」
若干、レスターは変わっていると思ってはいたが、表現が異常な気がして恐ろしい。これは、少年が大人に憧れるのと同じようなものだろうか?私よりも一、二歳は年下だとは思うが、レスターはまだ純粋な心を持っているようだ。
…純粋だったら、無礼な態度も許されるとは思うなよ。純粋と無神経は表裏一体なんだからな?
そんな事を考えている私に対して、クマさんもレスターの言い方に思う所があるのか、僅かに顔をひきつらせている。「あの緊迫した状態で、お前はそんな事を考えていたのか…」と呟いているのが聞えたが、レスターは気にすることなく続ける。
「はぁーそれなのに。多少顔が厳ついからと言って、女子供たちは怯えて近寄って来ないのだから、嘆かわしいことだ」
眉間にしわを寄せながら、レスターは呆れたように首を軽く振る。憤るのは勝手だが、彼の言葉でクマさんが目に見えてしょげかえっているのだが…。
普段は伸ばした背を丸め、首まで下を向いてしまっている。こんな姿を見て心が痛まないレスターの感性は、どこか歪んでいる気がする。きっと私の想像もつかないほど、図太い神経の持ち主なのだろう。
「く、クマさん…そんなに落ち込まないで下さい。大体、一部の女性には人気があったのでしょう?アリアルト騎士団の副隊長は、泣かした女性の数は数えきれないと噂されていましたよ」
そう。あの噂を信じるのならば、クマさんはモテモテで恋人が途絶えた事がなかったはずなのだ。
それにも関わらず、この情けない様子は何なのだろう…?複数の女性とつきあう所か、とっかえひっかえに恋人を変えるなど出来そうにないのだけれど?今だって、私の発言を聞いて『何故そんな噂が広がっているのだ…』と打ちひしがれている。
そんな疑問は、クマさん本人ではなくレスターに否定されることになった。
「嗚呼、確かに副隊長は一部の女性には人気があったが、大体遊び慣れた女ばかりで副隊長とはつり合わないような人間ばかりだったんだ」
真面目すぎてつまらないなど、失礼な事この上ないな。別れて当然だっ!と、どうしてそんな事情を知っているのかという所までレスターは説明してくれた。
クマさんの表情をうかがおうとするが、さっきよりも首を下げてしまっているためうかがう事は出来なかった。
「…レスターは、もしかしてクマさんのストーカーでもやっているの?」
―――どうしよう、此処で黙り込まれたら。びくびくしながら小さな声で聞いた私に、レスターは有難い事に烈火のごとく怒りだした。
「っどうして、そういう考えになるんだ!
これは、副隊長の同期だという騎士団の仲間に聞いたんだっ」
良かった…本当に良かった。クマさんがレスターの事を避けているように感じたのは、これとはまた違った事情だったらしい。思わず、もうクマさんと会わせないようにした方がいいのだろうかと、悩んでしまった。では、クマさんが彼を避けているのは、うざいからとかの理由だろうか?
もしそうだったら、非常に同意できる。
「…でも、クマさんが怖がられるのは顔だけじゃなくて、生真面目過ぎるからかもしれませんね」
「……そうか?」
私の言葉に反応したクマさんは、僅かに顔を持ち上げた。そんな彼を安心させるように、頬笑みを浮かべる。普段のように蜂蜜で機嫌を取ってもいいが、それでは解決にならないだろう。尤も、これは私が今までクマさんに優しく接して貰えていたからこその本心だが。
「えぇ、クマさんは意外と笑うと可愛いですし」
だから、難しく考え込む表情ばかり見せずに、笑ってあげれば他の人も安心すると思いますよ?と伝えてあげると、何故かクマさんもレスターも唖然としている。
クマさんはまだしも、べた褒めしていたレスターにまで驚かれるとは思わなかった。蜂蜜を美味しそうに食べている所など、本気でクマさんに見えて可愛いと思う私は、特殊なのだろうか?
クマさんの喜んだ表情が見たいが為に、慣れないお菓子作りに励んでしまうくらいには私はあの表情に弱い。
「まさか、副隊長の顔を可愛いなどと言うなんて…やっぱりこの女は変だ」
「………」
レスターの言葉に対し、クマさんは何とも言えない表情をしていた。
折角褒めてあげたのに喜ぶどころか変人扱いとは、アリアルト騎士団には無礼な人間しかいないのかと私はため息をついた。




