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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
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16.閉じ込められたお嬢さん



『……で、どうしていきなりこんな事になっているのよっ!』思わず八つ当たり紛れに、鉄格子を蹴りつけた。するとその音を聞いた看守は「うるさいぞっ!」と、容赦なく怒鳴ってきた。つかつかと牢の前に来て、ガンっと鉄格子を槍のような物で殴られたのが怖くて、しぶしぶ大人しく座りなおした。


全くもって納得いかない。

どうして私が、城の地下牢に閉じ込められなければいけないのだ。その上、こんな乱暴な扱いを受けるなどどう考えてもおかしい。




国側の意見を少しは聞かなければいけないかと愁傷になった途端に、私は『国からの度重なる呼び出しを無視した』という罪状で捕えられることになった。


牢に入るなど冗談ではないと抵抗したが、強制連行されたためイルザに書置きすら残せなかった。私の家は森の中で周囲の目を気にしないでもいいと考えたのか、殴られなかったのが不思議なほど無理やり閉じ込められた。手荒な扱いを受けたから何度もつまずいては身体を擦り剥いた。



これは、湯船に浸かったら染みそうだ。

我が家では父が家に定住する前、自然に湧いていた温泉を気に入って、家にまで本格的なお風呂を作ってしまった。本格的と言っても、この国ではあまり見られない浴槽を作って、定期的にお湯を張って湯船に浸かるだけなのだが。

それでも、庶民の家ではシャワーだけで済ませることが多いので珍しがられる。

イルザの家にも浴槽はあるみたいだが、湯を張るまでの工程が面倒だとかで使用頻度は少ないらしい。


「……しばらくは、お湯に浸かるのはやめた方がよさそう」


傷のある自分の足を見つめて、ぽつりと呟く。

日頃、冷え症などに効くトウキなどの薬草を湯に浮かべて長湯するのが好きな私からしたら、全くもって迷惑な話だ。私の家では、水は基本地下水をくみ上げる形をとっている。


クマさんと森でよく一緒にご飯を食べていた近くの川といい、あそこは水が豊富であるからそんな事が出来るらしい。まぁ、これも設備を整えてくれた、配管工を職にしているおじさんからの受け入りだから詳しくはないのだが。



彼は我が家に招いた事のある、ごく珍しい存在だ。両親が定住すると聞いてから、随分長い時間をかけて我が家の水設備を整えてくれた。おじさんは、もともと水の設備が整っている他国で特有の職を活用し生活していたらしい。

だが、この国の出身である彼はお母さんが病気になったことをきっかけに、この国に戻ってきていた時期がありその時に知り合ったらしい。


何時も豪快で明るいおじさんが、病床のお母さんを前にした時だけは借りてきた猫のように大人しくなっていたのが面白かった。おじさんはどうやらご両親のいう事も聞かずに、単身で他国に乗り込んで手に職をつけてしまったらしい。



碌に連絡もせず、この国で需要のまだまだ少ない仕事を選んだという事で、おじさんのお母さんは随分怒っていた。おじさんが言うには『文すらまともにやらなかったから、怒ってるんだろう』と言う事だったけれど、納得のいかなかった私はおじさんのお母さんに問いかけてみた。


「どうして、おじさんを怒っているの?」


今考えても、子供の純粋さは怖いと思う。けれど、何時も優しいおばあちゃんが何時までもそんな理由で怒っているとは思えなかったのだ。子供の目から見ても、おじさんは一生懸命お母さんの面倒をみていた。

そんな私におばあちゃんは『お父さんが亡くなった時に、仕事が忙しいと言って帰って来なかったことを未だに恨んでいるのだ』とこっそり教えてくれた。


「これでも、名の知れた職人になったんだ」


「どんなに腕が良くても、この国では役に立たないじゃないか」


大柄のおじさんを鼻で笑って馬鹿にするおばあちゃんは、私からみて格好良く見えた。病気になっていたとしてもおばあちゃんは弱弱しい様子は見せず、元気におじさんと言い合っているのだ。

そんな患者さんは滅多にいないから、薬を渡しに来る度に楽しくてしょうがなかった。病気だと言う事を忘れさせるような、おばあちゃんの笑顔が好きだったのだ。


それに、おじさんと何時も言い合っていると言っても、その顔は何処か嬉しそうに見えるのだ。その事をおばあちゃんに伝えたら、大笑いしながら『バカ息子をいびるのが楽しいんだ』と、優しく私の頭を撫でてくれた。



おばあちゃんが亡くなった今、おじさんはきっとアリアルト王国からは遠いが、お湯に毎日浸かれる所で元気に働いている事だろう。


彼は、父のお風呂好きに巻き込まれた内の一人だったから。

私と母も美容にいい薬草をお湯に入れたりして、毎日楽しんでいたのは懐かしい記憶だ。最初は面倒だと感じるのに、一度その魅力に気付いてしまうと毎日入りたくなる。両親が居なくなってからは、疲労感がある時やいい事が起きた時など特別な日を見つけては入る様にしている。


「あぁ~こんな酷い目に遭ったのだから、家に帰ったらお湯を張ろう…」


普段は使わないちょっとお高めのオイルでも垂らして、思いっきり長湯しよう。

そんな事を考えているうちにも、嫌な予感は止まることがなかった。






ガンっという大きな音が響いて、私はびくりと体を震わせた。

牢の中にあった薄い敷物の上で、気付いたら眠ってしまっていたようだ。どこか湿っぽくて薄暗い牢の中、特にやる事もない状態では暗い思考にとらわれてしまう。


地下牢なんて初めて入ったけれど、じめじめしていてカビ臭い。おまけに、見た事もないような小さな虫が這いずり回っているのが目の端に移るのが嫌で、ギュッと目をつぶる。

他の牢からは、誰かの咳き込むような声や呻き声が聞こえてくる。これ以上嫌な事を考えたくなくて、耳をふさいで更に身を縮めた。―――けれど、出来る事など他にありはしないから、嫌でも思考は巡っていく。そんな負の連鎖から逃げる様に、知らず知らずのうちに眠ってしまっていた様だ。



元々ストレスが溜まると寝て解消するタイプだが…きっと此処にイルザが居たら『こんな肌寒くて硬い石の上で眠れるとは、流石シュティラね』と嫌みを頂けそうだ。私自身これほど悪い環境の中、眠れるとは思わなかった。


石畳の床は私の体温によって温められる所か、逆に体温を奪っていく。

下に敷いている敷き物は、薄過ぎて石の感触を直接伝えてくる。微かに聞えるネズミの這う音は、生き物が居ることで安心する所か気味が悪いだけだった。



きっと大分時間が経過してしまったから、彼女は今ごろ怒っている事だろう。

…でも、事あるごとに私を心配してくれているのを知っているから、泣かれてしまうより怒ってくれた方がいい。約束を破った理由だって、『仕事に夢中で遅刻したのだ』とでも思ってくれればいい。今心配して泣いている彼女の姿を思い浮かべたら、私まで泣いてしまいそうだった。


この心細さは、幼い時に一人留守番した日に似ている。

森の中の一軒家に一人いるのは怖くて、来る訳がないのに悪い人でも現れて私を攫おうとするのではないかと、家中の鍵を閉めた。夕方には帰ると言った両親は辺りが暗くなっても帰って来なくて。


こんな事なら一緒に連れて行って貰えばよかったと後悔した。些細な風の音も僅かな物音も、全てが怖く感じた。一人暮らしに慣れた今、まさかまたあの感覚を体験する事になるとは…。あの時もただ待っているのは怖くて、布団と人形を抱えて小さな物置きに隠れて両親を待っていた。この薄暗さは、嫌でもあの時の記憶に重ねてしまう。




それにしても、私の眠りを妨げたのは何だったのだろう?大分大きな音がしたと思うのだけれど…。考えている内にも、こつこつと言う靴音が聞えてくる。響いているその音は、見回りに来た看守のものとは異なるようだ。

中を確認しながらやってくる看守に対して、この音は迷いなくまっすぐ何処かを目指している。このまま放っておかれるのも嫌だが、先ほどの様に脅されるのも怖い。鉄格子を叩いただけとはいえ、あれを使えば中の私を傷つけるなど簡単に出来るだろう。



これまで、私のやっている事は間違っていないと考えていたのに…。いざ武力行使に出られると怖くなってしまう。体をずらして、薄暗い奥の方で身体を丸めた。

怯える私を嘲笑うかのように、未だ靴音は響いている。明らかに音は私に近付いてきている気がして、思わず顔を足に埋めて縮こまる。背中を壁へ必死に寄せても、安心する事はなかった。


いま無性に、クマさんに抱きついて頭を撫でて欲しい。しかし弱気になった私に対し、無情にも靴音は牢の前で止まった。


「こんな年端もいかぬ小娘が、あのブルノとヘルの娘なのか?」


何処か高圧的に発された言葉で、私は固くつぶっていた目を見開いた。

……なんつった?このはげ親父。



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