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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
20/65

15.お出かけ前に


もう、本当にレスターは何なのだと文句を言いたくなる。

私がクマさんに頭を撫でられたのがそんなに羨ましかったのか、横で「私を無視して、副隊長を誘惑しようとするなっ!」などと訳の分からない事を騒ぎ立ててきた。


別にこちらは誘惑などしたつもりもないし、残念ながら誘惑しようとしても出来る実力がありもしない。その為、訳の分からないレスターに「あんたこそ頭のネジを何処に落としてきたのよっ」と、先ほどの仕返しとばかりに言ってやった。


クマさんの方も誘惑された覚えなどないのだろう。

何をそんなに怒っているのか分からないという表情をしている。小声で「この男何言ってるんでしょうね?」と問えば、『さぁ?』と言うように肩をすくめる。

それを見て、またレスターが私たちに咬みついてきた。


「~~だから、さっきから私を無視して、いちゃつくなと言っているのにっ!」


「嗚呼~もう、分かったから。ごめんね、クマさんと二人で話しちゃって。

 これでいいでしょう?レスター五月蠅い」


「おまっ、今回ばかりは本気で違うっ!

 本気で副隊長たちは二人の世界に入ってた!」


「あぁ~はいはい、分かった。分かった」


「…レスターそのように騒いでは、シュティラの迷惑になると前にも注意しただろう?」


「っっもう、誰か私の気持ちを分かってくれ!」


クマさんにまで注意されたのが気に入らなかったのか、訳の分からないレスターの絶叫は辺り一面に響いた。訳の分からない事を、大声で叫ぶとは何たることだ。

我が家はこんな森の中にある一軒家であるため、近所迷惑にはならないが敢えて言うならば『私たちに迷惑』だ。少しは自重して欲しい。

そして、レスターが意味もなく興奮しているのに対し、私とクマさんは冷静だった。


「「レスター五月蠅い!」」


私たちが声を揃えて文句を言ったのは、絶対に悪くはないと思う。けれど言葉を発した瞬間に、机へ突っ伏したレスターの姿に哀愁を感じずにはいられなかったのはどうしてだろう。

おかしなことを言いだしたのはわんちゃんだし、わんちゃんの方が悪いのに…。

しかし、額をつけたままピクリとも動かない彼を放っておくのは気分が悪い。少しくらいなら慰めてあげようと声をかける。


「…まぁ、とりあえず王宮薬師の件は忠告くれてありがとね」


「そうだな。レスターもこう言っている事だし、無理やり引き入れられる事はないとは思うが、用心するに越したことはないから、気をつけなさい」


「分かりました」


これまで、唯々王宮薬師になどならないと拒絶してきたけれど、今度言われたら話くらい聞いてもいいかなぁと、思い始めていた。

国の『本気』がどれ程のものか私には分からないけれど、本気で来る人には本気を返さなければ失礼だろう。今までは頑なだった心を、少しだけ柔らかくして歩み寄ってもいいかもしれないと思った。






そんな会話も記憶に新しい数日後、それは突然起こった。

今日はクマさんが来ないと聞いていたので、薬作りに精を出そうと頑張っていた時だった。


お昼を過ぎればイルザと会う予定が入っていたので、その前に街に卸す薬を出来るだけ作ってしまおうと意気込んでいたのだ。どうせおやつに託けて何かしらの物を食べるのだろうからと、食事もそこそこに仕事に励んでいた。作れるだけ作って、イルザとの待ち合わせの前にお店に卸したい。待ち合わせの前に薬を卸しに行けば、前回分の売り上げを受け取ることも出来るし一石二鳥だ。


収入を得られた時くらい、豪勢に買い物してもいいだろう。買いたい物もいっぱいあるし、楽しみの前に仕事をせねばっ。そんな事を考え頑張っている時に訪問があり、私は殺気すら放ちながら扉を開けた。




自慢ではないが、今私の家を訪れてきそうなのは『副隊長、副隊長』と何かと五月蠅い、例のわんちゃん位しか思い浮かばない。こんな森の奥にわざわざやってくる人もいないし、そもそも此処が私の家だと知っている人も少ない。今日はクマさんも来ないし、待ち合わせしているイルザが此処までやってくる事もないだろう。


これまでの事を総合して、必然的にこの苛々の原因はレスターしか有り得ない。

あのわんちゃんには、一度思い知らせた方がよさそうだ。どれだけ出かける前の女性が大変かつ、忙しいかを。

薬の調合をしていたら、自然と服や体が汚れてしまうため、汚れても大丈夫な仕事着からでかける様の服装に着替えなければいけない。着替えのほかにも、髪だって整えたいし、約束前に薬も卸さなければいけない。


そう考えると、出来る限りの薬をとっとと作って支度しなければ直ぐ間に合わなくなってしまうのだ。ヘタに時間が余っていると、再び仕事をしだしてしまう危険もあるから折り合いをつけるのが難しい。



―――そこまでいうのならば、『何故出かける前に、仕事をするのか』と良くイルザに聞かれる。だが、女の一人暮らしは何かと大変だし、少しでも儲けられて悪い訳がない。


だから、街へ卸す時はつい欲をかいて「あと少し…もうちょっといけるかも…」と薬を作ったりしてしまうのだ。幸い、今回は珍しいパピルスという薬草も手に入った事だし、ちょっとは収入が見込めそうだ。パピルスは珍しい為、値段が他の物より高くなる。これはクマさんと出会わなければ見つけることが出来なかったかもしれないから、クマさんサマサマだ。



ただ、彼のおまけのようなレスターは少し五月蠅すぎる気がする。

仕事をしていたため何時もより迎えるのが遅くなったからか、先程からドンドンと扉をたたく音がする。普段より激しいその様子を訝しく思いながらも、扉を開く。


「っそんなに扉をたたかなくても、聞こえていますっ!

 仕事中だったのだから、少しは待ってくれてもいいでしょう…」


居ると思っていたレスターが居なかったため、思わず声が尻すぼみになってしまった。普段だったら少し不機嫌そうなレスターが姿を見せるのに、そこにいたのはアリアルト騎士団の騎士三人だった。これまでだって、騎士が城に来るよう頼みに来ていた。けれどこんな大人数で来たのは初めてだし、何処か硬い表情は嫌な予感しかしない。


「貴女が、かの有名な薬師であるブルノとヘルの一人娘で間違いないか?」


それを聞いて、思わず私は息をのむ。


どうして私の父と母の名前を知っているのか…。

街へ定期的に薬を売り出したのは、両親が亡くなってからだ。その上、私はずっと薬師の弟子と名乗っていたので、それが両親に結び付けられるとは考えてもいなかった。もしかして、これまで王宮薬師に誘われていたのは、両親の事を知られていたからなのか?



―――でも、そうだと考えてもおかしい。

それこそ、私の両親は基本的に家の在り処を知られないようにしていた。たまたま知り合ったというイルザと彼女の両親とごく少数の人間くらいしか、こんな森の奥に住んでいるという事すら知らないはずだ。


一人娘である私が困らないようにと色々気遣ってくれていた両親だったが、「自分たちの望む形で薬師として働けないのならば、意味がない」と言って、生前は頑として街に薬を卸そうとしなかった。街に暮らす人々は大抵が生活に困らない人たちだから、「お金を出しさえすればいい薬が得られるし、私たちの薬なんていらないでしょう」と言うのが母の口癖だった。


そのくせ、どうしても薬を必要としている人が居ると聞くと、直接渡しに行ってしまうような人たちだった。



私は、そんな頑固で不器用な両親が大好きだった。

自分が少しくらい苦しい生活を強いられても、今苦しんでいる人を助けたいと言って、それを実行できる二人が大好きだったのだ。だからこそ、両親の意思をつなげられなくなっては、私にとって薬師である意味も脅かされる。そのため警戒するのは、当たり前なのだ。



城というごく狭い環境で、一部の裕福な人間だけを救うのは私の理想に反する。


王族を助ける事や、国にとって有益な対象を守るのは大切なことだろう。

ただ、私はだからと言って、庶民を見捨てていい訳がないと思う。人の命や価値は皆平等であるなんて言わない。私にとって全く見も知りもしないような人間よりも、イルザやクマさんの方が大切だと感じてしまうのだから。


―――でも、きっと私は救えなかったことを悔やむと思うのだ。いつか滅びてしまった村で泣いたように。手の施しようがない状態になった人の、ベッド横に立って唇を噛みしめたように。




とりあえず、話は聞くが考えは変えない。

一人でも多くの人を救いたいという気持ちに嘘はない。それは両親の名を持ち出されて尚、強くなった気がする。


「…ええ。娘のシュティラと申します。御用をお聞きしましょう」


私は、騎士たちを正面から見据えた。




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