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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
2/65

2.くまさん

親切なご指摘ありがとうございます。

誤字訂正(とちょっと加筆)させていただきました。


森で薬を動物に投げてから、約二週間が経過していた。

一時は引っ越しを考えた事もあったが、結局住み慣れた家を離れる気にはならずに同じ家へ住み続けている。今日はたまたま友人であるイルザの家の近くで商売することになったため、頼まれていた薬を渡すついでに挨拶程度に話をしてきた。


友人は流石街に暮らしているだけあって、世間のうわさ話などをよく知っている。

世情に疎いシュティラの貴重な情報源となっている彼女との会話は、自身にとって有効な情報も多い。


勿論数少ない友人としての会話も楽しいし、美容や恋愛に関する話もする。

だが、国の状況などに応じて必要とされる薬にも違いは出るので、生活するのに欠かせない情報を得るためということもある。それを知っている友人は、率先してお菓子と共に有効な情報や、噂話をよく仕入れて来てくれる。感謝してもしきれない大切な存在だ。


「今日は、この前言っていた薬を補充しに参りました」


「あらっ、ありがとう。

 代わりというわけではないけど、時間があるならお茶していかない?」


「う~ん…じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな」


彼女の誘いに甘え、ほんの少し世間話するだけのつもりだったが、今日は気になる情報がもたらされた。


どうやら、この国のアリアルト騎士団の副隊長殿が国外追放となったらしい。

この副隊長は、権力やお金で無理やりその座を得たのではないかと噂される隊長とは違い、剣の腕も確かな庶民上がりの騎士だ。『国でこの人に敵う人間はいない』と言われるほどなので、確かであろう。副隊長は男らしい厳つい顔に引き締まった体をもつ男前だと、一部の女性にはとても人気がある。



人望があり、まっすぐな人柄は老若男女に好かれると評判な人なのに、なぜ『一部の異性以外に受けが悪いのか』というのには理由がある。如何せん顔やオーラが恐いと評判なのだ。

騎士と言うだけでも一般庶民は近寄りがたいと思うのに、彼はまじめな性格が災いして軽々しく話しかける人間が周囲にいないのだ。戦いの場においてはその威圧感が増すと言うので、部下にとってその重圧はさぞ恐ろしい事だろう。



もし飢えた獅子が目の前にいて、後ろに副隊長が立っていたとしたら、騎士団にいるほとんどの人間は前に進むと比喩されるのは、並ではないだろう。




彼は見た目が恐いということ以外、人気が高かった。仕事とは別に、街の見回りなどもしていたらしいのにここ最近は、まったく姿を現していなかったようだ。

それがどうやら、革命派に手を貸した容疑でここしばらく捕えられていたというのは驚きだ。国と人々の安全を第一に考える、騎士の鑑と言うべき彼がそんなことをしていたという噂は、瞬く間に広まったらしい。


最低一ヶ月はその是非について検証されると考えていたが、驚くべき速さで判決はなされた。この度、謀反を起こした罪で彼は国外追放となった。

判決が下された当初は、余りの出来事と判決の早さに冤罪を疑って、暴動を起こす人間まで現れたらしい。だが、何より本人が明確な否定をしなかったということが後押しとなり、この件は有罪で片づけられたらしい。


「そんなことがあったんだ…」


「えぇ。

 もう街中その話で持ちきりだから、よその国に伝わるのも時間の問題かもね」


騎士が謀反を起こすことは、これまで前例がなかった訳ではない。だが騎士団内のみならず、一般庶民の間でここまで好かれていたのは、きっと彼だけであろう。


彼の無罪を信じ直訴した人々の行動を考えれば、今回の事は残念でならない。

アリアルト王国の大きな資産であり、壁でもあるような存在を失ったのだ。もしかしたら副隊長という大きな戦力を失った事に目をつけ、隣国が攻めてくるような事態も考えられてしまう。そんな事くらいで…そうは思うが、均衡が崩れるのは些細なきっかけで充分なのだ。



―――戦争などにならなければいいが、最悪な状況を視野に入れるとすれば、薬は多めに用意しておいて困る事はないだろう。保存がきくものや、作るのに時間がかかるものを、通常よりも多めに作り置きしておくことにした。


歯がゆくなる事もあるが、薬師としてはこれが限界だ。多少の治療なら出来るが、私は医者ではない。自分の身すらもまともに守れないこんな小娘では、大きな戦いになった時に戦場で救護班に入ることすらも出来ない。いざ戦争が始まっても、こうやって薬を作るという間接的な形でしか助けることは出来ないだろう。



両親から受け継いだ知識や、薬師であるという事に私は誇りを持っている。

だがしかし、こういう緊迫した状態では歯がゆさを感じずにはいられない。






イルザと話した帰り道に、花畑に誘われてつい長居してしまった。 ここには猪や山犬がでると有名な為、一所にとどまるのは褒められたことではない。こんなにも時間をかけたのは、「お花が綺麗だから飾ろうと思って」などと言う少女趣味の可愛い理由では勿論なく。よそでは滅多に手に入らない材料になる花を見つけたからだった。


もうそろそろ切り上げようと考えながら、あと少し…もう少し…と、どんどん薬に使える花を摘んでいった。もちろん、生態系を狂わすほどの量を一度に取る訳にはいかないため、広い範囲でちまちまと籠に集めていった。



そんな彼女の耳に、カサカサと何時ぞやに聞いた覚えのある音が届く。音自体を考えるのなら、聞き慣れたさして気にする必要のないものだろう。

だが風のない今、それを単なる気のせいですませるには無理がある。


私は、そおっと音がする方向から一歩離れた。


音は聞こえないが、何かが茂みにいるのが気配で分かる。

もう一歩下がろうと足を下げた途端、パキッといい音を立てて小枝がはじけた。

こんな時になんてベタな事をするのかと自分を責めたが、相手は待ってくれない。

茂みからは、血走った目の山犬が勢いよく飛び出してきた。 こんな花畑には到底に合わない血走った眼に、思わず尻ごみする。やけに大きくつばを飲み込む音が響いた気がした。


「逃げられそう……では、ないか」


放したくないとばかりにぐっと握っていたお菓子の包みへ、スッと視線をやり覚悟を決めた。


きっと相手の狙いは友人から貰ったお菓子だろうと、涙を飲んで山犬へ向かって投げる。この前の様に、姿を見せていない段階であったら薬草を投げて撃退出来ただろうが、此処まで近づいてこられたら効果が薄いと観念したのだ。

それにも拘らずまた間の悪いことに、そのお菓子は山犬の顔に当たってしまった。

怒った山犬は、威嚇しこちらに飛びかかってくる。


「ぎゃあぁっ!」


せっかく、高いお菓子を犠牲にしたのになんてことだ。

こんな事なら私のお菓子を返して欲しい。そんな見当違いの事を考えてはいるが、私に余裕などありはしなかった。

その証拠に、私の足は地面に縫い付けられたように動かなかったのだ。接近してくる間もただ、避ける事なく黙って襲ってくる山犬を見つめていた。




すると、突然目の前に大きなくまさんが現れた。

相手の攻撃に引く事もせず、大きな茶色のクマさんは山犬に喰らいつく。 腕に噛みつかれたようだがそれを逆手にとり、思いっきり鼻っ面を殴りつけた。


「―――逃げろ」


渋い声でそう言われたが、足がすくんで座り込んでしまった。日常生活では、到底お目にかかれないであろう光景が、すぐそばで繰り広げられている。幾ら私の倍近い巨体の持ち主だとしても…あまりにも、あっさりと山犬を追い払ったクマさんを恐ろしいと感じてしまう。

例え私を守るための行動でも、クマさんが山犬に向けていた瞳は、他の生物を殺めた事のある者にしか出来ないものだった。



負け犬よろしく走り去った山犬を威嚇していたクマさんが、ゆっくりとこちらを振り返った。

感謝の念を伝えたとしても、怯えるなど失礼だ。…けれど、理性とはまた違った部分で私は目の前のクマさんを怖がっていた。


絶対的な捕食者と狩られる者。

生死をかけて戦う者と、卓上の議論を交わす者。こんなにも分かりやすい関係性は滅多にお目にかかれない。両親を失い一人で生計を立てていると言っても、私は武器すら持った事のない小娘だ。無様に震えだすことはなかったが、クマさんと目があった瞬間に怯えてしまったのは誤魔化しようがなかった。

それを見たクマさんは別段私を責めるでもなく、どこか諦めたように去って行く。


「あっ……」


クマさんが走り去った跡には、点々と赤い痕が残っている。

これは、なかなかの出血ではなかろうか。一応、助けて貰った身としては、これを見てみぬふりしては、人としていけないと思う。


私はクマさんが残した痕をたどり、走りだした。




おまけに、本編では3000字から3500字で一話をおさめる挑戦をしています。読みにくくなっている個所もあるかもしれませんが、許して頂けると幸いです。

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