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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
17/65

掌編 わんちゃんの思い出


何時ものごとく、今日も来客を告げる音がする。

家の扉を開けると、そこには予想通りレスターがいた。だが、残念なことにお目当てのくまさんは来ていない。それを聞いた途端、目に見えて落ち込んだ様子のレスターに、思わずクマさんのどこがそんなに好きなのかと問いかけてみた。


「どこがだと?副隊長ほど素晴らしいお方は、他を探してもそうはいないと言うのに、お前はまだその魅力に気づいていないのかっ!」


「だから、その魅力とやらを教えてくれと言っているんじゃないの。

 何時ものんびりお茶している所しか見ていないから、わからないのよ」



熱くまくしたてるレスターを退けて、私は言葉をつづけた。

確かに『ベルンハルト様のファン』だという人間は多くいるが、レスターは行き過ぎている気がする。


「そもそも何時からクマさんを尊敬する様になったの?」


この様子だと騎士団に入る前から、クマさんの追っかけをしていても驚かないと思っていたのだが。彼から返ってきたのは意外な言葉だった。入団する前は、人気が高くベルンハルト様なんて呼ばれているクマさんが嫌いだったという。


「…そんな様子で、よくこんなにクマさんを好きになったわね」


今の姿を見ると、嫌っていただなんて信じられない。「俺は、それなりに名の知れた家の三男坊で、甘やかされて育ってきた」そういうレスターに、私は心の底ではやっぱりか…と、どこか納得してしまう。私が一人納得していることに気付かず、レスターは言葉を続ける。



「上に二人兄がいる俺は、特に期待されることもなく生きてきた。

 そのうえ、幸か不幸か勉学も武術もすぐ身につけてしまって、夢中になれることなど殆んどなかった」


「……そう」


両親から受け継いだ薬師という仕事に誇りを持っている私には予想もつかないが、ハーブの名前や調合法を覚えるたびに両親から褒められていたことを思い出した。

期待をされないというのも、辛いものがあるのかもしれない。もしかしたら、彼は私のように些細なことで褒められた経験もないのかもしれない。


「それなりに実力はあっても、家業を継ぐのは兄たちと決まりきっている。

 それに、俺は町で腕には多少の自信があって、何か手柄でもあげれば家の為にもなるし、褒美も出るだろうと軽い気持ちで入団したんだ」


「―――それは、あまりに無謀な気が」


「嗚呼、全くだ。やる気すらない俺の力なんて、騎士団では何の役にも立たなかったよ。中でも、副隊長のしごきは酷かった。同期の人間と比べればそんなに悪い腕をしていた訳ではないのに俺ばかりしごかれるから、絶対に私情をぶつけているだけだと思っていたんだ」



馬鹿だったよっと、自分をあざ笑うかのように呟くレスターに、私は何も言う事が出来ないでいた。彼はこれまでの自信を砕かれたことで、足元がぐらついていくようで必死だったのかもしれない。

自分が未熟だからしごかれているのではなく、妬まれているとでも思わなければ、自分を保てなかったのだろう。きっと初めて感じた挫折だったのだろう。レスターは過去を思い出しているのか、僅かに苦笑した。



「きっと、副隊長には俺が真剣に騎士になろうとしていないことも、戦うとはどういうことか理解していないことも分かっていたんだろう。『お前は何のために剣を振るんだ』と聞かれたときはまいったよ」


剣は守りもするが、人を殺める危険もあるのだ。その逆に、自身の命がそこで事切れる可能性も充分考えられる。普通はそんな心構えをしてから入団しなければいけないのに、レスターはそれをしてこなかったのだ。

クマさんが危惧することも分かる気がする。世話焼きなクマさんは、こんな事では彼が簡単に命を落とすのではないかと、心配だったのだろう。



「俺は副隊長に言われて初めて、剣を振ることを恐ろしいものだと思ったんだ。

 これまでは何だかんだで要領よく済ませられたし、他人のために動くなんて考えもしなかった」


レスターがそう言ったことで、彼はやはり貴族なのではないかという確信を深めていく。もしかしたら家や王族などを守ることを念頭に置くばかりで、庶民を守ることなど考えもしなかったのではないだろうか。国のほとんどは、王族や貴族ではなく庶民で成り立っている。国を守るとは庶民を守ることでもある。



それも知らずにいたのならば、いざ自分より身分が下の庶民を守るために身を危険にさらせと言われたら、冗談ではないと考えてもおかしくはない。なかには、『王族や貴族を守るために騎士はいるのだ』と、恥ずかしげもなく公言している輩もいるが。幸いなことに彼はそういう人間ではないようだ。


「ましてや俺の一瞬の動作だけでこれまで生きていた人間が死ぬのだと気づいた時は、本気で騎士をやめようとまで考えたさ。…それを、副隊長は止めてくださったんだ。『今のお前なら共に戦いたいと思うし、いずれは自分の背中を任せられる程、腕を上げるかもしれない』と」


レスターがクマさんに懐く気持ちが、少しだけわかった気がする。入団する前までは意味を見いだせなかったことに意味を与え、目標を持たせてくれたのがクマさんだったのだろう。おまけに、背中……言ってしまえば己の命を委ねられるだけの、信頼関係を築こうと言っているのだ。

これは剣を持たない私でさえも、相当大変且つ重要なことだと分かる。だからこそ、言われた本人はうれしく思えたことだろう。



これからは、自分のクマさんを見る目が変わりそうだ。そんな人なら、私も格好いいと尊敬できるかもしれない。クマさんは私にとってそばにいると落ち着く存在だったが、騎士としての彼はそれだけではないのかもしれない。


「これまで自分より下の人間を守るなど冗談ではないと思った事もある。

 …けれど、副隊長のような人が庶民の中にもいるのかと思ったら、その人間を守ってもいい。―――いや、守りたいと感じたんだ」


だから今の俺があるのはすべて副隊長のおかげだというレスターの言葉に、思わず感動させられてしまった。


私も、形は違えど人々を薬という形で守りたくて薬師になったのだ。

一見相容れない存在に思える人が、自分と同じ志を持っているのかと思うと嬉しくなってしまう。つい、これからもがんばれと声援を送ろうとした私に、レスターはとんでもないことを言ってきた。







「では、これまで聞いた副隊長の素晴らしい点について、5000字以上で感想を書いて提出しろ」


「……はぁ?」


人がせっかく感動しているというのに、この男は何を言っているんだ。


「俺が見返りもなしに副隊長の素晴らしさを語って聞かせてやったんだ。

 きちんと理解しているのか、確認するくらいさせてもらうのは当然だろう」


レスターはそう言うが、少なくとも私は身近な人間の良いところなどレポート提出したことはない。なんでも報告書を書くのは貴族のやり方なのかも知れないが、私は庶民だしそんなものに付き合う気はない。


「あっ…おい!しっかり6500字以上書いておけよ!」


「………」


先ほどよりも1500字も増えているじゃないかっ!と思いながらも、私は無言で扉を閉めた。

これまで感動していた自分が、どうしようもなく哀れに思えてしょうがない。もう二度と、クマさんについて彼に聞くのはやめようと心に決めた日だった。




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