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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
16/65

13.くまさんの仲間は…


イルザに言い渡された約束の三週間は経過し、怪我も完治した。

これまでのクマさんであったら、私とは『二度と会わないようにする』と言っていた位だから、会えなくなっていてもおかしくない。しかし、クマさんと私の交流は依然続いていた。

それもこれも何とも失礼な訪問者が、『クマさんに会いたいがために』定期的に私の家を訪れるからだ。私は、他の人に国外追放になったクマさんがここに居るのを知られたら大変だろうと、家の居間を彼らに話す場所とし提供している。


「…そんなにしょっちゅう来ても、クマさんはいませんよ」


「だから、副隊長をクマさんなどと呼ぶなと、何度言えば分かるんだ!」


最初に『クマさん』と彼を呼んだとき、この無礼な騎士ことレスターはすごい剣幕で怒った。

…でも、クマさんに止めろと言われてもいないのに、この呼び方を止める気はない。確かに彼の素性を知った時、アリアルト騎士団の元副隊長を『クマさん』などという愛称で呼んでいるのは、流石になしかと思った。


だが彼は仮にも国外追放になっている身だし、ヘタに素性が知れるよりいいだろうと私の中では割り切ってしまった。むしろ、レスターは少し警戒心が足りな過ぎると思う。ここまで副隊長と連呼していたら、何かのはずみでクマさんが見つかってしまうかもしれないのに…。

クマさん程とは言わないが、もう少しレスターは周囲を窺うという能力を手に入れるべきだ。




初めての訪問から、レスターは週に1度は我が家に訪れるようになってしまった。

クマさんには『自分の現状を教えないでくれ』ときつく口止めされているので、必然的に会える確率の高い私の家に来るのだ。

ただし、クマさんがいないと知ると不機嫌になり、後どれくらいで来るのかと問いただしてくる。正直「そんなの知るか!」というのが私の感想だったし、実際に言った事もある。


けれどそれを言うと、青年は思い出したかのように苦々しい顔をしたので強く責める気になれないでいた。『飼い主に捨てられた犬』のような青年に、厳しく接する事が出来なかったのだ。クマさんはそんな彼をしり目に、私の世話をしてくれていた時よりも家に顔を出す頻度を減らしている。



この無礼な騎士は、何とか彼のいう『尊敬する副隊長』を騎士隊に取り戻したいらしい。あまりの忠犬ぶりに見るに見かねて、青年が居ない時にクマさんに思わず言ってしまった事がある。


「あれだけ必要とされて、何が不満なんですか」


どうして現在自身が置かれている状況を教えず、話すらもまともに聞いてあげないのか理解できなかったのだ。私たちに話してくれたように、ほんの少しでもクマさんの考えを教えてあげれば納得のしようもあるだろうに、ただただクマさんは無礼な騎士との接触を拒んでいる。


―――だけど、クマさんの悲しみとも苦しみともとれない表情を見て、私は彼の触れてはいけない部分に踏み込んでしまった事に気付いた。


以前も、彼の事情に踏み込み過ぎて反省した所だったのに、またやってしまった。


「…ごめんなさい」


「―――いや、俺の方こそ巻き込んで済まない」


小さな声で謝った私の頭を、クマさんは何時ものように数度優しく撫でた。

思わず言ってしまった私の問いにクマさんはとうとう答えることはなかったけれど、何かに苦しんでいる彼が楽になればいいと願った。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






―――だが、これは流石に酷くないだろうか?

目の前で繰り広げられる光景に、思わずため息をつく。見たくもないのに『いい年をした青年が厳つい男に縋りつく』という、何ともマニアックな場面を見せられているのだから、ため息も零れると言うものだろう。

しかも、その光景を繰り広げられているのが我が家と言う事が何とも納得できない。


「副隊長!そんなに蜂蜜がお好きなら、俺の家で好きなだけ用意いたしますから、どうか我が家にお越しください!」


「いや…だからな?

 俺は何も蜂蜜だけが目的で、シュティラに逢いに来ている訳ではないのだが…」


大概失礼なことを言いながら、二人の口論は止まらない。

無礼な騎士ことレスターは、蜂蜜がなければ私の元にいる意味はないだろうと暗に言っているし、クマさんはきっと、『蜂蜜だけではなく鮭も好きなのだと』言いたいのだろう。


そうじゃなければ、以前イルザにどうして私と交流を絶たないのか聞かれたときに、『彼女の作る料理が忘れられなくて…』と言う言葉などとっさに出てこないだろう。本人が言っていた位だから、私の餌付けが成功し過ぎたのだろう。

全くもって、残念だ。




嗚呼…もういっそ二人を殴り飛ばして、この家から追い出しては駄目だろうか?

むしろ家主である私には、それだけの権利があると思うのだが。


「―――いい加減にしてくれませんか、二人とも。

 そろそろウザくなってきたんですけど」


「…すまないシュティラ」


「なっ!これは国家にもかかわる重要な事だぞっ、恥を知れ恥を!」


「そんなに唾飛ばしてきゃんきゃん叫ばなくても、聞こえていますよ。

 大体、どうして貴方の家にクマさんが行くと国を救えるんですか」


「っうぅ……そ、それは副隊長が少しでも過ごしやすい環境を整えることで、騎士団の向上を呼び、延いては国のために…」


「…無理があると思うぞレスター。そもそも此処は彼女の家だ。

 失礼な態度をとるんじゃない」


「まぁ!思い出していただけて何よりです。お礼にどうぞ」


少し嫌味っぽく言ってからクマさんの前におやつを差し出すと、彼は目をきらめかせながら皿を受け取る。今日は無難にパンケーキを焼いてみた。焼きたてのそれにはバターをのせ、その上から蜂蜜をかけておいた。

二段に重ねたパンケーキは、後々甘味が足りなくなる事も多いのでクマさんの前に蜂蜜の器も机に用意しておく。


他にも木イチゴやオレンジのジャムやなども用意してあるのだが、クマさんはこの方が喜ぶだろう。もしも違う味を食べたいと言われたら、材料はあるからまた焼けばいい。


「おい、私の分はどうした?」


「…それが、人にものを頼む態度ですか?」


「何だと?この私に、お前ごときがケチをつけるのかっ」


もしかしたら、お貴族様にとってはこれが当たり前なのかもしれない。レスターの態度や口調を見る限り、彼が貴族の出である事など容易に察しが付く。これが彼らの普通だというのならば、しがない庶民の家で威張り散らしていないで、自分のテリトリーに帰ればいいのに。

思わず舌打ちしかけた私の心を代弁するかのように、クマさんが口を開いた。


「……レスター、仮にも騎士を語る者が、そのような礼儀知らずの行動をとるな。

 大体、我々騎士団は庶民を守り、国を支える為に存在しているのだ。

 それなのに庶民を馬鹿にするような態度を取るのは、お門違いと言うものだ」


「副隊長…」


「そもそも、俺も彼女と大して境遇は変わらないしな。

 聞いていて気分のいいものではない」


そう言葉を切ったクマさんに、レスターは突然立ち上がると腰を曲げ綺麗な礼をして謝罪した。確か、アリアルト騎士団の元副隊長は庶民の出であると聞いた事がある。何かと気に入らない所の多いレスターだが、こういう所は嫌いではない。

自分の非を認められる人間は好きだし、尊敬に値する。


「俺に謝ってもしょうがないだろう?彼女にこそ誠心誠意の謝罪をしろ」


クマさんのそんな言葉を聞いた途端、一瞬嫌そうな顔をした所も、もしかしたら彼の素直さ故なのかもしれない。


「…悪かったな」


「おう」


「っお前はまた、そういうおちょくった態度を…」


「私はクマさんの事を家に招いた覚えはあるが、あんたを招いた覚えはない」


この男は、何時も突然訪問してきてはずうずうしく家に上がり込んで来る。彼の真剣な様子にこれまでは大人しくしていたが、そろそろ我慢の限界だ。

貴族のこういう所が嫌いなのだ。自分たちは敬われ、快く招きいれられるのが当たり前だと思っている節がある。いい機会だから此処で一つ、庶民と彼らの認識の違いという物をはっきりさせておきたい。






まぁ、結果だけ言うとしたら、私はレスターにもパンケーキを焼いてあげた。

数十分の嫌みとも説教ともとれる言葉にも、彼は耐えたので良しとする。本当は何度か反論しようとした場面があったのだが、クマさんが窘める事で口をつぐんでいた。

どうやら本当にレスターはクマさんが好きであるらしい。憧れの対象であるクマさんに怒られて、本気でへこんでいた。



力なくしょげかえるその様に、甘いものでも食べて元気を出して欲しいという気持ちで最初はパンケーキを差し出した。だが客観的に二人を見た時、まるでクマさんのみならず、レスターと言う大して可愛くない犬にまで餌付けしている気分になったのは、内緒だ。




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