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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
15/65

12.強引な訪問者


クマさんに料理を教え出して、数日経過した。

初めの頃は、簡単な焼き料理以外は慣れていないらしくて、料理を焦がしたりしていたが今では手慣れたものだ。さすが、騎士団内で作る料理は人気があったと言うだけある。もっとも、騎士団には専用の宿舎があり食堂も完備している。


そこにはもちろん料理人もいるらしいのだが、野外になるとそうはいかない。

数は多くないとはいえ騎士自身が料理を作る機会があり、彼の腕は話題に上がるらしい。もちろん副隊長になった彼が作る事などまずないのだが、入団したての頃に作ったのを覚えている同僚が居て、未だに褒められるらしい。


確かに、クマさんの包丁さばきは見事だ。後は『男の料理!』と言わんばかりの乱雑さが減れば彼はなかなかな腕を持っているだろう。


「うん、今日はしっかり火が通っていますし、味もよく全体に絡んでいます」


「じゃあ!」


「えぇ、美味しいですよ?」


確かめてみますかと聞きながら、小皿によそっていたものをクマさんに差し出す。

私の味見した食べ残しを渡す形になってしまったが、鍋に入っているものよりは冷ましてあるから食べやすいだろう。

そう考えてスプーンをクマさんに寄せるが、なぜか彼は口を開こうとしない。


「…?食べないんですか」


「あっ、いや…うん。頂こう」


わずかに頬を染めながら口を開いた彼にスプーンを近付ける。

どうして味見くらいで頬を染めているのか分からないけれど、まぁ風邪ではなさそうだし大丈夫だろう。


今日は、珍しく手に入った筍をお肉と甘じょっぱく炒めた料理に挑戦して貰った。

砂糖の代わりに蜂蜜を使ってもらったのだが、彼は上手く使いこなしている。

大分作れるレシピも増えているから、クマさんが街で一人生活をする事になっても困らないだろう。


「……うん。なかなか、かな?」


「あれ、弱気なんですね。ちゃんと美味しいですから、自身を持っていいですよ」


「…そうか」


「それじゃあこっちのご飯も炊けたみたいですし、食事にしましょうか」


クマさんに声をかけて、料理をお皿に盛る。彼は怪我した私が動き回るのを良しとしなかったが、最近では随分許してもらえる事が増えてきた。足が治るのも時間の問題だろう。



本当に、彼は文句も言わず良くやってくれていると思う。


私とイルザが、無理やり理由を取ってつけたのは分かっていたはずなのに。

彼はそんな私たちを責めることなく、私のまだ少し痛む足を心配してくれている。

本来、彼が居ない状態だったらこれ位なんてことない怪我だ。無理をしなければ気にならない位の痛さだし、一週間たった今となってはもう普通に生活しても大丈夫な頃だろう。


それにもかかわらず、クマさんは私を甘やかすかのように世話をしてくれる。

長時間立ったままなんて事はもってのほかで、重い物も持たせてもらえない。

野菜の世話も、土で汚れるのを気にする事もなく引き受けてくれる。




これまでは一人でやっていた事が、クマさんと一緒にする事で随分はかどる。

掃除や洗濯、食事の用意に薬師の仕事。今までは後回しになっていた身の回りの事をする時間が、彼と過ごすことで随分得られた。もちろん、彼はただ休暇を楽しむ為にこの森に来た訳ではないから、毎日我が家へやってくる訳ではない。


それどころか二人でこの家にいる時ですら、どこか周囲をうかがい、警戒を解いていないのだろうという風に感じる瞬間があった。ほんの少しの物音に反応し、お茶をしている時ですらだらしない様子になることはない。


私が、彼に対して『熊のようだ』と感じたのは、そんな野生動物みたいな姿を見ていたからかもしれない。



本当は、この家にいる時くらい心静かに過ごして欲しいのだが、彼の状況が許さないのだろう。そんな些細な私の願いは、すぐさま打ち砕かれることになった。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






それは、クマさんが少しうちに来るのが遅くなると言っていた日だった。お昼を平らげた時に訪問を告げる音がして、私は何の警戒もなく扉を開けた。クマさんは家に通い出して二週間は経つというのに、未だに律義な様子を崩さない。扉を自分で開けるような事はしないし、必ずノックをする。



見た目に似合わないその紳士的な振る舞いは、真面目なクマさんにはぴったりではあるが、二人の間に壁を作られている様で寂しくなる。

まさか、イルザに言われた見当違いの脅しを気にしている訳でもないだろうから、わざと彼がそうしている事は鈍いと言われる私でも分かる。大体、大きな熊さんの周りをちょろちょろしている小リス程度の扱いしか受けていないのに、私たちの間に色っぽい事が起きると考えているイルザがおかしいのだ。



きっと彼女に忠告されたときに怯えていたのは、「万に一つの確率でそんな気が起きてしまったら、怖いなぁー」程度の気持ちだったはずだ。それ以前に、男性はああいう表現をされたら、大抵は同じような反応をするのではないだろうか?身近な男性といえば、今は疎遠になっている幼馴染ぐらいしかいないが、その予想は当たっている気がする。


彼女にまんまと脅されたクマさんは、不憫としか言いようがない。

そんな事を考えながら「はーい、今開けまぁーすと」扉をあけると、そこにはこれまで見た事のない偉そうな騎士が立っていた。




「国王様が直々にお話したいとのことです。今日こそ、ご同行お願いします」


「無理だって言ってるでしょうっ?!」


しばらく、そんな会話が繰り返されていた。

何時もならそろそろ引いてもいい頃なのに、今日は一段としつこい。相手はとうとうしびれを切らし、強引にでも城に連れて行こうとする。そんな騎士に必死で抵抗するが、力に押されて無理やり引っ張られてしまう。クマさんほど大きくはないが、この騎士もなかなか身長があるため、体格差的にいっても不利だ。


だが、冗談じゃない。こんな風に無理やり力任せに要求を押し付けてきて何様のつもりだ!―――いや、勅命という位なのだから王様か。

唯、この横柄な騎士の様子を見ていると、『俺様が此処まで来てやっているんだから、おとなしく言うことを聞け』と、暗に言われている気がするのは何故だろうか。何時もの気弱そうなお兄さーん!私は、貴方の方が好きですよっ!



そんなボケを脳内で繰り広げられていると、突然掴まれていた腕が解放され、聞きなじんだ低い声が鼓膜を揺らした。


「レスター、彼女の意志を無視して何をしているんだ。お前らしくないぞ」


「副隊長!」


お久しぶりです!こんな所にいらったのですか。元気でしたか?など、まるで『主人にじゃれつく飼い犬』のように無礼な騎士は目をキラキラさせている。

懐かれているクマさんはそんな反応に慣れているのか、苦笑しつつも邪険にはせず相手をしている。これまでで初めてと言っていいほど、クマさんの頼りがいがある姿を見たかもしれない。


そこまでクマさんに愛想よく出来るのならば、私に対してもう少し接し方を考えて欲しかったと思うのは、贅沢な願いなのだろうか…。


「副隊長、何時になったら戻ってきて下さるのですか?みんな寂しがっていますよ」


「―――もう、俺は副隊長ではない」


「何言っているんですか!! 俺たちにとって、副隊長はどこまでいっても副隊長であり仲間です。むしろ、あいつのほうが…」


「そこまでにしろ、レスター!」


クマさんは無理やり青年の言葉を区切って、これまで聞いた事がないような大きな声で制止した。それにびくりと体を揺らした青年は、一瞬悲しそうに眉間にしわを寄せたが、キッと表情を引き締めると一言捨て台詞を残して去って行った。


どんな内容を話していたのか全く分からなかったのに、『俺たちは、あんなデマ信じてませんから!』そう言った青年の言葉が、なぜか私の耳に残りずっと繰り返し流れていた。

事情を全く知らない私の主観より、あの騎士の言葉は何よりクマさんの無実を訴えているように思える。



クマさんは何も言わず、走り去った騎士の後ろ姿を見つめたまま立ちすくんでいた。どんな言葉をかければいいのかわからず黙り込む私に、クマさんはそっと言葉をかけてくる。


「…突然、すまなかったな。怪我はないか?」


「えぇ、私は大丈夫ですけど。…彼の事をほっといてもいいんですか?」


そう聞いた途端、私は質問を誤った事を知った。きっと、初めて会った私なんかよりも、よっぽどクマさんの方があの騎士の事を気にしているだろうに。

彼は私の質問に対して何処かさびしそうな顔をし、「…これでいいんだ」と呟き普段のように力なく微笑んだ。




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