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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
13/65

10.新たな約束

ご迷惑おかけしてすみません。復活しましたので、今後は当初どおり二日に一度投稿させて頂きます。今日は、復活記念に二話投稿しました。


何としても、彼をこのまま行かせては駄目だ。少なくとも、今は駄目。

こんな気力を感じられない彼と別れたら、私は一生後悔すると思う。もしも私と話すことで安心するというのならば、幾らでも付き合う。蜂蜜や鮭が欲しいのならば、出来る限り用意しよう。鮭を生で食べさせるのは辛いけれど…。数度ならば何とかなるかもしれない。


だから、これきり会えないという事だけは避けなければっ。

何とか打開策する方法はないのか?彼に問いかけてみるが要領を得ない。


「―――国王陛下に理由を説明する訳にはいかないんですか?

せめて、城に行って話を聞いてもらうだけでも…」


「…きっと、無理だろう」


そう視線を落とすだけで、クマさんは事情を話してくれる気はなさそうだ。

彼が国を追放されても話そうとしなかった事をここで聞き出そうなんて、やはり無理があるのだろう。そう思って悔しさに顔を歪める横で、これまで黙っていた彼女が声をあげた。


「―――ベルンハルト様。彼女の足の様態はどうでしたか?」


イルザの凛とした声が、一瞬私の思考を止める。

けれどそんな彼女の見当外れの言葉に、すぐに苛立ちが湧いてきてしまう。今はこんな捻挫ぐらいどうって事ないし、問題ではない。それでも、彼女のアイスブルーの瞳はしっかりとクマさんを射止めており、私に口を挟む余地を与えない。


突然話が変わった事に戸惑った様子だったクマさんも、おずおずとそんなイルザに言葉を返す。


「嗚呼、そこまで悪くはなさそうだが。

 大事をとって三週間は安静にしていたほうがいいだろう」


分かったか?と確認するように、最後の方は私の目を見てしっかりと言われた。

確かに、さっきも抱き上げようとしたクマさんを恥ずかしいという理由で拒絶した所なので、注意されてもしょうがないのだろうけれど…。これ位どうって事無いのに。


「どうやら、ベルンハルト様はシュティラの性格をよくおわかりの様で。

 このように、なまじ一人の生活が長いせいか、少し無理をしすぎる所が彼女にはあります。本当は我が家に連れて行き安静にさせておきたいのですが、この家は両親との思い出が強いそうで離れたがりません」


本当に、この友人は何を言いたいのだろうか。何らかの狙いがあってそんな事を言っているのは分かるのだが、それが今の状況にどう結びつくのかが分からない。


しょうがなく私は、黙って彼女の言葉を聞いていた。すると次第にクマさんが苦虫をかみつぶしたような表情に変わってきた。

なんだ?私には分からないけれど、クマさんには彼女の真意が分かったのだろうか。


「…それならば、貴女がここでしばらく世話を焼いてやる訳にはいかないのか?」


「残念ですが、私には家の手伝いがありまして、そうそう家を空ける訳にはいかないのです。彼女を無理やり連れて行こうにも、馬車も入らない森ですからねぇ」


さも困ったというように眉を寄せ、悩ましい表情を作っているこの彼女には見覚えがある。


確か街で二人して買い物をしすぎて、荷物を持ち切れなくなった時に見たのだ。

イルザは街の青年にこんな顔で『荷物が重くて、腕が千切れそう…』と、弱弱しい姿で頼み込んでいた。そして追記するのならば、彼女はその後小一時間は買い物を続けていた。



何が言いたいのかというと、これは獲物を狙うハンターの罠のようなものだという事だ。これを食らうと大抵の男はくらりときて、彼女のいう事を聞いてしまうらしい。これは幼馴染の青年から聞いた事だから、確かであろう。


『どうだ、イルザは凄いだろう』とばかりにクマさんに視線を戻すと、予想外な事に彼は親の敵を前にしたようにむっすりした表情をしていた。


もしかして、この厳つい表情はクマさんなりの照れ隠しなのだろうか?いや、だが普段は頬を赤らめて照れているので、これは違うだろうと考えを否定する。

では、どうしてこんな難しい表情をしているのだろうか…。まさか、イルザの狙いが外れる訳がないと思うのだけれど。



そおっと彼女に視線を向けると、それはそれはいい笑顔をしたハンターがクマさんに照準を合わせていた。やはり、彼女の的は逸れていないらしい。何が狙いかは分からないが、獲物はクマさんで間違いない。


そして狙いを定めたハンターは、最後の引き金をクマさんに向けて放った。


「―――ですから、わたくしの代わりにシュティラの御世話をお願いできませんでしょうか?」


「…へ?」


思わぬ言葉に、私は間抜けな声をあげてしまった。

確かに彼女がこれまで言ってきた事は正論なのだが、それには私の足が生活に不便をきたすほど症状が重くなければいけないという、大前提が必要だと思うのだが…。


「…イルザ。さすがに私の怪我は、そこまで悪くないわよ」


「あら、じゃあ確認しましょう」


確認しようと言って、いきなりかがんだと思った彼女は恐ろしい事にも患部をぎゅっと握ってきた。あまりの痛みに叫ぶと同時に、紅茶の入ったカップを倒してしまった。


「ぎゃー!」


「っ大丈夫か!?火傷してないか?」


「あら、やっぱり無理はする物ではないわねぇ」


わたわたと心配しつつもテーブルを拭いてくれるクマさんに対して、諸悪の根源は優雅に紅茶を飲んでいた。立ち上がって動いてくれる彼とは、えらい違いだ。無理も何も、貴女が痛めた部分をつかんだから悪いんですけどねっ。


痛みゆえ思わず浮かんだ涙を拭う事もなく、彼女をにらみつけた。恨めしい様子の私は気にも留めず、彼女は更に言葉を続ける。


「以前、捻挫した状態で無理をして動いていたら、足が歪んでしまったという人の話を聞いた事も御座います。まさか、娘盛りのシュティラをそんな目に遭わせたくないという私の気持ち。

 …ベルンハルト様ならば、分かっていただけますよね?」


あざとく上目づかいを披露した彼女は、勝利を確信した笑みをクマさんに向けた。

そんな彼女へ何か一つでも言い返したいと思ったのか、クマさんは最後のあがきとばかりに、言葉を吐き捨てた。


「…娘盛りの彼女を、こんな武骨な男の近くに置く……ということに心配はしないのか?」


「あら、知りませんの?

 子ウサギを襲った狼は、猟師に撃たれて身ぐるみを剥がされた後に…子ウサギを襲おうとした悪い部分を、すべて切り取られてしまいますのよ?」


クマさんの全身を、舐めまわすように上から下まで見た後、イルザはそう微笑んだ。

それを聞いたクマさんは、こちらが可哀想になるほどに体を震えさせ、怯えていた。私はと言えば、彼が私を娘盛りと言った事にも驚いたが、イルザの表現も恐ろしくて怯えてしまう。忘れても全然構わないし、むしろ忘れられていた方が嬉しいのに、彼女は私に釘を刺す事も忘れなかった。


「―――嗚呼、ただ。警戒心のないおバカな子ウサギには、きっちり躾し直すつもりだから、戸締りはしっかりするのよ? シュティラ」


「っはい!!ご心配有難うございます」


もうこれは明らかに上下関係が生まれているから、イルザの事を『姐さん』とお呼びした方がいいのだろうか。いっそ、悪役の如く高笑いをしてみて欲しい。

きっと似合い過ぎて、私は恐ろしさの余り涙が止まらなくなるだろう。


「あら、シュティラ。貴女何か私に対して失礼なことを考えていない?」


びよ~んと伸ばされた頬が痛くて、思わずクマさんに『助けてくれ』と視線を送る。こんな風に頬を掴まれていたら、反論する事すら出来ない。


「いやだわ貴女、最近甘い物を食べすぎてるんじゃない?

 頬が前に掴んだ時より、良く伸びるわよ」


「そ、そこら辺で勘弁してあげて貰えないだろうか?

 俺の方でも気をつけるし、彼女は怪我をしているのだから、悪化したら大変だ」


「そうですか?」


「うぅ~、クマさーん!」


足を怪我して咄嗟に動く事が出来なかった私は、椅子に座ったままクマさんの腕に抱きつく。机を拭こうと横にいた彼へ、放すものかと縋りついた。


体格があまりに異なる為、これでは子どもが大人に縋りついている様に見えるかもしれないが、今は些細な事だ。

このままでは身動き取れない状態のなか、ずっとイルザに苛められる事になってしまう。よしよしと頭を撫でてくれた彼に、小さな声で恨み言を言う。


「元はと言えば、クマさんの為に甘いものいっぱい作っていたのに…。

 たくさん蜂蜜使った方が喜ぶと思って、頑張ってレシピを仕入れたのに…」


「あら、そんなの貴女が一緒に食べなければいいだけの事じゃない」


「うぅ~」


「いや、もう本当に色々とすまない!」


「まぁこんな状態ですし、申し訳ありませんがベルンハルト様。この娘の足が良くなるまでは、しばらく面倒見てやって下さいね?」


すっと息を吸い込んだ彼は、大きく息を吐き出すと「分かったと」了承してくれた。




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