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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
12/65

9.分からず屋のくまさん

続けて投稿するはずだったのに、予定が狂ってすみません。


現在、住み慣れた私の家の食卓では異様な食事が繰り広げられている。

両親を失った今では、家でこんな風に食事をする事になるとは予想もつかなかった。両親が生きている頃から住んでいた家なので、四人がけの机には友人を多少招いても余裕はある。

あえて問題点を上げるとすれば、昼には早い時間にこのメンツで食事をしている事だろうか。




私の横には、古くからの友人であるイルザが座っており。

私の正面には、ついさっきこの国の騎士団の『副隊長』であったと判明したクマさんが座っている。山賊にしか見えない大柄な男を、改めて観察せずにいられない。


友人には「どうして話しをすると言ったのに、食事を並べるのか」と聞かれたので、「クマさんはお腹が減ると、お腹の音で文句言うから」と答え。次には「何時もこんな時間からお昼を食べているのか」と聞かれたので、「何時もではないけれど、こんなものだ」と答えておいた。

するとまた呆れたように首を振り、今度は眉間によった皺を伸ばしている。



どうしてか、やけに今日はイルザに馬鹿にされている気がする。

確かに、日々ダイエットに励む彼女からしたらこんなに沢山の料理を一度に取るなど考えられない事だろう。けれど、この大半はクマさんの分であって、結局イルザも食べようとしているのだから、ここまで呆れたといった雰囲気をかもし出さなくてもいいと思う。


「こんな時間に食べるのが嫌なら、一緒に食べなきゃいいのに…」


「あら、何言ってるのよ。

私が貴女にプラムとくるみをあげたのは、このパンが食べたいからなのに食べないでどうするのよ」


普段、私が作る『このパンは美味しい』と褒めてくれていたけれど、まさか作らせ

るのを目的として、あんなに大量に材料をおみやげとして持たされていたとは。

初耳だったのですが?あれですか、こんなに大量に貰って申し訳ないと一人恐縮していた私は、まんまとイルザにはめられていたという事ですか?


彼女にはパンを焼いたら直ぐにおすそ分けする事にしていたので、そこまで腕を見込まれているのだと考えると嬉しいような複雑な心境だ。


「うん、やっぱりシュティラが作るこのパンは美味しいわ」


「…どうも」


イルザのこういう所が憎めない。

私としても、食材を少しでも分けてもらえるのはありがたい。詰る所、私の性格を熟知している彼女には叶わないのだと、苦笑する。


「そうよ。ずーっと待っていたのに、なかなかパンを持って来てくれないから受け取りに来ちゃったわ」


「うっ」


本来、今日にでもイルザの所に行こうと考えていたのだけれど、一足遅かったようだ。このパンは多少時間がたってから食べたほうが美味しいからと、悠長に考えていたのがあだとなった。これほど楽しみにしていた友人に食べさせるよりも、先にクマさんに食べさせようとしていたのを知られてしまい、ちょっとばつが悪い。


「そんなに楽しみにしてくれていたのに、持っていくの遅くなってごめんね」


「嗚呼、気にしないで。ちょっと愚痴聞いて欲しかっただけだから」


「まさか、もう彼と喧嘩したの?」


この前だって、散々のろけを聞かされたばかりだと言うのに、早すぎはしないだろうか。恐る恐る友人の顔をうかがってみるが、なんてことなさそうに食事しているから、そこまで深刻ではなさそうだ。


「まぁ、それは後で話すとして。

 ―――ベルンハルト様は、どうして森にいらっしゃる事になったのですか?」


「えっ」


さも驚いたという顔のクマさんはきっと、こんな風にあっさり聞かれるとは思わなかったのだろう。今にも口に入れようとしていたスプーンを皿に戻して、キッと顔を引き締めた。


「まずは、シュティラに謝りたい。君を騙すような形になってしまいすまない」


「いえ、驚きましたけれど気にしないで下さい」


むしろ、未だに本物か疑っていますし。

しかし彼自身認めている上に、遠目とはいえ実際に見た事のあるイルザも言っているから実物なのだろう。蜂蜜と鮭が好きな甘党の人だけれど、どうやらすごい人だったようだ。強面の厳つい顔は、伊達じゃなかった。


「…無駄に厳つい顔していた訳じゃないんですね」


「君は、思いっきり失礼なことを言っていると、分かって言っているのか?」


「そうよシュティラ!

 こんな怖い顔していたら、騎士団にでも入らなきゃ真っ当な仕事は無理よ」



やっぱり、この女性はシュティラの友人なんだな…そう、彼に小さな声で言われたけれど、流石に私も此処までひどい事は言いません。クマさんはどうやら、私に対してひどい誤解をしているようだ。

早いうちに否定したほうがいいかと思ったが、話しの中心であるイルザに止められ断念した。


「それよりも、お話の続きをどうぞ」


「あっ、嗚呼すまない。

 実は、突然国外追放されてしまった為に、身内の様子が心配でな。他に気になることもあったし、しばらく様子をうかがおうと思っていたんだ」


「…誰かの元に、身を寄せる訳にはいかなかったのですか?」


イルザの問いに、思わず私もクマさんに注目する。

その点は、私としても疑問に思えた。何事かを内密に調べるにしても、あれだけ人気があれば匿ってくれる人の一人や二人は容易に見つけられそうなのに。


「仮にも国外追放になった男を匿ったと知れれば、その者もただでは済まない。

 その点この森は食料が豊富で、滅多に奥まで人が入ってくるような事もなかったため、ちょうど良かったんだ」


クマさんは、そういった後に目を少しだけ伏せた。

何か言いにくい事でもあるのだろうか? もしそうだとしたら、赤の他人である一般庶民の私たちが聞いていい話ではないのかもしれない。友人もクマさんの様子に、何か考える所があったのか考え込むように黙り込んだ。


「―――そこまで慎重を期しているのに、どうしてシュティラと接触を絶たなかったのですか? 人に見つからないように、迷惑をかけないようにと、町からほど遠いこんな辺鄙な場所をわざわざ選んだ理由は分かりました。けれど、その事については今一つ納得しかねるのですが」


「っそれは…」


不自然な場所で言葉を切ったクマさんは、刹那意味ありげな眼差しで私を見てきた。な…なんでしょう?まさか、私を上手く利用するためだとか言いませんよね?

私なんて、しがない薬師ですよ。


「彼女の作る料理が忘れられなくて…」


「っおい!」


幾らなんでも、それはひどすぎると思う!人を巻き込まないように気を遣えるクマさんが、私を巻き込んだ理由が食欲に負けたからとか、悲しすぎる。


まだせめて、薬師の腕をかられたからという理由の方が嬉しい。

正直、日々蜂蜜やら鮭やらを使った料理で、胃袋をつかんでいる自信はあった。けれど、まさかここでそんな理由とか、むしろ泣けてくる。あまりに悲壮な雰囲気が伝わったのか、クマさんは大きな手を伸ばして頭を撫でてきた。


「…冗談だ。

 久しぶりに人とふれあった事が嬉しくて、少し甘え過ぎてしまったな。ご友人の心配も尤もだ。もう金輪際、彼女の前に姿を現すことはないと誓うよ」


「そんなっ! 元はと言えば、私が勝手に近づいたのがきっかけなのにっ。

それに、クマさんは何時でも私の心配をしてくれたし、近寄るのは良くないって忠告してくれました。それでも…」


それでも懲りずに会いに行ったのは私なのに…。クマさんと話したり、薬草を摘んだりする時間が好きだったから会いに行っていたのに。さも簡単に、一方的に別れを言いだされても、納得できない。

私は、こんな不器用な人が簡単に国王陛下を裏切ったなんて信じられない。きっと何らかの裏があるはずだ。


どうしてクマさんが何も言わなかったのかは分からないけれど、この人が真っすぐな性格をしているのも、温かな優しい人だという事も、これまで過ごしてきた短い時間でも感じられた。

これがもし演技だとしても、此処まで上手く人をだませたのならば、本当は善人なのではと信じたくなるほどだ。彼のこれまでの行動や言葉は、それだけ価値があったと感じるのは私の欺瞞だろうか?


「…これまで、世話になった。ありがとう」


「クマさん!」


何処か諦めたように笑う彼を、出会ってから何度見てきただろう。

私はその度に、言いたい事があるのならば、ハッキリ口で言ってくれと叫びたくなる。でも、此処までこの表情に怒りを覚えたのは初めてだ。彼は自分ひとりの問題だと言うけれど、それは間違いだ。少なくとも、一度は彼を信用したり好いたりした人間にしてみれば、こんな力ない姿の彼を放ってはおけないだろう。


今の彼の様子は、犯した罪を認める人間の様子ではなく、ただ無実の罪を負わされた人間が諦めていく姿に見えてならない。


―――嗚呼、何としても私はこの人との繋がりを断ちたくない。



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