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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
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8.衝撃の事実


『頭の打ち所が悪くて、突然おかしな事を言いだした』と疑いたくなる友人の発言が、私の頭を巡っている。


イルザが言った言葉は、私にとって到底理解出来るものではなかったが、頭の中では必死に副隊長に関する情報を引き出そうとしていた。曰わく、戦場では『飢えた肉食獣』と呼ばれ、他を圧倒する力を持っているだとか。泣かした女の数は百はくだらないだとか。


どれだけ副隊長について思い出しても、一向に目の前の存在と一致しない。確かに私より随分背丈は高いし、腕など太くて私を片手で軽々と抱えあげられそうだ。

その上、山犬から数度助けてもらった事から見ても、腕っぷしは強いだろうとは思うが。町民に人気で尊敬されている副隊長と、日だまりでのんびり昼寝している動物でいう熊のような姿が重ならない。


「―――流石は、シュティラの友人と言った所か」


低く、噛みしめるようにクマさんは言った。

それを聞いた途端に、思わずまじまじと彼を見つめる。すると気恥かしさからか、クマさんはふいっと余所を向いてしまう。


それにも負けずに彼を見ていると、ぐいーっと大きな手で顔を押されてしまった。

ともすれば彼の手は、私の頭くらい容易に掴みつぶせてしまいそうで怖いからやめて欲しい。実際に、クマさんは軽く押しているつもりかもしれないが、身長差ゆえに上から押される形になり大分首が痛い。


「…クマさん首痛い、痛いったたたたぁあ!」


グイっと大きな手を振り払ったつもりなのに、クマさんはほんの少し腕を上げただけで何ともなさそうな顔をしている。

しかも普段ならすぐに謝ってくるのに、『私が見つめていたのが悪いのだ』と言わんばかりに、憮然としている。これはあれか? 反抗期的なアレなのか?

それでは、すかさず教育的指導をしなければいけないな。


そう考え思いっきりこぶしを握った私に、友人の一喝が降りかかってきた。


「さっきから、何時まで私を無視したら気が済むの!」


「ごっ…ごめんなさい」


凄いぞイルザ。クマさんも彼女の迫力に負けて、少々怯えているのが伝わってくる。長い片想いが報われて、最近は会話すると惚気が話の大半を占めていた彼女とは思えない雄々しい姿だ。


「ちょっと失礼しますねと」言って、イルザは私の腕をきつく掴みながら、家にひっぱりこもうとした。足をひねった事は言っていないのに、ひょこひょこと引きずっていた事でバレていたようだ。上手くサポートされて、家に引きずり込まれた。二人きりになった途端、彼女は目を吊り上げて私に詰め寄ってくる。



「…とりあえず、その足について言及するのは後にするとして。

 どうして貴女が、あの人と一緒にいるのか聞かせてもらえるかしら?」


疑問形にはなっているが、それは明らかに問いかけていない!むしろ尋問に近いものがあった。雷を落とされるのが怖かった私は、これまでの経緯を洗いざらい話してクマさんの人柄も少しだけ話しておいた。


「…そう。所でさっきから気になっていたんだけれど、そのクマさんと言うのは元からあった彼のあだ名なの?」


「ううん、私がつけた」


もっともな質問だが、この事に関して私はさほど悪くない。彼は名乗りたくなさそうだったし、助けてくれた時の様子が、まるで大きな熊を目の前にしたといったインパクトある物だったから、ついそう呼びたくなったのだ。


「……あんたは知らなかったとは言え、ある意味恐いもの知らずよね」


時々尊敬してしまうわ。眉間にしわを寄せ、さも疲れたと言わんばかりに頭を振りながらそんな事を言われても、全く嬉しくないのは私だけだろうか?


「…褒められている気がしない」


「ええ、褒めていないから当たり前のことね。むしろ、これを褒め言葉だととれるほど図太い神経していたら、とっくにあなたとの縁は切っているわ」


こんな恐ろしい事を言っているのに、にこりと微笑んだ笑顔は綺麗とか、本当に神様は意地悪だと思う。


「まっ、シュティラの言い分は分かったから今はいいわ。

 次は外にいる大熊を尋問する番ね」


嬉々としてそう口にした彼女の横で、私はひっそりクマさんに合掌をした。

これは彼女が満足いく答えをするまで、放してはもらえないだろう。イルザが扉をあけると、クマさんは大人しくその場で待っていたようでゆっくりと口を開いた。


「…話し合いは終わりましたか?」


「えぇ、ひとまずは。お待たせして申し訳ありません。どうぞ、狭い所ですが粗茶でよろしければお出ししますので上がって下さい、ベルンハルト様」


先ほどから、私に対して『まだ説教したりない』と言った様子の彼女に怖くて反論できないが、彼女が狭いという家も粗茶とよぶ物も、全て私の物なのだが!

―――と言っても、彼女の家で頂くお茶は非常に上品で、何時も遊びに行くたびに楽しみにしているから、あながち間違ってはいない。


「…迷惑かと思うが、君の足も治療しなければいけないし、説明したい事もいくつかある。家に上がることを了承して頂けるだろうか?」


「別にかまいませんよ?」


律義なクマさんに許可を取られることよりも、私からしたら丁寧な言葉で話しかけられたことに驚いた。これは、やはり美人のイルザが居るからこその特別待遇だろうか? 傷が浅いうちに、イルザにはらぶらぶの恋人がいると教えてあげた方がいいのだろうか…。


「シュティラ…お客様に話しかけられている途中で意識を飛ばすとは。

 いい度胸しているわね」


「っひぃ! ごめんなさい。―――どうぞお入りください」


ついクマさんを何と呼べばいいのか分からず、変な間が空いてしまった。

私も大概動揺しているようだ。彼は出会った時から屈強な体を持っており、どこか戦う人間特有の雰囲気を感じてはいたから、傭兵か何かなのだろうと予想していた。何らかの事情で身を隠さなければいけなくなった傭兵など腐るほどいる。


ただ、そうだとするとやけに紳士らしい動作が様になっている事や、森にいるにもかかわらず小奇麗な様子が気にかかった。



だがまさか、あの有名な副隊長殿の正体がこんなクマさんだとは。

……どうしてだろう。なまじ男くさい姿を想像していたが為に、ちょっとだけ夢を壊された気分だ。


「はぁーこれが現実か」


「何を期待していたか知らないけれど、現実なんてこんな物よ」


クマさんを見てため息をついたのが分かったのか、彼女はそんな言葉を投げかけてきた。

うん、余分な理想が早々に打ち破られて良かったのだと考えよう。

―――というより、そうとでも考えなければ、やってられない。誰だ、強面でも硬派で格好いい副隊長なんて噂を広めたのは!


私たちの会話を聞き、何処か不思議そうな様子で首を傾げた彼を見て、私は黙って彼に席を勧めた。




きっとクマさんの事だからお腹がすいているだろうと、彼に持って貰っていた籠の中身をみる。黒パンは無事だったが、一緒に持っていたシチューは冷めてしまっているので鍋にある物を温めなおす事にした。

もちろん家に入ってから私は直ぐに自分の足を治療した。会ったばかりの二人に、声を揃えて制止されて言う事を聞くしかなかったともいえるが。


「シュティラは、怪我の手当てが先よ!」


「一人でまともに立てないような怪我人が、何をしようとしている。

 食事の用意くらい出来るから、君は座っていなさい」


「まったく、普通の顔をしていたから大したことないのかと思っていたのに。

 真っ赤に腫れているじゃない」


「氷はあるか?あるのなら冷やしておきなさい」


二人の迫力に押されて、私は身動きすらとる事を禁止されてしまった。

クマさんには足の様態を見てもらって、イルザは食事の用意をしてくれた。



今日の黒パンはそのままでも美味しいのだが、クマさんは蜂蜜があったほうが喜ぶだろうと、小さな器に入れて机に並べる。私が持っている器を見て何処か不思議そうにしていた彼だが、香りで直ぐにそれだと分かったらしい。普段は厳つい印象しか抱かない顔を、嬉しそうにほころばせた。


「…いっぺんにかけちゃ駄目ですよ?」


「嗚呼、分かっているから大丈夫だ」


そう言いつつも、蜂蜜が入った小さな器を彼の大きな手が包み込んで、放そうとしない。にこにこ笑っているその顔を、どうしたら信じられようか…。


「本当に、駄目ですからね?」


「…分かっているよ」


少し不満そうな表情をしたクマさんに、蜂蜜の代わりだというようにシチューを差し出す。

これにはキノコや玉ねぎも入っているが、鮭がメインのシチューの為きっと彼なら気に入るだろうと作ったものだ。実際にシチューを差し出したときには器を持つ手が緩み、強奪する事が出来た。


そんな私たちの行動を見て、イルザがぼそっと「…どんなバカップルよ」と呟いたことに、幸運にも気付いていなかった。




この世界には獣人設定も、動物が話す設定もありません。

そちらを期待していた方には、申し訳ありません。

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