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アリアルトの森で  作者: 麻戸 槊來
遭遇編
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7.追いかけっこ

謎解き? は次話以降ですが、漸くこれから話が動き出します。


私は森の中を走っていた。

見た目だけで言えば、いい年をしてクマさんと鬼ごっこをしている図だ。しかし走らずにはいられない事情があるのだ。それは数分前にさかのぼる。


その日、普段は迎えに来てくれるクマさんが来てくれなかった。

今日は街に行きたいから、ちょっと早めに行きますと言っておいたのに、待てど暮らせど来ない彼を待ちかねて、とうとう一人で森の奥へ足を進めた。




私の家は森の中であるとはいえ、街までの道がしっかりしているので分かりやすい。クマさんと出会ってかれこれ数ヶ月経過した。これまで毎日会っていた訳ではないし、雨が降った日などは会っていなかった。それでも雨が上がれば、川が氾濫して困っていないか心配になって様子を見にいってしまう。

もちろん、私の心配は杞憂に終わるし、それを聞いたクマさんは『大した大きさがないこんな川で、俺が溺れる訳がないだろう』と、呆れていた。


「そうですね……。海が近ければ鮭を自分で取るクマさんだっている位ですし、水ぐらい大丈夫ですよね」


「君は、いつまでそのネタを引きずっているんだ」


こんな軽口をたたいたのも、記憶に新しい。

彼の方も、何時も料理を作ってもらうだけでは申し訳ないと言ってキノコを沢山持ってきてくれたり、川魚を用意してくれたりする。驚いたのは、鳥を仕留めて持ってきた時だ。だらりとした状態とはいえ、鳥を私自身が捌くのは流石に勘弁してほしかった。


「なんだ、鳥の肉は苦手だったか?」


「いえ、そんな事はないですけど…流石に自分で捌くのはちょっと」


私の言葉を聞くとクマさんは「そうか」と言って、鳥を自分で捌いて料理しだした。一応気遣ってくれたのか、私から見えないように少し離れて作業を開始した。「これを、借りてもいいか?」と聞かれたので、おずおずと持っていた鍋と調味料を彼に渡す。



何故、前日に『明日は鍋と調味料を用意してくれ』と、言われていたのかやっと理解した。

クマさんの気持ちは嬉しいし、出来たての鳥のスープは美味しかったのだが複雑な心境だった。きっとクマさんがしたのは特別な事ではない。

……まぁ、森でクマさんが料理しているという事は異様だが。そこを除外視すれば畜産などをしている人なら当たり前のことだろうに、私にとっては衝撃的だと感じてしまう。果たしてこんな状態で、戦争になったら薬師としての責任を全うできるのか予想もつかない。



切に、国外追放になったという副隊長の不在が大きく感じられて仕方がない。

ひと一人いない程度で崩れることはなくても、多少国は荒れるかもしれない。

それだけ、力も人望も手にしていた人だったのだから―――。






「待ちなさい!」


「無理です!!」


嗚呼、過去のことに思いをはせている場合ではなかった。朝、一人で森へ足を踏み入れたまでは良かったのだが、私は現在山犬に追いかけられている。

そしてその後を、クマさんが走って付いて来ている。彼が言うには、私が止まりさえすれば山犬はクマさんが追い払ってくれるという事なのだが、そんな余裕があるものか。



森に入ってすぐに、たまたま山犬に出会ってしまったが為に、日常生活ではまずしない全力疾走中だ。しかも幾ら慣れているとはいえ、森の中を山犬に追いかけられながら走るのは辛い。

ずっと抱えている籠の中に、何か山犬を追っ払える物はないかと探してみたが、そんな物はすでに使い切ってしまった。獣除けの薬草を何度か投げてみたが、コントロール不足で当たらなかった。何時も身につけている強力な香りを放つ薬草を、忘れてしまったのが今回の敗因だ。



あぁ、こんなことならクマさんに迎えに来てもらえばよかった。私は走りながら切実に考えていた。それとも、今日は気合を入れて作ってきた食事だから、山犬に与えるのはもったいないと考えてしまったのがいけないのだろうか?


おまけに籠の中に入っているのは、頂き物のプラムとくるみが入った黒パンです!ついでに、クマさんが好きな蜂蜜も入ってますがっ。珍しく自分で焼いたのに、簡単にその大事なパンを渡したくないと思っては駄目でしょうか。


つらつらと思考をめぐらせていると、直ぐ下にあった木の根に気付かず足を取られた。


「いったぁ!」


「っ!」


思いっきり転んだ私は、山犬に襲われる衝撃に備えてギュッと目をつむる。

しかし、予想していた痛みは訪れず、鋭く空気を割く音がした途端、辺りは静寂に包まれた。


音の正体が分からなかった私は、恐る恐る目を開いてみた。すると目の前には、どこか憮然とした様子のクマさんが立っていた。何を言えばいいのか分からず彼をずっと見つめていると、次第に心配した表情にかわっていく。


「…山犬は追い払ったぞ。大丈夫か?」


「……足が痛いです」


グッと顔を下に向ける事で、溢れそうだった涙を誤魔化す。―――クマさんの顔を見たら安心して泣きだすとか、どれだけ彼に頼り切っているんだ。出会って間もない彼を、少し信用し過ぎている気がする。『何時までも地べたに寝転んでいる訳にはいかない』と立ち上がろうとしたのだが、足首をひねったようで動けなかった。


「っう!」


「無理に動かすと、歩けなくなるぞ」


突然持ち上げられた足に対し、慌ててスカートの裾をつかむ。それなりに丈があるとはいえ、足を持ち上げられたら下着が見えてしまうと危惧するが、彼は気にした様子もない。「…捻挫だな。しばらく家で大人しくしているといい」その言葉を最後に、私はクマさんと家へと歩き出した。

彼と密着した状況が気恥かしくて、思わず負ぶってくれようとしたのを「クマさんのえっち!」と、虐めてしまったのは許して欲しい。







「…家の前に誰かいる」


「ゲッ!」


私の声にクマさんが頭を傾げたが、今は流暢に説明している時間はなさそうだ。

どうして此処にいるのか、何か起きたのかなど聞きたい事は山ほどあるが、よりによって一番見られたくない人間に見られてしまった。


とっさにクマさんの腕から手を放し、彼を追い払おうとしたが、足首を痛めた私を説明もなしに置いて行ってくれるほど、彼は柔軟ではなかった。急いで離れようとした私を引き止めて、人の気も知らずゆっくりと家に近づいて行く。



私の様子がおかしい事は何となく察しているようなので、止まってくれてもいいのに…。クマさんは時々頑固おやじと化す。


ぐっといきなり彼が立ち止った事で、驚いて彼に抱きつく。

どうやら、頑固おやじと言ったことがお気に召さなかったようだ。ちょっと囁いただけなのに…。急にクマさんは私の腕を外し、ぐらつく私の腰を支えた。

その様はとてもスマートで紳士的だったため、えらく気に入らない。


見ず知らずの人間が目の前にいるからか、友人が美人だからかは分かりかねるが、クマさんのくせに生意気だと言う事には変わりない。友人は、小柄でいつも五歳は幼く見られる私と違い、長身ですらっとした体型の持ち主だ。そんな彼女に見惚れる男性は珍しくないし、クマさんもそんな中の一人なのだろう。



いろいろ面白くない感情を抱いたが、彼女の前まできてしまったら文句をいう余裕もない。

ひきつった笑みを向ける私に対し、友人は普段とかわらない冷静な様子だ。

彼女は私たちが近くに来るのを待ってから問いかけてきた。


「何をしてるの?」


怪我をして抱えられている人間を捕まえて、何をしているもないと思うのだけど…。

まぁ、彼女が聞きたい事は大体分かるが。

こんな大きなクマさんと知り合ったと言う事も、仲良くなったと言う事も、彼女には伝えていなかった。だからこんな一見山賊に見える男に抱えられている姿は、異様以外の何物でもないだろう。



そう考えていたのに、友人から出た言葉は予想とは違い意外なものだった。


「―――初めまして。お初にお目にかかります。わたくし街でしがない商いを営んでおります家の娘で、イルザと申しますわ。以後お見知りおきを」


最上の挨拶をした彼女の姿は、何処に出しても恥ずかしくないような立派なものであったため、思わずぽけっと見届けてしまった。どうしてこのクマさんにいきなりそんな挨拶をするのか、考えても分かりそうがない。そんな私の疑問は、次に続いた言葉で解明されることになった。



「たしか私の覚えが正しければ。

貴方様は、アリアルト騎士団の副隊長であるベルンハルト様ですよね?どうして、国外追放になった貴方がここにいらっしゃるんですか?」


礼儀正しいように見えて、彼女の発した言葉は相手に沈黙を許さない威圧的なものだった。

こういう時は、彼女が商人の娘であるという現実を思い出さずにはいられない。



―――とりあえず。彼女が冗談を言った確率と頭を打った確率だったら、どちらの方が高いだろう?




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