1.不審な物音
この作品には、たびたび実在の薬草名や調理法などが出てきます。作者自身下調べはしておりますし、あからさまに誤った記載はしないように気を付けておりますが、フィクションである事を念頭に置いてお読みください。
また、この作品では読者様を少しミスリード(誤った方向に導くこと。広辞苑より引用)出来ればと考えて記している部分があります。騙されたっと憤るのではなく、これの事か!っと納得して頂けると嬉しいです。
ある時代のアリアルトという王国に、可愛いシュティラという女の子がいました。
彼女は現実主義だったので、可愛らしいと言われるのは、童顔である事と平均より少し低い背丈が原因だと分かっていました。生憎、その容姿のせいで変態に好かれるは、18歳という年相応に見られないはで苦労していた彼女には、
可愛らしいと言われるのは然して嬉しい事ではありませんでした。
むしろ、同い年の幼馴染に『俺はロリコンじゃない』と言われてこっぴどく振られた経験のあるシュティラにとって、好きな人に認められない可愛らしさなど、苦々しい思いを抱く原因にしかなり得ません。このお話は、ある日彼女が友人と会った帰り道に、森を一人で歩いていた所から始まります。
シュティラは久しぶりに、隣街にいるイルザと言う友人の家に行き、
「でね。ダーリンったら、私が世界で一番可愛いって言うのよ。
この前なんて…」
という、のろけ話を延々5時間以上聞かされ続け、くたくたになっ…。―――とても楽しく話し続けた(おもに友人が)ため、あたりはすっかり黄昏色に染まっていた。
「うわっ、もうこんなに日が暮れてるじゃない。
初めて彼氏が出来たからって、浮かれすぎよね」
そもそも、イルザはとてもモテる。一緒に街を歩いていると、進んで荷物持ちをしてくれる男性が多数登場するほどにはモテている。しかし、普段なんとも思っていない異性には猫を被って体よく利用している節がある彼女は、本命には奥手だった。
うまく想いを伝えることが出来ず、もう何年も告白する事が出来ず片思いをしていた。普段の彼女ならさらりと出来るだろう可愛いしぐさや表情も、好きな人に対してだけはぎこちなくなる。
ただ、こんな彼女の素敵な所は一途でぶれることない所だ。幼馴染に恋心を抱いていたイルザは、どんなに素敵だと呼ばれる人に告白されても、頷く事はなかった。
イルザのまっすぐな頑張りを見ていたからこそ、私は彼女と長く友人をやってこれたのだ。
そんな一途な彼女の恋心がようやく報われたのだから、もちろん私も共に喜んでいるし、心の底から祝ってあげたい。だが、イルザの惚気話は長かった…。
その上、こちらは相手の事も良く知っているが為にいたたまれない。誰が、子供時代もよく知っている人間の『砂を吐きそうな程甘い話』など嬉々として聞きたがると言うのだ。
告白された状況などならまだしも、デートの時に交わした甘ったるい会話までは聞きたくない。
私はそんな友人との楽しくも辛い時間を思い出しながら、てくてくと一人家路を急いでいた。ここまで来ると日が落ちるのは早い。
まだ明るいからといって油断していると、数十分後にはあたりが真っ暗になってしまい、いくら慣れた道だといっても森を進むのは困難になる。そのため、友人だけのせいではないと言えども、つい愚痴の一つも言いたくなる。
「本当はもっと早くに帰って、家のことやりたかったのよねぇ。
まぁ、美味しいお菓子をお土産でもらったからいいけどね」
一人で喋っていると、カサカサどこからともなく音が聞こえてきた。
まさか、お菓子の匂いにつられて動物がよって来たなんて言わないでしょうね…。
人間によってくるなんて、手に負えない狼やら猪やら物騒なものだけなんだから。
やっぱり、欲を出してお菓子なんてもらってくるんじゃなかったかしら。
そんな事を考えているうちに、音はどんどん近寄ってくる。まるで獲物が取り乱す瞬間をねらっているかのような警戒音に、必死に耳をこらす。
あーもう、いっそお菓子を捨てて逃げたほうがいいかしら?
でも、もしただの小動物ぐらいだったら、こんなに高級なお菓子もったいないわよねぇ…。
イルザは、このあたりでは少し有名な資産家の娘だ。
シュティラの両親はだいぶ前に亡くなり、彼女が贅沢をできる状態ではないのを知っている彼女は、会う度シュティラが大好きなお菓子を、たくさんお土産に持たせてくれる。砂糖は絶対手に入らない訳でもないが、それなりの値段がする。
だからこのように、砂糖をふんだんに使ったお菓子は珍しいのだ。
彼女の気持ちは嬉しいし、普段が節約生活でこんな高級なお菓子なんて滅多に買わないため、断っていたのは最初だけだった。
シュティラがなんだかんだで、押しに弱い性格だということを熟知されているからだろう。毎度断っているにも拘らず、友人は必ず食べきれない程のお菓子を用意してくれているのだ。
そんな暢気な事を考えているうちにも、どんどん音は近付いてくる。―――よし、少々もったいないが、獣が嫌がる香りの薬を投げてしまえ。
対処を決めたシュティラの行動は早かった。適切な薬を鞄から選び、大きく腕を振り切ると思いっきり音がした方向に包みごと薬を投げた。
シュティラの両親は、腕の立つ薬師だった。
しかし、お金を儲けることよりも、医者にかかることが難しい、貧しい人々に格安の値段で薬を売っていた。両親が亡くなり、仕事を引き継いだ私自身も腕は確かで、格安の値段というのはかなり辛かったが、両親の志を確かに受け継いでいた。
しかし、それだけでは生計を立てられないということで、本名を明かさずに余裕がある時のみ、街へ卸すという事を続けていた。街には、腕の立つ薬師の『弟子』ということで不定期に薬を置かせて貰っている。何件か知り合いにお願いして、美容に関する品を扱っている店やパン屋、酒場などに薬を卸しているのだ。
一見、専門外の店に売っているため、それでは儲けが出ないように感じるが。
シュティラの薬は、とてもよく効くと評判になっている。その為、不定期とはいえお馴染みのお客さんなどお得意さんも多くいた。
どこから聞きつけてきたのか、我がアリアルト王国の騎士団の人間が国お抱えの王宮薬師にならないかと言ってきた事もあった。公にはなっていないとはいえ、私が弟子として薬を持ってくることは店主以外にも一部の人間には知られてはいるので、店へ薬を渡しに来た時に捕まってしまったのだ。
ぶっちゃけ、提示された給金額に心が揺らぎ、家の修繕費などもろもろの計算を頭の中で始めてしまったのも確かだ。だが、国お抱えになってしまえば勝手なことはできず、今までのように貧しい人々へ薬を渡す事が出来なくなってしまうのが目に見えている。
こんなことになれば、私の理想とする所とは異なってしまう。そのため軽い脅しを交えた断り方が最近の常套文句になりつつある。
「せっかくのお話ですが、私のお師匠さまは堅いお役職が本当に性に会わない方でして、お抱えの薬師になるのは大変難しいと思います」
「っそこを、何とか!」
「その上、師匠も私も礼儀知らずの田舎者でして…。
ヘタをすれば緊張のあまり、お貴族様方の病状を悪化させることになったら大変です。ですから、残念ですが辞退させていただきます」
最初の頃はそう言いさえすれば、アリアルト騎士団の皆さんは顔を青くしながら帰っていった。治して欲しいとやってきた、貴族の病状を悪化させたとすれば問題だ。
それどころか、王族に使う薬まで扱う事になったらただでは済まない。しかし最近では、何としても私を王宮薬師に引っ張りこもうとしている国の動きで状況も変わりつつある。以前よりも勧誘がしつこくなり、場所を変え品を変えながら薬を売るという、不便な状況になっていた。
あの後、まぬけにも家まで尾行され。弟子などおらず、私自身が薬師であることも知られてしまった。
「……そろそろ、引っ越しでも考えなきゃダメかしら?」
つい、シュティラが考え込んでいると、薬の入った袋は無くなっていた。
獣除けにしてしまいましたが、あの薬は多少の切り傷なら直ぐ直してしまうほど効果の強いものだったので、多少肩を落とす。結構需要がある薬だったのに…。
そもそも、どうして苦手なはずの薬を動物がもって行くんだろう―――?多少の疑問を持ちながらも、私は家路を急ぐことにした。
そんな彼女の後姿をみつめている存在がいる事も知らずに。