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後編<2>

 突然、目が覚めた。反射的に飛び起きる。

カーテンの隙間から薄日が差しこんで、部屋の中はぼんやりと明るかった。

自宅ではないことに気づき、昨日、太一の家に泊まったのだと思い出す。

いつ眠ったのか覚えていない。見れば、自分はベッドに寝かされていた。親友の姿はなかった。

そうっと、起き上がり、リビングのほうへ行くと、かすかな寝息がソファから聞こえている。

少し、悩んだがどうにも上野が気になって仕方ないので、黙って行くことにした。

ぼそりと呟く

「すまん」

聞こえていようがいまいが、悪いと思ったら謝るのが博雅という人物だった。深々と頭を下げ、静かに外に出ていった。

ドアが閉められた後、ソファからむくりと身を起こした青年は、

「……何を今更水臭いことをするのだ。誰に何を吹き込まれたか知らんが……まったく腹立たしい」

仏頂面で、しかもこの上ない低音で呟くと、彼もまた外へと出ていった。



 目的は寛永寺。慈眼大師が言った”結界”のうち、どれが破れたというのか、確かめようと思った。

だいたい、寛永寺からして、江戸の鬼門封じなわけだし、それを更に桜の浄化作用である。慈眼の言った”人の心という確固たる存在の不確定要素”なるものが結界になにをもたらしているのやら、頭で考えたところでどうにかなるものでもなかった。

「すこぶる嫌な感じだが、百聞は一見にしかず、だ」

呟いて、はたと気がつく。

――せめて、なんか効果的な呪法を教えてもらっとくんだったなあ――と、嘆いたところで遅すぎた。

あの男のことだ。聞けば聞いたで、なにかを掴んでしまうだろう。


 上野公園に入って目的地へ近づくにつれ、妖気が強くなってくる。体温が少しずつ奪われていくのがわかる。足先から冷気が這い上がってくるのだ。

思わずぶるっと体を振るわせた。

(くそっ、負けるか!)

だんだんと、地を這う黒い瘴気が濃くなる。それにとらわれれば足をすくわれてしまうだろう。

たまきは口を引き結ぶと、瘴気の濃いほうへ濃いほうへと進んでいった。


 ―――しかし。

道が反れた。

瘴気は寛永寺から流れているのではない。

「どういうことだ……?」

国立博物館の方、そこを進んで行くと両大師堂がある。

(―――!?)

たまきは立ち止まった。

どういうことなのだ。

たまきの混乱も無理からぬことだった。

桜でも寛永寺でもない、この堂から瘴気が噴き出しているのだ。

「ううう」

咽の奥で唸り声を上げたたまきは、握り拳をつくり、ゆっくりと大師堂へと近づいていった。手で鼻と口を押さえて、恐る恐る中を覗く。

「それは慈眼大師と慈恵大師だよ」

ふいに、よく知っている声が、多少の苛立ちを含んで背後からかかった。

文字通り飛び上がったたまきは、勢いよく振り返り、

「せっ、晴明っ! 寝てたんじゃないのか!?」

「おぬしが起き上がるまではな」

たまきがなんと言い訳しようか、へどもどしているうちに、青年が不機嫌そうに喋り出した。

「だいたい、おぬしの行動パターンくらい判るものは、ワタシには無いんだよ、博雅くん。ワタシの身を案じてのことはとても嬉しく思うが、かと言って、”ワタシと同じその霊力を持ちつつ”持て余している状態で、あの――と言ってもワタシには肌寒い程度だが――妖気を鎮めるのにどうしようってんだか……」

独り言か、たまきに言っているのか判然としなかったが、置いてけぼりをくって怒っているのは確からしかった。

「いや、晴明。俺の描いた護符が役に立つかわからんし、反閇とて、本当に効いているのかわからんのだし……」

慌てて弁解するが、ぴしゃりと遮られた。

「ワタシの護符にケチをつける気か、博雅? それはな、五行そのものなんだぞ。太極より両極が生じ、それがまた別のものを生みこの森羅万象を形成する、そのワタシの護符は森羅万象そのもののカタチなのだぞ」

太一はずずいと迫ると、威圧的に少女を見下ろして指を突きつけた。

「う☆ わかった……と思う……。しかし、それはお前が使ったときであって……」

「わからんやつだな。さっきから”それ”は俺の霊力と同じものだと言っているではないか」

「――――――なに?」

「簡単に言うとだな、お前の霊力は、俺の霊力なのだ」

たまきは、しばしの沈黙の後、その言葉を反芻した。

「なぜだ、晴明……?」

「何故、とは?」

「なぜ、俺に、お前の、霊力があるんだ!?」

「それはワタシの預かり知らぬことだよ、博雅くん。どっちだっていいではないか。俺とお前が一緒に居ればたいした差はなかろう?」

「おっ、お前…っ! そんなもんか…っ?!」

パニック寸前、目を剥いた少女とは対照的に、青年のほうはしれっとして、のんきに空など見上げている。

「そうさ。使い方は俺が教えてやろう。使役するのはお前だ。まあ、厄介なのは神将かな……。あと式神はすぐ使えるだろう」

さくさくと方針を決めていく青年に、ちょっと待てと手をあげ、しばらく額を抑えていた。

確かにこのままでは、霊力をもてあましてしまうだろう。使い方を教えてやろうという。有り難いことだ。それはわかる。いや、問題はそうではなく、何故、晴明の霊力が自分にあるのかだが、当の本人はどっちでもいいなどと言っているし…………

大きく溜息をついた少女は、とりあえずこの問題を頭の隅に追いやった。

ええと……?

「式……? 現代ではいらんだろう?」

「いらんでも、使えるにこしたことはないのさ」

「うぬ」

いいように言いくるめられてしまったような気もするが、たまきは気をとりなおし、もう一度大師堂を覗きこんだ。


 妖気が渦巻き、視界を邪魔したが彼女の目に、黒い瘴気を噴き出す根源――慈眼大師の像がしっかと映った。

「あのジジイ! 俺を騙したのだな!」

怒りがこみ上げてきて、知らず呪を放ってしまった。

バシッ! という激しい音と振動が、二人に跳ね返ってきた。

「なんだ、博雅? どうした!」

突然の風に驚いた青年は思わず袖で口元を覆ったが、さっきの衝撃で少女の方は大師堂から吹っ飛んでいた。

「慈眼のジジイめ、貴様が諸悪の根源か!」

尻餅ついたままの姿勢で大師堂を指差し、弾劾する。

太一は目をぱちくりさせた。

「まて、博雅。何を言ってるんだ」

「あのジジイが、夢の中に出てきて、鬼門封じを俺に頼んでいったのだ。結界の一部が破れたらしいなどとほざいて……」

「…………。それで、今日……?」

「ああ」

太一はため息をついて、突風に転がった少女の傍らに膝をついた。

「あのな、博雅。たぶん、ここは”結界内”だ。それに、慈眼大師ともあろうものが、怨霊などに捕らわれたりはしないだろうよ」

たまきは、太一を見上げる。たまきは……いや、博雅には慈眼大師が何者なのか、解ってはいなかったのだ。

またため息をついた青年は、ゆっくりと、含めるように言った。

「藤原たまきの記憶も少しは使えよ。慈眼というのはな、江戸を風水によって作り変えた張本人、天海のことだよ」

「――――なにっ!?」

たまきの気が、一瞬抜けた。それが、合図のように堂の扉が勢いよく開かれて、黒い瘴気の塊が一陣の風となって襲いかかってきた。

「――っ!」

「晴明っ!」

かばおうとしたときには遅かった。

瘴気は太一を取り巻くようにぐるぐる回り、そして、吸い込まれるようにして消えた。

「……っ!」

たまきの目が大円に見開かれる。これこそが、彼女が一番恐れていたことだったのに。

わかっていたのに。

「いわんこっちゃないっ! 護符など役に立たんじゃないかっっ!」

だれに八つ当たったところで仕方なかったが、咆えずにはいられなかったのだ。

『――ふっ』

「せ、晴明……」

太一の口が、不自然に、にいっと横へ裂けた。

『さよう。慈眼とは天海なり。あやつめ、どこへ逃げた……?』

『まあ、よいではないか。そのうち我らの中へ吸収してくれようぞ』

奇妙なことに、同じ口から別の声が聞こえる。しかも、一人、二人ではない。

ざわざわと、好き勝手にいろんなモノが騒いでいるのだ。

(……こやつら、何かの集合体か……?)

妖気が太一の身体から噴き出し、流れ出て、辺りに充満していくようだった。

「晴明っ!」

『無駄じゃ無駄じゃ』

『この器、気に入ったぞ。我らをゆうゆうと抱えおるわ』

くくっ、と喉を鳴らした太一は、すでに晴明でも太一でもなく、ましてや人間でさえない”気”を放っていた。のっけから太一に憑かれるとは、自分の間抜けさに歯噛みする思いだった。あの穏やかに笑う友人が、こんなわけのわからないものになってしまうのは、どうにも我慢ならなかった。

太一に憑いた”鬼”は、瘴気をそこらじゅうに撒き散らしながら、公園の方へと向かって移動しはじめていた。

「いかん……!」

もう、迷ってなどいられなかった。自分にできるのは、今までやってきた反閇で、あの鬼を閉じ込めてしまうことだけだ。



 その、反閇の法のひとつに、尼僧が編み出したといわれる尊星都藍そんじょうとらん禹歩うほ作法と呼ばれるものがある。尊星とは、北極星のことだ。


 たまきは気を静め、霊力を高めた。

「天蓬っ!」

強く言霊を発し、たん! と左足を踏み出す。

『ぬ……?』

出した左足に、右足をつけ、

「天内」

右足を出し、左足をつける。

「天衝」

たん!

たん!

『う…うぬ……』

「天輔。天禽。天心。天柱。天任。天英……」

星の名を唱えつつ、たまきは鬼の周りをめぐる。

『うぐぐ……』

鬼の身体は硬直しはじめ、抵抗をするように、ぶるっ、ぶるっと震えが走った。

たまきは、北極星の名を持つ青年のまわりを、清め鎮めるように地を踏み、悪霊を破らんと、霊力を込めて、舞い始めた。

『うう、がが……』

たん! たん! たん!

たまきの霊力が封陣となり、鬼を完全に閉じこめた。

その、陣を固めるかのように立つ存在に、はじめは気がつかなかった。

ぼんやりとした影が一人、二人と現れ、鬼を囲んでゆく。

彼女は舞いつづける。


 陣を固めたのは十二人。古風な鎧に身を固め、手に手に武器を持ち、中央をじっと見つめている。


『おのれ。忌々しい術者め……。この程度で我らを封じられると思うてか……!』

妖気がたまきに襲いかかった。さながら、生き物のように巻きついて、少女の首を締め上げた。

「くっ……」

十二の人影は微動だにせぬ。たまきとて、はなから助力など欲してはいなかった。

全身全霊をかけて叫んだ。

「悪鬼調伏、急々如律令!」

細い指が印を切る。瞬間、十二人が一斉に鬼へと襲いかかった。

『があああっ』

鬼が咆え、襲いかかる彼等に向かってめちゃくちゃに暴れだした。

妖気から開放され、軽く咳き込みながら鎧武者らを見つめる。

(何だ、あれは…?)

疑問も一瞬。

たまきは決然と上体を起こして、青年の魂に向かって叫んだ。

「晴明っ! 晴明、聞け! おぬしにこの霊力を返す! いいか、しかと受け取れ!」

それは呪。

あざやかに印を切ったたまきは、すべての力でもって、太一へその霊力を注ぎ込んだ。

『ぎゃああああああああっ』

断末魔の叫び。

青年の身体に吸収されゆくたまきの霊力は滝のように激しい奔流であった。それと鬼の集合体である塊とが一つの体内でぶつかり、争った。

「うおおっ!」

たまきは最後の力までも青年へと注ぎ込み、そして、そのまま地へくずおれた。



 少女の霊力の波は、やがて鬼の塊を押し流し、一片たりとも逃すことなく焼き尽くし、消滅させた。

淡い燐光を放ちながら、太一がゆっくりと身を起こす。

ずらりと足元に控えたのは十二神将。

「――この世では、私は主ではない。いずれ、あの娘から召喚されよう。それまで、いましばらく待て」

青年の指先が、慣れたように印を描く。

深く一礼した神将たちは、スイと掻き消えた。



 命の炎をすべて放出させた親友の、小さな身体が横たわっている。その、傍らに跪くと、青年は低く呟いた。

「博雅……この阿呆……」

かざした手から、きらきらと光るものが少女の身体へと流れ落ちてゆく。

それは、たまきの――博雅のいのち。

彼は、その命の中に己の霊力と似て非なるものを見出した。また、限りなく似た魂であることも…。

「目が覚めたら、式の使い方をきっちり教えてやろう」

満足げな笑み。

青年は、たまきを抱えあげた。

『晴明殿……』

堂の中、ぼんやりと浮かび上がる白い影。慈眼大師であった。

『御礼申し上げる』

慈眼は、千年前の大陰陽師に深々と頭をさげ、消えた。

「……いまだ、江戸の護りにたっておられたか。徳川家康とは、魅力的な人物だったのかな……」

呟きは、しかし誰も聞くものはいない。

振り向けば、彼の目に反閇によって作られた魔法陣の軌跡が鮮やかに映った。






 このお話は以前こちらに投稿させていただいていたものです。

続編の投稿にあたって再び投稿させていただきました。


 「虚空の鑑」ともども、どうぞよろしくお願い致します。

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