帰り道に
私は今、友達と一緒に家への帰り道を歩いている。
いつもなら夜遅くまで残っている部活が早く終わったため、外は夕暮れ時だった。空には、見慣れた漆黒の上に輝く月や星は無い。代わりに夕日色とピンクが合わさったような微妙な色広がっていた。
西の空には大きな夕日が見え、それをバックに野球部が走っている。青春物の映画のワンシーンを見ているような気分になった。
たぶん友達も同じ事を思ったのだろう。
「なんか、べただね」
友達はおかしそうに言った。私も、吊られるように笑って頷いた。
私達は、それからも他愛も無い話をしながら歩いた。話の途中に、ふと空を見上げると、先ほどの気味の悪い色から淡い紫を混ぜたような色になっていた。それほど時間が経ったわけでは無いのに随分と変わるものである。どの道気持ち悪い事に変わりは無いのだが…。
「ねぇ、何で小説とか漫画とかたくさん買ってるの?」
私がそんなことを考えていると、友達が唐突に聞いてきた。私は少し考えてから、
「そりゃあ、おもしろいからでしょ」
一捻りも無い答えを返した。しかし、これが一番の理由だ。一応小説家になるための勉強も兼ね備えてはいるが、やはり最初に優先されるのはおもしろいという感情だ。
「でもさ、今は面白いかもしれないけど、大人になったら必要ないじゃん。お金の無駄だと思うんだけど」
私はその言葉に少しむっとした。
「無駄って……。小説は大切な、心の栄養剤だよ?」
小学校の図書室に張ってあったポスターの言葉をそのまま言ってみた。しかし、私と同じく負けず嫌いな友達は、そんなありきたりな言葉では納得しない。
「でもさ、そんなに買わなくたっていいじゃん。そもそも国語の教科書や道徳の教科書でも読めば済むと思うだけど」
友達は冷静に反論してくる。私は言い返せるいい言葉も見つからず、口を噤んだ。友達に言われた言葉を吟味してみて、それでもやはり、小説や漫画を買い続ける事が無駄だとは思えなかった。うまく言えないが、とにかく負けず嫌いな性格を抜きにして考えてみても、自分のやっていることが、無駄なことには思えないのだ。
私達は、それから無言で歩き続けた。いつもは速く過ぎる時間が、今日だけはとても長く感じた。
しばらくして、分かれ道についた。右の急な坂の方が友達の家の方向、左の幼稚園が見えるほうが私の家の方向である。
どちらも、家に帰るまでの道に街灯が少なく、いつもはかなり怖いのだ。もっとも、今は明るいのに加え、幼稚園のお迎えの時間とも重なっているため、人が結構いる。歩く人も多いが、車の人も多いため気をつけて帰らないと交通事故にあう可能性もあった。
「それじゃ」
友達が坂を上り始めながら、手を振って別れを告げる。
「うん。また明日ね」
私も変わり映えの無い言葉で返し、家の方向に歩き始めた。
すたすた……ピタ。
そのまま歩き去ろうとして、しかし止まった。心にある、モヤモヤした微妙な気持ちがぬぐいきれなかった。
「……ねぇ」
少し迷ってから、友達に呼びかけた。まだ、声は届く範囲にいるはずだ。
しかし、友達からの声は無かった。友達のほうを向いていないので立ち止まってくれたかも分からない。
それでも、私は言葉を続けようと思った。
「小説も漫画も買っても大人になったら、確かに読まないかもしれない。でも、そんなの関係ない。未来を見ることだけが良いことじゃない。今を生きることも大切な事だと思う」
今やっている事を、後悔するかもしれない。いや、絶対に後悔するだろう。
けれど――
「今を大切にしなきゃ、私はもっと後悔するから……。だから、私は今を精一杯生きたい!!」
私の突然出した大声に、周りの子連れの親達は驚いてこっちを向いた。しかし、私はそれをものともせず息をついた。とてもすがすがしい気分だ。
思えば、私は思うだけで、それを言葉にする事が少なかった。何かを思っても、上手く言葉に出来なくて、結局何も伝わらないままその話題は終わっていく。
こんな風に、全てを打ち明けたのは初めてだった。
私は、再び歩き始めるとまた空を見た。空は、先ほどよりも紫色が濃くなっていた。夕日はいつの間にか見えなくなっていて、東の空にうっすらと月が見える。
私はその空を見て、誰とも無く微笑み、ゆっくりと確実に歩き続けた。
後悔しないように、今をゆっくりと確実に。
それが、今を大切に生きる事なのだと信じて…。
読んでくださった方ありがとうございます。
今も未来も大事。でも、未来をこだわりすぎるあまりに、今を忘れてはいけないと思います。
まぁ、反対もだめですけどね。(笑