第四部
さて、どうしたものか。
……なかなかになかなかだと思う。
自分でもなにを言っているのか分からなくなってきた。それもそうだ。二度目に退院してから、ありえないくらい何も起きない。マキナはここ最近あんまり話をしてくれない。俺が近付くとそそくさと、まるで何か隠すように離れていく。
……おれ、何か悪いことしたっけな?
「マキナ、おいマキナっ」
寝ぼけたわたしの枕元でそっとレイ姉が囁いた。
「おい、マキナっ、起きろ朝だぞ」
たとえお天道様が昇っても眠いものは眠い。
私が動かずにじっとしているとレイ姉が私を少しだけ力強く揺さぶった。
「ほら、マキナ、起きろっ」
「……あと五分だけー」
「そのセリフはさっきも五分前もその更に十分前にも聞いたぞ」
「じゃああと五分ー」
「伸ばすなっ! っていうか起きろ」
「お姫様はお兄ちゃんのきっすでしか目が覚めないのです」
「……おーい、トーマぁ。マキナが起こしてくれって」
えっ! ほんとに呼んじゃうの? ちょっと待ってよこれじゃ私がレイ姉にも言ってない壮大な計画が始まったばかりで水泡ときすよ! そんなのヤダ。起きたばかりで髪もぼさぼさ。
「ちょっと待ってレイ姉やだ呼ばないで断固否定地球が消滅してもダメ起きるからあー」
私が全力で否定するとレイ姉がくすくすとおなかを押さえながら笑っている。
「くくっ。あはは。マキナ、トーマはいまいないぜ。昨日から出張中だ。マキナがそうしてくれって頼んだんだろ。忘れたのか? あはは、おもしれっ」
「あっ」
そだった。お兄ちゃん昨日からいなかった。自分の間違いにだんだんと顔が赤くなるのが分かる。なんとかして誤魔化そう。
「……レイ姉おっはろーっ!」
「……お、おう。おはよう」
私のテンションに驚いたのかレイ姉は『目を丸くする』という表現がぴったりの表情をした。なんかうれしい。してやったりぃって感じ。
私はそのまま布団から飛び起きささっと着替えを終える。
レイ姉はいつの間にか朝ごはんの仕度に取り掛かっていた。最近のレイ姉はおかしい。私から見てもやけに色っぽい。言葉遣いは前とあんまり変わってないんだけど少しだけ丁寧になっている。……気がする。
そんなことを考えていたらあったかいお味噌汁のにおいがふんわりと漂ってきた。
「マキナーっ。朝飯だぞー」
レイがマキナを二回目に起こそうとした頃
……飛行機に乗るなんて久しぶりだな。
そんなことを考えつつ俺は空港で買った塩気の薄い弁当をのろのろと食べていた。
空港まで来るのに丸一日かけ、そこからまた飛行機で丸二時間。長旅もいいところである。少しばかりマキナの事が気になったが、レイもマキナを見ていてくれているし大丈夫だろう。
…………あー、めんどくさい。
窓から外を覗こうとしたが、俺は通路側の席なので無理だった。変わらない風景。一人旅。
一人旅って言うと結構ロマンティックに聞こえるが実際結構ヒマだ。やることもないし話し相手もいない。
マキナは暇してないかな。
あーー早く帰りたい。
「マキナ、お前大丈夫か?」
起きたらレイ姉が私の枕元で心配そうに覗き込んでいた。
「覚えてるか、お前いきなり調理場で倒れたんだぞ」
目が覚めのボーっとした頭で何があったか思い出そうとする。
そっか、お兄ちゃんが出かけて四日目になんか急に頭がくらくらしてきて倒れちゃったんだ。どうしたんだろう、私。
「ったく、心配したぜ。熱も無いし、医者も呼んだけど全く異常ないってさ。もしかしたら魔法使い特有の病気かと思って治癒術師にも来てもらったけど、なんでもないって。今の気分はどうだ?」
「ふらふらする。なんか頭もボーっとしちゃって」
「まあいいや。なんでもないんならちょっと寝れば治るだろ。今日一日くらいゆっくりしな」
「ありがとう、レイ姉」
何で頭がくらくらするんだろう。寝てても気分が悪い。
レイ姉が仕事に戻った後、布団にくるまったままふと横を見ると作ったばかりのお粥が置いてあった。レイ姉の心遣いが妙にうれしい。
後でお礼を言おう。
ボーっとした頭でそう考えるとまた私は布団に包まった。
よおっしゃーーっ。やっと帰ってきた。
思えばこの一週間とてもヒマだった。レイに頼まれたことを終わらせた後はずっと暇をもてあましていた。正直忙しいことよりも辛い。
また俺は今日からレイにこき使われると思うけど、やっぱりそっちのほうがいい。
ヒマよりましだ。
あとは一日かけて家に帰るだけ。マキナとレイになにかお土産でも買って帰らないとな。きっと早く早くとせがまれる。俺が帰ったらきっとマキナは俺に飛びついてくるはずだから、あいつが帰ってきたときみたいにフェイントをかけてやろう。ぎりぎりまで待たせるんだ。
そんな意地の悪いことを考えながら歩いていると、いつの間にかバス停に付いた。もうバスは来ていたので急いで乗り込む。
暫くたち、帰りの飛行機でも見られなかった外の風景を見ると行きと微妙に違うことに気が付いた。
……乗るバス間違えた。
「すいませーんっおろしてくださいっ」
俺はあわててバスを降りると、元のバス停に戻るためのバスを待った。
「くそーーあのやろーまだ帰ってこねえのか」
下の階からレイ姉のいらいらした声が聞こえる。今日お兄ちゃんは帰ってくるはずだ。本当は真っ先に出迎えて飛びついてやりたいのに、それも出来ない。
まだ体の調子がおかしい。前より悪くなっている。なんでもないはずなのになかなかよくならない。レイ姉が心配してもう一度医者を呼んでくれたけど、結局原因はわからないまま。
時刻はもう既に夜中の十一時。
お兄ちゃんどうしたんだろう。不安になってくる。事故にあったとか、通り魔に襲われたとか。よくないことが頭の中を駆け巡る。
家のインターホンがなった。
「お兄ちゃん!」
かぶっていた布団をがっとめくり、階段を駆け下りて玄関へと向かう。
玄関には……レイ姉にはたかれたばかりのお兄ちゃんがいた。
「何やってんだてめえっ。遅くなりやがって。マキナが今どうなってんのか分かってんのか」
「バスを乗り間違えたんだよ。どうしたんだ一体。いきなりぶっ叩いてきて」
「マキナが倒れたんだよ」
「そこに居るじゃんか」
「えっ」
確かに私は二人の目の前に居た。パジャマ姿で。
「マ、マキナ、もう大丈夫なのか?」
そういえばもう頭のふらふらも治っている。なんでだろ。
「ったく。びっくりするような事言いやがって」
「マキナ、治ったんだな。よかった。……よかった」
強いて言うなら、今回のことは酸素不足みたいなものだったんだろう。お兄ちゃんに会いたいのに会えなくて、ずっと我慢してたから。今まではこんなこと無かったのにな。
ちなみに、お兄ちゃんがお土産を買い忘れてきました。当分の間はこれを根にもってお菓子とかケーキとかいっぱい買ってもらおう。