第三部
「ねえレイ姉、お兄ちゃんに使う惚れ薬もらっていい?」
真顔でマキナはレイに尋ねた。
「あのなぁ、一応言っておくけど惚れ薬って違法なんだぜ、ってかマキナ、それヤバイだろ」
「えー、別にいいじゃん。面白いよ」
おい、面白いってなんだ。
「まあでも、あいつに見境なく惚れまくる薬を飲ませるのも確かに面白そうだな」
「ね、でしょでしょ」
ヤバイ、非常にヤバイ。
「だからちょーだい、レイ姉」
「えーと、どこにあったっけなー」
探すな!
これは危険だ。早く逃げないと。
事の始まりは十分前。マキナと二人で埃だらけになった部屋を片付けた後だった。
「マキナー。ちょっとこっち来い」
階段下からレイがマキナを呼んだ。心なしか少し声が笑っているような気がした。
今までの経験上、こんな時はレイが何か悪ふざけを考えているときだ。
「はーい」
ついでにマキナも喜んでついて行った。
絶対何か起こる。確信。
マキナとレイの会話を聞こうと、ドアにへばりつき聞き耳を立てる。
「……マキナ、あの部屋実は隠しトラップがあるんだ」
ハァ、やっぱりか。それならさっき掃除してた時に見つけて片付けた。
床下にあって片付けるのが大変だったけどな。
でもとっくにゴミ箱行きだ。ざまみろ。はっはっは。
「……二十個くらい」
おい!待てなんだその無茶苦茶な数字は!
……下手に動けないじゃないか。
「だからさ、マキナを怪我させたくないし、そろそろ年頃だろ。な、」
「えー、マキナお兄ちゃんとがいい」
「ハハッ。重症だな。トーマの言ってた通りだな」
「むー。そんなこと言って、レイ姉ヤキモチ焼いてるんでしょ」
「なっ……何言ってんだ。別にトーマを好きだなんてことあるわけないじゃんか」
「えへへー、レイ姉顔真っ赤だよ」
んー、どうしたものやら。
「レイ姉、どうしたらお兄ちゃんに好きになってもらえるかな」
「……そんなこと、分かるわけない」
「なんでー?」
「なんでも。で、トラップだけど……」
このあとすぐに違う話題となり、ぐだぐだ話していたんだけど。
またマキナが惚れ薬とかいう変なことをひっぱり出してきた。
そんなこんなで今に至る。
分かってもらえたかな。
はぁ、でも本当に早く逃げた方がいいかもしれない……
カチッ
……カチッ?
状況を理解できない俺の足元で何かが音を立てる。
次いで爆発。
「あはは、あっはっはっはっはー」
バカみたいにわらっているレイの浮かれた声が聞こえる。
人がトラップに引っかかったことがそんなに嬉しいのだろうか。
絶対腹を抱えて笑っているな、見なくてもわかる。
「あいつ、さっそく引っ掛かりやがった。音からすると、盗み聞き防止用のトラップだな。マキナー。あいつの間抜けなツラみにいこうぜ」
「う……うん」
ちょっと複雑そうな顔をしたマキナはレイと一緒に階段を駆け上がる。
確かさっきのトラップは盗み聞き防止用って言ってたし、どう言い訳しようか。
レイはもう階段を上がってきた。
「ばーかばーか。人の話を勝手に盗み聞きするから痛い目見るんだ。十分以上そこにいると爆発するように仕掛けといたんだよ」
ところどころ焦げて黒くなった服を指差しレイは笑った。
そこまで面白いか?ちょっといらつく。
「あー、悪かった。ちゃんとトラップは全部見つけて片付けておくから」
「お前に見つかるようなトラップなんてあるもんか」
レイは俺がトラップに引っ掛かったことで上機嫌。
よかった。これならなんとかこの場を乗り切れそうだ。
「……全部って、お兄ちゃん、なんでトラップがいくつもあるって知ってるの?」
沈黙。
マキナのばかやろー。
「……おまっ」
一番はじめに口を開いたのはレイ。
「お前、もしかして始めっから全部聞いてたのか」
レイの顔が赤く染まる。
それを見て少なからず俺の心拍数も上がった。
「あー、大丈夫。忘れるから」
…………
…………
「何が大丈夫だぁー!」
すっかりゆでダコみたいになったレイは手近にある物を掴んで投げつけてくる。
続きとび蹴り。
「ちょ、ちょっと」
レイ、爆裂系最大の呪文を詠唱中。
さすがにレイの呪文は俺の簡易版防御壁では防ぎきれない。もし防いだとしても、周りに被害が出る。
……仕方ない。
「杖よ。我が前のものに風を与え、戦意とともに武器を消し去れ。武装解除」
いつもながらめんどくさい呪文だと思う。
だけど今はそんなこと考えている暇はない。
最終手段を使ってしまった以上、全力で逃げないと、いろんな意味で……死ぬ。
のに、
……動けない。
「バカヤロー、ほんっとに……ばかやろー」
「……」
泣いていた。
俺の背中にしがみつきながら。
今まで泣いたところなんて見たことなかった。
「ごめん」
それしか言えなかった。
レイが泣いていることに耐えがたい罪悪感を感じた。
「ん、悪かった。俺、出てくから。だけど、マキナは宿なしにしたくないから、少しの間泊めといてやってくれな。頼む」
「……バカ、お前もいていいから」
「ん、なんだ?」
「お前もいていいって言ったんだ。一度オッケーって言ったんだから、責任くらい持つさ」
「本当にいいのか?」
「ああ……」
「ありがと」
俺は今日初めてレイと、目を見て話した気がした。
……
……
今度はふくれっ面したマキナが最初に沈黙を破った。
「こら、レイ姉。いつまでお兄ちゃんにくっついてんのー」
「「!」」
二人してお互いを突き放す。
「その……」
「……なんだよ、早く言えよ」
「非常に言いにくいんだけど」
「だからなんなんだよ」
「服……着た方がいいぞ」
レイは自分が武装解除をかけられた事をすっかり忘れていたらしい。
見事なほどのアバウトさ。
そんなレイはまた顔をゆでダコのようにし、俺の顔を殴った。
「お前にはデリカシーってもんがないのかー。っていうか、早く言えーー」
「お兄ちゃんのバカァ、レイ姉にデレデレしてー」
なぜかマキナからも責められた。
さっきの一言が決めとなり、病院の看護婦さんに「またきたの?」と言われるはめになった。